513 再びタオへ
タオを訪れた日の夜。
住み家に戻ったウォルトは、魔法で生活を快適にする手段を考えながらいい機会だと気付いた。
魔伝送器をポチッと。
『ウォルトさん。どうかしましたか?』
応答してくれたのはウイカ。
「夜遅くにごめん。急なんだけど、ウイカとアニカがよければ明日一緒にタオに行かないかと思って。母さんの故郷なんだけど」
『行きます!アニカも隣で頷いてます!』
「予定があるなら無理しなくていいからね。また今度誘うから」
『ないです!あってもないです!』
「それは予定があるってことじゃ…」
『ないんです!暇です!アニカ、オーレンに!』
『合点だ!』と遠ざかるアニカの声が聞こえた。やってしまったかもしれない…。
オーレン……ゴメン。
明くる日の早朝。
「今日は誘ってくれてありがとうございます」
「アンタは誘ってない!」
「別にいいだろ。ですよね、ウォルトさん」
「もちろんだよ」
次の日、姉妹と共にオーレンも来てくれた。やっぱりクエストをこなす予定があったらしいけど、わざわざ予定を変更してくれたらしい。
「俺もウォルトさんの親族に会ってみたかったんです」
「ボクも紹介したかったんだ」
「私とアニカは気合い入れてきました」
「準備運動は終わって私達はいつでもいけます!」
「お前らはなんでそんなに気合い入ってるんだ?会いに行くだけだよな?」
「行けばわかるよ」
「ですよね、ウォルトさん♪」
「そうだね」
2人はサマラとチャチャから話を聞いてるからばあちゃんのことを知ってるけど、ちょっと心配ではある。タオまでは徒歩移動にして、訪れる目的を伝えた。
「魔法で生活を快適にするのは技量を上げる意味でもいいですね」
「凄くいいと思います!特にお年寄りばかりだと大変なことが多いと思うので!クローセもそうだし、今回覚えて活かしたいです!」
「住人でも考え方はそれぞれだから、余計なことはしないように気を付けるつもりだけどね。自然な暮らしが好きな人もいるかもしれない」
「魔法は便利ですけど、頼りすぎると怖いですね。俺も頼らないよう心掛けてます」
オーレンの発言をアニカが鼻で笑う。
「どの口が言ってんの?こないだ新人の女の子に魔法剣を自慢してたよね?ナンパで魔法に頼ってんじゃん」
「ナンパはしてねぇよ!普通に話してただけだろ!」
「そう?だったらミーリャに言っていい?」
「勘弁してくれっ!」
「というか、ミーリャから聞いたし」
「なぁっ!?」
それはいいとして。
「ウイカとアニカを誘ったのは、ばあちゃんに紹介したいのもあるけど、魔法付与の手法を教えたいからなんだ。わかってると思うんだけど」
「まだ全然です。勉強したいです」
「私もわかってません!」
「オーレンもできる限り覚えてくれたら冒険で役に立つと思う」
「やります!」
やりたいことを伝えながらタオに到着した。
「まず、ばあちゃんの家に行こうか」
家を訪ねるとばあちゃんはいなかった。朝早くから元気だなぁ。
「いないみたいだね。行き先はわかってるけど」
後を付いてきてもらう。
「うぉぉおらっ…!」
「くっそがぁぁ!」
やっぱり朝からやってた。土俵の上でばあちゃんとアルクスさん姉弟が相撲をとってる。熱中してボクらに気付いてない。
「アイヤさんですね」
「めっちゃ若いです!サマラさん達から聞いた通り!ミーナさんと同じ歳くらいに見える!」
「おばあさんには見えないな」
実際、ばあちゃんは30代後半くらいにしか見えない。獣人基準だけど。
「ばあちゃん。また来たよ」
「…ん?っしゃ!オラァァ!」
「ぐはぁっ!」
アルクスさんは裏投げで後頭部から叩きつけられた…。ばあちゃんはスタッ!と軽やかに土俵から下りる。
「昨日ぶりだねぇ。後ろの子達は誰だい?」
「初めまして。ウイカです」
「妹のアニカです!」
「オーレンと言います」
「ボクの友達なんだ」
「そうかい。アニカとウイカの名前は知ってる。オーレンは初めてだ。遠いところまでよく来たねぇ!」
「昨日言った魔法を付与するタメに来たんだよ」
「ゆっくりでいいのに、意外にせっかちだねアンタは」
「やるなら早い方がいいからね」
「まぁ、年寄りばかりだから助かるさ」
ばあちゃんは年寄りに見えないけど。
「アイヤさん。今から私とアニカと相撲をとってもらえませんか?」
「お願いします!」
やっぱりその気だったんだな。サマラ達に話を聞いてたんだろう。姉妹はやる気満々。
「へぇ。アンタ達もいい性格してるじゃないか」
