507 初対面で得る心の平穏
ウォルトがボグフォレスとの会話を終えた頃には、ちょうどいい時間を迎えていた。
ドナとアーツも満足したようなので、バーレーン家を後にする。
「また遊びに来るのだぞ。いつでも歓迎する」
「ありがとうございます」
「ウォルト様……。この度は老いぼれの命を救って頂き……私は感無量でございます…」
「ご自愛下さい」
ドルジさんは無事に発作も治まって回復した。これからも頑固執事としてバーレーン家を支えてもらいたい。
「ウォルト!こんどはたくさんあそぼう!」
「楽しみにしてるよ」
アーツはドナの前に立つ。
「ドナ!またね!こんどはぼくがかつよ!」
「まけない!またあそぼう!」
短い時間に友情を育んだ子供達。2人とも笑顔だ。ただ、アーツは土にまみれてドナは綺麗な服を着ている。どっちが貴族かわからない。
「では、ご馳走さまでした」
「ご馳走さま」
「こんどはボグフォレスもいっしょにあそぶよ!」
「はっはっは!元気な娘だ。少しならいいが」
「ダメだよ!ねるまであそぶの!」
「死んでしまうかもしれぬぞ」
「しんじゃダメ!」
「参ったな…」
笑顔の皆に見送られながら屋敷を後にする。
「たのしかった!」
「アーツと仲良くなれたわね」
「アーツはいいやつ!おもしろい!」
「また遊びにくればいいよ。温かく迎えてくれるはずだ」
「あら。ウォルトは来ないの?」
「来るけど、リリサイドとドナだけで来ても大丈夫って意味だ」
「そうかしら」
「間違いない」
王都の人混みを上手く避けながら歩を進める。
「ドナ。初めての街はどうだい?」
「おもしろくて人がいっぱい!」
「住みたいと思うかしら?」
「すみたくない!くさいしうるさい!」
「でしょうね」
「未来はわからないけどね」
「ウォルトはすみたい?」
「住みたくない。臭いから」
「だよねぇ~!ドナといっしょ!」
「貴方達はまるで親子みたいね」
遠くにテラさんの家が見えてきた。外で修練しているのか、テラさんの声が聞こえる。
「せぇぇい!」
「まだまだ甘いな」
遠目に見えてきた。どうやらテラさんとダナンさんが手合わせしてシオーネさんが見守ってる。その隣にはカリーとルビーの姿も見えた。
「あの白馬ね?」
「この距離でわかるの?」
「えぇ」
グラシャン同士には通じるモノがあるのかな。かなり近くまで来たけど、手合わせ中の2人は気付かない。シオーネさんと目が合う。
「あれ?ウォルトさん」
「えっ!?」
「なに?」
「ヒヒーン!」
「ヒッヒ……?!」
カリーだけ困惑した顔。リリサイドに気付いたんだな。ルビーが駆けてきて頬擦りしてくれる。毛皮を優しく撫でた。
「ルビー。久しぶりだね」
「ヒッヒン!」
テラさんとダナンさんは手合わせをやめて歩み寄ってきた。
「ウォルトさん!お久しぶりです!」
「ウォルト殿。ご無沙汰しております」
「こちらこそ。手合わせを中断させてすみません。気にせず続けて下さい」
「そうはいきません!ダナンさんとはいつでも手合わせできるので!」
「そうですぞ。そちらの方は御友人ですかな?」
リリサイドが前に出る。
「ウォルトの番のリリサイドよ。こっちは私の連れ子のドナ」
「な、な、な、なぁ~~!?」
「ヒ、ヒヒーン?!」
リリサイドの冗談にテラさんは目が飛び出そうなほど驚いてる。なぜかカリーもだ。いつも真顔で冗談を言うから信じそうになるんだよなぁ。
「つ、番っていつの間にっ!?」
「リリサイドの冗談です。2人は友人ですよ」
「こんにちは!ドナだよ!ウォルトのともだちでリリサイドはお母さん!」
