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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
506/715

506 猛犬注意

 刺青男はボキボキと指を鳴らす。


「お前、妙な雰囲気あるな」

「どういう意味だ?」

「要するに…面白そうだってことだ!」


 一気に間合いを詰めてくる。


「…あっぶね…!」


 急停止した男は素早く後方へ跳び退いた。


「なんてこと考えやがる…。お前、悪魔か…」


 視認できない『細斬』の網の展開を感知された。どこぞの傭兵と違って魔法を知っている。手を翳して展開した魔力の網をぶつける。


「ヤべっ!」


 大きく上に跳んで躱された。


「おっらぁ!」


 跳び蹴りを『強化盾』で受け止めると弾かれて着地する。


「面白い奴だ!お前、名前はなんつうんだ!?俺は『猛犬(サヴェージ)』キーチだ!」

「『猛犬』…?『刺青男(アッジョ)』の間違いだろう」

「ははっ!気の利いたこと言うな!俺の知ってる獣人じゃない!」

「名前を聞きたければ力尽くで吐かせてみろ」

「そうするか!」


 キーチの身体がマルコの気功に似た力を纏う。


「オラオラオラオラァ!」


 素手の連続攻撃を躱しながら部屋の中を動き回る。打撃の風切る音と迫力が違うな。人間であるのにマードックやリオンさんと同様の重圧。


「逃げてばっかじゃつまらないだろ!かかってこいよ!」


『雷鳥の筺』


 自称猛犬を魔力の筺に閉じ込めた。


「なんつう展開の速さだ。オラァ!」


 魔法の発動より一瞬早く、拳で障壁を叩き割って脱出された。素手で砕けるとは面白い技能。

 魔法を反射する障壁なのだから、そのまま脱出するほうが速い…とはあえて言わない。猛犬の力の片鱗を見せてもらった。


「獣人の魔法使いには初めて会うが、俺の知ってる魔導師じゃお前が1等だぜ」

「お喋りな猛犬だ。お世辞も言えるのは感心する」

「つれない奴だ。獣人ってのは単純バカ野郎で…力で押してくるもんだろ!お前は違うみたいだがなぁ!」


 さらに速く間合いを詰めてくる。もうやるべきことを終えて準備はできた。


「…ぐっ!?」


『鈍化』で動きを鈍らせ、同時に掌に魔力弾を発現させる。


「マジかよ!」


 動かない猛犬に向けて魔力弾を放つ。


「くっ…!うおぉらぁあっ…!」


 身体ごと吹き飛ばした魔力弾は、家の壁にぶつかって炸裂した。


「痛ってぇ~!」


 見事に耐えきられた。この男は防御する技能にも優れている。


「めちゃくちゃしやがる。普通なら壁が吹っ飛んでる威力だろうに、砕けないのはなんでだ?」

「さぁな」


 動きながら家全体に『堅牢』を付与するのに時間がかかった。誰の所有物かわからないし、アーツがどこかにいる。建物は無闇矢鱈に壊していいモノじゃない。自分で離れを建てたから苦労を知ってる。


「とにかく吐かせろってか。要求が多い猫だ………って、マジかよっ!?」


 間髪入れずに大きな魔力弾を放つ。


「この野郎っ…!好き勝手やってくれるな!」


 無理やり『鈍化』を弱体化したのか猛犬は身を躱した。だがまだ動きは鈍い。


「攫った子供はどこだ?」

「知りたきゃ無理やり吐かせろって言ったろ」

「時間がない」


 暗部が監視に戻る時間も近づいている。彼らの手を煩わせたくない。


「だったらどうすんだよ?」


 手を翳し、キーチを再び障壁に閉じ込めた。


「バカの1つ覚えか。この程度の魔法で猛犬を檻に閉じ込められると思うなよ!……なにぃ!?」

 

