502 衰えを超えろ
リオンさんとクーガー親子が拳で語り合った次の日。約束通りリオンがウォルトの住み家を訪ねてきた。
「クーガーは二日酔いで潰れている。アイツはケンカだけでなく酒も弱い。言うこと成すこと口ほどにもない娘だ。ウォルトにはすまないことをした」
「ボクに?」
「泣かせたアイツを抱きたかっただろ?」
「そんなこと思ってません」
そんな嗜好はない。親なのにむちゃくちゃなことを言う。
「グワハハ!冗談だ。そんなことより、獣人の力について教えてくれ」
まず、ボクが力を纏って視認してもらう。獣人でも見えるよう魔力で模倣した。
「面白い。俺達獣人はこんな力を纏っているのか」
「治癒魔法を使える者にしか見えないようです。リオンさんはこのくらい、ボクはこの量を備えています」
量を増減して見せる。
「差は大してないように見えるな」
「操るとなれば全然違います。コレでも数倍の差があります」
「ほぅ。で、どうすれば操れる?」
「まず、マードックにも伝えた方法でやってみましょう」
「頼む」
リオンさんの背中に触れて体内の力を操作する。量が多いので楽だ。
「ぐうっ…!?なんとも気分が悪いっ!」
「この感覚で力を動かします。ボクの合図に合わせて自分で操作する感覚を掴んで下さい」
「わかった」
何度も繰り返しているとリオンさんは汗をかいてきた。弱音は一切吐かないけどやはり辛そう。
「少し休憩しましょうか?」
「まだ続けてくれ。なにか掴めそうな気がする」
「わかりました」
リオンさんが汗だくになるまで続けた。
「ちょっと掴んだ気がする。やるから見てくれ。ハァァッ!」
気合いと共に微かに力が流れた。
「どうだ?」
「動きました。マードックもこんなに早くなかったので驚いてます…」
「ちゃんと考えてるからな。アイツは人の話を聞かずに反抗してばかりだろ。ところで、この力を使うと実際どうなるか感じたいんだが可能か?」
「できます」
殴りたいと言うので、リオンさん自身の力を操作して拳に集中させた。
「ウォルト。お前を殴らせろ」
「わかりました」
やっぱりマードックと同じだ。予想はできたけど木人もあったりする。一応あるんだ。タダではすまない可能性が高いので、『筋力強化』を最大限に纏ってからにしてもらお…
「ドラァァァッ!」
「ぐうぅっ…!」
完全に纏う前に殴られた。辛うじてガードしたけど……また骨が折れたな…。しかもこの痛みは両腕…。とにかく『治癒』だ。
「…加減しているのに相当な力だ。もはや革命だぞ…」
手加減していることのほうが驚き。
「俺の絶対量で何回使える?」
「今の威力なら3回はいけると思います。鍛えてどこまで使えるかはボクにもわかりません」
「この歳で…新たな力を手に入れる可能性があると思うだけで昂ぶって仕方ない!ガハハ!まだやるぞっ!身体に覚えさせねば!」
リオンさんの向上心は見習うべき。
「しかし難しい…。イライラするな」
「マードックもそうでした。魔法の修得もそうですが、ひたすらやるしかないです」
「それが無理なら覚えられないということだな。慣れるとお前のように相手に触れずとも吹き飛ばすようなことができるのか?」
「できます。そして、ボクはこの力を使って獣人にしか操れない魔法を編み出すつもりです」
「真に獣人のみが扱える魔法か。…想像しただけで血が沸く」
「死ぬまでできないかもしれませんが、目標なんです」
「できると信じてやれ。できないと思えばなに1つできん。そんなモノだ。あと、試したいことがある」
「なんですか?」
リオンさんの要望を聞いてボクも気になった。ボクもまだ試したことがない。早速やってみよう。
「いくぞ」
「いつでも」
「ドラァァァッ!」
リオンさんの全力の拳を『強化盾』で受け止める。すると、弾かれることなく『強化盾』にヒビが入った。
「新発見です」
「どうやら対魔法の効果があるようだな。思いついたことがある」
「とりあえず腹が減った」というリオンさんに料理をこしらえて共に食事する。
「リオンさん。思いついたことって?」
「力の使い道には関係ないが、過去にこの力を使っていた獣人がいたんじゃないかと思ってな」
「過去に…?」
「圧倒的な力で数多の戦場を駆けた獣人の英雄。知っているだろう?」
…まさか。
「フィガロが獣人の力を…」
その可能性は……充分ある。以前マードックと話していたとき引っかかったのはコレだ。フィガロの並み外れた強さの原動力が獣人の力である可能性。
銀狼のギレンさんも言っていた。「フィガロの毛皮は炎で燃えたし、雷で痺れもした。けれど構わずに向かってきた」と。魔法耐性を向上させることに力を使用すれば魔法や狼吼にも耐えるだろう。化け物のような身体能力も説明がつく。
「フィガロは俺達の憧れ。獣人離れした力を持った異次元の獣人だが、この力を自在に操ったとすれば納得がいく。むしろ可能性大だろう」
