504 ドナ、初めて街へ行く
ウォルトは早朝からリリサイド親子と森を駆けている。
目的地はカネルラ王都。訪れる目的は友人であるカリーに会うタメ。そして、ドナに街を体験してもらおうかと。
「風がきもちいい~!」
併走するリリサイドの背に乗ったドナは楽しそうな表情。
「リリサイド。疲れてないか?」
『大丈夫よ。ちょうどいいくらい』
馬種としては若干小柄だけど、リリサイドも駆けるのは速い。
「お母さん、はやい!ドナも大きくなったらはやくなる!」
「そうだね。ドナならもっと速くなれるさ」
「むっふぅ~!ウォルトにもまけない!」
「ボクも負けないよ」
休み休み駆けてもう少しで森を抜けるというところまで来た。一旦リリサイドに人型に変化してもらい、作っておいた服を渡す。
「魔力糸で編んで魔力付与してるから、力を使わなくても姿は戻らない。数日持つと思う」
「ありがとう。似合うかしら?」
「似合ってるよ。リリサイドに似合うと思う服を作ったけど想像通りだ」
「ドナのふくもありがと!」
「どういたしまして。ドナも似合ってるよ」
「やった!」
ドナにもお出かけ用の服を用意した。一応サマラに流行りの子供服を聞いて作ってみたけど、お世辞じゃなく可愛い。
「じゃあ行こうか」
森を抜けてからはのんびり歩いて進む。カリーは騎士団所属の騎馬。夜までは訓練施設か厩舎にいるはず。予定の時間よりかなり早く着いたので、2人と王都を観光しよう。
「お母さん!なにかある!」
「えぇ。街が見えてきたわね。建物が沢山建っているでしょう」
「まんなかの、おっきいのなに?!」
「お城よ。この国の王様が住んでいるの」
「おうさま!えらい人だ!」
「そうよ」
街に行くにあたってリリサイドが事前にいろんなことを教えたらしい。最近のドナはあらゆることに興味があって、直ぐ覚えるから苦労しないと笑った。
歩むにつれどんどん大きくなる王都。昔を考えるとボク自身が一番信じられない。こんな頻繁に王都を訪れるなんて想像もできなかった。
東門から王都へ入る。
「アンタは!久しぶりだな!」
「お久しぶりです」
相変わらず元気で爽やかな門番だ。ボクの顔を覚えてくれていて、いるときは必ず声をかけてくれる。
「ドナ。教えたとおりに挨拶しなさい」
「うぅ~…。……こんにちは!」
「おぉ!こんにちは!可愛い娘さんだな!王都を楽しんでいけよ!」
「あい!たのしむ!」
黙って頭を撫でられるドナ。最初は警戒してるけど人に慣れるのは早い。
「人がおおくて…くさい!」
「そうね。街はあらゆる匂いが混ざってるのが普通よ」
落ち着かない様子でキョロキョロするドナと、手を引く冷静なリリサイドは対照的。街の経験も豊富なんだろう。
「ボクも王都には詳しくないんだ。かなり時間があるから色々な場所に行ってみようか」
「そうね」
「おなかすいた!」
「だったらまずは市場に行こう。屋台も沢山あるよ」
「やたい!しらないけど、おもしろそう!」
3人で歩いていると妙に視線を感じる。理由はわかってるけど。
「注目を浴びてないかしら?もしかして、私達は目立ってる?」
「注目されてるのはボクらじゃなくて、リリサイドが美人だからだ」
振り返るのも男性ばかり。
「お世辞が上手いのね」
「お世辞は言わない。直ぐバレるからね」
「ふ~ん」
サマラも言ってたけど、人型のリリサイドは美人。その位のことを見分ける審美眼はあると思ってる。
「すごくおいしそうなにおいがする!」
「行ってみようか」
屋台が並ぶ区画に移動する。
「たべもの、たくさんあるね!」
