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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
503/715

503 後生一生

「ウォルトさん!お土産です!」


 ウォルトの住み家を訪ねてきたアニカとチャチャが、お土産を持ってきてくれた。なにやら植木鉢にびっしり草が生えている。


「ありがとう。植物のお土産は珍しいね」

「猫草っていう植物らしいです!猫が好んで食べたり、食べなかったりするらしいです!」


 どっち?


「アニカさんがギルドで情報を聞いたみたいで、安かったし興味があって買ってきたんだけど」

「初めて見るけど、香りは…いいね」


 とても美味しそうな匂いがする。ボクは猫人であって猫ではないけど、祖先の好物の味は気になる。


「料理にも使えないかと思って!」

「なるほど」


 人にとっては毒の可能性もあるから、ほんの少し生で齧って味を確かめてみる。


「…おそらくエン麦の仲間かな?サラダに向いてそうな気がするけど、2人の味覚には合わないと思う」


 どう調理しても2人が好む味を出せる食材じゃない。


「それでも食べてみたいです!」

「私も」

「わかった。試してみようか」


 猫草を調理して昼ご飯に添えてみた。


「う~ん…。いまいちです!」

「美味しいけど、そこまでじゃないね」

「この草は人が食べるには向かないかもしれない。短時間ではエグ味が抜けなかった。時間をかければある程度抜けると思うけど」


 ボクは美味しいと思う。でも、一般的な食用には向いてない気がする。ただ、もらった猫草を使って試してみたいことがある。





「これでよし。手伝ってくれてありがとう」

「食べてくれるといいですね!」

「そうなったら凄いことです」


 残しておいた猫草を少しだけ森に植えてみた。場所は以前猫に遭遇したところ近辺で、何箇所かに分ける。もし猫が好むなら姿を現したときに食べてくれるかもしれない。


「この辺りで一度遭遇してるんだ。元気にしてるなら、また来ることがあるかもしれない」

「いいなぁ。私は猿に会ったことない」

「ボクも遭遇したことはないよ」

「中々出会えないんですね!」

「動物に会えたらかなり幸運なんだ。希少だからね」

「もし冒険中に見かけたら教えますね!……あっ!」


 アニカがしゃがんで草を摘む。


「猫じゃらしですね!」

「猫じゃらし?」


 手に持っているのは狗尾草。犬の尾のような形から名が付いたと云われてる穀物の穂。

 

「上手く振ると、猫が遊んでじゃれてくれるらしいです!やったことないですけど!」

「へぇ~。知らなかった。アニカは博識だね」

「猫についてだけは勉強してます!」


 アニカが猫じゃらしを振る。


 ………………揺れる猫じゃらし……。


 もの凄く気になる…。どうしても目で追ってしまう…。


「ウォルトさん。どうかしました?」

「い、いや…。なんでもないよ」

「嘘だね」


 ギクッ!


