512 タオへの恩返し
「こんなに買ってもらっていいのかい?」
「はい。ありがとうございます」
「こっちの台詞なんだけどね」
久方ぶりにタマノーラのナバロ商会に顔を出したウォルトは、生地や生活必需品を買い込んだ。
ナバロさんは物々交換してもらえる唯一の商人なので、茶葉や薬、織物を持参した。
「必要なら届けたのに」
「いつも思ってたんですが、普通なら住み家までの配達料が加算されるはずですよね?でも、取られてなさそうなので大量のときは買いに来ます」
「そうだけど、たまには足を延ばしたいだけで好きで森を歩いてるんだ」
持参したモノからナバロさんが選定して物々交換は終了。魔石への魔力封入もお願いされたのでさっと終える。
「足りないんじゃないですか?コレもどうぞ」
「いや足りる。充分すぎるよ」
必要以上に受け取ってくれないけど、ボクの感覚だといつもナバロさんが割を食ってる気がするんだよなぁ。
「売れない可能性もあります。せめてコレだけでも。過去の配達料ということで」
「大丈夫だ。ちゃんと計算してるし売れ残らない。配達料も必要ないんだ。ウォルト君…。あまり言うようなら…」
…説教される前に帰ろう。
外から見えない袋の中に、こっそり茶葉を忍ばせておいた。いつものお礼にこのくらいなら許されるはず。
「うぉるとだぁ!」
「おかえりぃぃ~!」
「ただいま。元気だった?」
「「「「うん!」」」」
訪ねてきたのはタオの集落。外で遊んでいた子供達は変わらず元気そう。直ぐ身体によじ登ってくる。いつものごとく視界も鼻も塞がれた。かなり息苦しい。でも決して嫌ではない。
「もご…。アイヤばあちゃん……もご…」
「くすぐったい!アイヤはすもうだよ!」
「ウォルトがやめろって言って!」
「それは……もご……無理だよ…」
ばあちゃんが相撲をとらなくなったら熊じゃない。ぴくりとも動けないくらいの重病だ。そうなってほしくない。
「みぎ!」
「ちょっとひだり!」
頼んでも退いてくれないので、子供達の指示通りに歩く。障害物がほとんどないタオでは記憶と感覚でわかるけど。
「おらぁぁ…!くうぅ…!びくともしねぇ!」
「はっはっ!まだまだだねぇ!」
「おわぁぁっ!」
声だけが聞こえる。ばあちゃんが誰か投げ飛ばしたな。
「あいや!」
「うぉるとがきたよ!」
「なんだって~?!」
スタッ!ドトドド…と足音が近づいてくる。
「危ないから皆は退けてくれ……ぐはぁっ…!」
『筋力強化』して受け止めるつもりだったけど、体勢を整える前にぶちかまされた。足音から予測したタイミングより速い。
「とう!」
「はっ!」
ボクは倒れてしまったけど子供たちは上手く着地した。よかった。
「久しぶりだねぇ!元気だったのかい?」
尻もちをついたまま見上げると、笑顔のばあちゃんが立ってる。
「元気だよ。ばあちゃんも変わりなさそうだね」
「いつも通りさ!」
起き上がって土俵に目をやると、ばあちゃんに好意を持ってるらしいアルクスさんの仲間シンバさんが目を回している。体格差もあるし勝つのは難しいだろう。でも、頑張ってるんだな。
「アルクスさんと相撲してたワケじゃないのか」
「アイツは狩りに行ってる。相撲は朝に終わって今は食後の運動さ。生意気にかかってくるもんでね」
相変わらず元気だ。
「今日はなんだい?」
「タオで必要そうなモノを持ってきたんだ。使ってほしいと思って」
「そうかい。家に帰ろうかね。シンバ!またかかってきな!」
「へぇ~い…」
子供達を肩に載せたりしがみつかせて、ばあちゃんと並び歩く。
「アイヤとウォルト、やっぱりにてない!」
「ボクは似てると思うんだけど」
種族や顔、体格はさておき、性格は似てるところが多々あると思う。
「アンタはサバトにそっくりだからねぇ。アタシには似なくていいんだよ」
