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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
496/714

496 そんなんじゃダメだ!

「お、俺がですか?!」

「うん。無理かな?」

「俺でいいんですか…?」

「オーレンに教えてもらいたいんだ」


 冒険の合間を縫って、オーレン達はウォルトの住み家を訪ねた。


 いつものごとく修練しようと思っていたところでウォルトさんから意外なことを言われた。「剣術の基本を教えてほしい」と。冗談を言う人じゃない。本気なんだろうけど……。


「オーレンに習うことなんてないですよ!覗きの精神くらいです!」

「うるさいな!でも、なぜですか?」

「実は鍛冶の師匠達から剣をもらったんだ」


 もらったという剣を見せてくれる。


「詳しいことはわかりませんけど、立派な剣ですね…」

「なんか凄い気がします!」


 姉妹の言う通りで一目で業物だとわかる。相当な剣だ。


「剣に恥じないように剣の腕を磨きたいと思って、まず基本を知りたいんだ」


 凄くわかる…。気持ちがわかりすぎる…。ウォルトさんからもらって俺も全く同じことを思ってるから。


「オーレンは沢山の剣士と交流してるから剣術に詳しいと思って」

「交流はしてますけど、俺はやっぱり白猫流なんですよ」

「白猫流の基本でもいいよ」

「白猫流には基本がないんです…」

「そうかぁ」


 残念そうだけど、師匠は白猫流の意味がわかってないな…。ウォルトさんと修練した我流って意味なんだけど。


「ウォルトさんなら今の剣の実力でも充分だと思います。俺が教えられることはないです」

「そっか。無理言ってゴメン」


 カートに教えるのとはワケが違う。おこがましすぎる。


「オーレンはなにもわかってないね…。腹が立ってきた…」

「ウォルトさんは、もっと高みを目指してるんだよ!だから頼んでるんだ!このバカチンが!」

「俺もわかってるっつうの」

「じゃあ、なにをもって充分だって言ってるの?」

「だったらアンタももう充分でしょ!Cランクなんだから!もう二度と修練するな!」

「ぐっ…!」


 ウォルトさんは苦笑い。


「アニカとウイカの気持ちは嬉しいけど、ボクが無理を言ってるんだ。他の人に聞いてみるよ」

「それでいいんですか!?私もオーレンは薦めませんけど!」

「オーレンは型にはまらない剣士だからね。基礎は自然にできるんじゃないかな。教えるまでもないことかもしれない」

「いや…。そうじゃないんですけど…」


 俺が教えるなんて恐れ多い。おかしなことを教えてしまうかもしれない。ウォルトさんは真面目で俺を信じてくれる。後々迷惑をかけるのが嫌なんだ。そうなったら格好悪すぎる。


「オーレンにはガッカリした!昔を思い出したよ!」

「わかるっ!あの時だねっ!お姉ちゃんが『無』になったあの日!まったく同じ感情が芽生えた!」

「いい加減に理由を教えろよ!」


 過去を蒸し返しやがって。


「アンタこそ理由を言え!なんでウォルトさんに教えないの?!もし間違えたらってビビってんの?!」

「強くなってもらいたくなくて、教えるのを躊躇ってるの?もしそうなら最低だよ」

「ざけんな!そんなワケあるか!」


 ウォルトさんはオロオロしてる。まさか口論が始まると思わなかったんだろうな…。非常に申し訳ない。


「もういい!ウォルトさん!私が知ってる冒険者に頼みますから!」

「私も何人か知ってるので頼んでみます」

「ありがとう…。でも素人相手に悪いなぁ…」


 別に異論はない。俺より凄い剣士は幾らでもいる。教えるのが上手い人も知ってる。適任者は沢山いるんだ。


「オーレンは…ただのクソミソ弟子に成り下がりました!本当につまらない男です…!失望というより絶望しました!」

「成り下がったってなんだよ!お前らもそうだろ!」

「違うよ。私達はウォルトさんの弟子でもあるけど、それ以前に友人なの。友人に技術を教えることはおかしいこと?」

「ぐっ…!それは…」

「どれだけ世話になってると思ってるんだ!いつも恩返ししたいとか言うくせに……実際は口ばっかりだ!ギャンブルから剣術まで面倒見てもらってるのに…バカじゃないの!?」