「か、かわいい~!こんにちは!私の名前はテラだよ!ウォルトさんの友達でカネルラの騎士なんだ!」
「きし?しらないけど、テラのふくはかっこいいね!」
「やっぱりわかっちゃうかぁ~!」
ドナはシオーネさんとダナンさんにも話しかける。
「よろい!かっこいい!」
「はっはっは!そうか。ただの甲冑ジジイだが」
「嬉しい。褒めてくれてありがと」
ドナと3人は盛り上がってる。そんな中、ボクとリリサイドにカリーが近づいてきた。
『ウォルト。久しぶりね』
『久しぶり』
『わざわざ連れてきてくれたのね』
『やっぱりわかるのか』
『もちろんよ』
カリーとリリサイドは見つめ合う。けれど、『念話』で会話する素振りはない。気になったのかテラさんが口を開いた。
「今日は用があって来たんですか?」
「はい。カリーに会いたくて」
「そうでしたか…。私じゃないんですね…」
「い、いや!そういうワケではなく!テラさんにも会いたかったです!」
「ふふっ!冗談ですよ♪」
「今日は私の我が儘でお邪魔したの。急に来てごめんなさい」
リリサイドがフォローしてくれる。
「全然構わないけど、我が儘ってなんですか?」
「ウォルトの友人に凄く賢い騎馬がいると耳にしたから、馬の獣人として会ってみたかったの。ドナもね」
馬の獣人だと言われたらそう見える。匂いでもバレないはず。
「なるほど!カリーはもの凄く賢いんですよ!」
「そうなのね。私達は種族が同じだから話もできるの。信じられる?」
「信じますよ。ウォルトさんの友達だから」
信じる理由はそれじゃダメだと思うな。
「とにかく中へどうぞ!」
「ありがとう。でも、ちょっとカリーと話していいかしら?そのあとお邪魔したいわ」
「ごゆっくり!」
「じゃあ、ボクが食事を作ります」
「やった!食材はふんだんに使って下さい!ドナも食べる?」
「たべる!」
「ウォルトさんの料理、美味しいよね~」
「ウォルトはてんさい!」
「あはははっ!よくわかってる!行こっか!」
「うん!」
テラさんはドナの手を引いてくれる。みんな子供に優しい。
『リリサイド。カリー。ゆっくり話して』
『念話』を飛ばすと同時に頷いてくれた。
★
リリサイドにとって、何年ぶりかすら忘れるほど久しぶりに出会ったグラシャンのカリーと見つめ合う。
先ずは自己紹介が必要でしょうね。向き合って声は出さず会話する。
『私はリリサイドよ。出身は同じだと思うわ』
『私はカリー。貴女のことはウォルトから多少聞いてる。いい名前ね』
柔らかい語り口にほっとする。
『ありがとう。かなり驚いた』
『そうでしょう』
『貴女は……もうこの世に生はないのね』
『ココにいるのはウォルトのおかげよ』
『普通なら目が飛び出るくらい驚いているでしょうけど、さほど驚かないわ』
『ふふっ。ウォルトに出会ってどのくらい?』
『2ヶ月くらいかしら』
『もう慣れたと思うでしょう?まだまだ驚かされるわよ』
カリーはブルルと笑う。
『そんな気がしてる。それにしても、カリーは落ち着いたお姉さんなのね』
『う~ん。それはどうかしら?』
可愛く小首を傾げた。
『グラシャン同士では誤魔化せない。でしょ?』
『ふふっ。ウォルトには内緒よ』
『よかった。貴女とは静かに話ができそう』
『なまじ話せるだけに騒がしい者も多いグラシャンだものね』
中には冗談が通じないグラシャンもいる。そんなところは人族と変わりない。カリーとの会話には安心感を感じる。
『私はもう何十年もグラシャンに会ってなかった。カリーは?』
『400年も土の中にいたから忘れた。この世に戻ってからは初めてよ』