「確かに…」
一体どうやって会得したのか。どうやって力のことを知ったのか。色々な疑問が浮かぶけれど答えはわかりようもない。
「仮にそうだとして、俺は感動している」
「感動ですか?」
「この力を自在に操るまでに、フィガロはどれ程の努力を重ねているか。たった1日ではあるが身を以て知った。変わらず…いや、今以上に尊敬に値する獣人だ。生まれつき操れるのでない限りはな」
「まさしくそうですね」
誰より力に恵まれていたとしても、磨き上げなければ強くなどなれはしない。もしかするとフィガロは求道者だったのか?そうだとしたら凄い獣人だ。
「そんな仮説もお前に習ったからこそ思いついた」
「ただの偶然です」
「フィガロは、お前以前の……獣人初の魔法使いだった可能性もある。もしそうなら先祖みたいなモノだ」
「恐れ多いですが…嬉しいです」
幼い頃から憧れているフィガロが獣人の魔法使いだとしたら昂る。ただ、フィガロは身体1つで数多の敵を蹴散らしたと言い伝えられていて、魔法の類を操った事実は確認できない。
つまり、仮にそうであったとしても力を身体強化や耐性強化のみに特化していた可能性が高い。元来の身体能力が優れていれば、魔法のような操り方は小細工に感じるかもしれない。
「お前はフィガロの境地に足を踏み入れた」
「なぜですか?」
「力を自在に操っているだろう。強さは違えどフィガロと同じことをしている」
「まだまだ未熟者です」
「成長して追い抜け。獣人の力を使えるのも、使い方を教えることができるのもこの世でお前だけだ」
「そんなことない気がしますが」
「他にそんな獣人がいるなら世界中で話題になっている。獣人はとにかく自慢好きな種族。そして噂は広まるのが早い。そうだろう?灼熱のサバトよ」
ニヤリとボクを見てくる。
「リオンさんも知ってるんですね」
「グワハハハ!隣国まで聞こえてきた!お前達が武闘会で力を示したと聞いたときは、最高の気分で酒が進んで仕方なかった!」
喜んでくれたのは嬉しいけど、やっぱり噂は怖い。知らぬ間に外国まで伝播する。そしてわかる人にはバレる。マードックとエッゾさんと組んでいて、白猫の風体からボクがサバトの中身だと連想したに違いない。
「負けるつもりはなかったんですが、噂になるつもりもなかったんです」
「気にするな。噂はお前のことを正確に表してない。戯れ言の範疇だ」
「そうだといいんですが」
「サバトの正体についても、このままなら誰にも真実不明のまま時が過ぎる。それこそフィガロのように」
「誰の記憶にも残らず忘れ去られるのが理想です」
そろそろ世間も飽きているはず。誰も覚えてないかもしれない。
「無理だ」
「えっ?」
「絶対に無理だ。命を賭けてもいい。お前がやったことは、カネルラの歴史に残る。お前達の闘いを見ていないが、見た者の心に深く刻まれたと言い切れる」
「珍妙な姿で目立っただけなんですけど」
「目立ってなにが悪い。それと、俺はお前が言う【獣人の力】を今後クティノスと呼ぼう。グワハハ!」
「それは…」
ボクが付けたマードック達と組んだパーティー名。
「いい名だな。お前には名付けのセンスがある」
「マードック達にも褒められました」
「俺ももっと若ければお前達と組んでみたかった」
ボクもそう思う。年齢など関係なくリオンさんから学ぶことは山ほどあるに違いない。
…そうだ。
「マードックからキリアン攻略に誘われてます。エッゾさんもです。リオンさんも一緒に行きませんか?」
「ぬ?お前達とキリアン攻略か。面白そうだ」
「アイツは獣人だけでどこまでいけるか試したいと言ってました」
「グワハハ!…いい。お前らは期待通りの獣人だ…。最高峰のダンジョンに獣人だけで挑む。心躍る行為だが高確率で死ぬぞ」
「冒険はそういうモノだと思ってます。ボクらは誰が死んでも人のせいにしたりしません」
「グワハハ!最高だ。俺も誘えと言っておく。それまでにこの力を操れるようにならんとな」
リオンさんが満腹になったところで修練を再開する。
「ウォルト。お前が操るクティノスの最大威力を見せてくれ」
「大した威力ではないですが、いいですか?」
「俺の力を吸収して放て。できるんだろ?」
「できます」
昨日の闘いを見て気付いたのか。勘が鋭い。
「俺の力を俺自身が感じたい。現時点でどの程度の威力があるのか」
「わかりました。では…」
腕を前で交差してガードの姿勢をとってもらう。ボクはリオンさんの力を吸収して、交差した腕に対面から掌を添える。
「その態勢からでいいのか?」
「純粋な威力を体感してもらうにはこのやり方が最善です。殴ったりしたら違う威力も加算されます」
「そうか。頼んだ」
「いきます」
ぐっと踏ん張ったことを確認して、吸収したリオンさんの力を掌に集め…魔力弾のように放つ。