 いくら殴っても魔力の檻は割れない。出力が3割程度の障壁を破って満足だとしたら、魔法を舐めている。

 今回展開したのは、『強化盾』と『魔法障壁』も混合した強化障壁。コレでも5割に満たない程度の出力。


 居場所を吐くのが先か、命が尽きるのが先か試してやる。


『氷結』

「ちっ…!ナメんなよっ!!」


 凍らせたと思ったのに瞬時に砕かれてしまった。氷漬けにできないのなら…。


『雷鳥の筺』

「があぁぁっ…!」


 ほぼ生身にしか見えないのに凄まじい耐久力。まともに食らっているのに倒れる気配がない。しばらくして魔法を解除し、天井に届かんばかりの強化障壁を前面に展開する。


「はぁ…はぁ…。俺を押し潰すつもりかよ…。お前……マジで何者なんだ…?」

「言う必要がない」

「降参!…つったら?」

「笑えない冗談だ。お前が『負け犬(ルーザー)』になるだけ」

「だな。格好悪すぎる。さっさと殺したらどうだよ」

「お前に懇願する権利はない」

「…ちっ!」


 舌打ちとともに脱力した猛犬。もう絡んでこないと判断する。静かになった猛犬を無視して、家を『周囲警戒』で覆うとやはり地下室があった。階段は…あっちだな。


「おい、猫人。ガキが死んでたらどうする?」

「その時は皆殺しだ」

「ははっ!即答かよ」

 