「ドナ。食べるのは1つだけよ。しっかり考えて選びなさい」
「えぇ~!?もっとたべたい!」
「仕方ないわね。じゃあ2つよ。それ以上はダメ」
「あい!どれにしようかな…」
ドナは真剣に選んでる。こうして選ばせたり我慢を覚えるのも勉強。リリサイドは娘のことをよく考えてる。
「悪いわね。お金を使わせて」
「構わないよ。こんな時しか使い道がないんだ」
ナバロさんから請け負う修理や品物の売買でお金に余裕はある。受け取らないと怒られるから、抵抗せずに有り難く貰っている。冒険で薬草採取した報酬も残ってるし、街に住んでいればあっという間に使うお金も、森にいれば使える場所もない。
「ウォルト!これと…あっちのたべたい!」
「わかった」
ドナが選んだのは甘味と串焼きか。先に串焼きだな。
「食べたいのを指差して、「コレを頂戴」って店の人に言うんだ」
「あい!これちょうだい!」
「はいよ!何個だい?」
「さん!」
「ちょっと待ってな。……はいよ!」
「ドナ。コレをおじさんに渡して。お金っていうんだ」
「あい!おかね!」
「ちょうどだな。毎度あり」
串焼きを受け取ってドナとリリサイドに渡す。リリサイドには野菜だけの串焼きを頼んだ。
「ドナ。ウォルトにお礼を言いなさい」
「なんで?」
「お金を出してもらったでしょう?お金がないと食べ物は買えない。そのお金はウォルトのモノよ」
「しらなかった!ウォルト、おかねありがと!」
「どういたしまして。さぁ、食べよう」
「うん!……おいしい!」
「確かに美味しいわね」
食べ終えて次は甘味の屋台へ。買うときは、簡単だったのでドナにお金の計算をしてもらおう。
「むぅ~……。わかった!あわせて、30トーブ!」
「正解。お店の人に渡してね」
「あい!これで、あまいの3つちょうだい!」
様子を見ていた店のおばちゃんの頬が緩む。
「はいよ。アンタは賢い子だねぇ」
「ドナ、かしこいの?」
「賢いさ。これからもたくさん勉強するんだよ」
「あい!べんきょうする!」
「1個はおまけだよ。いっぱい食べて大きくなりな」
「おまけ?」
「1つ多くドナにあげるってことだよ」
「ありがと!」
甘味を口いっぱいに頬張るドナは可愛い。
「ウォルト。私の分をあげるわ」
「甘いモノは好きじゃないのか?」
「果物なら食べるけれど、人工的な甘みは苦手なのよ」
ボクもあまり得意じゃないけど、たまにはいい。なかなかの甘さを噛みしめながら頂いていると…意外な人物に遭遇する。
「ウォルト様!」
ボクをそう呼ぶのはこの世に1人だけ。
「お久しぶりです。ドルジさん」
バーレーン家の執事であるドルジさんが息を切らして慌てている。
「はぁ…。はぁ…。親子水入らずのところ、お声かけして申し訳ありません…」
「ボクらは親子ではありません。どうかされましたか?」
「アーツ様をお見かけしませんでしたか!?」
「アーツを?見かけていませんが」
「そうですか…。では、失礼致します!」
ドルジさんは再び走り去ろうとする。焦りようが気になって、立ち塞がるようにして尋ねた。
「アーツがどうかしたんですか?」
「突然いなくなってしまわれたのです」
「心当たりは?」
「あります…。はっ…!申し訳ありません!急ぎますのでっ!」
「そういう事情であれば、捜すのを手伝いたいのですがダメでしょうか?」
「なぜ…?」
「アーツはボクの友人なので。それだけです」
「……助かります。お願いしてもよろしいでしょうか?」
「心当たりというのは?どこですか?」
「そちらについては、私の口からは……うぅっ…!」
突然胸を押さえてうずくまる。
