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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
498/715

498 まだ引っ張っていた問題

 ウォルトがココンコンコンと軽快にドアをノックすると、床に吸い付くような足音が近づいてきた。


「よぉ」


 ドアが開いて顔を出したのはラット。久しぶりにフクーベに遊びに来た。


「忙しくなかったか?」

「大丈夫だ。ちょうど絵も描いてない」

「でも、ボクやリンドルさんじゃなければ無視してるだろ?」

「さぁな。いいから入れよ」


 …と、中に入って直ぐに気付く。


「リンドルさんが来てるんだな。帰るよ」


 奥から匂いがする。


「いいから入れ。ちょっとだけ相手してくれ」

「お前がいいならいいけど」

「お前からハッキリ言ってやれ」

「なにを?」


 ラットは答えず奥へと進む。後を付いていくと、やっぱりリンドルさんがいた。マルコの件で治癒院で会ったとき以来だ。


「お久しぶりです」

「久しぶりだな、ウォルト」


 いつもと様子が違う。


「ちょうどよかった。君に話がある」

「話とは?」

「前にも言ったが、資格を取って薬師にならないか?」

「お断りしましたよね」


 即答したはず。突然震えだすリンドルさん。


「なぜだ!なぜそうなんだ?!ラットもウォルトも!」

「ちょっと落ち着きましょう。お茶淹れますね」

「とりあえずいらない!後でもらうが!」


 もらうんだ…。なぜ興奮してるんだろう?ラットを見ても疲れたような顔をしてるだけで反応しない。


「君は誤解してるかもしれない。ゆっくり私の話を聞いてくれ」

「わかりました」


 とりあえず椅子に座る。


「なぁ、ウォルト。君の薬学の知識は絶対世のタメになる。是非とも生かしてみないか」

「生かすって…どうするんですか?」

「薬屋になってもいいし、治癒院で働いてもいい。それだけで多くの人が救われる」

「大袈裟ですよ。ボクの薬にそんな力はないです。精々自分で使うか知り合いに渡すくらいで」

「私はそう思わない」

「有り難い評価ですけど、リンドルさんはボクの作った薬を飲んだことないですよね?」

「ない」

「それじゃわからないと思うんですが…」

「わかる。長年やってるからな。ウォルトは薬師に相応しい」


 う~ん…。わかってもらえないなぁ。


「薬学で過大評価は危険です。素人はどこまでいっても素人なので」


 薬と毒は表裏一体。だから学んで資格を持つ薬師がいて、自家製薬の譲渡は同意がないと禁止されている。そのことを知ってるはずなのに。


「私は君の人となりを感じてる。慎重で確実な仕事をする男だ」

「結構適当なんですが…」

「心持ちの問題だよ。正式に薬師になれば気も引き締まる。心配してない」


 絶対に違うけど。


「ボクを勧誘するくらい人手不足なんですか?」

「人手は常に足りてない。薬師はいくらいてもいい」

「それはそうですね。いすぎても仕事の奪い合いのような気がしますが」

「それでも、いて困ることはないだろう?」

「ごもっともです。でもお断りします」

「なぜだ!?そんなに嫌なのか?!」

「嫌じゃないんですが、なりたいと思いませんし、なれるとも思いません。ただそれだけです」


 リンドルさんはなにが言いたいんだろう?それ以外に断る理由がいるのか?