『そうは見えない。生きているみたい』
『こう見えて首から上がなくなっていたの。今はあるけれど』
『ホントに?!』
『戦争で首を落とされて死んだから』
『グラシャンは生命に関わる怪我でしか命を落とさない。だから納得ではあるけど…激しいわね』
『ほぼ不老でも不死じゃない。グラシャンはちゃんと死ぬのよ♪』
『あははっ!貴女はそう言い切れるわね。……顔に触れてもいいかしら?』
『構わないわ』
首筋に触れるとしっかりした毛皮の感触。
『一体どうなっているの?』
『おそらくウォルトの魔力の影響だとしか言えない。さっきの甲冑騎士達も私と同じ』
『えっ?!あの2人も蘇ったの?!』
『ただの魔法使いのおかげでね。だから肉体はない。人もグラシャンもお構いなしなんだから』
信じられない…。なんて魔法使いなの…。とりあえず今は置いておくとして。
『ねぇ。カリーは人型に変身できる?』
『できない。何度か試したけど、力が阻害されてしまう』
『ウォルトに頼んでみたら?』
『できるでしょうね。でも今は必要ない。私はこの姿が気に入ってるの』
『ただの馬として生きるのもいいわね』
『そういうこと』
この質問に答えてくれるかしら。
『カリーが騎馬になった理由って、人族への嫌悪?』
『そうよ』
正直ね。好感が持てる。
『人族は下らない理由で争う。最もらしい思想を旗印に掲げて。背に乗せて堂々と殺し合いに参加するのは面白いと思った』
『私も理解できるわ』
人族は…私達に理解を示そうとしなかった。人を襲う怪物だと決めつけて忌み嫌った。祖国で発生した1つの殺人事件。それが生起するまで、グラシャンと人族は上手く共存していたのに。
真実は人が起こした事件だったにも関わらず、「グラシャンの仕業だ」とあっという間に拡散された噂を消し去る手段はなく、故郷を離れた今も伝承されているに違いない。
なぜ無実の私達が肩身の狭い思いをしなければならないのか。そんなことを考えたのは一度や二度じゃない。人族を憎んでいた。いや…今も憎んでいる。
『別にカネルラの騎馬でなくてもよかった。元々は流れ着いたのがこの国だっただけ。グラシャンを忌み嫌う人という種族に鉄槌を下したけれど、思い通りにはいかないわ。完全な自業自得ね』
ブルルルとカリーは笑う。結果、命を落としたのは自分。幾人かを屠ったとしても、果たして己の命と釣り合うモノだったのかしら。
『さっきの甲冑オジさんがカリーの相棒?』
『そうよ。今はかなり落ち着いたけど、生前は騎士の使命感に突き動かされる中年で…。人族が憎くて仕方なかったのに、ちょ~………っとだけ情に流されてしまった。油断したわ』
『ふふっ。いい人に出会ったのね』
今なら……ほんの少し理解できる。
『腐れ縁よ。クソジジィだし。リリサイドも人が嫌いなのね』
さすがにバレてるわね。
『グラシャンに人族が好きな者なんているかしら?』
『ココに2人いるわ。ある猫人限定で』
『私は違う』
『ふふ。そういうことにしておく。けれど、獣人の子まで育てているのに人嫌いでは通らない』
『それは…たまたまよ』
またブルルルと笑う。
『グラシャンは素直じゃないのよね』
『あるあるでしょ?そんなひねくれ種族は、少なくとも世界に30頭はいるらしいわ』
『なぜ知ってるの?』
『ウォルトが教えてくれた。精霊の友達に聞いたんですって』
『ふふふっ。まったく…どこまでもね』
そう。どこまでも驚かせる。
『ねぇ、カリー。今、幸せ?』
『そうねぇ~。そう言えなくもないかな~』
『あはははっ』
少し気持ちが軽くなった。
『そろそろ中に入りましょう。また話し相手になってもらえる?』
