表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モフモフの魔導師  作者: 鶴源
505/715

505 潜入と呼ぶには荒っぽく

 リスティアと話したあと、ウォルトは落ち着かない様子のボグフォレスを横目に思案する。


 アーツを攫ったことに脅迫する意図があるなら、命を奪うことまではしないだろう。人質は生きていてこそ価値がある。アーツが無事でなければボグフォレスさんが条件を飲む必要がない。

 策を巡らせる者であればそう考えるけれど、愉快犯のような輩であれば凶行に走っておかしくない。いずれにせよ一刻も早く救出することが最優先。


「ウォルト。お主はアーツと会ったのは一度きりのはず。なぜ助力してくれるのだ?」

「友人だからです」

「さっきも言ったが、会ったのはただ一度だぞ」


 この人はなにが言いたいんだ?


「ボクは元々友人が少なかったんです。今は増えましたが友達を大切にしたい。会った回数は重要ですか?」


 アーツとは遊びながら友人になった。だから助けたいだけ。


「いや…。変なことを尋ねてすまぬ」

「ハッキリ訊けばいいのに。礼を期待しているのか?って」


 そういう意味か。リリサイドは勘がいい。


「思ってもおらぬよ。お主は、以前の礼すら断ったとドルジから聞いた。だが…一言だけ言わせてくれ。アーツの魔力酔いを改善してくれて本当に感謝している。あれから日々元気に過ごしているのだ」


 頭を深々と下げられる。


「元気に過ごせているならなによりです」

「できるなら、もう1つだけ訊きたい」

「なんでしょう?」

「お主は、もしや…」


 …と、ドアがノックされた。


「どうした?」

「旦那様。ウォルト様にお客様が…」

「ボクにですか?直ぐ行きます」


 玄関に向かうと外で待っているとのこと。礼を告げてドアを開けると……変装したサスケさんが立っていた。見事な変装だけど匂いでわかる。


「久しぶりだね」

「お久しぶりです。もしかして…」

「そう。王女様の使いで来たんだ」


 情報を渡すというのはこういう意味だったのか。


「忙しいのにわざわざすみません。手を煩わせてしまいました」

「事情は王女様から聞いた。俺達にも関係ある話だ」

「暗部に?」

「他国の不穏分子が王都に潜んでいる情報は既に掴んでいたし、根城も特定している。この屋敷を訪れていたのも」

「そうだったんですね」

「だが動きを見せなかった。ボグフォレス卿からも衛兵に通報はない。目的を掴みかねていたところに君からの情報が入った。カネルラの貴族を脅迫するのなら、他国への干渉とみなす。衛兵だけでなく我々も動く案件だ」

「そうなんですね。でも、今回はボクに任せてもらえないでしょうか?」


 サスケさんは苦笑する。


「そう言うと思った。…というか、王女様から「場所と輩の情報だけ教えてあげて」と言われてるんだ。そして、暗部は話を聞かなかったことにしてほしいと。シノさんは了承した。この件に関して暗部は不干渉だ」


