51 2人の王子
「お~い。兄さん」
「アグレオ?急にどうした?なにかあったか」
カネルラの次世代を担う若き王子たちが城の廊下で会話している。ちょっとした休息を終え、執務に戻ろうとしていた第一王子ストリアルに弟であるアグレオが後ろから声を掛けた。
「聞いた?さっきリスティアが戻ってきたらしいよ」
「なにっ!?それを早く言え。直ぐ行くか?」
「当然」
連れ立って俺達の可愛い妹リスティアの部屋に向かう。最近の国内情勢や隣国の動きなど真面目な話題を交わしながら。
自分で言うのもなんだが、俺達兄妹は継承権争いなどと無縁で仲も良好。国王である父上との親子関係も良好。
妻同士の仲も良好で争いの火種すらないような間柄。カネルラ王族は歴代揉め事が起きないことで有名。
初代国王が建国の際に立てた誓いの中に、『王族は民の模範で在り続ける』というものがあり、家族としての在り方も含まれるからだ。
「リスティアが『動物の森』に行った目的はなんだったんだ?」
「多幸草を採りに行ってたらしい」
「稀少な植物の?動物の森に生えてるのか?」
「知らない。けどリスティアは根拠もなく行かないはずだよ」
「そうだな…。本人に聞いてみるか。とりあえず早く顔を見ないと落ち着かない」
「そうしよう」
リスティアの部屋に到着してドアをノックすると、部屋の中から「はぁい」と気の抜けた返事が返ってきた。
扉越しに「お帰り、リスティア」と話し掛けると、ドアの鍵が外され可愛い妹がひょっこり顔を出す。
「兄様達。ご機嫌よう」
「お帰り、リスティア。中に入れてくれるか?」
「いいよ!ど~ぞ!」
連れ立って入室する。室内を確認すると、ベッドで横になっていたのかシーツが乱れている。俺達は来客用の椅子に座りリスティアはベッドの縁に腰掛けた。
「揃ってどうしたの?」
リスティアは小首を傾げる。
「どうしたのって…脱走兵が帰還したと聞いて元気かどうか様子を見に来た」
「脱走兵って上手いこと言うね!」
「脱走してる自覚はあるんだね。今回も大冒険だったかい?」
「うん!凄く楽しかったよ!」
アグレオの問いに笑顔で返答したリスティアに、今回の旅について聞いてみる。
「アイリスを同行させたんだろ?迷惑かけたんじゃないか?」
「失礼な!一応こう見えても王女なんですけどぉ…。多少なら迷惑かけても大丈夫じゃないかな?」
「そういうワケにはいかないよ。騎士団はリスティアに煮え湯を飲まされているからね」
「そうかな?」
アグレオは苦笑する。騎士団の運営を任されているアグレオは、脱走癖のあるリスティアのタメに過去何度か捜索の指示を出している。
実際は城の中にいることがほとんどなのだが、余計な仕事を増やされる騎士団の面々はほとほと困っているらしい。
「危うく騎士団と町民が激突しかけたこともあったな」
「あの時は建国初の一揆が起こるかと思ってヒヤヒヤしたよ」
以前、リスティアが城を脱走して城下町で遊び回っていたとき、捜索に来た騎士団と自主的に匿おうとする町民の間で一触即発の空気が流れる事件が起きた。
当の本人は、そんな事態が生起しているとは露知らず、泥だらけになって街の子供達と遊び回っていた。街の広場で小競り合いが繰り広げられていたところに満足気な顔をしたリスティアが現れ、双方から話を聞いて大人しく城に帰る旨を伝えたことで事態は終息した。
「皆の気持ちは凄く嬉しい!また来るからその時はよろしくね!」と町民に笑顔で語り、更に人気を得ることになった。
我が妹は、天真爛漫さゆえか国民に愛されとにかく人気がある。生まれ持った才能だろう。
「むぅ…。国民と触れ合わずに城にいるだけなら王族なんてただの飾りだから!紋章や街の看板と一緒だもん!」
「看板て…。言ってることは理解できるがやはり脱走はよくないぞ」
「そうだよ。今回もだけど、家族に心配をかけてはいけないよ」
「うっ…。それはごめんなさい…」
ショボンとしてしまったリスティアの姿に俺達は苦笑い。
お転婆だが実は聡明なことを知っているだけに、考えあっての行動だとわかっている。単なる我が儘で城を脱走するような王女ではない。反省すべきは素直に反省する。そんな可愛い妹だ。
「それはそうと、多幸草を採ってきたんだって?」
「うん!お母様にあげたの!」
本当に採ってきたのか。
「幻の花なのによく手に入ったね」
「ふふ~ん!私の親友が一緒に採ってくれたんだ!」
「「親友?」」
「うん!いつか兄様たちにも紹介するね!」
「その親友とやらは、男か女か?」
「うん。それは聞いておきたい」
アグレオも同じ気持ちのようだな。
★
「女の人!白くて温かい人だよ!」
質問を予想していた私は息をするように嘘を吐いた。
正直、庇護欲はもうお腹いっぱい。幼い妹を守りたいって思ってくれてるんだろうけど、大きな勘違いだし!