「じいちゃんと母さんは似てないよね」
「ミーナはアタシに似たのさ。猫なのに妙に力も強いだろ」
「そうだね」
小さいのに父さんすら持ち上げる力持ち。ばあちゃんの家に着くと、子供達はまた遊びに行くと言う。
「森に行くんじゃないよ!」
「わかってる!」
家に入って確認する。
「ばあちゃん、怪我してるだろう?左足と背中かな?」
「お見通しかい。アンタは凄いねぇ」
「庇って歩いてるからわかるさ。診るから横になって」
「頼もうか」
横になってもらって『浸透解析』する。骨には異常なさそうだ。ただ、筋肉が切れているような箇所がある。『治癒』で治療しよう。
「ふぅ~。気持ちいいよ」
「なんで怪我したんだ?」
「あの子達が森で魔物に遭ってね。アルクスと助けに行ったんだよ。デカいヤツだったもんで、ちょいと無理した」
「そうか。お疲れ様」
無理はダメだとは言わない。ばあちゃんの立場ならボクも同じことをするから。
「もう大丈夫さ。相変わらず温かいねぇ」
「他にもちょっと気になるところがある。全部治療しておく」
「大したことないからいい。年寄り扱いするんじゃないよ」
「ばあちゃんじゃなくて、子供達の安全のタメだ」
「はははっ!そうかい!それじゃあ頼もうかね」
全身を治療したあと、ばあちゃんがお茶を淹れてくれた。
「相当身体が軽くなったさ。いつももらってばかりで悪いねぇ。薬や服もあるじゃないか。酒まである」
「気にしなくていい。好きでやってるんだ」
「はぁ…サバト。アンタの孫は困ったお人好しだよ」
ボクが描いた絵に語りかける。
「ところで、アンタに頼みたいことがある」
「なに?」
「タオにはジジババばかりで、身体にガタが来てるのさ。魔法で診てやっておくれよ」
「構わないよ」
「早速行こうかね」
ばあちゃんが案内してくれるみたいだ。
「おぉ!ウォルト!来てたのか!」
「やかましい!さっさと横になれ、このっ!」
「き、急になんだってんだっ?!」
「ばあちゃん…。ちゃんと説明しないと」
手技療法を学んだので、いつもばあちゃんがお世話になってるお礼にやらせてもらいたいと言ってみたら…。
「有り難いぞ。優しい男に育ったなぁ…。サバトに似たおかげだ」
「なんだってぇ~!どういう意味だい!」
「ばあちゃん…。さっき自分でも言ってただろ」
とりあえずうつ伏せになってもらい、マッサージしながらゆっくり『睡眠』で眠らせて魔法で治療する。
「気持ちよすぎて、いつの間にか寝てた…。…ん?身体が軽い!」
「よかったです。何日か無理に動かないで下さい」
「たいしたもんだ。ずっと膝と腰が痛くてなぁ。これなら動ける」
「じゃあ明日土俵にきな」
「嫌だ!また動けなくなるだろ!」
タオの家々を巡って次々治療する。目、肩、腰と症状も様々で、治癒魔法の修練になっていい。効果的な魔法は人それぞれ違う。
「助かったぞい」
「最高に気分がいい。ありがとうな」
「背中がシャキッとした。ありがとうねぇ」
「あははは!アンタら長生きしな!」
「ばあちゃんもね」
最後の家を出て、終わりかと思っていたら…。
「おう、ウォルト。来てたのか」
獣を担いだアルクスさんが帰ってきた。
「お久しぶりです」
「元気そうだな。アイヤ、晩飯の肉だ」
「今日の飯はウォルトに頼もうかね。あと、お前も診てもらいな」
「はぁ?」
アルクスさんの家に向かって身体を診る。背中の古傷は完治してるけど、肩と太股の裏に治療が必要。筋肉が腫れて肩関節は微妙にズレてる。皆に言えることだけど痛みに強い。相当痛いはずだ。
「ふぅ…。助かるぜ」
「怪我の原因はなんですか?」
「相撲だ」
やっぱり。
「すぐ怪我するんだよ。男のくせにだらしない」
「うるせぇ!お前が無茶するからだろうが!」