 気が済むように行動したいボクの思考を読まれてる。4姉妹もそうだけどわかりやすいということか。


「俺は情報を伝えに来た。あと、王女様からの伝言を。『黙ってカネルラを去られては堪らない。できるならお願い!』…と。意味がわかるかい?」

「わかります。確かに聞きました」

「では、本題だけど…」


 サスケさんから情報をもらう。人数や風貌の特徴を教えてくれた。


「これから約1時間程度、奴らのアジトは暗部の監視から外れる手筈になってる。君の行動は誰にも見られない」

「わかりました。ありがとうございます。この恩はいつか返します」

「必要ない。秘薬の件で恩があるのはこっちだ。もう1つだけ。君が救出に失敗したら暗部は直ぐに動く。子供の命が最優先だ。忘れないでくれ」

「その時はアーツのことをお願いします」


 とても心強い。暗部が控えているならボクがどうなったとしてもアーツは大丈夫。


「ちなみに、奴らのアジトに子供が連れてこられた形跡はなかった。犯人ですらない可能性もあることも伝えておく」

「詳しい情報をありがとうございます。ちゃんと確かめます」


 サスケさんを見送って部屋に戻り、ボグフォレスさんに報告する。


「奴らの根城がわかりました」

「そうか!さすがリスティア様だ!」

「既に不穏分子として暗部が監視していたようですが、根城にアーツが連れてこられた形跡はないそうです」

「どういうことだ…?攫ったのは奴らではないのか…?勘違いだというのか…?」

「わかりません。ですが、ボクは行ってみようと思います。行かなければ前に進まないので」

「むぅ…。そうなると腕のいい冒険者を雇って護衛に…」

「必要ないです。待っていてもらえませんか?ボクが帰ってこなければ暗部が動きます。ご心配なく」

「初めから任せたらどうだ。本当に行く気か?」

「行かないという選択はないです。リリサイドは…」

「ドナと一緒に待たせてもらうわ」

「ありがとう」


 理解があって助かる。


「行かせていいのか?お前たちは番だろう?」

「番じゃないわ。……ふぅ」

「なんだ?儂に言いたいことがあるのか?」

「少し落ち着きなさい。自分の手を汚すつもりがないなら黙って静観するべき。ウォルトが心配なら無理にでも他の手を打つべきだし、この状況で心配するような口を利くのはただの偽善でしょう」

「むぅっ…」

「リリサイドとドナをお願いします」

「無事に帰ってくるのよ。貴方がいないとどこに行けばいいかもわからないんだから」

「わかってる。最善を尽くす」


 とにかく動け、だ。






『隠蔽』で姿を消し、教えてもらった根城の近くまで来た。


 王都でもかなり外れに建っている一軒家。サスケさんの情報では、誰も住んでいないはずの空き家で堂々と出入りしているという。

 玄関に立ってドアをノックしてみる。反応どころか、耳を近づけても物音1つしない。そっとノブを回しても鍵がかかっている。


『周囲警戒』


 魔法で家の中を探る。魔力で感知されないよう一瞬で終えた。確認できた人数は3人。部屋の配置も理解した。ドアを破壊すれば入るのは容易だけど、アーツがいないとは限らないし、まだ犯人だと特定できてもいない。


 安全策を選ぼう。こっそり潜入できる方法がないか…。


 ん…?視線を感じる。


 振り返ると路地裏に身を隠して家を見つめる男がいる。もしかして見張りか?そうだとすれば意外に用心深い。気付かれぬよう遠回りして背後に回り姿を見せて声をかける。


「こんにちは」

「うわっ!?誰だお前?!」

「こんなところでなにしてるんですか?」

「…うるせぇな!あっちいけ!……むぐっ!?」


 声を出せないよう口を正面から手で掴んだ。


「ん~!ん~!」

「お前はバーレーン家を狙う一味か…?」


 体臭が変化した。ボクの嫌いな匂いだ。


「バーレーン家の子供はどうした?」

「………」

「だんまりか…」


 掴んだままの手から爪を出して頬に突き刺す。


「ん~~!んん~っ!」

「次は喉を切り裂く。話す気になったか?」

 

 激しく瞬きする男から手を離す。


「…ぶはっ!お前、こんなことして……」

「無駄話を聞く時間はない」


 爪を喉に突き付ける。


「ま、待てっ!待ってくれっ!言うっ!ガキはココにはいねぇっ!」


 いい報せではないけど、アーツを攫ったのはコイツらの犯行で確定した。


「どこにいる?」

「……」

「あの家の奴らに訊くことにする。もうお前に用はない」

「…くそっ!」


 男は路地から逃げ出そうとするが、逃がすワケがない。


「ぐあっ…!足がぁっ…!?動かねぇっ!」


『風流』で両踵の腱を切断した。


「フゥゥ…。ウラァ!」

「ぐはぁ…!」


 踏み込んで顔面を蹴り飛ばすと、白目を剝いて気を失った。『混濁』と『睡眠』を強く付与して捨て置く。再び姿を消して根城に向かい、玄関のノブに触れた。


『闇蛇』


 鍵穴の中に小さな闇蛇を送り込む。


 しばらくしてノブを回すとカチャッと回った。鍵穴から鍵の内部だけ浸食して破壊しただけ。ドアを吹き飛ばすのは簡単だけど、空き家とはいえ所有者にとって思い出の残る家かもしれない。無駄な破壊は控えるべき。

