510 俺の感覚が普通だと思う
今日は、ミーリャがパーティーメンバーの魔導師であるロックをウォルトの住み家に連れてきた。
オーレン達も一緒に5人で訪ねてくれて、沢山料理が作れるのでウキウキの白猫獣人。
「初めまして、冒険者のロックです」
「初めまして。ウォルトです」
「ウォルトさん。俺には普通に接して下さい。ミーリャと同い年の若造なんで」
「わかった。ボクもまだ22だし、身構えなくていいからね」
「ありがとうございます」
人間は獣人の年齢を判別し辛いらしいから、ちゃんと言っておこう。あと、人間には年上を敬う習慣もあるから伝えておくのは大事。ガレオさんの教えだ。
とりあえず、各々に飲み物を出して住み家でお茶することに。
「めちゃくちゃ美味いです…。こんなカフィを飲むのは初めてです…」
「でしょ」
「褒めてくれてありがとう」
ロックの名前は知ってたけど、会うのは初めて。アニカとウイカが言うには「凄く才能がある魔導師です」とのこと。2人が言うのだから相当な魔導師だろう。
少し前にミーリャに言われていた。
「そろそろロックがウォルトさんに会っても大丈夫だと思うんです。鼓膜がすり減るくらい口酸っぱく言ってきたので」
まったく意味がわからなかった。そんなミーリャがボクを見る。
「ずっと、ロックをウォルトさんに会わせたいと思ってました。気に入らなかったら燃やして構いません」
「そんなことしないよ」
「なに言ってんだ、お前は…」
友人の友人はよほどの理由がなければ燃やしたりしない。
「ウォルトさん。ロックは誰にも言わないと肝に銘じてます。教えてもいいでしょうか?」
「教えるって…ボクが君達の冒険者の後輩になったってこと?」
「違います………って、そうなんですかっ?!」
「オーレンから聞いてない?冒険者になったばかりなんだ。ミーリャやロックにも冒険について教えてもらうかもしれない。よろしくね」
「俺はこう見えてEランクになったんで、なんでも聞いてください」
「先輩ぶるな、バカロック!後でもの凄く後悔することになるから!」
「なんなんだよ、面倒くさいな。改めて、俺にわかることならなんでも答えますんで遠慮なく」
「ありがとう。助かるよ」
「調子に乗るなってば!」
「乗ってないだろ!真面目に答えてるだけだ!」
ロックの言う通りだし、オーレン達は笑ってるけどなぜだろう?ミーリャとロックは幼馴染みだと聞いてるけど、確かにオーレン達と似たような関係性に見える。慣れてるからかほっとする。
「ウォルトさんとオーレンさん達の関係性について、ロックに教えてもいいでしょうか?」
「構わないよ」
「ロック…。今から言うことは絶対に内緒だからね」
「わかってるよ。しつこいな。何十回も言われて、耳にタコができてるんだよ」
ミーリャが気を使ってくれたんだろうけど申し訳ないな。
「あっそ。じゃあ教えるけど、ウォルトさんはオーレンさん達の師匠なの」
「師匠って…なんの?」
「主に剣術と魔法。薬学なんかもだよ」
「……?」
ロックは丸眼鏡の奥の目を細めて、首を傾げた。冒険者に成り立てなのに、3人の師匠なんて言われても意味不明だろう。気持ちはよくわかる。
「オーレンさん達からいろんなことを教わった私達からすると、ウォルトさんは大師匠なんだよ。孫弟子ってヤツ」
その表現は正しくない気がするけど、今は黙っておこうか。
「ちょっと待て…。さっぱり意味がわからない。ウォルトさんは冒険者になったばかりって言ったぞ?師匠のワケないだろ」
「冒険者になったのが最近なだけで、もっと前から師匠だから。ですよね、オーレンさん」
「ミーリャの言う通りだ」
「…わからない。特に、魔法…って?」
「ウォルトさんは獣人だけど魔法使いなの。そして、ウイカさんとアニカさんの魔法の師匠。ですよね?」
「私は1年前くらいから教えてもらってる」
「私は2年くらい前からかな!」
「………」
ロックは考え込んでしまった。いきなり言われても信じられないのが当たり前だと思……。
「なるほど。理解したぞ」
理解が早い。今の説明だけで納得できるのか。ロックは頭が切れる魔導師だ。てっきり「魔法を見せてほしい」と言われるとばかり。
「ホントに?」
「あぁ…。ウォルトさんは…顔が広くて冒険者を紹介できる、いわば森に住む凄腕仲介者。まるで魔法使いのように人脈が………いったっ!なにすんだよっ!」