「大丈夫ですか!?」
「…大丈夫ですっ!久しぶりに走ったもので……持病が……うぅっ!」
この苦しみよう……もしや心臓か?ドルジさんの胸に手を添えて『治癒』を使う。せめて痛みが和らげば。
「ふぅぅ………少し楽に…。なぜ…?」
「コレです。治癒魔法の効果があります」
掌の魔石を見せる。
「忘れておりました…。貴方様は魔石使いでしたな…」
「一時しのぎです。薬はお持ちですか?」
「屋敷に戻れば…。しかし、そんな暇は…」
「その身体ではまた倒れるだけです。一度戻りましょう」
申し訳ないけど2人に頼もう。
「リリサイド、ドナ。ボクの友達が急にいなくなったらしいんだ。捜したいから行ってもいいかい?夜には戻るから」
「私達も一緒に行くわ」
「ドナもいく!」
「いいのか?」
「力になれるかもしれないわ。邪魔はしない」
「ウォルトのともだちをさがす!」
「ありがとう。じゃあボクに付いてきてくれ」
動けそうにないドルジさんを背負い、ボグフォレスさんの屋敷を目指す。
屋敷に到着して、門番に事情を伝えると玄使用人らしき女性が出てきた。
「ドルジさん!」
「市場にアーツを捜しに来て、発作が出たようです。薬が屋敷にあると聞いたので連れて来ました」
「ありがとうございます!大変!みんなっ!ドルジさんがっ!」
ボクらはまとめて中に通され、ドルジさんをベッドに寝かせる。周知の事実なのか使用人達の動きは迅速で、薬を飲ませるとドルジさんの様子は落ち着いてきた。
「ドルジ!」
大きな声とともに部屋に飛び込んできたのは、ボグフォレスさんだ。
「旦那様…。申し訳ありません…。アーツ様を…発見できず…」
「気にするでない。今はとにかく静養しろ。少し休め」
「面目ありませぬ…」
一息ついたボグフォレスさんは、ボクらに気付いた。
「お主は……あの時の…」
「お久しぶりです。偶然発作の場面に遭遇して、ドルジさんを連れて来ました」
「…そうか。深く感謝する」
「アーツがいなくなったと聞きました。ボクも協力して捜したいんですが、心当たりがあるんですよね?」
「ドルジから聞いたのだな…。だが、其方を巻き込むワケにはいかん」
なにか事情があるのか。
「少しでも早く友達を発見するタメに、今ある情報を聞きたいだけです。無理なら言わなくて構いません。勝手に捜します」
「むぅ…」
どうやら教えてくれそうにない。
「リリサイド、ドナ。一緒に来てくれないか?」
「もちろんよ」
「いく!アーツをさがす!」
「其方達は…?」
「ウォルトの友人よ」
「ウォルトのともだちはドナのともだち!いっしょにさがす!」
「よし。行こうか」
部屋を出ようとして呼び止められる。
「待ってくれぬか…。…知ってることを教えよう」
「いいんですか?」
「あぁ…。座ってくれ」
リリサイドと並んでソファに座る。使用人達は席を外した。気を使ってくれて、ドナと遊んでくれるみたいだ。
「今から口にすることは他言無用で頼む。お主らの安全にも関わる」
「わかりました」
「あくまで推測だが……アーツは攫われたのだ」
「攫われた…?誰にですか?」
「バーレーン家を狙う者に…だ」
「話が全く見えません」
「少し前から交渉を仕掛けている輩がいる。名は明かせないが、おそらく其奴らの仕業だ」
「アーツを攫った目的は?」
「脅迫だ。『要望を飲まないのなら実力行使に出る』という意思表示だろう…。何度も脅迫じみた発言をされている」
「ソイツらの要望とは?」
「奴らの推薦する者と養子縁組すること」
「この家に寄生しようという魂胆ね」
寄生…?どういう意味だ?