『お姉さんとしていつでも話を聞くわ。話したいことが沢山あるでしょうし』
『貴女に会えてよかった』
『私もよ。リリサイドに言っておくけど、カネルラは私達の生まれ故郷……ディートベルクとは違う。グラシャンもこの国に住めば多少なりとも考えが変わると思える。そんな国よ』
『私も最近知った。この国は違うわ』
カリーや蘇った騎士達を受け入れている。たとえ疑念や奇怪な目があるとしても、それだけでこの国の大らかさが理解できる。
ゆっくり並び歩き、故郷について会話しながら家に向かう。
『リリサイドが生まれた時はどうか知らないけれど、魔法だけは優れた国だった』
『現在進行形よ。誇れるのは魔法しかない国でしょ』
カリーが言うようにディートベルクは魔法先進国。世界でも常に先頭を走る国だと主張していて、様々な国を渡り歩いた私も異論はなかった。グラシャンのような存在が生まれたのも、あの国だったからじゃないかと思える。
『なのに、最高の魔法使いはカネルラにいた。あの国にウォルトのような魔導師は絶対にいない。リリサイドは知らないかもしれないけど、死者すら感動させる魔法を操る』
『是非見たいわ。あの国は、今でも声高らかに世界最高を謳っているでしょうね。帰るつもりはないからどうでもいいけれど』
『何百年経っても国民性は変わるはずもない。私なんて、帰ったとしても魔法の研究材料にされる未来しか見えない』
『英霊であることを生かして、ここぞとばかりにめちゃくちゃやってやればいいのよ』
『いい考えね』
祖国の悪口を利いて心が晴れる。何十年かぶりなのだ。たったこれだけのことがグラシャンにはできない。理解してくれる者がいるということが、どれほど幸せなのか気付く。
『私はカリーに会うまで怖かった。変なグラシャンだったら笑える自信がなかったから』
『私もよ。ただ、ウォルトが繋いでくれる縁を信じている』
『本当に彼が好きなのね』
『ビビッと来た。この猫人は好ましいと直ぐに思ったわ。初めての経験だった』
『今頃、ご飯を作りながらむず痒くなってないかしら』
『まぁまぁ酷いこと言ってる自覚はあるわね?』
心の広いお姉さんと一緒に中に入ると、食事の準備が整っていた。
「ドナ。絶対美味しいよね~!」
「はやくたべたい!」
「食べてみないと口に合うかわかりませんよ」
「「わかる!」」
テラも無条件にドナと仲良くしてくれる。サマラやチャチャ、骨のスケ達も同様。英霊だという甲冑の2人も談笑しながら酒やお茶を飲んでいる。
こんな状況が生まれているのは、間違いなくウォルトのおかげ。彼自身がかなり常識外れの獣人で、知人は大抵のことでは動揺しない。もちろん本人も。
引き寄せているかのように非常識な者達が集まっている。彼等と接していると、生まれ故郷で疎外されたとはいえ身を潜めて生きているのがバカらしくなってくる。たった今私の正体を暴露したとしても、スケ三郎達と同じく平然としているに違いない。「そうか」の一言で済まされるでしょうね。
より激しい非常識の前では、グラシャンの存在などちっぽけで霞んでしまう。空に瞬く数多の星の1つ。その程度だと。
カリーがチラッと見てきた。
『リリサイドの気持ちはわかるわ。私も全く同じことを思ったから』
『さすが年の功ね』
『長い付き合いになりそうなのに言ってくれるじゃない』
『ごめんなさい。つい嬉しくて』
『ふふ。お姉さんだから許すわ』
さて、美味しいニンジンをお腹一杯食べるとしましょうか。一際輝く非常識な1等星が作る料理はとても美味しいことを知っている。




