508 後始末
ウォルト達で食事しながら談笑していると、玄関のドアがノックされた。
「約束はないけど、こんな時間に誰かな?」
「ボクが対応します」
テラさんを制して玄関に移動し、ドアを開けるとサスケさんが立っていた。昼間とは違う変装を施してる。
「テラさん。ボクの知り合いの方でした。少し外で話してます」
「はぁ~い。ごゆっくり~!」
外へ出てそっとドアを閉める。外はすっかり暗い。
「お待ちしてました」
「来るのがわかってたのかい?」
「リスティアが後で連絡すると言ったときに可能性はあると。暗部の皆さんには、お手数おかけしました」
「なにもしてないよ。奴らを拘束したのは衛兵だ。王女様から情報を頂いて、現場に向かうと全員が眠りこけてた。楽な仕事だったらしい」
「そうですか」
「ただ、覚醒させても供述が意味不明で困っていたよ。記憶の混濁が激しくて、自分がなぜカネルラにいるのかわからないとか、中には自分が何者かすら朧気な者までいるみたいだ。君の魔法の影響だろう?」
「ちょっとやり過ぎてしまいましたか」
『混濁』は効果がわかり辛いのが難点。
「自供がなくても、裏は取れてるから心配いらない。ボグフォレス卿からも極秘に事情を伺ってる。ウォルト君には悪いけど、俺が張り込ませてもらって子供を救出して戻ったことも確認した」
「そうだったんですか?まったく気付かなかったです」
「屋敷の手前だったからね。気も抜けるさ」
周囲を警戒していたけど、やっぱり凄いな。サスケさんの配置にはボグフォレスさんの護衛の意味もあったはず。
「奴らは今後どうなりますか?」
「王女様から国王様に報告がなされた。どうなるのかは推測しかできないけど、他国の輩とはいえ送還はないだろう。カネルラで然るべき処置を執行する」
「奴らの祖国はアヴェステノウルですね?」
「その通り。聞き出していたのか」
「北から入国したと聞いて、シュナウザーの名を合言葉にしていればわかります」
カネルラの北に隣接する国、アヴェステノウル。
英雄的な国家元首シュナウザーが統治していた時代に、カネルラとは諍いを起こした歴史もあるけれど、現在の関係は良好。カネルラと同じく小国でありながら、『国民総兵隊』と呼ばれるほど血気盛んな国。自然を守るカネルラとは異なり、近代化に力を入れる国でもある。治安の悪さも有名。
「国家が絡む事件であれば、間違いなく外交問題になる。他国で、しかも貴族を脅迫する行為はカネルラに限らず重罪だ。けれど、ただアヴェステノウル出身の犯罪集団の仕業という可能性が高い。カネルラを嘲笑する行為で、重犯罪に変わりないから厳罰に処される」
予想通りだし、今回はリスティアに任せると決めた。だからどんな結果になっても納得する。奴らの未来に興味はない。
「事件は解決したけれど、1つだけ問題が残ったんだ」
「『刺青男』ですか?」
「お見通しだね。あの男は危険だから俺が直接話した。君のことを覚えていたよ」
そんな気はしていた。奴は魔法耐性に優れている。ボクの魔法はやっぱりまだまだ。
「もう一度、相手をしろと言ってましたか?」
「似たようなことを言っていた」
「一向に構わないんですが、拘束されている以上、難しいですね」
「普通ならそうだけど、奴は君と『血闘』をやりたいと意気込んでる」
『血闘』は、国が準備した処刑人と闘って、勝利すれば重罪を犯した犯罪者であっても晴れて無罪放免となる救済制度。犯罪者側の要望が基本ながら、国側が提案することもある。
採用していた国も少なく、そもそも時代が違う。今よりかなり前の時代、拳闘と同様に娯楽として一定の人気を博した制度。現代でも、一部の地域では採用されていると聞くけれど…。
「カネルラには存在しないことを知らないんでしょうか?」
「アヴェステノウルにも血闘は存在しない。とにかく君と闘いたいという意思表示だと俺は判断した」
「牢で騒いでいますか?」
「いや。とぼけた態度だったけど、君に会わせないと供述はしないと開き直っていた」
そこまで言うのなら…。
「ボクが牢に行って直接話します」