「サマラさん達に負けてられないので」
「気合い入ってます!」
「いいねぇ!誰だろうと相手してやるさ!土俵に上がりな!…いつまで寝てんだ、このバカ弟!邪魔だよ!」
「ぐえっ…!」
蹴られて土俵から転がり落ちたアルクスさんを治療しよう……と、その前に。
「アニカ、ウイカ。ちょっと来てくれる?」
「なんですか?」
「どうかしましたか?」
「ちょっと後ろを向いてくれないか?」
「こうですか?」
服に手を翳して『堅牢』を付与する。普通に相撲をとると、サマラのようにズボンが破ける可能性が高い。心臓に悪いからな…。あと、コレだけは伝えておこう。
「気を付けて。ばあちゃんは強いし手加減しない」
「わかってます。あのサマラさんが勝てなかったって言ってたので」
「それでと女には全力でぶつからないといけない時があるんです!」
「さぁ、早くしな!まずはどっちだい?!」
「私が先にいくね」
「お姉ちゃん、頑張って!」
ボクは行司をやろう。2人は『身体強化』を全身に纏い果敢に立ち向かう。ただ、魔法を使っても敵わない怪力熊おばあちゃんが仁王立ち。姉妹で交互に挑むもことごとく跳ね返される。
「動かない…っ!重っ…!」
「びくともしないっ…!すっごい…!」
「鍛え方が足りないねぇ!飯食ってんのかい!そらっ!」
軽く土俵で転がされる。途中からは「まとめてかかってきな!」という提案で2人がかりで立ち向かう。
「うぉりぁぁ…っ!ふぅぅっ…!」
「こんのぉぉ~!まだまだぁ~!おらぁ~っ!」
「やるじゃないか!ちっとはマシになってきたねぇ!」
姉妹がサマラやチャチャと比べて力が弱いのは仕方ない。獣人と人間という種族の違いがある。それでも、激しく動きながら『身体強化』を上半身や下半身だけに特化するよう魔法操作してる。闘いの中で進化する才能は素晴らしいの一言。
「はぁ…はぁ…。悔しい…。手も足も出ない…」
「はぁ…はぁ…。強すぎる…!」
「人間の女と相撲をとるのは久々だ。見た目よりは強いけどねぇ…そんなんじゃ獣人の女には勝てやしないよっ!アンタらはそれでいいのかい!」
発破のかけ方がおかしな気が…。
「……負けられませんっ!」
「……私は勝ちたいですっ!」
「いい目だっ!さぁ、きなっ!」
その後もまったく歯が立たなかったけど、2人の健闘を称えたい。圧倒的に力で劣るのに、持てる魔法と知恵を絞って諦めず善戦した。平然としてるように見えるけどばあちゃんはかなり疲れてる。
「おっしゃ!オーレン!アンタもかかってきな!」
「俺もですか?!」
「男ならちっとは闘えるんだろ?」
「相撲はやったことないですけど……やります!」
「いい返事だ!きなっ!」
組んだ瞬間に軽々と土俵外に放り投げられたオーレンは、「ぐふぅ!」と一声鳴いて悶絶する間もなく気を失った。ばあちゃんは男には本当に容赦しない。
「いい運動になったよ!」
相撲をとり終えたばあちゃんは、一旦家に帰るみたいだ。回復したアルクスさんが言うには、「ガキ共だけ朝飯食わせて、テメェは飯も食わずに相撲してんだ。バカだからな」とのこと。付き合っているアルクスさんは優しいし、結局自分も好きなんだと思う。熊だから。
ボクらはココからが本番。3人が「ご飯は後でいいです」と言ってくれたから、先に魔法付与をこなしてしまおう。
各家庭で住人の要望を聞きつつ、必要な魔法を付与していく。オーレンはモノの移動なんかの力仕事も手伝ってくれて助かる。雨漏りが酷ければ屋根の隙間を防水効果のある魔法陣で覆う。柱が一部腐ってる家は備蓄の木材を使って『同化接着』で強化。
料理に使える簡易の魔石コンロや、冷蔵箱も作ろう。板や石を組んで魔石を設置するだけでできる。小さな『発光』の魔石があれば、油や蝋燭がなくても夜の明かりを灯すことも可能で、さほど魔力も使用しないから長期間持続させられる。魔導師のいないタオでは、未だ提灯やランプが使われているけど、非常時用にでも使ってもらいたい。
共用の井戸に『浄化』の魔石を沈めておけば、大雨でも濁らず綺麗な水が飲める。トイレにも『浄化』を付与して清潔に保てば疫病防止にもなって安心だ。
「凄く勉強になってます」
「魔法の有り難さがよくわかるよね!」
「ホントだな。魔法はスゲぇよ」
住民達の要望に応える形で魔法を付与しつつ、「大丈夫だよ」「必要ない」と言われたことはやらない。お節介ではなく手助けをしたいから。そんなこんなで作業は順調に進む。