 チャチャも猫じゃらしを1本摘んでニヤリ…と笑った。


「ほらほら、兄ちゃん」


 予想通り振って見せつけてくる。遊ぼうとしてるんだろうけどそうはいかない。


「ボクは猫じゃないからじゃれたりしない」

「ふ~ん。気になってるみたいだけど?」


 くっ…!心を読まれてる…。


「ウォルトさ~ん」

「兄ちゃ~ん」


 2人して振り始めた。とりあえず、外方を向いてやり過ごそう……と思ったんだけど…。


「ほらほらぁ~!」

「ちっちっちっちっ!」


 絶妙に視界ギリギリの場所で猫じゃらしを振ってくる。気になって仕方ない。こんな時こそ『頑固』に限る。


「あっ!『頑固』を使った!」

「間違いないですね。兄ちゃん!卑怯だよ!」

「勝ち負けじゃないし、卑怯ではないよ」


 バレないように使ったのに勘づかれてしまった。魔力の隠蔽がまだまだ甘い………いや、表情や仕草で見抜かれてる可能性大だな。

 実は落ち着く効果はほぼなかったりする。おそらく本能的なモノでやっぱり跳びつきたい。


「なるほど。効果は薄いんですね?」

「やりましょう、アニカさん」


 即バレた。感情の察知が早すぎる。


「も、もうやめよう!猫人にも効果はある!認めるから!」

「ウォルトさんがじゃれてくれるまでやりますね♪」

「ですね!」


 話を聞いてくれない。こうなったら……実力行使だ。


「…うっ!?」

「急に体が重くなった…!」


 無詠唱で『鈍化』を付与して、動けなくなったところで両肩に担ぐ。


「このまま帰ろう。しばらく大人しくしてて」

「くぅ~!発動が速い~!躱せなかった!」

「悔しい~!アニカさん、なんとか無効化できないんですか?」

「まだ無理!めちゃくちゃ難しい魔法だから!」

「そんなに悔しがらなくていいのに。ボクがじゃれて跳びついても嬉しくないだろう?」


 小さな子供なら可愛げもあるけど。


「やりたかったんですっ!」

「兄ちゃんはわかってない!」

「恥ずかしいから遠慮しとくよ」

「この格好も恥ずかしいですよ!抱えられて運ばれるって!」

「魔法を解いてよ!」

「ダメだよ。また猫じゃらしを振るだろう?」

「むぅ…。だったら、ウォルトさんがなにかしてくれてもいいのに…」

「兄ちゃんはなにもしません。期待するだけ無駄です」

「言ってる意味がわからない」


 動けない2人に悪戯するつもりはない。


「チャチャ!もっと上手くやれば食いついたんじゃないかな!」

「動かし方が甘かったですね。まだ未熟でした。兄ちゃんが狂喜乱舞する動かし方を研究しましょう」

「魚じゃないんだから。やらなくていいよ」


 なんだかんだ楽しく会話しながら帰った。






 数日後。


 鍛錬ついでに植えた猫草の様子を確認に向かうと…。


「齧られた痕がある…」


 ほんの少し先だけ齧ってる。アニカとチャチャの話では猫草は嗜好品らしい。獣の可能性もあるけど、もしかしたら食べてくれたのかな。そうだと嬉しい。

 それから度々訪れてみたものの、立ち寄った形跡もなくたまたまだったのかもしれないと思っていた矢先、事件は起こる。


「大丈夫かっ!?」


 ある日、猫草の傍を通りがかると傷を負った黒猫が倒れていた。傍に寄っても逃げる気配もない。

 傷を診るとかなり深くて出血している。牙や爪で付けられたような痕。薄ら瞼を開いて、辛うじて意識はありそうだけど目は虚ろ。

 とにかく治療が最優先。全力の『治癒』で傷は綺麗に塞がった。『浸透解析』して内臓にも出血がないことを確認する。


「傷はもう大丈夫。水を飲めるかな」

「………」


 掌に水を溜めて顔の前に差し出すも飲もうとしない。けれど、舌先を出しているから飲みたそうだ。


「ちょっと顔に触れるよ」

「………」


 顎に触れてそっと水を口に流し込む。ゆっくりだけど飲んでくれてる。慌てずに飲めるだけ飲ませた。少し落ち着いたように見えるけど、血を失いすぎたのか動けそうにない。このまま放置するという選択肢はないから、やることは1つ。


「ボクはウォルトって言うんだ。嫌かもしれないけど、今からボクの住み家に運ぶよ。君を助けたいんだ」


 目を細めてボクをジッと見つめ、ふいっと目を逸らされた。『好きにしろ』と言われた気がする。抱きかかえても暴れずに大人しくしてくれてる。抵抗する元気すらないのかもしれない。


 とにかく先のことは住み家で考えよう。





「着いたよ。ボクの住み家だ」


 腕の中にいる黒猫に話しかけても鳴き声1つ上げない。中に入って直ぐにベッドに寝かせると、ゆったりした動きで床に降り、丸まって目を閉じた。暑いのかな。


 これからどうしたものか…。かなり出血していたから意識が朦朧としているかもしれない。とにかく体力を戻す必要がある。休養と食事が不可欠。猫の好物と云われる食べ物は知ってる。手早く作ろう。