「もういいだろ」


 ラットが口を開く。


「だから言ったろ?言っても無駄だって」

「確認しないとわからないだろう!」

「あのな、お前の言ってることは真っ当だ。ウォルトの薬で何人も救われるだろう」

「ボクの作った薬は大したことないぞ」

「俺が言ってるのは、軽い怪我でも病気でも治れば救われるって意味だ。要するに治癒と救いが同義だな」

「なるほど。それならそうなるか」


 軽度の病気や怪我ならボクの薬でも効くから人に譲ってる。効果は完全に保障できないけど。


「リンドルは救われる者を1人でも増やしたい。だから薬師になってはどうか?と我が儘を言ってる」

「その通りだが我が儘じゃないだろ!救われる人を増やしてなにが悪い!崇高な思想だ!」

「悪くはない。ただ、お前にその自覚がないなら話が噛み合わないって言ってるんだよ」

「人を救いたい気持ちを我が儘と言われるとは…。信じられない…」


 ラットに言われて気付く。リンドルさんとはそもそも思考が違うのか。


「ボクは『やりたい』か『やりたくない』かの2択で考えるので、『人を救え』と言われて薬師になる選択肢はないです」

「そうなのか?!じゃあ、なぜ薬学を学んだんだ?!」


 リンドルさんなら『人を助けたいから』と言うのかな。本人が言ったように、人間には崇高な思想を持つ者が多いし、それを理由に技量や知識の向上に励んでるイメージがある。でも、ボクは違う。


「興味があったからです。あと、自分のタメに必要でした」


 森に住んでるから病気や怪我したときに使えると思った。今のように魔法を操れるようになる自信もなかった。


「知り合いには薬を作るんだろう?」

「頼まれたり自分が作りたいと思えば」

「薬師と同じじゃないか。だったらなってもいいだろう」

「でも、薬師じゃなくてもできますよね?違うのは稼げることくらいで、お金が欲しいとも思いませんし」

「む~ん…」


 治癒師や薬師は世の中になくてはならない職業。必要性は理解しているつもりだ。でも、自分がなりたいかと話は別。


「なりたい理由があれば資格を取るよう頑張ると思います。でも、誘われるだけでは無理ですね」


 リンドルさんは高い志をもつ立派な治癒師だ。あらゆる人を救いたいという理想があって、そのために尽力してるんだろう。

 理想を実現するのにボクを誘ってくれたのなら選ばれたことを光栄に思う。でもそれだけ。


「獣人はお前が思ってる以上に頑固だぞ。自分の好きなようにしか動かない。要するに我が儘なんだ」


 ラットの言葉は的を射ている。ただそれだけのことなんだけど、理解してもらえるかな。


「……ふぅ。よくわかった。いつもラットが私の身体を舐めるように見るのも、好きなように行動してるということか」

「そんなことしてないだろ!おかしなことを言うな!…ったく」


 微妙に焦ってるな…。


「ウォルト。いつか治癒院に来てくれないか?そうすればきっと思うことがある。説明するより早い」

「機会があれば伺います」

「今はそれでよしとしよう!」


 納得してもらえてよかった。


「ときにウォルト。まだ恋人はできてないのか?」


 まずい話題を蒸し返されてしまう。どう答えるのが正解なんだ?とりあえず下手な嘘で誤魔化してみよう。


「できたと言っても差し支えないような気もしたり…」

「下手な嘘だな!またまたいい子がいるんだが、会ってみないか?」

「いや……その……ボクは獣人の中でも特にモテないので……相手が嫌がると…」

「関係ない!ラットもモテないぞ!モテようもない根暗講釈垂れ獣人だ!」

「………」


 ラット…。飛び火させてすまない…。


「治癒院に治療の勉強に来ている真面目な娘で、モフモフも好きらしい!しかも、とびきり可愛いぞ!」

「ソウナンデスネ…」

「けしからん男に捕まりそうで私は心配なんだ。ウォルトと付き合ってもらえるなら、私は安心できる!」

「根拠はないですよね。ちなみに、けしからん男というのは?」

「公衆の面前で、何人もの女と抱き合うような不届き者だ!テムズという名前なんだがな!私はいい男だと思っていたのに、とんだ恥をかかされた!」

「逆ギレだろ。お前の見る目がない」

「なにを~!」


 …ボクのことだった。


「……ん?」


 …ということは、もしかして…。


「あの……その女性は若いんですか…?」

「若いぞ!まだ19だったか?」

「もしかして…治癒師を目指して田舎から出てきてたり…?」

「その通りだ!普段は冒険者なんだが、同時に治癒師も目指している。二足の草鞋を履いて日々精進している!偉いだろう!」

「本当に偉いですね…」

「妹もいるんだが、揃って可愛くていい娘だ。滅多にいないぞ!」


 …間違いない。リンドルさんが言っているのはウイカのことだ。


「美人なのに性格もよくて、もの凄くモテるのに下らない男に惚れているみたいでな…。私は見てられないんだ!」


 声を出さずに笑うラット。テムズは変装したボクだと知ってるから当然か…。ボクのことを好きだというのは大きな勘違いだけど、ウイカのことは紹介されなくても知ってる。まさか変装した自分の問題行動がこんな形で我が身に降りかかってくるとは…。


