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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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499 人の子

 ある日のカネルラ王城。


 国王の寝室にて夜更けに議論が交わされていた。議題は、『カネルラ国王は、嘘つきであるか否か』


「お父様。いくら娘が相手であっても嘘はいけないと思うの」

「人聞きの悪いことを言うな。俺は嘘など吐いていない」


 白々しい。そして腹立たしい…。


 カネルラの王女リスティアは、約束を守らぬ父ナイデルに立腹していた。


「私は心を入れ替えて、勉学や作法の修得も怠ってないよ。元々怠ってないけど。それでも外出の許可はもらえないの?」

「時期を見て許可を出すと言っているだろう」

「じゃあ、いつ頃?」

「まだ未定だ」

「少しの時間でも?城下町だけでも?」

「今はダメだ」

「よくわかりました」

「言っておくが、脱走を発見した場合、今後一切の外出を認めん。肝に銘じておけ」

「…畏まりました。第29代カネルラ国王ナイデル様の金言、心に沁み入ります」


 ……ふんだっ!


 お父様の寝室を出て自室へと向かう。私はとても気分が悪い。後先考えずひたすら暴れたいくらいに。



 ★



 部屋を出て行くリスティアを静かに見つめているルイーナ。


「あの子にしては珍しく、かなり感情が昂っていましたね」


 あれほど怒りを露わにするのは稀有なこと。ナイデル様に親友のウォルトを貶されたとき以来かしら。今回はなぜなのかわからないけれど。


「「お前などもはや他人だ」という口振りだったな」


 それでもナイデル様は平然としている。親子であるというのは当然だけれど、互いに信頼関係があるから。


「思うところがあるのでしょうか」

「ルイーナも知らぬのか?」

「聞いていません。ウィリナやレイも同じかと」

「そうか。今は外出を認めるワケにはいかぬのだ」

「以前仰っていた、例の動きでしょうか?」

「そうだ。国籍不明者が入り込んでいると暗部が情報を得た。王都に目的不明の不遜な輩が潜んでいるとすればリスティアを外出させられぬ」


 攫われでもしたら目も当てられない。


「理由を伝えればよろしかったのでは?」

「ちゃんと伝えている」

「え?」

「現状の危険性を伝えているのに「外出させろ」と駄々をこねているのだ。これほど我が儘なのは初めてかもしれん」

「それはおかしな……」

「情緒不安定に感じているのだが、俺には理由がわからない」


 なにか理由があるのかしら…?最もあり得そうな理由は、ウォルトが王都を訪れているということだけれど、過去にも数回王都を訪れていると聞いた。

 そんな時でもリスティアが我が儘を述べたことはない。特別な理由があれば別でしょうけど。


「とにかく、しばらくリスティアには監視を付ける」

「それがよろしいかと」



 ★



 部屋に戻ったリスティアは、ベッドに寝転んで天井を見上げる。


 …こんな感情は初めてかもしれない。むしゃくしゃして全てを投げ出したい。この城から抜け出して、誰も自分のことを知らない場所で好きなことをして好きなように生きてみたい。


 そんなことを、ここ1週間くらいずっと考えてる。嫌なことがあったワケでもない。いつも通りの生活を送っていた。特に不満もない。ただ、お父様やお兄様達の言うことが全て腹立たしく聞こえて、口を開けば文句を言いたくなる。


 唯一の不満といえば、アイリス達にウォルトが会いに来たときに私も会いたかったことくらい。でも、そんなの初めてでもないし頻繁に会えないことは理解してる。


 ウォルトからもらったペンダントに『精霊の加護』を付与すると、部屋一面に満面の星空が映し出された。少しだけ気持ちが落ち着いた。


「会いたいなぁ…」


 なんだか疲れた。気分転換に街に出たいという望みも叶いそうにない。お父様から説明されて事情も理解しているから我が儘だという自覚はある。


「……あぁぁ~~!もうっ!」


 大きな声を出すと扉の外でカタンと音がした。見張りがいるんだね。さすがお父様。そして、見張りの人……余計な仕事をさせてゴメンね。

 せめて、外には出ないという意思表示で扉に内側から鍵をかける。そっとしておいてほしいという意味でも。


 机の鍵箱を開けて魔伝送器を手に取る。愚痴をこぼしたくなかったから、ウォルトには連絡してなかった。でも、もう限界!