テラさんにリリサイドとドナのことをお願いして、サスケさんと共に収監先を訪れることに。
知らなかったけど、王都の監獄はかなり街外れに建っているらしい。サスケさんは一度王城に帰還して牢へ入れるよう調整してくると告げた。
城門の外で待っていると、サスケさんが焦った様子で戻ってくる。
「緊急事態だ。ついさっきキーチが牢から脱走した。牢を力ずくで破壊し、看守を全員叩きのめして逃走したらしい」
なんて迷惑な奴だ。
「奴の行方は?」
「未だ知れない。衛兵と暗部が協力して包囲網を敷いている最中だ。民に被害があってはいけない」
「そうですか。サスケさんは任務に戻られて下さい」
「すまないがそうさせてもらう………いや。その顔は心当たりがあるんだね?」
さすがは暗部。隠せないか。
「心当たりがあります。ただ、自信はないので無駄骨に終わるかもしれません。だからボク1人で行ってみます」
「闇雲に捜すより俺は君と動こう。奴は君に執心している」
「では、急ぎます」
サスケさんと共に駆けてきたのは、「ここで待っていろ」と告げた奴らのアジト。到着するなりドアノブに手をかけ、中に入る。サスケさんはボクに追従する形。
「ははっ!予想以上に来るのが早いな!俺もさっき着いたばかりだ」
大部屋に入ると窓から差し込む月明かりに照らされたキーチが、ふてぶてしく椅子に座っていた。
「律儀に戻ってきたのか」
「そりゃあ不完全燃焼だったからな!お前に虚仮にされて、一度は負けを認めた。…けど、やっぱり腹が立ってなぁ!」
「懲りない奴だ」
「懲りるような人間が、犯罪者になるワケないだろ?懲りないから悪事を続けられる。一種の才能ってヤツだ。違うか?」
「言いたいことは理解できるが、気持ちは理解できない」
それがコイツの理屈であることだけ理解した。
「冷酷なお前は犯罪者に向いてるぜ。俺と組んでみないか?悪いことってのは面白いぜ。猛犬と猛猫コンビで名を売ってな」
「あり得ないことを言ってどうする」
「有りか無しかは、お前次第だろ」
「今から犬と猫で仲良く遊ぶつもりか?」
「…ったく、どこまでもつれない猫だ。大体、猛猫ってなんだよ!」
「こっちの台詞だ」
「さぁて…きっちり殺してやる…!俺の勲章になりやがれっ!」
高速で殴りかかってきたキーチの拳を『強化盾』で防いだ。さっと比べて動きが格段に速く、威力も上がっている。纏う力には変化がない。なのになぜ?
「マジで硬い障壁だ。だがなぁ、なんでも防げると思うなよっ!」
受け止めた部分にヒビが入り、障壁は砕け散る。
「オッラァァ!」
追撃は冷静に見切って躱し、大きく距離をとった。至近距離で攻撃を躱した時に、あることを確信する。今の力は…そういうことか。
「お前みたいな魔導師を殺したってのは、一生自慢できる。今まで何十人と殺してきたが、歯ごたえがない奴ばかりでつまらなくてなぁ。ここまで興奮するのは初めての経験だ!」
「発情期の犬か」
「うるせぇよ!いちいち揚げ足とりやがる!」
暗闇でもはっきり見える。コイツの力の源。
「底辺の魔法使いを相手に、人殺しを自慢するとは威勢がいい。お前は血闘がやりたいと言ったらしいな」
「あぁ!受けてくれよ!お前を殺せば気分は爽快。この国から逃げ切って、見事に無罪放免ってな!軽くやってみせるぜ!」
「それがお前の理屈か。血闘を受けてやる」
「そうこなくっちゃなぁ!一息に殺してやるぜっ!」
歪んだ笑みを浮かべる猛犬。初めて猛犬らしさを見た。直線的に迫り来るキーチは、マードックやリオンさんのように剛力じゃない。マルコの気功に類似した力を纏っているけど、障壁を砕いた力は別物。同じ力をさっきも纏っていた。
ボクを殺すと言い切る自信の源は…この男の最大の特徴。手を翳して詠唱する。
『解呪』
目に見えて接近するスピードが落ちた。
「気付いたかっ!獣人のくせになんでも知ってやがる!」
猛犬の身体中に刻まれた刺青は、罪人の証でもただの装飾でもなく施された呪術の痕。効果は定かではないけど、おそらく身体強化と魔法耐性の向上といったところか。