ミーリャの拳骨が落とされた。
「全っ然わかってないじゃん!失礼でしょ!バカロック!」
「バカとはなんだ!俺なりに考え抜いてだな…」
「物知りそうな顔して的外れのことを言う…。そんなだから知的だと勘違いしてる女の子に実際はアホだって直ぐにバレるんだよ!」
「なにを~!」
にわかにエキサイトしてきた。直ぐにケンカするのも幼馴染みらしさなのかな。ボクとサマラやヨーキーは違うけど。なんでも言い合える関係性は、ちょっと羨ましくもある。ただ、獣人同士だと1歩間違えると危険だから無理。
「ミーリャ。そんなに怒らなくていいよ。ロックはなにも知らないんだ」
「いいえ!もっと賢いと思ってました。ここまで失礼なアホだとは…」
「このぉ…。いきなりなんなんだよ!順を追って説明しろよ!理解力のないバカですいません!ウォルトさん!」
「バカなんかじゃないさ。説明する前にまず見てもらおうかな」
指先に『炎』を灯してみせる。
「……マジですか」
ロックは口をあんぐり開けて固まった。そのまま『炎』を変化させて操ってみせる。『炎舞』のようにぐねぐねと。
「獣人では珍しいと思うけど、魔法使いなんだ。オーレンもウイカもアニカも師匠と呼んでくれてね」
「そ、そうなんですね…」
「俺に剣術も教えてくれてるのも本当なんだよ。俺の剣術は白猫流だ」
「オーレンに教わる方が多いけどね」
「魔法については、私達の修練を見てもらった方がいいんじゃないかな」
「後でロックも一緒に修練しようよ!」
「は、はい…。よろしくお願いします…」
確かに、ボクがどの程度の魔法使いなのかは、修練を見てもらえば一目瞭然。誤魔化しようがない。
「よし!ご飯の時間にはまだ早いです!修練しましょう!」
アニカの提案で揃って更地に向かう。
★
ウォルトと姉妹の修練を目にしたロックは、目が離せないでいる。
ミーリャにいきなり「動物の森に行くよ!」と連れ出されて嫌々付いてきたけど、こんなことになるなんて…。
獣人の魔法使いに出会って驚いた…けど、とにかく凄い魔法使い。ウォルトさんは、ウイカさんとアニカさんを相手に模擬魔法戦を繰り広げていて、様子をオーレンさんとミーリャと並んで見学してる。
「…ミーリャ」
「なに?」
「あの人……とんでもない魔導師だぞ…」
「だから3人の師匠だって言ったでしょ」
「そうだったな…」
アニカさんやウイカさんが連続で放つ魔法を軽々と躱し、受け止め、打ち消して反撃する。多彩な魔法と見たこともない美しい魔力。見てるだけなのに涙が出そうになる。こんなこと初めてだ。心に響くような魔法が存在するなんて…。
オーレンさんが教えてくれる。
「ウォルトさんはとにかく目立ちたくない人なんだ。だからひっそり森で暮らしてる。俺達も師匠の存在を口にしないだろ?」
「聞いたことなかったです」
「だから誰にも言うなって言ってるの。わかった?」
「よくわかった」
「ロックが言わないでくれるなら、魔法を教えてもらえると思うぞ」
「マジですか!?教わってみたいです!」
あの人に魔法を教わりたくない魔導師なんかいない。見てるだけでそう思える。
「けど、ウォルトさんは自分を大したことない魔法使いだと思ってる。ロックは故郷に師匠のダーシーさんがいるだろ?気を使って教えてくれないと思う。普通ならな」
「そんなバカな…。もの凄い魔導師ですよ…」
師匠には悪いけど、技量は比べものにならない。ウォルトさんは不可能と云われる多重発動すら簡単にこなしてる。信じられない技量の魔導師。
「だから強めに頼むといい。「ボクなんかが教えられない」と言われても引いちゃダメだ。「ちょっとでいいから」とか「それだけは知らない」とか言って誤魔化せばいい」
「いいんですかね?申し訳ないような…」
「大丈夫。ウォルトさんは魔法が好きだから、教えを請われることは嫌がらない。ただ、自分が教えていいのか…って気を使ってる。多分ロックの方が格上だと勘違いしてるしな」
「えぇっ?!あり得ないですよ!」
あんな魔導師はカネルラの冒険者にもいるかどうか怪しいと思う…。それくらい段違いだ。素人が見てもわかるんじゃないか。
「私もオーレンさんに賛成。きっと「ボクに魔法を教えてくれないか?」って言われるよ」
「冗談きついって!嘘つくなよ!」
「ミーリャの予想は、8割…いや、9割9分当たってる」