「まぁ、本人に聞いてみないと会ってくれるかわからないんだがな。とにかく真面目で、男に誘われても食事にすらいかない」

「じゃあボクにも会ってくれないでしょうね」

「いや!ウォルトなら会ったら気に入ってくれる。そんな気がする!」


 絶対根拠がないのにリンドルさんは自信満々。会ってしまったら知らない人のフリなんてできない。多分ウイカもできないだろう。

 友人だということをちゃんと伝えておこう。別におかしなことではないし、なにより嘘はよくない。


「あの、実は…」


 正直に伝えようとしたところで横槍が入る。


「リンドル。まず相手に聞いてみろよ。ウォルトって獣人に会う気はあるかってな」

「ほぅ!お前がそんなことを言うのは珍しいな!てっきり「ウォルトは人見知りだ。やめとけ」とほざくと思ったが」

「俺だって勘が働くときはある。いい話だと思えた」

「そうだろう!そうだろう!」


 納得しないでほしい。ラットの奴…。さては面白がってるな…。


「リンドルさん。ボクはおそらくその娘と知り合いです。ウイカのことですよね?」

「そうだが、本当か?」

「仲もいいんです」

「ならば問題ないな!あとは進展するだけだ!」

「ボクとウイカでは釣り合いませんよ。進展しないと思います」

「男女の仲に釣り合うとか釣り合わないとか関係ないぞ!私は『イケそう』か『イケない』かでしか考えない!獣人と同じだ」


 そして、イケると判断したのか…。


「ウォルト!お茶を頼む!今から長い話になる!」

「手短にお願いしますね…」


 ウイカにはボクなんかより相応しい男がいるってことを理解してもらえるといいけど。



 ★



 その頃ウイカは。


 今日は冒険が早めに終わったので、午後から治癒院で勉強させてもらっている。オーレンとアニカは家でまったりすると言ってた。急患や予約治療の手伝いを終えてホッと一息つく。


「今日は患者さんが多いですね」

「やっと一段落かな。本業でもないのにいつも手伝ってくれてありがとね」

「いえ。我が儘で勉強させてもらってるので。邪魔なときは遠慮なく言ってほしいです」

「そんなこと言わない。治癒魔法もできるし、凄く助かってるよ」


 治癒師の先輩であるチーチェルさんは、いつも「治癒師1本でやっていったら?」と誘ってくれる優しい先輩。でも、「まだ冒険者も頑張ります」で通してる。

 治癒院は怪我の治療が主だけど、場合によっては病気も診察するから総合的な治療を学べて冒険にも役立つ。

 治癒魔法使いだけでなく、薬師や施術師もいたりして分業してる。無償とはいえ部外者の私を快く受け入れてくれて、知識を授けてくれる心の広い人達だ。


「お~い!ウイカはいるかぁ~?」


 入口からリンドルさんの元気な声が響き渡った。


リンドル(うるさいの)が来たね。今日は休みだったのに、なんだろ?」

「ちょっと行ってきます」


 早足で向かうとリンドルさんは楽しそうな笑顔。挨拶すると「外で話そう!」と連れ出された。


「どうかしましたか?」

「ウイカ、ウォルトを知ってるな?」

「ウォルト…って、白猫獣人のウォルトさんですか?」

「そうだ」

「知ってます。仲良くさせてもらってるので」

「今度、一緒に食事でもどうだ?」


 ………なるほど。


 ピンときた。リンドルさんは、村長の若い頃に変装してたウォルトさんが私達とハグしているのを見掛けて、「アイツはろくな奴じゃない!」としばらく憤ってた。アニカから「お姉ちゃんがテムズのことを好きだと思ってるんだよ!」って聞いてたから、そのせいもあったはず。