「負け熊が吠えんじゃないよ。文句があるなら勝ってから言いな」
「明日はぶん投げてやらぁ!」
タオに来たときは、できるだけ皆の身体を診るようにしよう。
「「あいや~!あるくす~!」」
外から子供達の呼ぶ声。声色が焦ってる。
「なんだい?!」
「なんだってんだ?!」
外に飛び出すと、集落にボアが侵入していた。珍しくはないけど興奮して鼻息荒く子供を威嚇してる。『身体強化』して全力で駆け出す。
「わぁぁ!こわいよ~!」
「ブルルル!」
子供を抱えてボアの突進を躱す。間に合った。
「もう大丈夫だよ」
「うん!ありがと!」
見渡しても逃げ遅れてる者はいない。
「はっは!アンタはさすがだよ!追いつけやしない!」
「駆けんの速ぇな。こっからは俺らでケリつけるぞ」
ばあちゃんとアルクスさんは、ボアを捕まえてタコ殴りにしてる…。さほど大型でないとはいえ押さえ込める力が凄い。結局、殴り倒してしまった。
「がっはっは!口ほどにもないねぇ!」
「バカか。獣が喋るワケねぇだろ。コイツも晩飯で食うか」
治療したばかりなのに、また擦り傷や切り傷を作って…。
……決めた。
晩ご飯を準備して集会所で宴会を始める。
「相変わらず美味い!」
「酒も美味いし、ご馳走だな!」
「お菓子もジュースも美味しいよ!」
鍋や串焼きを作ったけど口に合ったみたいだ。食材も買ってきて正解。
「ウォルトのおかげで身体も軽くなった!」
「胃の調子もよくなった気がするな」
楽しそうに食事を続ける皆のペースが、ちょっと落ち着いたところで切り出す。酔いが回る前に言っておきたい。
「皆さんに言っておきたいことがあります」
口を開くと皆に注目される。
「実は、ボクは魔法が使えます」
『なんのことだ?』って顔してるのも当然。見せた方が早いから、掌に炎や氷を発現させる。急に言い出したのにばあちゃんとアルクスさんは黙っててくれる。
「おぉ!本当に魔法だ!」
「まほう、はじめてみる!」
「実は、皆さんの身体も治癒魔法で治療しました。嘘をついてすみません」
「そうだったのか」
「悪い嘘じゃない。凄いじゃないか、ウォルト」
「魔法を使えるなんて大したモンだねぇ」
クローセと同じように普通の反応。優しい人達だ。
「皆にお願いしたいことがあります」
「お願い?」
「なんじゃい?」
「タオで暮らしてると、不便なこともあると思います。ボクに使える魔法で少しでも快適に暮らせるようにしたくて。許可が欲しいんです」
「魔法でどんなことをする気なんだ?」
「たとえば…」
床に魔法陣を付与する。
「コレは保存魔法陣です。上に置いておくだけで食材を1年くらい保存できます。ずっと腐ったりしません」
「そりゃあ便利だ」
「他にも、壊れかけの家を魔法で崩れなくしたりトイレや井戸水の浄化も魔法でできます」
「本当にできるなら助かる。苦労してるからな」
「こっちから頼みたいくらいじゃ」
黙っていたばあちゃんが口を開いた。
「そうしてもらえるとアタシらは助かる。けど、なんで急に言い出したんだい?アンタは魔法使いって知られたくなかっただろ?」
「そうなのか?なんでだ?」
「獣人に魔法使いはいない。珍しいんだ。誰だって見世物にされたくないだろ」
「そりゃそうだな」
「儂もそう聞いとった。けど、違ったんじゃな」
「だから気になったのさ」
「ばあちゃんやアルクスさん、村の皆の身体を診て…ボクにもできることがないか考えたんだ。やれることでタオの力になりたい。それが魔法なんだ」
若い年齢なら余計なお世話かもしれない。でも、身体に鞭打って頑張って生きてる。全力でタオを守ってる。そんな姿を目にして、住んでいなくても少しでも助力になりたいと思った。タオはボクのルーツなんだ。
「アンタは薬を作ってくれたり、服も織ってくれる。今日の酒も驕りだ。もう充分さね」