「アニカ。オーレンに言っても無駄だよ。格好悪いとか自分のことしか考えてないもん。相手のことはどうでもいいみたい」


 くっそぉ……。言い返せない…。コイツらは、嬉々としてウォルトさんに魔法や冒険を教える。友人として対等だと思っているから…。


「ゴメンね。ケンカさせるつもりじゃなかったんだ。もう忘れてほしい。ボクに恩返しなんか必要ないよ。そんなつもりで教えてない」

「むぅ~~!」

「時間がもったいないから修練を始めよう」


 1人でビビって、結局ウォルトさんにフォローされて…。なんて格好悪いんだ俺は…。コイツらの言う通りだ。


「…ウォルトさん」

「オーレンもいいかい?」

「俺が…剣の基本を教えてもいいですか?」

「願ったり叶ったりだけど、無理しなくていいよ」

「もしかしたら…教えることが間違ってるかもしれないです。でも、俺の知ることを伝えたいです」

「ありがとう。助かるよ」


 俺にできることを堂々と教えればいいんだ。教えられてばかりじゃダメだ。俺だってウォルトさんと対等な立場でいたい。今日はコイツらに教わった。


「手がかかるね。小さな弟みたい」

「…愚弟だから!」

「うるさいな!じゃあ、早速いきます。まずは素振りから」

「うん」


 ウォルトさんに基本を教える。俺は、クローセにいた頃からウォルトさんに会うまでずっと自己流で剣を振ってきた。今も大きく変わってない。

 でも、冒険者になって知り合いが増えてからは色々な流派の剣術を取り入れる努力もしてる。それぞれに色があって感心しきりだけど、剣術は長い年月をかけて磨くもの。ちょっと齧っただけで身につくほど甘くない…んだけど…。


「こうかな?」

「できてます」

「この振り方は力の入れ所がわかりやすい。凄くタメになるよ」

「そうですか」


 改めて…呆れるほど凄いな…。乾いた砂が水を吸うように覚えるとはウォルトさんのことを言うんだろう。魔法の習得もそうだけど、コツを掴む早さが尋常じゃない。

 しかも、真面目で納得するまでやるし、一振り一振り試行錯誤しているのも伝わってくる。学ぶべきは取り組む姿勢。一通り基本を終えてとりあえず休憩することに。


「オーレン、ありがとう。勉強になったよ」

「もういいんですか?」

「皆と修練したいからね。基本は1人の時にやる。少しずつ教えてもらえたら」

「わかりました」

「ちょっと水を淹れてくる」


 俺ももっと知識を蓄えないと…!


「ねぇ、オーレン。なんで、ウォルトさんはアンタに教えてもらうよう頼んだのかわかってんの?」

「俺の知識に期待してだろ?」

「違うわ!自惚れんな!」

「なんでだよ!自惚れてないだろ!」


 ウォルトさんがいないところで、また言い争いになる。


「それも理由の1つだと思う!でも、大きな理由じゃない!」

「じゃあなんだよ?」

「気を使わずに話したり聞いたりできるからだよ!」

「知らない人と長く一緒にいれないって言ってたよね?もう忘れたの?」

「うっ…」


 完全に忘れてた…。


「アンタだから頼んだのであって、他の人に頼むつもりはなかったんだよ!ちょっと考えたらわかるでしょ?!」

「考えなかった…」


 …コイツらには敵わない。恋愛感情を差し引いても、俺よりウォルトさんのことを理解してる。


「ウォルトさんに頼りにされたら嬉しいよね」

「私達はそうだよね!少しでも力になりたいでしょうが!」

「俺たってそうだ」

「教わるより教える方が難しいよね」

「教えるのも私達の修練になるからいい機会だよ!それに、ウォルトさんは私達が間違ったことを教えたとしても直ぐに気付くし、責めたりもしない!だから堂々と教えればいいんだよ!」