 どうやら、ラットさん絡みでウォルトさんに会って、気に入ったから私に薦めてきたってとこっぽい。男の人を見る目があるなぁ。


「ウォルトさんとは食事したことありますよ」


 住み家に行ったときはいつものこと。


「そうかもしれんが、2人きりでどうかと思ったんだ」

「2人きりでも何度も食事してますよ」


 コレも本当。オーレンやアニカがいないときもある。


「なんだとぉ~!?ウォルトはそんなこと一言も言ってなかったぞ!」


 言う必要がないと判断したんだろう。困ってるウォルトさんの顔が目に浮かぶ。見たかったなぁ。


「ウォルトさんは私のことをなんて言ってましたか?」

「とにかく褒めていたよ。優しくて強くていい娘だと」


 嬉しいけどもう一声ほしいなぁ…なんて欲張りすぎかな。


「ウォルトさんこそいい人なんです」

「私もそう思う!あんな優しげで賢い獣人はまずいない!女性にもがっつかない紳士だ!」

「奥手な人ですから。そこも魅力です」

「…もはや余計なお世話だったようだな!私は嬉しいぞウイカ!」

「なんでですか?」

「その口ぶりだと、好ましく思ってるんだろう?ならば黙って見守るのみ!テムズを見限ったウイカは男を見る目がある!」

「ふふっ。ありがとうございます」


 実際は同一人物なんだけど。もしアニカもウォルトさんが好きだとバレたら、リンドルさんはどんな顔するのかな?4姉妹とハグしまくっているから怒るかもしれない。求めているのはこっちだけど、リンドルさんには理解してもらえないかも。ラットさん一筋だもんね。

 

「私は薬師になれと勧めたよ。隠しておくには惜しい技術と知識を存分に発揮してほしいと思って」

「薬を作れるのは知ってます。でも、断られたんじゃないですか?」

「そうなんだが、薬師になる日は遠くないかもしれない」

「もしかして…私と付き合えば心変わりするかも…ってことですか?」

「その通り!」


 心変わりはないと思うけど、私のことは勢いで言っちゃえ。


「そうなるように頑張ってみます」

「世のため人のためだ!頼むぞ!」

「私とウォルトさんのことは絶対内緒にして下さいね。約束ですよ」

「わかってる!…そうだ。ウォルトはこうも言ってたぞ。「ウイカはボクにはもったいない女性です」と」


 …かなりの勘違い獣人なんだからっ!私をなんだと思ってるんだろう!ただの田舎娘なのに!


「手ほどきの必要がありますね。勘違いしてます」

「その調子だ!私は…楽しくなってきた!」


 私がウォルトさんを好きだってことは、遅かれ早かれバレること。事実だから堂々としていよう。ただし、ウォルトさんが変な目で見られたり迷惑を被るのは耐えられない。知っているのはリンドルさんだけでいい。ラットさんの恋人であるリンドルさんなら大丈夫なはず。


「私はとても不思議なんだ」

「不思議って?」

「上級薬師に劣らないウォルトの知識は確かに素晴らしい。けれど、そんなこと関係なく治療の分野に誘わなくちゃならないと思う。まるで使命感のように」


 ウォルトさんに並々ならぬモノを感じたのかな?そうだとしたらリンドルさんの治療に対する情熱かも。


「頑固猫ですから、簡単に首を縦に振りませんよ」

「そうか!だが、頑固さなら私も負けないぞ!懲りずに勧誘する!」

「私も頑張ります」


 冒険も、治癒も、恋も。


「よし!ご飯でも食べに行くか!」

「まだ治療を手伝います」

「本当に真面目だな。倒れるなよ」

「倒れません。早く追いつきたい人がいるので」


 そして、横に並びたい人が。

 

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