「ですよね。だって、ウォルトさんはそこら辺にいるただの魔法使いなんだから。しかもロックはEランクの魔法使いだし?教えるんだよね?」
くっ…。
「言うなって…。めっちゃ後悔してるから」
「だから言ったでしょ!今後は謙虚になること!Eランクくらいで先輩面するなっ!」
「だな…」
「ウォルトさんは気にしてないさ。本当にロックから魔法を教えてもらうつもりだ。その時は知ってることを教えるといい。魔法じゃなくて、冒険に関してでもスイシュセンドウのことでもなんでもいいんだ」
「わかりました。覚えておきます」
休憩に入ったウイカさんとアニカさんがこっちに歩いて来る。
「しばらく休憩するね」
「次は、ミーリャとオーレンで一緒にいけば?」
「そうだな。今日は俺達で師匠に挑むか!」
「はい!気合い入れます!」
オーレンさんとミーリャは、木剣を持ってウォルトさんの元へ向かう。会話もそこそこに2対1で剣の打ち合いが始まった。
…マジか。あれだけ魔法を使って剣もほぼ休みなしで修練するのか…。しかも、2人を相手に互角に闘ってる。かなり強い。
「ロック。ウォルトさんの凄さ、わかってくれた?」
「紛れもなく師匠だったでしょ!」
「納得しました。今まで見た魔導師の中で1番凄いです」
「でしょ」
「内緒でお願いね!」
「もちろんです。俺も…魔法を教えてもらえるでしょうか?」
「大丈夫じゃないかな」
「師匠呼びは無理かもしれないけどね!」
「師匠はいるからいいんですけど、ちょっとだけでも教わりたいです」
ウイカさんとアニカさんは微妙な表情。
「Eランクって言っちゃったのがね」
「まだまだ新人です!って言えばすんなりいったと思う!」
「言わないで下さいよ…。ウォルトさんがこんなに凄くて、謙虚な魔導師なんて思わないじゃないですか…」
「ゴメンゴメン!冗談だよ!オーレン達のあとに一緒に修練しようよ!私達から言ってみるから!」
「ありがとうございます。皆さんは、なんでウォルトさんのことを俺に教えてくれたんですか?」
今までも言おうと思えば言えたはず。でもしばらく教えてもらえてなかった。
「私達というよりミーリャの提案だね」
ミーリャが?
「多分1人で抱えきれなくなったんじゃないかな!誰かに言いたくなるでしょ?感動したり興奮する魔法を見たって!」
「はい。既になってます」
「「あはははっ!」」
オーレンさんとミーリャが息切れしたところで俺達が交代する。
「きっついなぁ…!」
「はぁ…はぁ…。私達、まだまだですね…」
「ゆっくり休んでて!お姉ちゃん、ロック、行こう!」
「うん」
「はい」
ウォルトさんは微笑んで平然としてる。2連戦で相当動いてたぞ…。魔導師なのにどんな体力してるんだ…?
「ウォルトさん!ロックも交えて修練したいです!いいですか?」
「いいよ。でも、ロックの修練になるかなぁ?」
「なります。大丈夫です」
こういう受け答えでいいんだよな…?
「それならやろうか」
どうやら正解みたいだ。もうちょっと言っておこう。
「俺は…Eランクなんですけど、まだ操れる魔法も少ないです。実際に見てもらった方が早いので、その後どんな修練をするか決めてもらえたら」
「なるほど。見せてもらっていいかい?」
「はい」
全力じゃないと失礼だ。やるだけやろう。俺が使える魔法をウォルトさんに見せる。
「こんな感じなんですが…」
「ロックは凄い。さすがだね」
「そうですか…?大したことないんですが…」
お世辞にしか聞こえない。
「ボクが言うことじゃないけど、基礎がしっかりしてて魔力も磨かれてる。今は操れる魔法がそれだけだとしても、君はこれから才能を伸ばす」
「ありがとうございます」
「ロック!魔法関係で気になってることとか、上手くいかないことがあったら教えて!今日はそれを修練しよう!」
「気になること…。俺は氷系が得意だと思ってるんですけど、最近詠唱するときに違和感があって…」
「どんな?」
ウォルトさんに相談すると、体内で魔力の歪みが起こっているらしい。聞いたこともない。
「矯正する方法を教えるよ」
氷魔法を操りながら解説してくれる。間近で見るとマジで凄いな…。無詠唱で複雑な魔力操作を軽く行う。話しながらとか普通にあり得ない。
「伝わったかな?」
「はい。やってみます」
「……うん。いい感じだけど、もう少し……こう」