 ウォルトさんは「もしかして、こうした方がいいかな?」なんて優しく言ってくれてこっちが間違いに気付く。ぐぅの音もでない。

 そうこうしていると、ウォルトさんが戻ってきた。渡された水を飲むとちょっとだけ酸味があって冷えて美味い。


「疲労回復にいいから柑橘を足してみたよ」

「美味いです。ところで、ウォルトさんが剣術を磨くと魔法の修練ができないんじゃ?」

「大丈夫だよ。剣術の修得も長い期間で考えてる。ボクの目標は死ぬまでに達成したいものばかりだ」

「普段持ち歩くだけでも違います。やっぱり剣も身体に馴染ませてこそなんで。暇なときに握るだけでも違います」

「そうするよ。冒険にも使えると思ってて、もし魔物と闘ってるところを誰かに見られても剣で闘ってたら気にされないと思うんだ」

「俺が思うに、魔法よりは目立たないだけで結構目立つと思います」

「そうかな?冒険者はほとんど剣を持ってるよね?」


 言ってることは間違ってない。でも…。


「獣人で剣を扱ってる人は珍しいです。私は見たことありません」

「私もエッゾさんとウォルトさんしか知りません!」


 ウイカとアニカの言う通りで獣人の冒険者にはほぼいない。獣人の武器はほとんど素手か手甲。あとは、棍棒やハンマーみたいなデカい打撃系の武器。


「でも、力に自信がないと言えば信じてくれると思います」

「エッゾさんを尊敬してるもアリですね!」

「そうしようかな。どっちも嘘じゃないしね。助言ありがとう」

「ウォルトさんは、剣技も沢山編み出すんでしょうね!」

「凄そうだよね」

「剣技を編み出すのは無理かなぁ。でも、魔法を使った技能ならできるかもしれない」

「どんなのですか?見たいです」

「そうだね…。こんなのはどうかな?」


 ウォルトさんは手に何も持たずに、俺を剣で突くような動作を見せた。


「……?……うわぁっ!」


 目の前に突然切っ先が現れる。


「魔力の伝達を全く阻害しないから、『隠蔽』するのも楽なんだ。気付かれない内に刺せるかもしれない」

「かもじゃなくて刺せますよ…」


 剣を消したことすら気付かなかった。…というか、今のは相当危険な行為。見えない剣で人を突くなんて一歩間違えたら大惨事だ。

 ウォルトさんは、間合いは元より腕や剣の長さも完璧に把握していて寸止めする自信があっての行動。やっぱり基本を学ぶ必要はない気もする。


「もしよかったら、剣を隠蔽したままでオーレンと手合わせしてみてください!」

「アホかっ!間違いなく死ぬわっ!」

「オーレンもやればいいじゃん!」

「できるかぁ!」

「冗談はさておき、私達の修練をお願いします!」

「うん。やろうか」


 ウォルトさんと姉妹は魔法の修練を始めた。この隙に……俺はみっちり基本をやろう。





 休憩中の3人が話し込んでいる。


「最近、戦闘魔法の威力が下がった気がしてて。気のせいじゃないと思います」

「そうだね。威力は下がってる」

「ですよね。原因がわからなくて」

「魔力の質が変化したからだよ。ウイカの魔力が治癒魔法よりに変化してるんだ。治癒院で鍛えられてるからだね。矯正はできるけどどうする?このままでも構わないなら、そのままにしておくよ」

「矯正をお願いします」


 ウイカの背中に触れて、ウォルトさんは真剣な表情。魔力の矯正ってなんだ?