 顔だけ入れて中を覗いても人の姿はない。さっき確認したときのままで動きはないと判断した。魔法で音を立てずに部屋へと向かう。


「もっと頂戴っ!」

「オラオラァ!」


 真っ昼間からお楽しみ中の声が外まで漏れてる。そっとドアを開けても情事に夢中で全く気付いてない。


「どうだっ…!コノヤロ……」

「…えっ!?アンタ、急にどうした… の……」


 耳障りなので揃って眠ってもらう。残りの1人は奥の部屋に反応がある。一直線に向かうと、太った男が緊張感なく普通に寝ていて、もっと深く眠らせておく。

 3人を引きずって1箇所に集め、手足を『拘束』して座らせてから『覚醒』させる。自分の『隠蔽』も解除した。


「…うっ」

「…なにが起きたの?」

「…俺はベッドで寝てたはず」

「おはようございます」

「なっ!?獣人?!」

「あ、アンタ、誰よっ!?」

「質問ですが、貴方達はボグフォレスさんを脅迫してる者達で間違いありませんね?」


 一瞬だけ動きが止まる。


「…んだと?いきなり現れてなに偉そうにほざいてんだ!………があはぁぁっ…!あぁっ…!」


 台所から拝借したナイフで男の口を真一文字に切り裂くと、口の幅が倍以上に広がった。


「きゃあぁぁぁぁっ!!」

「無駄口を叩くな。質問に答えろ」

「テんメェ…!こんなことして、ただじゃおかね……があぁぁっ!!」


 ナイフで太股を深く突き刺すと、血が溢れて床に血溜まりが広がっていく。


「時間がない。答えれば生かそうと思ったが、死にたいなら今すぐ殺してやる」


 抵抗できないお楽しみ男を拳で滅多打ちにする。固く握りしめた拳でひたすら殴り倒し、顔が変形してきた。


「や、やめ…ろ…。ごぶぁっ…。ぶぉっ……」

「無駄にしぶといな。さっさと死ね」

「やめてっ!全部言うからっ!だからお願いっ!やめてっ!」


 懇願する女に目を向けた。


「さっさと話せ。3、2……」

「私達がやった!カネルラの貴族を脅迫してるっ!」

「そうか。お前達はどこから来た?」

「………北よ」


 北…?


「攫った子供はどこだ?」

「それは…言えない…………いやぁぁぁぁ!」


 顔を爪で十字に切り裂く。


「女だから許されるとでも思ってるのか?次はお前」

「言うっ…!言うわっ!だからやめてっ!顔だけはっ…お願いっ…!ここから南東にあるもう1つのアジトにいるはず!バレるのは時間の問題だとわかってたから!」

「アジトの特徴を教えろ」

「白の屋根に木目調の壁。窓が西側に2つあって……」


 さらに顔を切り裂く。


「いやぁぁぁぁっ!なんでっ!?教えたのにっ!!ちゃんと言ったじゃないっ!」

「獣人に嘘は直ぐバレる。知らないのか?舐めるなよ。ホラ吹き女が…」

「ひぃっ…!」


 匂いが変化した嘘つき女も顔が変形するまでボコボコにする。お楽しみから一転、揃って瀕死状態。この期に及んで人を騙そうとする言動に腹が立って仕方ない。なんの罪もない子供を攫っておきながら、ひたすら快楽を貪るイカレた精神も。


「お前はどうする?」

「ひぃっ…!」


 残る1人を睨む。


「正直に話せば……助けてくれるのか…?」

「子供になにかあれば戻ってきてから殺す。話さないなら今すぐだ」

「……わかった」


 太った男は堰を切ったように語り出す。匂いからすると内容に嘘はない。


「俺が知ってる情報はコレだけだ」

「そうか。ウラァァ!」

「ぶばぁぁっ!」


 アニカばりのケンカキックを顔面にお見舞いする。足裏が正中線に食い込んだ。


「しょ…正直に…言った…のに…」

「子供になにかあれば、その時は約束を守ってやる」

「く……くそ…ぉっ……」


 殺したいくらい腹が立っているけど、アーツを助けるのが最優先。意識のない3人を並べ、『治癒』で出血している部位のみ綺麗に治療する。あとは強力な『混濁』と『睡眠』を付与して捨て置いた。