 満足に動けないであろう猛犬を無視して、地下へと続く階段を降りる。地下室に入ると、部屋の隅にぽつんと座るアーツがいた。


「アーツ。助けに来たよ」

「……ウォルト?ウォルトだ!」


 駆けてくるアーツをしっかり抱き留めた。


「怪我はないかい?」

「大丈夫だよ!」

「ちょっと上で騒いだけど、怖くなかった?」

「怖かったけど…もう大丈夫!」

「アーツは立派な男だ。ボグフォレスさんや皆が心配してる。屋敷に帰ろう」

「うん!」


 抱きかかえて階段を上ると、猛犬が壁に寄りかかるように立っていた。


「おい。俺はどうなるんだよ?」

「知るか」

「とことん人を虚仮にしやがる…。なんなら、今からでもそのガキを……うっ!」


 口角を上げて嗤う。もういいだろう…。リスティア…。限界まで堪えたけど、君の期待には添えないかもしれない…。


「少し待ってろ…。お前の気が済むまでやってやる」


 アーツを送り届けたら遠慮することはない。望み通り……存分に殺し合ってやる。


「ウォルト…。どうかしたの…?」


 強ばったアーツの声で我に返った。


「なんでもないよ。直ぐに屋敷に帰ろう」

「うん。……すぅ…すぅ」


 怖さと緊張で疲れ切っているはずだ。少し魔法で眠っていてもらおう。すっ…と負け犬の前に立つ。


「なんだよ?……うっ……」


 無詠唱の『睡眠』で眠らせ、記憶も混濁させた。ボクの魔法すら躱せないのに猛犬とは笑わせる。


 ただ、コレでもボクのことを覚えていたら…。






「アーツ!」

「おじいさまぁ~!」

「よくぞ……よくぞ無事で帰ってきたっ…!」

「こわかったよ~!うわぁ~ん!」


 ボグフォレスさんの屋敷に到着するなり、2人は再会を喜んだ。涙を流して抱き合う姿に胸をなで下ろす。


「リスティア。無事に全部終わった」


 人目につかない場所に移動してリスティアに連絡する。


『お疲れ様!気が済んでないよね…?』

「もちろん。腹立たしいことばかりだった」

『だよね。無理言ってゴメンね』

「気にしなくていいよ。無理をさせたのはボクも同じだ。とりあえず全員生きてる。魔法で眠らせてるけど後は頼んでいいかな?」

『ありがと!任せて!』


 リスティアはできるなら輩を生かしておいてほしいという趣旨の伝言をしてきた。なにか考えがあるんだろう。


「サスケさんやシノさんにも情報提供のお礼を言っておいてほしい」

『もちろん!またあとで連絡するね!』

「了解。それと、2つ目のアジトの場所も教えておくよ」


 あとはリスティアに任せる。これで一段落かな。待たせたリリサイド達のところへ向かおうとして、向こうから来てくれた。


「ウォルト。お疲れ様」

「ドナをおいていった!ひどい!」

「ゴメンね。危ない場所だったんだ」

「やさしいし、あそんだからゆるす!」

「あはははっ。ありがとう」


 子供は元気に遊んでなきゃダメだ。下らない争いは大人に任せればいい。


「そろそろ行こうかしら」

「いこう!」

「そうだね」


 まだ時間は早いけど他の場所も観光したい。屋敷を出よらうとして呼び止められる。


「ウォルト!待ってくれぬか!」

「どこいくの?!まって~!」


 ボグフォレスさんに声をかけられ、アーツが駆けてきた。


「アーツを無事に送り届けたから、用事を済ませに行くんだよ」

「そうなの?いっしょにあそべないんだ…」


 残念そうなアーツの表情に心が痛む。


「アーツも今日は休んだ方がいい。また来るから」

「ホントに…?でも、ウォルトは王都にいないんだよね…?」

「そうだよ。でも必ず来る」

「まだ時間はあるわ。少しだけでも遊んであげたら?」

「じゃあ、ドナもまだあそぶ!いこう!」

「わぁぁ!ちょっと待って!」


 ドナはアーツの手を引いて駆け出した。


「ドナ。庭から出ちゃダメだよ」

「わかってる!お母さんにおこられる!」

「遊び足りてないのよ。体力があり余ってるから」

「ドナの心配はしてないよ」


 心配なのはアーツの心と身体の状態。


「ぼくはアーツだよ。きみは?」

「ドナだよ!なにしてあそぶ?」

「あっちに遊具があるけど」

「それ、ドナはうまくなったよ!」

「えっ!ぼくもまけないぞ!」

「しょうぶする!」


 仲良く遊んでる…のかな?2人を見守っていると、ボグフォレスさんが近づいてきた。


「ウォルト。感謝に堪えない。アーツを救ってくれて本当にありがとう。ドルジも同じく」


 また頭を下げられた。


「友人を連れて帰っただけなのでお礼はいりません。今後の対策を考えるのが先では?」

「お主は…本当に謙虚だな」

「それは貴方です。貴族は庶民に頭を下げないと誤解していました」

「強ち間違いではない。王女様にも直ぐに謁見を申し込ませて頂く。一刻も早く御礼を申し上げねば」

「必要ないと思いますよ」

「なぜだ?」


 魔伝送器が震えた。リスティアからの呼び出し。


「どうかした?」

『言い忘れてたけど、ボグフォレスに謁見とか考えないように言っておいて!勝手に暗部を動かしたから、お父様にバレたら大目玉くらうの!お礼は必要ないよって!』

「わかった。伝えておくよ」

『じゃあね!また後で!』


 忙しそうに通話は切れた。後始末に奔走してくれてるんだろう。独断で動いてくれてるのは理解していたし、きっと今もそうだ。

 国王様すら無視して迅速に行動してくれた彼女の心意気に応えたくて希望に添う行動がとれたんだ。彼女に頼まれていなければ、あの程度では済ませてない。


「だそうです」

「王女様にそこまでして頂いて…言葉がない…」

「面白い王女ね。私も会ってみたいわ」

「機会があったら会わせるよ」


 ダナンさん達のこともそうだけど、リスティアはあらゆることに理解がある。カリーのことも理解しているから、グラシャンに会っても驚くとは思えない。


「アーツが遊んでいる間だけでも話をできぬだろうか?」

「お礼や接待をしないのであれば構いません」

「お茶くらいは飲んでくれるのであろう?」

「その程度なら喜んで」


 屋敷に案内されてお茶を頂く。このお茶は凄く美味しい。手間をかけて作ったいい茶葉だ。

 

「答えられるなら教えてもらいたい。ウォルト…。お主は何者なのだ?」

「何度も言っていますが、ただの獣人です」


 猛犬にも訊かれたけど、なにがそんなに気になるのか。よほど変人に見えているのか?


「ただの獣人は王女様と親友になどなれない…という儂の思考は浅はかなのか?」

「知りません。ただ、彼女が親友であることは事実です」

「そうか」

「ボグフォレスは思考が凝り固まっているのよ。王女と親友という疑問には私も同意するけれど」

「そうだろう。儂の常識ではあり得ないのだ」


 リリサイドとボグフォレスさんは、いつの間にか親しくなっている雰囲気。…というより、リリサイドが堂々たる態度で対等に会話しているだけか。


「親友になった経緯を知ってもらう必要はないと思います。その点を気にかける人とは相容れないと思うので」


 ボクではなく、リスティアとの繋がりが気になるだけ。利用したいと考えているのかもしれないし、そんな者に興味はない。


「ふはは…。そうか…。儂は相手が何者かのみ気にかけるけしからん貴族か…」

「どう答えれば満足いく答えですか?」

「街で偶然王女様を救った命の恩人であるとか」


 なるほど…。この人は…。


「獣人で考えられる可能性はその程度…ということですね?」

「そうではない」

「正直に言ったほうがいいわよ。ウォルトは捻くれて質問していない。貴方が正直に受け答えするかを確認している」


 そうなんだけど、今はバラさないでほしかった。


「儂が嘘を述べていると言うのか?」

「そもそも貴族は本音を語ることの方が少ない。けれど、権力や地位に興味がない者にとっては信用ならない人種に映る。ウォルト、そうでしょう?」

「そうだね」


 会話しながら常に匂いが変化している。正確に判別できないけど、どうしても気になるし、疲れるから正直あまり話したくない。ただし、礼を伝えられたときはどちらも本音だった。