 獣肉を挽いて熱を通す。栄養がある野菜も小さく角の細切れに。軽く炒めて柔らかくしてから食べやすいように肉に混ぜ込んで…と。 味付けは必要かな?そこら辺の好みはわからない。


「ご飯を作ってみたんだ。食べれると思う」


 完成した料理を皿に載せて、水と一緒にそっと顔の前に置いてみると、スンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでる。

 しばらく待っていると警戒しながら1口食べてくれた。少しずつ食べる早さが増してる。食欲はあるみたいでよかった。


「不味かったらゴメンね」


 ボクの言葉を無視して、ムシャムシャと食べてくれる。少しずつでも回復してくれると嬉しいけどまだ油断できない。綺麗に食べ終えた黒猫は丸まって目を瞑った。


「お代わりはいるかい?」

「………」


 反応がない。いらないっぽいから、ゆっくり眠ってもらおう。それと、少しでも早く回復するように『治癒』を身体に巡らせておく。



 居間でお茶を飲みながら思案する。祖先と云われる猫にもう一度会えたら、とりあえず自己紹介するつもりだった。

 でも、今回はそれどころじゃない。崇めるとか気分が高揚するなんてことは微塵もなく、焦ってしまって冷静さを保つので精一杯。とにかく元気になって森に帰れたらそれだけでいい。やれることを全力でやろう。


 意思疎通が図れているかも怪しいのに、食事には満足してくれたような気がしてる。次の料理も考案しておこう。

 目を離したくないから、今日の修練は家でもできる魔力操作にして、あとは魔導書を読むことに決めた。猫と同じ場所で過ごせる稀有な時間ということもあるけれど、やっぱり心配だから。



 夕方を迎えて、そろそろお腹も空いただろうと夕飯を持って部屋に向かう。直ぐに入れるようドアは開けておいた。


「晩ご飯だよ」


 呼びかけると耳がピクリと動く。皿を差し出すとゆっくり顔を向けてくれる。今度は目もしっかり開いて順調に回復しているのがわかった。

 また黙々と食べてくれる。食べる姿を見てると癒やされるなぁ。なんでだろう?食べ終えた黒猫は、ジッとボクを見つめてくる。


「どうかした?……もしかして…お代わり?ちょっと待ってて」


 半信半疑でお代わりを持ってくると、また食べ始めた。

 う~ん。嬉しすぎる。元気になってくれたのも、ボクの作った料理を食べてくれるのも。きっと一生に一度の経験。食べ続ける黒猫の姿を静かに見つめた。


 食べ終えた黒猫は、尻尾をピンと立てて歩き出す。後を付いていくと玄関のドアの前で立ち止まった。


「外に出たいのかい?今日はまだやめた方がいいと思うよ。治りきってないんだ」


 振り返った黒猫はボクを見て鳴いた。


「ニャッ!」


 ……あぁ、そうか。


「気付かなくてゴメン。用を足したいんだね」


 ドアを少し開けるとスタスタと出ていく。足取りはしっかりしていて心配いらなそう。言いたいことが理解できるのは、やっぱり同じ猫だからなのか。部屋でしても構わなかったのに賢いなぁ。


 暗い森へと入っていく黒猫。闇と同化してほぼ視認できなくなった。このまま森に帰ったとしても、それはそれで仕方ない。心配だけど、回復力に優れているのかもしれないし家が落ち着かないのかもしれない。


 そう思っていたけど、少し経って戻ってきた。


「ニャ~」

「スッキリしたかい?」

「ニャッ」


 住み家に入る姿は家主のように堂々としている。戻ってきてくれたことと元気な姿に笑みがこぼれた。

 

「よかったら水浴びしないか?毛に血糊が付いたままだからね。身体も洗ってあげる」


 自分の血で毛皮がダマになってる。気を使って身体には触れないようにしてたけど、気持ち悪さも感じているはず。

 これだけ回復すれば水浴びくらいいいんじゃないかと思える。もちろん本人がよければ。


 黒猫は立ち止まってボクを見る。


「行こうか。こっちだよ」


 一緒にお風呂に向かい、湯船に溜めたお湯でゆっくり洗ってあげる。


「お湯は熱くない?」

「ニャ~!」


 どうやら気持ちいいみたいだ。綺麗に血糊を洗い流して、魔法で毛皮を乾かすと見事な艶のある毛並みに戻った。ボクのブラシで毛を整えてあげると、喉の辺りをゴロゴロと鳴らす。やっぱり音が鳴るんだな。