「これで大丈夫」

「ありがとうございました。魔力の変質について教えてもらいたいです。自分達でも矯正したいので」

「私も知りたいです!2人でできたら楽なので!」

「そうだね。まず、魔力は常に一定の質を保たない。だからこそ魔法に変換できるんだ。魔力の生成も然りで……」


 真剣に言葉を交わしてる。最近では、なにを話しているのかさっぱりわからなくなってきた。実際はウイカとアニカもほとんど理解できないらしい。少しでも理解できたらそれだけで凄く喜んでる。

 

「なんとなく理解できました!」

「エルフの魔力に変換するときなんかと同じで、自分で自分の魔力を感じられないと矯正は不可能ってことですね」

「そうだね。原型が掴めないと戻すのも無理だから。でも2人ならできるようになるよ」

「「はい!」」


 きっとできるようになると思える。認めたくないけどコイツらは魔法の天才。今では冒険者の中にもやっかむような奴らが増えてきた。

 ただ、ウォルトさんの弟子らしく、実力を自慢したりしないしどんな魔導師に対しても礼儀正しく接するから圧倒的に好感を持たれてる。容姿に騙されてる感もあるけど…。姉妹で猫被ってるからな。


「オーレン…。なにか言いたそうだね…」

「べ、別にっ!気のせいだろ!」


 あっぶねぇ~!勘が鋭すぎる。…と、ウォルトさんから質問が。


「皆に聞きたいんだけど、下水道の溝鼠退治のクエストを受けたことある?」

「俺達はまだないです。どうしたんですか?」

「この間、下水道に入って何匹か倒したんだけど、普段は冒険者がやってくれてるって聞いたからボクでもできそうだと思って」

「…あぁ~!そういえば、ギルドで話題になってました!嫌々引き受けたパーティーが沢山の死骸を見つけたって!」

「驚いたって言ってたね。ウォルトさんがやったんですね」

「違う人の可能性が高いと思う。ボクが倒したのは50匹くらいだし」

「「「だったら間違いないです」」」


 全然何匹かじゃない。


「結論から言うと、ウォルトさんでも受けられます。不人気だし、溝鼠はさほど脅威じゃないからFランクから受注できるようになってます」

「なるほど。今度受けてみようかな」

「私達もいきます!誘ってください!」


 お調子者め…。


「行きたくないのに無理すんなよ。すげぇ嫌がってたくせに」

「な、なに言ってんの!?」

「アニカは「汚いから嫌っ!」って渋ってたんです。ウイカもなんですけど」

「ち、違うよっ!」

「無理はダメだよ。強制することじゃないしボクだけで行くから」

「俺は誘ってください。汚くても気にならないんで。一緒にやりましょう」

「ありがとう。オーレンは誘うよ」


 姉妹に睨まれてるけど事実だからな。話を盛ってもいない。正直俺だって嫌だけどコイツらほどじゃない。ウォルトさんと行けるなら行ってみたい。いい経験になるはずだ。


 …ん?


「ウォルトさん。もしかして…下水道の浄化装置になにかしましたか?」

「一緒に行ったメリルさん…ボクの魔道具の師匠が装置を修復したけど」

「なるほど…」


 アニカとウイカを見ると、コクリと頷いた。


「フクーベの臭気問題が解決して、市民は感謝してます。ありがとうございました」

「ボクはなにもしてないよ?」


 首を傾げてるけど、絶対にしてるんだよなぁ…。無欲の溝鼠討伐もそうだし。


「浄化装置が直ったおかげで快適に暮らしてます。それだけ伝えておきたくて」

「結構辛かったんです」

「街のあちこちが臭かったよね!」

「メリルさんに伝えておくよ。喜ぶと思う」

「うぅ~!やっぱり私達も行きます!下水道に行くときは誘ってくださいね!」

「絶対ですよ」

「本当に無理しなくていいからね」


 皆が敬遠するようなクエストを、ウォルトさんがやるというなら手伝いたい。なにより、フクーベに住む俺達が街に住んでないウォルトさんに助けられたことが恥ずかしい。「冒険者はなにをやってるんだ?」と言われても反論できない。教えるとか教えられる以前に、やることをやれって話だ。


 なぁ、アニカ!ウイカ!


「ウォルトさん」

「修理には、メリルさんと2人きりで行ったんですか…?」

「そうだけど」

「むぅ…」

「いいなぁ…」


 ダメだ、コイツら。

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