「アニカ、私達もやり方を覚えておこう」
「そうだね!」
しばらく魔力の矯正をする。わかりやすい解説と、魔力操作の実演。教えてもらいながら驚きばかりだ。
「もう大丈夫。『氷結』を詠唱してみて」
「はい」
集中して詠唱すると…。
「どうかな?」
「かなりいい感じです…。というか、前より楽に詠唱できてるような…」
「おそらく少しずつ歪みが生じてたんだ。たまに矯正するといいよ」
「師匠にも教えてもらったことなくて…」
「きっと自分で気付いてほしかったんだろうね。魔導師が気付かないはずないから」
魔力の歪みなんて聞いたこともない。歪むという認識さえなかった。でも、矯正して明らかに効果が出た。疑いようもないほどに。
「ロックの師匠は長所を伸ばす指導をしてくれたんじゃないか?魔力回路を見れば、どんな修練をしてきたかわかる気がするんだ」
「そうなんです。「まずは得意な魔法を伸ばせ」と教わりました」
「でも、苦手な系統、いわゆる短所もしっかり鍛えてる。将来を見据えた修練を課す人だと思う。矯正もあえて教えずに自力で覚えるように放置したんじゃないかな。師匠は凄い魔導師だね」
「はい。尊敬してます」
ダーシー師匠は田舎町の無名な魔導師だけど、俺にとっては誰より凄い魔導師で、魔法を教えてくれた恩人。こんな凄い人に褒められて嬉しい。
ただ、矯正のやり方は絶対知らない。「そんなのわかるワケないだろ!」って怒る姿が目に浮かぶ。
…ははっ。師匠のおかげで気が楽になった。元気にしてるかな。今度会いに行こう。
「あと、今は『火炎』の修練もやってて、上手くいかないんです」
「見せてもらっていいかい」
その後も、ウイカさん達には悪いと思いながら魔法について教えてもらう。
ダーシー師匠は俺にとって最高の魔導師だけど、ウォルトさんはカネルラ最高の魔導師なんじゃないか。純粋にそう思った。
「アニカさんとウイカさんの修練を邪魔してすみませんでした」
フクーベに帰る道すがら謝罪する。結局、俺が教えてもらってばかりで、2人の修練にはならなかったはず。非常に申し訳ない。
「気にしなくていいよ!」
「ロックのおかげで私達も勉強になった。魔力の歪みについて知れたから」
「ウォルトさんはなんでも教えてくれるけど、基本的に聞いたことにしか答えないからね!問題点に気付いたり探すのも私達の修練なんだよ!」
ウイカさんもアニカさんも凄い魔導師で、冒険者の間でも注目されてるけど、ウォルトさんの弟子なら納得だ。ただし、実際に俺が同じ立場だったら恐怖と重圧の板挟み状態で胃が痛むこと間違いなし。
凡庸な魔導師に成長しようもんなら師匠の顔に泥を塗る。そんな状況に絶対耐えられない。誰にも弟子だなんて言えずに黙ってる。ウォルトさんの弟子になれば否が応でも成長せざるを得ない。脅迫観念に取り憑かれるだろうな。
2人は俺みたいな小心者じゃなく生き生きと修練して才能を伸ばしてる。それが凄いと思う。
「ロックが教えたことも楽しそうに聞いてたね」
「相当感心してた!」
ウォルトさんに俺が師匠から学んだ魔法の修練方法を伝えると、もの凄く嬉しそうだった。知らないことを知れて嬉しいという気持ちが伝わってきてほっとしたんだ。
「本当に凄い魔法使いでした」
「まだまだだよ」
「あれでほんの一部だからね!」
あれでほんの一部……なんだろうな。信じがたいけど。ミーリャが覗き込んでくる。
「あのさ、周りの女の子達に言ってるみたいにカネルラ最高の魔導師になってよ?」
「…善処します」
身の程知らずの赤面発言…。かなり難しいけど、やる気はある。俺もあんな魔法を操ってみたい。人を魅了するような魔法を。
「あと、自分が料理下手なのを『獣人よりは上手い』っていつも誤魔化してたけど?」
「完全に俺の偏見だった。マジで反省してる」
ウォルトさんが作った料理は絶品だった。もはや料理人級の腕前で、「料理は魔法に通じる気がするんだ」と言ってた。今後言い訳せずにやってみよう。
「よろしい。今後は励みたまえ」
「何様だよ」
魔法使いなら俺じゃなくても誰だってそうなる。負けてられないって気持ちに。
正直、めちゃくちゃ調子に乗ってた。今のままでも、いずれカネルラ最高の魔導師になれるって思ってたんだ。
戯言もいい加減にしろ馬鹿ロック。心を入れ替えてもっと魔法の高みを目指すんだ。そのタメの出会いだった気がする。