 時間がもったいない。急ごう。






「思った通りか」


 人気のない通りに建つアジトに到着すると、そこ隣に女が証言した建物。襲撃されるような緊急事態が起これば、隣に誘導するという小癪な罠。


 ということは、近くに監視が……いるな。もういろいろと限界が近い。姿を消したまま接近して後ろから襲撃する。


「ぐあぁっ…!?」


 顔を見られないよう後ろから右腕を捻り上げた。


「お前らの親玉はアジトの中か?」

「誰だ、お前っ!?…ぎゃあぁぁぁ!」


 躊躇わずに『筋力強化』で腕をへし折る。叫び声は『沈黙』で掻き消しているから誰にも聞こえない。倒れた男の顔面に膝を叩き込んだ。


「ぐぼぁっ…!」

「答えないのならこのまま死ね」

「い、いるっ!アジトの中にっ!ぐうっ…!」

「中に何人いる?」

「全部で4人だ!…ぐあぁぁ!があぁっ…!」


 即座に反対の腕をへし折る。


「1本で足りないのなら、嘘をつく毎に折ってやる。次は首がいいか」


 サスケさんから一味は9人と聞いている。とことんふざけた奴らだ。


「ぐうぅぅっ…。5人だっ…!命だけは助けてくれっ!頼むっ…!」

「攫った子供はどこだ?」

「中だっ…!」

「無事か?」

「わからない…!おそらく無事だっ!殺したら交渉に使えないっ…!」

「どうすれば中に入れる?」

「それは言えない!」

「コレで教える気になるか?」

「な、なにをする気……ぐあぁぁっ!痛いぃぃ~!!ぎゃあぁぁ…!」


 魔法で感覚を何倍にも増幅させ、身体のありとあらゆる箇所を魔法の針で刺す。いつかのブロカニル人に味合わせた手法。

 刺しているのは軽くでも、途轍もない痛みを感じる。似たようなことを何度も師匠にやられてるから痛みはよく知っている。


「お前の気が狂うまで繰り返してやる」

「教えるっ…!合言葉だっ…!『シュナウザー、然もありなん』!玄関で訊かれたらそう答えればいいっ!!」

「シュナウザー…」


 北の国……アヴェステノウルか。


「ぐぇっ…!」


 後ろから締め落とし、深く眠らせて記憶を飛ばした。アジトに向かいドアをノックする。


「……誰だ」 

「シュナウザー、然もありなん」


 変声魔法陣でさっきの男の声を模倣済み。


「入れ…… っ…!」


 開いた瞬間に魔法を浴びせて眠らせる。倒れる音が響かないよう消音して中に入る。コレであと3人。

 居間のような部屋に移動すると、厳つい男が2人で酒を飲んでいる。軽く眠らせるとテーブルに突っ伏した。残るはあと1人…。アーツはどこだ?


『周囲警戒』を使っても人の反応はない。ということは、地下室か屋根裏がある。魔法の範囲を広げようとして…微かに音が聞こえた。


 この音は…地下からじゃない…。……上かっ!


 大きく跳び退いて身を躱すと、ズドンと天井が崩れ落ちてきた。天井裏の埃が部屋に充満する。瓦礫の中から人影が急接近してきた。


「ハハッ!そこかぁ!」

「ぐぁっ…!」


 拳を辛うじてガードしたけど、蹴り飛ばされて壁に背中から激突した。


「ガァッ…!」

「見えない敵ってのは初めてだ!オラオラァ!」

「くっ…!」


 素手の連続攻撃を躱して距離をとった。


『風流』


 窓を割って空気を入れ替える。視界が晴れると、身体中に刺青の入った体格のいい男が立っていた。どうやら、この男が最後の1人で間違いない。


「姿見せろよ。ガキを取り戻しに来たんだろ?出てこないなら殺しちまうぞ」


 なんだと…?


『隠蔽』を解除して姿を現す。


「たまげたぜ…。まさかの獣人かよ…」

「あの子はどこだ?」

「さぁな。知りたいなら無理やり吐かせてみたらどうだ?」


 何者か知らないが、この男は強者の雰囲気がある。サスケさんも「1人危険な奴がいる」と言っていた。間違いなくコイツのことだ。


 だが、そんなことはどうでもいい。さぁ……やるか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