 ベッドに移動して毛布を被り、そっと白い魔石に触れる。


『久しぶりだね、リスティア』


 少し待つと優しくささやく声が届いた。ウォルトは私の部屋から男の声が聞こえたと噂がたったらよくないと、いつも小さな声で語りかけてくれる。


 それだけで気持ちが落ち着いた。私も小声で返す。


「ウォルトと話したくて。夜遅くにゴメンね」

『大丈夫だよ。夜中でも朝方でも気にしなくていい。寝てたらゴメン』

「ふふっ。そんなの寝てて当然だよ」

『リスティア……なにかあったのか?』

「なんで?」

『声に元気がない。耳には自信があるんだ』


 凄いなぁ…。姿も見てないのに、離れててもわかってくれる。


「魔法には自信がないのに?」

『ボクの魔法はありふれてるからね』

「それに、「ボクは親友だからわかるんだ」の方が格好いいよ」

『格好つけるのは苦手だよ』


 とってもウォルトらしい。


「あのね。他愛もない話なんだけど…」


 今の心境を吐露した。言い様もない焦燥に駆られて、自分の気持ちすらよくわからない状態で情緒不安定であることを。

 城から逃げ出したい気持ちや、苛立ちを隠さず打ち明ける。ウォルトは時々「うん」と相槌を打つだけで静かに話を聞いてくれた。


「…というワケでイライラしてるの」

『そうだったんだね。教えてくれてありがとう』

「心配かけると思って愚痴を言いたくなかった。でも我慢できなかった」

『我慢なんてしなくていい。こんな時のタメに魔伝送器があるんだ。幾らでも話してほしい』

「ありがと」


 優しい親友を持って私は幸せ者だね。


「ウォルトに……会いたいよ」


 また困らせるようなことを言ってしまった。これ以上を望むのは我が儘なのに…。ウォルトは優しいから答えに困るはず。


『じゃあ、目を瞑って10秒数えてくれるかい?ボクの魔法を見せるよ』


 予想外の答えが返ってきた。


「ホントに?そんなことできるの?」

『初めて挑戦するんだけど、成功する自信はある』

「見たいなぁ…。目を瞑ればいいの?」

『そう』


 意味がわからないけど言われた通り目を瞑って10秒数える。ゆっくり目を開けてウォルトに語りかけた。


「数えたよ。コレでいいの?」

「いいよ」


 魔伝送器ではなく…背後から声が聞こえた。毛布を剥がして声がした方を見ると、ウォルトが微笑んでる。


「嘘……。本物……?」

「本物だよ。コレがボクの見せたかった魔法。上手くいってよかった。驚いてくれた?」 


 ニャッ!と笑う。……本物だ。


「ウォルト~~!」


 しゃがんだウォルトの胸に飛び込む。首に抱きつくといつもの毛皮の感触。涙が溢れる。


「うっ…うぅ~~っ!」


 いつものように温かい掌で頭を優しく撫でてくれる。


「泣きたいときは泣いていいんだ。我慢すると、余計に辛くなるからね」

「うぅ~~!うぅ~っ!」


 私が泣き止むまで、なにも言わずに抱きしめてくれて背中をさすったり頭を撫でてくれる。


「…はぁ~~っ!もう大丈夫!泣くだけ泣いたよ!」

「そっか」


 そっと手を翳して私の瞼を治癒してくれた。腫れていたのにあっという間の出来事。


「ふふっ。これでセクシー?」

「まだまだ遠いかな」

「ひどい!たまには褒めてよ!」

「リスティアに色気を感じたら危ない獣人だって」

「あと3年だからね!3年後には悩殺するから!」


 久しぶりの下らない会話が楽しい!……あっ!見張りがいるんだった!