「その通りだ。直系が儂とアーツしか残らぬバーレーン家に狙いを定め、甘い汁を吸うために近づいてきた」
「たった1人の孫を人質に交渉を成立させ、懐に入れば骨の髄までしゃぶりつくすつもりね。断ったのでしょう?」
「当然だ。何度交渉されようと受け入れる選択はない。だからこそ…奴らはアーツを攫った。しびれを切らしたのだろう。庭で元気に遊んでいたのだ…。ほんの少し目を離した隙に…」
孫を可愛がる気持ちが油断を招いたということか。けれど、理解できるし責めたくない。アーツはまだ遊びたい盛りの7歳の子供。
「ゲスの極みね。けれど貴方の油断が招いたこと」
「その通りだ…。しばらく部屋に閉じ込めていたアーツを、よかれと思い…」
「衛兵に相談したの?」
「していない。奴らは…衛兵に接触したと判断したならば、アーツを殺め即刻姿を消すと脅してきた…。どうにか裏で解決策を探っていたところだったのだ」
聞けば聞くほど……腹が立つ。
「貴族である限り綺麗事だけでは生きていけない。わかっているのよね?」
「当然だ。だが…儂には信念と、どうしても手放せぬモノがある。バーレーン家とアーツを天秤にかけられぬのだ」
ふぅ…。一旦落ち着こう。
「ボグフォレスさん。奴らの居場所に見当はついていますか?」
「わからない。おそらくだが、他国からの流れ者だと思われる」
「いろんな国で常習的に誘拐を行っていると言いたいのね」
「そうだ。今回も上手くいけば、家を衰退させたあと行方をくらますつもりだろう」
「であれば、闇雲に捜すよりいい手段を考えましょう」
「考えがあるというのか?」
「いい案がないか友人に聞いてみます」
「なに…?どういう意味だ?」
ボクの伝手など信用してもらえないだろう。けれど時間が惜しい。おそらくボグフォレスさんも納得する人物に連絡する。魔伝送器を取り出し魔石に触れた。
「なんだそれは?」
ボグフォレスさんの問いには答えず、しばらく待っていると応答してくれた。
『ウォルト!どうしたの?こんな昼間に連絡なんて珍しいね!』
「なっ!?いきなり声が?!」
ボグフォレスさんは大袈裟に驚いてる。でも、初めてコレを見たときはボクも驚いた。
「急にゴメンね。忙しかったかい?リスティア」
「リ、リスティアだと!?」
『いつでも大丈夫だよ!…って、近くに誰かいるの?』
「バーレーン家のボグフォレスさんだ。家にお邪魔してるんだけど知ってるかい?」
『もちろん。この国の貴族は皆知ってるよ。ボグフォレス、建国記念式典以来だね!』
「は、はぁ…。もしや……リスティア王女様であらせられますか…?」
『そうだよ!そこにいるウォルトは私の親友なの!なにか事情があるんでしょ?信用してなんでも話してあげてね!あと、ウォルトと私の関係は誰にも言わないで♪』
「りょ、了解致しました。肝に銘じます」
さすがリスティア。話が早い。
「リスティアに相談があるんだ」
『なぁに?』
「ボグフォレスさん。事情を説明してもいいですか?」
こくりと頷いてくれる。
「実は……」
これまでの経緯を説明する。
「…というワケで、アーツを捜したいんだけど情報がないかと思って。それか、いい案がないかな?」
『それは一大事だね。私は怒ってるよ』
「どうしたの?」
『アーツのことは当然だけど、その輩は私の外出も邪魔した。情報を渡すから少しだけ待ってて』
「情報を渡す?どういう意味だい……って、リスティア?リスティア~!」
通話は切られてしまった。
「よくわかりませんが、とりあえず待ちましょう」
「わからないのは儂の方だ…。お主は…一体何者なのだ…?」
「ただの獣人なのよ。ふふっ」
「リリサイドの言う通りです」
リスティアを信じてとにかく待とう。アーツが無事でいてくれることを祈りながら。