「よし。あとは寝るだけだよ」

「ニャッ!」

「じゃあ、おやすみ……って」


 足下から離れようとしない。


「ボクと一緒に寝るかい?」

「ニャッ」


 付いてきてくれるので、同じ部屋で寝ることに。床が冷たくて気持ちいいみたいで、ボクはベッドに黒猫は床で寝る。


 丸まって瞼を閉じた黒猫を見つめる。もう驚きはないけど、獣人にとっては信じられないこと。祖先と云われる存在と同じ部屋で眠るなんて幸運という言葉で片付けられない。

 

 でも、ともに過ごしてボクは感じた。祖先と末裔のような猫と猫の獣人を隔てるモノは現実にはなくて、この世に同じく生きる者だと。


 出会いが突然だったから、身構えることなく自然に心を通わせることができたと思う。猫を神のように崇拝していたけど、実際は誰よりも近しい存在。そのことに気付いた。決して思い上がりじゃない。

 温かくてボクらと同じ赤い血が流れてる。そして、激しい生存競争を生き抜いてるんだ。ボクらとなに1つ変わらない。それを実感できた。


「おやすみ」


 耳だけを動かした黒猫。ボクもゆっくり瞼を閉じた。






 次の日。


 目覚めたとき部屋に黒猫の姿はなかった。どうやったのか不明だけど、玄関の鍵が開いていたので自分で出て行ったみたいだ。やっぱり賢いな。


 外に出て朝の空気を吸い込む。もう会うことはないだろう。でも、これでいい。同じ世界に生きているだけでボクは嬉しい。


「こらっ!あっちいけ~!刺すぞ!」

「ニャ~!」


 ん…?ハピーの声と…。まさか…。


 離れの方から声が聞こえた。急いで向かうと、飛行するハピーを捕まえようとしてるのか黒猫が跳び付いて狙っている。


「あっ!ウォルト!助けて!退避できるルートを上手く塞がれて素早い上にしつこいの!」

「ニャ~!」

「ちょっと待ってて」


 興奮気味の黒猫に話しかける。


「蟲人の皆はボクの友達なんだ。追わないでくれないか?」

「ニャ~」


 納得してない顔だな。


「ボクでよければいつでも遊び相手になる。だからお願いだ」

「…ニャッ!」

「ありがとう」


 納得してくれたみたいだ。


「ハピー。もう大丈夫だよ」

「ホントに?…まぁ、いざとなったらマタタビがある!」


 確かに効くだろう。黒猫はボクを見つめてる。言ってもいいのかな…。隔てるものはないと思ったのはボクの正直な気持ち。


「ボクらも友達になろうか」

「ニャッ」


 嬉しそうな反応。ボクも嬉しい。


「ありがとう。そうなると、名前がないと不便かな」


 自然で生きる猫に名付けていいのか。嫌なんじゃないか…。


「ニャ~」


 予想に反して期待されてる雰囲気。ちょっとプレッシャーを感じる。


「シャノ…って名前はどうかな?」


 黒猫は雌。ビロードのような毛皮が綺麗で、カネルラでのビロードの別名から連想して名付けた。


「ニャ~!ニャッ!」


 どうやら気に入ってくれたみたいだ。


「シャノ。これからよろしくね。いつでも遊びにきていいから」

「ニャッ!」


 何度か振り返りながらシャノは森へと帰っていく。すっかり元気になった。


「またね!」


 大きな声で呼びかけると、ふいっと前を向いて森の中に消えた。猫は気まぐれと云われているし、以心伝心ではないからハッキリ言えないけど、お互いに生き抜けばきっとまた会える。


 その時のために美味しいモノを準備しておこう。アニカ達に教えてもらった猫じゃらしも忘れずに。

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