打撃を放っているとき、魔力のように微かに揺らめいた。魔法で完全に解呪できなくとも効果を減退させることはできる。
約束通りこの場所に来た理由には、暗い場所に誘い込み刺青を視認できなくする狙いもあっただろう。使える時間や回数に制約がある奥の手だと推測できる。呪術による能力強化は諸刃の剣で、相応の代償を支払う必要がある。呪術を学んだ甲斐があったな。
今が本気中の本気であっても、種明かしは終わった。種がバレた手品は二度と純粋に楽しめない。呪術による強化は技能や魔法とは違う。積み上げられた地力ではなく、怠け者が広げた大風呂敷。
つまり破れやすいモノ。
「ドラァァァッ!」
力ない拳を左手で発現した『強化盾』で受け止めながら、右掌をキーチに翳す。
『火焔』
「ぐおっ!?ぐうぅぅっ…!おぁぁっ!」
直撃したのに耐えきられた。
「この…化け猫野郎…!」
「人よく耐えられたな。だが、コレはどうだ?」
右掌に天井に届かんばかりの炎を発現させる。キーチに対して、5割にも満たない威力の魔法を放ってきた。まだリスティアの要望に応えたい気持ちがあったからだ。だが、血闘ならもういいだろう。
「…はははっ!ずっと手加減してたのかよ!…ったく、ケンカを売った相手が悪かった。こっそり逃亡するのが正解だったか」
「騒がしいお前にできると思えない」
「まぁな。祭りは派手だが、終わりってのはいつも呆気ない…ってな。あの世で会えたらまたやろうぜ!」
「断る。1人で踊れ」
『火焔』をぶつける。
「ぐあぁぁぁぁっ…!!」
魔力が霧散したあと、キーチの姿は跡形もなく消え失せていた。匂いも気配もない。隠れている可能性はなさそうだ。ボクは処刑人ではないけれど本望だろう。血闘で敗北した犯罪者には死あるのみ。身を以て達成した。
後ろに控えて静観してくれていたサスケさんに声をかける。
「終わりました。身柄を引き渡すことができなくてすみません」
「構わないさ。この闘いを望んだのは奴だ。民に被害が出る前に食い止めてくれてありがとう」
「礼なんて必要ないです。恐縮ですが、逃走犯が死亡した旨を伝えて頂けませんか?捜索中の皆さんもゆっくり休めます」
「そうさせてもらう」
サスケさんと別れて、テラさんの家に帰ると皆は変わらず居間にいた。
「遅かったですね」
「少し長い話になってしまいました」
「ドナは寝てしまったわよ」
リリサイドに抱かれて眠ってる。幸せそうな寝顔も小さな頃のサマラっぽい。
「動き回ってたからね。そろそろ森に帰ろうか」
「そうしましょう」
「まぁたそんな水くさいことを!泊まっていけばいいじゃないですか!」
「気持ちは嬉しいんですが、3人は多すぎませんか?」
「5人も8人も変わりませんって!」
「そう言ってもらえるなら」
「テラ。私達も泊まっていいの?」
「もちろんです!もう友達でしょう!」
「ありがとう。それなら、私とカリーとルビーは居間で寝るわ。ドナも一緒にね」
「それは辛くないか?」
リリサイドが馬に変身すれば大丈夫だろうけど。
「床があるだけ上等過ぎるくらいよ。馬が勢揃いで寝るの。いいでしょ?」
「ヒヒン!」
どうやら、カリーとルビーも納得してくれていそう。
「テラさん。お世話になります」
「何日でもどうぞ!ウォルトさんはダナンさんと寝てくださいね。それとも…」
「ダナンさんと寝ます。それはもう間違いなく。一緒に寝ないという選択肢はありません」
「最後まで言わせて下さいよ!」
今日は気疲れしたから正直助かる。体力や魔力は全然だけど気分が怠い。
「お風呂も湧かし直して、ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
お風呂を借りようと思ったところで、魔伝送器が震えた。呼び出しているのはリスティアだ。家の外に出て話す。
『ウォルト、お疲れ様!』
「リスティアこそお疲れ様。後始末が大変だったんじゃないか?」
『全然だよ。今回の件に関しては、後からお父様に説明して納得してもらったからスムーズにいった』