「私達に対して疑念はあるでしょう。直ぐに人を信用することはできない。そういう立場だもの。けれど、彼に貴方の理屈は通用しないわ」


 リリサイドの貴族に対する理解は深いな。


「わかった。儂は本音のみ語る。嘘を述べたと判断したら、即刻切り刻んでも構わぬ」

「そんなことしません」

「ウォルト。お主は……魔法使いだな?」

「よく気付きましたね」

「こう見えて多少魔法を齧っておる。アーツに授けた多幸草の魔法は見事だった。今も部屋の片隅で咲き続けている。あの子の宝物だ」


 ボグフォレスさんは魔法使いだったというアーツの母親の血縁か。確かに魔力は保持している。


「お主はドルジから事情を聞いた上で花の魔法を操った。彼奴は魔石の力だと言ったが、多幸草の魔法など事前に準備できるはずもない。そんなお主の魔法は儂やアーツに幸福感を与えた。そんな魔法を他に知らぬ。驚きで笑うような魔法はあっても、優しく微笑みを湛えるような魔法を過去に見たことがない。率直に素晴らしいと感じたのだ。お主の行動も、そして魔法も」

「過大評価し過ぎです。ボクはただの魔法使いですし、やりたいようにやっているだけなので」

「そうか。回りくどく質問したのは、お主と友人になりたいもののどうアプローチしていいかわからぬ。友人の作り方など遙か昔に忘れてしまった」

「ボクも知りません。難しいですよね」


 だからこそ「友人になろう」という意思表示と、信じられる相手かが重要だと考えてる。子供は別だけど。


「儂が躊躇った理由は他にもある。獣人の魔法使いには利用価値があるからだ」

「利用価値?」

「見世物ということね」


 代わりにリリサイドが答えてくれた。


「その通りだ。存在すら聞いたこともない。そのタメに近づいたと誤解を招きたくなかった。お主の性格も知らぬ。知っているのは、儂が剣を突きつけたときの怒りの感情のみ」


 宣言通り本音で語っている。ココまで嘘はない。


「誓って邪な気持ちはない。アーツのタメにもお主と純粋に友人であれたら…と考えた。「ウォルトはいつ遊びに来るの?」と聞かれ、嘘をつくのも心苦しいのだ」


 ボグフォレスさんはかなりの苦笑いを見せる。アーツに友人だと嘘を吐いたボクのせいで申し訳なく思う。


「であれば、よろしくお願いします」

「よいのか?」

「嘘を吐いていないので信じます」

「お主の能力が欲しいな…」

「全ては見抜けません。あと、ボクが魔法使いなのは内密にして頂けますか?」

「決して他言せぬと誓う。アーツに伝えるのもお主に任せる」


 話は終わりかな。


「そして…リリサイド。お主も儂の友人となってくれぬか?」

「私が?冗談でしょう?」

「お主は、貴族を知る者でありながら崇めることをしない。そんな友人がいれば有り難い」

「嬉しいお誘いだけれど、お断りするわ」

「そうか…。残念だ…」


 断ったのには理由がありそうだけど、勘繰り過ぎかな。…と、庭から大きな声が聞こえてきた。


「アーツ!いっけぇ~!」

「わぁ~~!いたっ!ひどいよ、ドナ!」

「きゃはははっ!ごめん!アーツはかるいから!」

「くっそぉ~!ぼくもドナをなげるっ!」

「いいよ!はい!」

「くぉ……おもいぃぃ~~!」

「がんばれっ!」


 庭でドナがアーツを放り投げて遊んでいる。もしかしなくてもサマラの真似かな…。


「……やっぱり友人になっておこうかしら」

「急にどうしたのだ?」

「ドナがやらかして、跡取りをダメにした時の保険に」

「ふはははっ!堂々と予防線を張るというワケか!愉快だ!では、友人ということでよいな?」

「ええ、いいわ。貴方はドナを止めないのね」

「止めぬよ。アーツの顔を見れば楽しんでいるのは一目瞭然。子供時代の軽い怪我など怪我の内に入らぬ。獣人の力を知るいい機会だろう。この笑顔を守れて…………年寄りは…いかんな…」


 目頭を抑えたボグフォレスさんは、しばらく俯いて動かなかった。

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