「ウォルト…!ゴメンね…!脱走しないように見張られてるの…!大きな声を出したから人が来るかも…!」

「小声で話さなくてもいいよ。部屋に『沈黙』を展開済みだから誰にも聞かれてないはず」

「さすがだね!」


 10秒数えてる間に付与したとみた。私の行動を先読みしてるんだから!


「ところで、どんな魔法を使ったの?…っていうかどこにいたの?」

「もちろん森の住み家だよ。空間魔法の『次元』を使って来たんだ。リスティアの魔伝送器と繋げている魔力を辿って、空間の切れ目からね」

「うん。言ってる意味がわからない」


 いつものことだけどね!超絶魔導師の親友を持つと驚かされてばかり!


「初めてだったけど、上手くいったのはリスティアのおかげだ。できる自信はあっても、実際にやるには勇気がいる魔法だから、親友に会いたい一心で成功した」

「私が魔法の成功に一役買ったってことだね!」

「そうだね。リスティアの望みも叶えてあげられるかもしれない」

「私の願いって?」

「お忍びで外出したいって言ってたろう?もっとボクの魔法が上達すれば、バレずに自由に外出できるかもしれない」


 冗談みたいに言ったのに、覚えててくれたんだ…。しかも、ただの夢物語だったのに一気に現実味を帯びてる。


「……もう!ウォルトの魔法は最高っ!」

「大袈裟だよ。そういえば、あげた星空を見てくれてたんだね」

「いつも見てるよ!落ち着いて眠れるの!」


 それから私はウォルトと話した。


 他愛もない話。会えなかった期間のことをお互いに語り合って笑ったり驚いたり忙しい。いつの間にか、漠然とした不安も苛立ちも消え失せている。


「私ばっかり話してゴメンね」

「大丈夫だよ。もっと聞かせてほしい」

「甘えさせるね~!」

「ボクにできるのはこれくらいだから」

「…ねぇ、ウォルト」

「なんだい?」

「私を……城から連れ出してほしいって言ったら、どうする?」


 私は…なにを聞いてるんだろう。


「連れ出すよ。どんな手段を使っても」

「罪人として追われるかもしれないよ?」

「ボクは思うように行動する。ただし、リスティアにも覚悟は必要だ。どんな結果になっても後悔しないならいつでも連れ出す」

「今すぐにでも?」

「もちろん」

「逃げ出すなら……死なば諸共の覚悟がいるよね」

「親友らしくて格好いいんじゃないか?」


『当然だニャ』とか言いそうな顔で笑う。


「私にとっては最高に格好いい最期かも!逃避行の末に親友の腕の中で死を迎えるお転婆王女…。悲劇のようで喜劇…。いいね!」

「あははっ。よくないよ。ボクはどんな手段を使っても逃げ切るつもりだから、それは最悪の場合だ」

「もし逃げ切れたらずっと一緒に暮らしてくれるの?」

「もちろん。知らない国の山奥になるかもしれないけど、生きてる限り君を守るよ」


 私が聞いてるのはそういう意味じゃないけど……ま、いっか!そうなればウォルトは私だけの騎士。これ以上ない幸せ。


「凄く心が軽くなった。城を抜け出したら負けだね!」

「なにに負けるんだ?」

「自分にだよ!まだ死ぬ覚悟もできない!」

「そっか。リスティアに言っておきたいことがある」

「なぁに?」

「君はカネルラの王女で地の精霊に愛された者。でも間違いなく人の子だ。王族として勝手な振る舞いは許されないのかもしれないけど、ボクは知ったことじゃない。君の選んだ道を信じる。助けが必要ならいつでも言ってほしい」