「上手いこと改竄して?」
『ほぼ事実を伝えてる。良心的な改竄はしてるけどね』
余計な白猫の存在を省く必要がある。でも有り難い。
「怒られなかったかい?」
『勝手に暗部を動かしたのもバレるのはわかってたの。でも、理由が理由だから責められなかった。「直ぐに報告しろ」とは言われたけど、「暇がなかった」で押し通したよ。別件で忙しそうにしてたし、初動が遅れるからね』
「そっか」
『暗部の報告を聞いたけど、脱走した刺青の男を倒したのはウォルトでしょ?』
やっぱりバレるか。
「奴だけは生かせなかった。血闘を申し込まれてボクは受けたから。殺すつもりで来る者に慈悲をかけられない」
『気にしないで。ウォルトは私の我が儘を最大限聞いてくれた。怪我しなかったの?』
「怪我はないよ。安易な力に頼るアイツに負ける気がしなかった」
『そっか。鍛錬が足りなかったワケだね』
アリューシセの傭兵もそうだけど、地力を鍛える必要性を反面教師として教わった。引き出しも増やす必要があると。安易な身体強化手段である薬や呪術に頼れば、生命線を絶たれただけで窮地に陥る。
「リスティア」
『なぁに?』
「急だったのに直ぐに動いてくれてありがとう。本当に助かった」
『水くさいよ!民を救ってくれてお礼を言いたいのはこっちだし、言っとくけど全然足りてないんだからね!』
「なにが?」
『こっちの話だよ!』
水くさいと言うけど、やっぱり感謝しかない。情報をくれたのもそうだけど、やらかすことは簡単で後始末の方が数倍大変だから。その後も少しだけ会話して通話を切った。
残った輩については、「カネルラで報いを受けることになる」とリスティアは言った。自分に決定権はなくとも未来が見えているんだろう。
★
「シノさん。俺が間違っていました」
「なんの話だ…?」
サスケに「話があるので、少しだけ時間を下さい」と詰所の個室に呼び出されたシノ。
とぼけたが内容はわかりきっている。
「今日発生したバーレーン家の誘拐事件について、彼の世話役に俺を付けたのは理解させる狙いがあったんですね」
「なにを理解した…?」
「彼が……いかに危険な存在であるかです」
「ふっ…。お前は…どう感じた…?」
「彼の性格は元より、手合わせして実力もよく知っている…つもりでした。全て崩れ去りました」
「お前は…確かに知っている…。ただし…アイツの一面だけだ…」
ウォルトを優しく謙虚な友人だと思っている。それがサスケの目を曇らせていた原因。
「彼が灰燼に帰した男は、アヴェステノウルの『猛犬』と呼ばれる犯罪者キーチです。国際的な犯罪者リストに載り、凶悪な強さを誇ると云われている男を……赤子の手を捻るように抹殺しました」
「しかも…本気ではなかった…か?」
「俺が知っている力は片鱗であることと、敵であると判断した者に一切容赦しないことを知りました。勘違いだったと猛省しています」
「いかに優男に見えようとも…獣人の本質を忘れるな…」
気付いたのなら密着させた甲斐がある。今回捕縛した者達が生きているのはおそらく王女様の要望で、犯人共に最低限の治療を施していたのは辛うじて怒りを制御した結果に過ぎない。
「手段を選ばないとはいえ、短時間で問題を解決する思考や行動力。脅威としか表現のしようがなく、姿や記憶すら消し去る魔法。そして、冷徹で強固な意志。暗部に向いていると言わざるを得ません。けれど…」
「けれど…なんだ…?」
「俺達を敵と認識したならば、間違いなく脅威になります」
「お前は…どうする…?友人でいるつもりか…?それとも…不可触とみなすか…」
サスケは覆面の中で笑う。
「信頼して付き合います。シノさんに反対されようと友人としての縁を切るつもりはありません」
「反対などしない…。が…履き違えるなよ…」
「俺は暗部の副長です」
「ならばいい…」
「あと、シノさんと彼の再戦は断固阻止させて頂きます」
「なぜそうなる…?」
「ろくなことにならない未来しか見えません。後始末がとんでもなく面倒くさそうなので」
サスケは頭を下げて去った。