「グウゥゥゥッ…!」
吹き飛ぶことはなく、踏ん張った足裏が地面を削りながら後方へと押され、やがて止まった。
「今のがリオンさんの内包する力です」
「…シビれた。腕が両方イッた」
「直ぐに『治癒』します」
『浸透解析』すると骨にヒビが入っている程度。ボクなら魔法で強化しても完全に骨が折れて後方へ吹き飛んでいる。耐久性の高さが羨ましい。
リオンさんはその後もひたすら修練を続けて、夕方に住み家を後にした。
★
フクーベの場末の酒場にて。
「よぉ。リオンさん。元気だったかよ」
「あぁ」
リオンはウォルトの住み家を離れたあと、マードックを呼び出して飲むことにした。
「言いてぇことがあるツラしてんな」
「よくわかったな」
「俺の直感ってやつだ!ガハハハ!」
ふっ。生意気な奴だ。
「ウォルトに力の使い方を教えてもらった」
「そうかよ。で、やれるようになったか?」
「習ったのが今日だ。全然わからん。お前は?」
「まだだ。前に進んでんのかもわかんねぇ」
「だろうな。アイツはとんでもない奴だ」
ウォルトは顔色1つ変えず平然と力を操る。どんな身体の構造をしているのか。
「今に始まった話じゃねぇだろ」
「まぁな。お前に頼みがある。キリアンに行くときは俺も誘え」
「アイツに聞いたか。別にいいけどよ、死ぬかもしれねぇぞ」
「その時はその時だ。ビビりながらダンジョンに行けるか!お前の先輩だぞ!グワハハ!」
「言っとくがまだかなり先になる。それでもいいか?」
コイツも俺と同じで力を操れるようになってからと考えているな。
「構わん。ところで、お前らの武闘会での活躍が隣国まで聞こえてきた。詳しく教えろ」
「いいぜ」
マードックから優勝するまでの経緯を詳しく聞く。特に決勝戦の様子を。
「…っつう感じだ」
「噂の通り、相手のエルフはとんでもない奴だったワケか」
「あぁ。俺とエッゾが相手した奴らはそこまで強かねぇ。けど、あのエルフは相当スゲェ部類だ。あんな魔導師は見たこともねぇ」
「ククッ!ソイツに魔法戦で圧勝したと」
「アイツはマジでイカれてやがる。エルフの魔法だけで勝ったんだぜ。笑うしかねぇよ」
「愉快すぎるな。人々に忘れられるのが最善だと言ってたが」
「あんだけ派手にやっといてなにほざいてんだって話だ。忘れるワケねぇ」
エルフに魔法戦で勝てる獣人が現れるなぞ、世界で誰1人として予想できなかったに違いない。いや…。ウォルトの師匠とやらは…。
「お前に言っておきたいことがある」
「なんだよ?」
「俺の娘にウォルトの子を生ませたい。お前の妹に言っといてくれ。最強の獣人が誕生するかもしれんからな」
「知ったこっちゃねぇ。勝手にしろや」
「ほぉ。お前は獣人のくせに固いからあえて言ったんだが」
「けっ!アンタの娘じゃ俺の妹にゃ勝てねぇ。精々気張れって言っとけや」
「たいした自信だ。妹想いだな」
「うるせぇな。そもそもアイツがいいとは言わねぇだろ」
「ウォルトも獣人。裸の女が前に立てば獣になる。それが本能だからだ。強い子供は多い方がいい。お前の妹やアイツの弟子とも子を作ればいい。お前も子は山ほど作れ」
「勝手なことばっか言いやがって。誰もがアンタみたいになれねぇんだよ」
「俺のようになる必要などない。ただ、娘にも協力してもらって獣人の明るい未来を見たいだけだ。グワハハ!」
「ろくでもねぇ親父だぜ」
「強制はしない。獣人に強制など無意味なのは知ってるだろ。俺は、娘がウォルトに惚れるのは時間の問題だと思っている。そして、アイツは女を泣かせないタイプの男。番としてはいいこと尽くめ」
「テメェのことを棚に上げて、急にまともなこと言いやがる」
「当然だ。我が子の幸せを願わない親がどこにいる。お前だって妹が変な男に引っかかるのは嫌で、ウォルトならいいと思ってるんだろ?」
「ちっ…!」
直に話して、そして武闘会の話を聞いてさらに強く感じた。ウォルトの子種は獣人がより強く進化する可能性を秘めている。フィガロを超えるような獣人が何人もこの世に生を受けるかもしれないと考えたら……。
「グワハハ!酒が進む!おい店員!もう1杯だ!」
「ただの楽しげなオッサンだな」
「楽しいに決まってる。お前のおかげだ。感謝してるぞ」
「あん?」
「ウォルトを紹介してくれたから俺はこの歳でまだ夢を見ている。初対面から変わらずな」
自分が強くなる可能性を知り、強い獣人が孫として生まれる可能性もある。獣人だけのパーティーが最高難度のダンジョンで記録を打ち立てる可能性も。
楽しまず生きることなど誰ができようか。とうに衰え始めている齢50になって、さらなる強さを求めることなどバカげているが、現にできるのはコイツらのお陰。
「託すモノじゃない。見るモノだ」
「あん?」
「こっちの話だ。お前も飲め」
死ぬまでいい酒を飲めるよう獣人らしく生きるだけ。