 ……もう!また泣かそうとする! そんなつもりがないのはわかってるけど、森で師匠を待ちたいと言ってるのに、ここまで言ってくれる気持ちが嬉しい。


「ありがと!ウォルトも驚くお願いをするかもだけど!」

「言動が予測できないところもリスティアの魅力だからね」

「ところで、私が地の精霊に愛された者ってどういうこと?」

「ボクの知り合いから聞いた話なんだけど…」


 どうやらカネルラの地の精霊に愛された存在として王族に加護の力を与えられているらしい。力を貸すからこの地を治めてほしいと。

 王族なのに初めて聞いた。けど、ウォルトは嘘をつかない。精霊の友人がいるという非常識もウォルトならでは。


「リスティア。ちょっと来て」


 窓際に立ってこっそり中庭を眺める。きっと脱走防止のタメに外にも見張りがいるからね。


「あの木をよく見てて」

「うん」


 ウォルトが指差した木を見ると、風もないのに1本だけ揺れ出した。明らかにおかしい。


「どういうこと?」

「あの木にも精霊が宿ってるんだ。少し揺れてほしいと魔法でお願いしてみた。大切にしてほしい」

「精霊じゃなくても私は切ったり傷つけたりしないよ。信じてたけど実際に見ると驚きだね!」

「遠目だけだと失礼だから、帰る前に挨拶していこうかな」

「そうなの?魔法で帰らないの?」

「今のボクは魔力がほぼない。ココに来るのに9割方使い切ってしまった」

「そんなに魔力を使うんだね」

「だから、今は魔法を見せてあげられないんだ」


 それも当然だと思える。空間移動なんてとんでもない魔法に違いないから。


「でも、気にする必要はないんだよね。ウォルトは好きでやってるから」

「そうだよ」


『わかってるニャ!』と言いそうな顔。


「いつも来れないのは理解したよ!」

「今日は準備してなかったからね。今後は対策を考えておく」


 その後も満足するまで話して、ウォルトは魔法で姿を消して帰った。「トイレに行く」と部屋を出た私に付いていく形で、誰にも気付かれず中庭経由で城を出た。

「泊まっていけばいいのに」と誘うと「さすがに部屋に泊まるのはダメだよ」って苦笑いして断ったのに、ちょっとだけ添い寝してくれた優しさが嬉しい。

 セクシーじゃないと言う割に、添い寝をするとウォルトの心臓の鼓動はほんの少し速くなる。ちゃんと私を女性として見ているという矛盾。


 言葉なんてなくても伝わるんだからね。困った親友だ♪



 ★



 明くる日。


 再び国王夫婦の寝室を訪ねてきたリスティアは、自分の苛立ちをぶつけてしまったことをナイデルに謝罪した。


「お父様!昨日ゴメンなさい!暫くは外出したいって我が儘は言わないから安心して!」

「そうか。気にしてない」

「よかった!じゃあね!ご機嫌よう!」

「こらっ!扉を閉めていけ……ふぅ…」


 私が扉を閉めに向かおうとすると、ナイデル様は手で優しく制して自分が向かう。


「たった1日で元気を取り戻したか。不思議だ」

「いかに聡明であってもまだ子供です。少し思い当たるのですが、反抗期でもあるかと」

「反抗期?ルイーナにもそんな時期があったのか?」

「ありました。鳥籠に閉じ込められているかのように感じて、広い世界に飛び出してみたいと幾度か思いました。実行できようもありませんが」

「そうか。俺にそんな時期はなかったように思う」


 ナイデル様が幼い時分から、先代国王様は体調を崩されていた。だから時機を逸しているのかもしれない。


「なんにせよ、あの子が元気ならばそれでいい」

「はい」


 私の勘であるけれど、リスティアの様子からして高確率でウォルトが一枚噛んでいる。たった一晩……いや、数時間しかないのに、城にいない獣人にできることがあるのかと考えたところで彼は規格外の魔導師。予測できるはずもない。


 リスティアに関しては私達にできないことを簡単に成し遂げてしまう。家族ではなく親友にしかできないことを。


「ナイデル様。此度のこと誰かの助力によりリスティアが復調したとするならばどう思われますか?」

「礼を述べねばなるまい」

「そのお言葉、お忘れなきようお願い致します」

「うむ?」


 私にできる礼はこのくらい。おそらくだけれど、あの子の母としてお礼を伝えたい。


 ありがとう、ウォルト。「なにもしていません」と貴方は笑うのでしょうね。

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