「あらぁ。もしかしてウォルトの恋人かい?」
「お前さん達は美人だなぁ。羨ましいのぅ」
「ふふっ。そう見えますか?」
「実はそうなんです!どっちがとは言いませんけど!」
「嘘はダメだよ」
どの家に行ってもウイカとアニカがボクの恋人に間違われるのが申し訳ない。こういう勘繰りが好きなのかなぁ。
そろそろ休憩しようと思っていたら、ばあちゃんが来てくれた。
「よく働くねぇ。ちょっとは休んだらどうだい。こんなモンしかないけど飲みな」
「「「頂きます!」」」
ばあちゃんが持ってきてくれたのは、疲れがとれるでお馴染みの柑橘クエンのジュースだ。魔法で冷やして頂く。
「………酸っぱっ!」
ボクはクエンの酸味が苦手だったりする。顔をしかめて口を窄めると皆が笑った。
「アンタらは全員魔法が使えるのか」
「はい。私達はウォルトさんの弟子です」
「全然追いつけませんけど!」
「教えてもらってます」
「この子の魔法はぶっ飛んでるだろ?あたしゃ魔法は詳しくないけど、昨日見てたまげたよ」
笑顔で頷く3人。そんなことないのに。
「ボクは誰でも使える魔法しか操れないよ」
「孫への贔屓目ってことにしとくか。まだ仕事は残ってるのかい?」
「あと3軒かな」
「終わらせたら家にきな。飯を作ってある」
「ありがとう」
性格や言動は豪快なばあちゃんだけど、料理が上手い。母さんと似てないんだよなぁ。
全ての家で作業を終えてばあちゃんの家に向かう。
「ういかとあにかはびじんだね!」
「おーれんは、ふつう!」
「あははは!よくわかってるね~!ありがと!」
「なんでだよ~。俺も格好いいだろ~?」
「ふつう!」
子供達と一緒に昼食を頂く。ばあちゃんの料理は懐かしくて好きな味付け。
「ウォルト。やることは終わったのかい?」
「家に関することは終わった。食べ終えたら次のことをやる」
「なんだい?」
「農具の修理だよ。柄が腐ってたり鉄も錆びて危ない。あと、手入れされてない土地の草刈りや枝払いもやろうと思う」
「アンタはなんでもできるねぇ。やっぱり番にしようかね!」
「無理だって。孫なんだから」
冗談は受け流して、まだまだやろう。
★
ウォルト達は昼ご飯を食べてからまた作業を始めた。アイヤは里の住人と一緒に作業の様子を眺める。
ウォルトの魔法のおかげでシャキッとしたもんだ。一気に若返ったねぇ。
「おい、アイヤ」
「なんだい」
「婆ちゃん孝行の孫を持ったな。あの子は凄い獣人だ。昔の姿からは想像もできない」
「使い物にならん農具の鉄を魔法で溶かして修理に使っとる。器用で職人みたいだ」
「錆も魔法で落とすし草や木も一瞬で刈る。使ってなかった畑の土を起こして畝を作るのも魔法じゃ。たまげるわい」
「あれでただの魔法使いって言うんだから、世の魔導師ってのはよっぽど凄いんだろうねぇ」
自分で言うのはいいけど、人に褒められるとちょいとむず痒いねぇ。あの子の性格は知ってる。エルフもぶっ倒すような魔法使いなんだ。ただの魔法使いじゃあないのさ。
「とりあえず、あたしゃウォルトが世界一の魔法使いだと思ってるよ」
「ははっ!さすがに世界一は言い過ぎじゃろ!」
「孫が可愛いのはわかるがな」
「儂らは身体を治してもらって、せっかく里も住みやすくしてもらった。頑張らんとな」
「アタシらを怠けさせるタメにやったんじゃない。元気で働けって意味さね!」
「そのつもりだぞ」
昨日と今日だけでどれだけタオが助かったかしれないねぇ。なんの見返りも求めず、ただ黙々とやることをこなすなんてお人好しもいいとこだ。何人分の働きをしてるかわかったもんじゃない。
しかも、途中からは自分がやりたくてやってる感じだ。ミーナは凄い子を生んだよ。いや、ストレイのおかげかね。番候補もいい娘ばかりだ。ただ、鈍いところはサバト譲りか。ちょっとばかり助けてやる必要がありそうだ。
「あの子は、サバトの生まれ変わりかもしれないねぇ」
あたしゃあの子が可愛くて仕方ない。やっぱり似てるんだよ。
「お前はなに言ってんだ?」
「ウォルトとサバトは一緒に生きてたろ。ボケたんか?」
「ひっひっひ!相撲のとりすぎでついにおかしくなったぞ!」
「アルクスにぶちかましてもらったら治るかもしれんのぅ!はっはっは!」
「…アンタらぁ!」
「「「「ひえぇ~~!」」」」
…ったく。元気になって逃げ足も速くなったもんだ。
『アイヤ。皆は嬉しいんだ。許してやれよ』
久しぶりに声が聞こえた気がした。アンタに止められたら仕方ないねぇ。