「やりたくてやってる。やりたくなければやらない。魔法もそうだ」
「…そうかい。やりたいんなら頼もうかね。アンタらもいいかい?」
「せっかく言ってくれてるのに断る理由がないじゃろ」
「こっちから頼みたい」
満場一致で賛成してもらえた。急な提案なのに有り難い。
「ありがとうございます。準備を整えてまた来るのでその時にやらせてもらいます。今日は、ちょっとした余興に魔法を見せたいんですが」
「おっ!そりゃいい!」
「相撲ばっかじゃ飽きちまって!魔法なんて滅多に見れないしな!」
「アイヤの筋肉ばっか見てつまらん!」
「やかましい!だったら見なきゃいいだろ!」
「大した魔法は見せられませんが、少しでも楽しんでもらいたいです。では、始めます」
全力で魔法を披露すると、皆は酒も飲まず口を開けてポカンとしてる。子供達は喜んでくれてるけど年配者は反応が悪い。
ばあちゃんとアルクスさんも皆と同じ表情。まだまだ魔法で楽しませる修練と変化が足りないな。やる気が出る。
「ウォルトのまほうは、すっごいね!」
「かっこいい!おもしろい!」
「それにきれい!」
「ありがとう。魔法使いなら誰でもできるんだけどね」
魔法披露を終えると、ばあちゃんがそっと抱きついてきた。
「急にどうしたの?」
「アンタの魔法は…ホントに大したもんだよ…。アタシとサバトの……自慢の孫だ…」
「…ありがとう」
贔屓目でも褒めてもらえるのは嬉しい。望むべくもないけど…じいちゃんにも魔法を見てもらいたかった。ばあちゃんはボクから離れて皆の方を向く。
「アンタらに頼みたいことがある!ウォルトが魔法を使えるのは、タオの住人だけの秘密にしてくれ!タオのタメに教えてくれたのに…もし世間にバレたら二度とココに来れなくなっちまうかもしれない。あたしゃ…それが嫌なんだ」
皆が頷いてくれる。子供達も…。
「皆さんありがとうございます。ボクはタオが好きで、できることをやりたい。この頃からタオの皆さんにはお世話になって…」
手を翳しボクが知る昔のタオの光景を『幻視』で映し出す。
「うあぁぁ…っ!なんて魔法だっ…!信じられん…!」
今より集落は賑わっていて、家も土俵もまだ新しかった頃。若い人も何人かいて行商もよく来ていた。
ボクに優しくしてくれた今は亡きタオの人達の姿も映し出す。外で洗濯していたり、ご飯を作っていたりもちろん相撲をとっていたり。
あの頃のタオの匂いを思い出しながら、元気だったサバトじいちゃんの姿も映し出す。獣人がいないタオに遊びに来るのは楽しかったから鮮明に覚えてる。子供のボクの視点からの記憶で悪いけど感謝を伝えたい。
と思っていたら…。
「死んだばあさんじゃ…!うぅっ…!」
「あの頃のじいさんが…まるで生きてるみたいに動いてるねぇ…。懐かしいねぇ…」
「ウォルト…。この魔法はいかんよ…。涙は枯れとったのに…嬉しすぎてまた湧いてくる…」
「なんでないてるの?!なかないで!」
子供達に慰められる大人達。
「アンタは…なんて魔法使いだ!頭の中はどうなってんだい!?」
ばあちゃんも泣いてる。アルクスさんや仲間達は、それぞれに昔からの住人を慰めてくれている。どうやらボクはやらかしてしまったっぽい…。
「泣かせるつもりじゃなかったんだ。昔のタオを懐かしんでもらおうと思って、ボクの記憶を映してるだけで」
「ジジババばっかりなんだ!年寄りは、こんなの見せられたら誰でも泣くさね!」
「でも、ばあちゃんは年寄り扱いするなって言うだろ?」
「やかましい!そんなことより、もっとサバトを見せなっ!」
完全に個人的な要求。皆の反応は予想外だったけれど、映し終わるともの凄く感謝された。こんなとき魔法が使えてよかったと思う。
ボクが魔法を使いたいと思える人達に喜んでもらえたときは。