お父様との会話で、家族であっても正直に言わないほうがいいと判断した。口論はもう懲りごりだ。お兄様達は父親似だから、同じ反応が返ってくることが容易に想像できる。
ウォルトには悪いと思うけど、事実を知っているのは私とアイリスだけでいい。親友であることと白くて温かいのは嘘じゃないし…と自己満足で誤魔化しておく。
「それならいい。あと、別にどうこうするつもりで訊いたんじゃないからな」
「可愛い妹に悪い虫がつかないよう心配してるのさ」
ウォルトを悪い虫と言われたようで不機嫌になりかけたけど、嘘をついた手前グッとこらえる。
それに、兄様達は昔から面倒をみてくれたり、お父様に対してもフォローをしてくれたりと優しい。あまり困らせたくはない。
「それにしても、多幸草か…。生えている場所は覚えてるか?」
「聞いてどうするの?」
「いざというときの保険にと思ってな」
多幸草は国外でも高値で取引されるから、いざというときの資金源にと考えたんだね。確認する前からわかってはいた。
「覚えてるけど、私は教えないよ」
「なぜだ?」
「親友を裏切ることになるから」
「その人が場所を教えてくれたのは、そんなことに使わせるタメじゃないってことかい?」
「そう」
どうやらアグレオ兄様もストリアル兄様と同意見みたい。
「国が困窮する事態になってもか?」
「ならないでしょ」
「なぜそう言える?」
「だってお父様やお兄様がちゃんと統治するでしょ」
「そのつもりだが、万が一はある」
「そうだとしても私は教えない。どうしても教えろと言うのなら…」
「なんだ?」
「なんだい?」
「王族から籍を抜いて今すぐこの国を出て行く。気に入らないなら追っ手でも放って直ぐに殺してくれて構わないよ」
私は本気だ。けれど子供の戯言だと受け取られるだろう。
「兄様は、私欲や興味本位で訊いてるんじゃないのはわかってる」
「当然カネルラのためだ」
「把握しておきたいのが本音だよ」
「さっきお父様とも話をして、兄様たちとも話して感じた。王族に生まれたからには全て思い通りに生きられないのは当然だけど、国のために私の心も全て捧げろと言うのなら王族の立場などいらない。私にも曲げられない想いはあるの」
私が教えたとしてもきっとウォルトはなにも言わない。でも、教える必要はない。お父様や兄様達はちゃんとカネルラを統治すると信じてる。
だからその必要はないし、万が一にもお金のタメに教えてもらったとウォルトに思われるのが嫌だ。死ぬほど嫌だ。
私のお母様への気持ちを理解してウォルトは協力してくれたのだから、気持ちを踏みにじるようなことは絶対にしちゃいけない。
「リスティア…。お前…」
「私はどっちでも構わないよ」
「後悔はしないんだね?」
「もちろん。お父様にも同じことを言ったし。あと、どんな手段を使ってでもアイリスは連れて行くからね。彼女もきっと理解してくれる」
兄様達は少し呆れたような表情。
「わかった。この話は終わりだ。これ以上の詮索はしない。アイリスにも訊かないと約束する。それでいいか?」
「ありがとう」
「1つだけ訊いてもいいかい?」
「なぁに?」
「国民が飢えるほど困窮したらリスティアはどうする?」
そんなの決まってる。
「そうなる前にお父様と兄様達を城から追放して、私がカネルラを統治する!カネルラを立て直してみせる!その時は尻を思い切り蹴飛ばすからね!」
シュッ!シュッ!と尻を蹴る素振りをする。今から練習しておこう。
「はははっ!そうならないよう気合いを入れないとな」
「そうだね。妹に尻を蹴飛ばされて城を追い出されたら末代まで笑い者だ」
「あと、そうなってもウィリナさんとレイさんはちゃんとお城で面倒見るから心配しないでね!」
ウィリナさんとレイさんは、2人の妻で私の義姉。「それなら心配いらないな」と笑ってくれた。
私だって理解している。国の未来に限らず一寸先は闇。常に不安が付き纏い、あらゆる腹案を持っておかなければ対処できない事態に遭遇するかもしれない。
兄様達はきっと国民第一のいい国造りをする。だからこそ私もできる限り助力する。だけど、それは多幸草の場所を教えることではなくもっと違う形で。
「兄様。話は変わるけど…ウィリナさんとレイさんの側についてなくていいの?」
「どういう意味だ?」
「含みがある言い方だね」
「内緒!コレを持っていって渡して!絶対余計なこと言っちゃダメだよ!」
2色の多幸草を一輪ずつ花瓶に生けてそれぞれに渡す。その後、ぐいぐい背中を押して笑顔で部屋から追い出した。
コレでよし!万事オッケー!
★
ワケもわからず、けれどリスティアが揶揄っているようには思えなかった俺達は、言われた通り各々の妻に会いに行くことにした。
「ウィリナ、コレを」
「まさか……多幸草ですか…?本物を初めて見ました…。綺麗…。しかもこの色は…。気付いてくれたのですね…。ありがとうございます、ストリアル様…」
一筋の涙を溢すウィリナ。
「あ、あぁ…」
一方アグレオの自室では。
「レイ。君にコレを」
「えっ?!それって…多幸草でしょ?凄い…。2色も…。私達にってこと!?」
「えっ…?」
「アグレオ様…。気付いてくれたんだ…。ありがとう!凄く嬉しい…!」
レイは花が咲くように笑った。
「う、うん…?」
リスティアが渡したのは、ルイーナに渡したものと同じ多幸草。
王子達の妻にも同じ変化を感じ取っていた。そして、ルイーナ同様に幸福が訪れることを願っている。
それからしばらくして。
2人の王子は国を挙げて盛大に発表しようと内密にされていた母と我が妻の懐妊を知ることになる。
同時に、誕生を祝福するタメに妹が脱走したことを知ることになった。