494 返礼品
ウォルトさドワーフの工房を訪ねている。
今日はコツコツと作っていたモノが完成する日だ。
「遂にできました」
「おう。やっとか。今回は時間がかかったな」
「手伝ってもらって感謝してます」
「手伝っとらんわ。技法を教えただけで礼なんぞいらん。その代わり美味い飯を頼むぞ」
「任せて下さい」
出来上がった二振の剣。アイリスさんとシオーネさんに頼まれていた。明日、王都に届けにいこう。
忙しい仕事の合間を縫って助言してくれたコンゴウさん達に感謝を込めて腕を振るおう。今回もかなり助けてもらった。
「今日の肴も美味い!ガハハハ!」
「アンタには専属の料理人になってもらいたいよ」
「大袈裟です」
美味しいと言ってもらえるだけで大満足。沢山食べてもらえて嬉しい。
「お前が打った剣、特に小さい方を扱うには相当な技量がいるな」
「相当な剣士なので大丈夫です」
「剣のことは知らんが宝の持ち腐れはよくない。モノは扱いきってナンボだ。気合い入れろと言っとけ!」
「必要ないと思いますが」
「あと、お前は仕事を受けすぎだ。物事には限度ってのがあるぞ」
「仕事じゃなくて趣味なので」
「ったく。困ったやっちゃ」
仕事人のコンゴウさん達には悪いけど、ボクは楽しんで作ってる。
「ところで、コンゴウさん達はカネルラでも有名なんですね」
「そうらしいな。どうでもいいが」
「俺らはいいモン作れりゃそれでいいんだよ。ドワーフっつうのはそういう種族だ」
「悪いモノを作れば直ぐに掌を返す。世の中ってのはそんなモンだ。名声のために仕事するのは疲れるわい。なにも考えずにいいモン作れりゃそれでいい」
素晴らしい技術を持っているのに欲がない。己が満足できるモノを作ろうとする姿勢を見習おう。その結果、依頼者にも満足してもらえるモノができる。まず納得するのは自分から。
「依頼の内容を無視しちゃいけんが、へーこらする必要もない。だが俺らの理屈だ。お前はお前の思うようにやれ」
「ありがとうございます」
「おい、ファム!アレを持ってきてくれ!」
「はいよ」
アレってなんだろう?ファムさんが持ってきたのは一振りの剣。「はい」と笑顔で手渡される。
「あの~…コレは?」
「お前の剣だ」
「えっ!?」
「俺らが打った。ちっとは扱えるんだろ?人のばかり作っとらんで、自分でも一振くらい持っておけ」
「ボ、ボクにですか?」
「そうだと言っとるだろ。いらんのか?だったら返せ。鋼に戻す」
「いえ!有り難く頂きます!」
立派な鞘に収まった剣。一目で業物だとわかる。…もの凄く嬉しい。皆はいつ来ても忙しそうにしてる。ボクのタメに剣を打つ暇なんかないだろうに…。
「抜いて見ていいですか?」
「おうよ」
ゆっくり引き抜くと銀に輝く刀身に顔が映る。
「こんな素晴らしい剣を…ボクのために…」
鍛冶を手伝うようになって職人の苦労や技術を肌で感じてきた。この剣は…丹精込めて打たれたモノ。丁寧で魂の込もった仕事。
まずい…。泣いてしまいそうだ…。
「神妙な顔するな。お前は仲間だから特別だ。日頃の礼になにか作ってやりたいとずっと思っとった」
「鞘はアタシらが作ったんだ。いい柄だろう?アンタの成長を願ってね」
鞘にはドワーフの紋様が刻まれている。『雲外蒼天』の紋様。とても格好いい。
「本当に…ありがとうございます…。魔法だけじゃなく剣術も磨いて精進します。この剣に恥じないように」
「おう!さっきも言ったが、モノは扱いきってこそだぞ!ガッハッハ!」
「アンタならやれるよ」
「大切に扱わせてもらいます」
思いがけず宝物が増えた。
「無用だと思うが一応説明しとくぞ。魔力の伝達が速くて軽くしなやかな剣だ。ウルフバートとミスリルを使ってる。切れ味は鋭く耐久性もある」
「確かに軽いです」
「魔装備ではないから魔力増幅はできん。その代わり魔力のロスはほぼない。お前ならいろいろな使い方ができる」
「試して模索してみます」
「言っとくが、お前が使ってくれたらそれで充分。礼はいらんからな」
「わかりました。勝手にお礼します」
「なんにもわかっとらんな…。まぁ、いつものことか。美味い飯で手を打つわい!」
「任せて下さい」
決めた…。今日はやってみよう。コンゴウさん達に食べてもらう料理は、質よりも速さと量を優先する必要がある。せっかちで待つのが嫌いだから時間と手間を天秤にかけて細かい手間を省いてる。
どうしても時間がかかるから封印してたけど、師匠達の舌を満足させて唸らせよう。全員の細かい好みも既に把握済み。
さて……やるか。全身全霊の…限界に挑む調理で師匠達の胃袋を鷲掴みにするんだ。
数時間後。
「う、美味い~~!なんちゅう美味い飯だっ!信じられん!」
「な、なんじゃこりゃぁ~!う、美味すぎるぞぉ!」
「食ったこともねぇ!匙が止まらん!」
「アンタはドワーフの嫁をもらいな!味を伝授するんだよ!」
既にかなりの量を平らげているのに、料理を貪り食う師匠達は幸せそうな表情。先にあえて多めに食べさせ、ペースを落ち着かせたところで、それぞれ味付けを変えた本気の料理を並行して作り、最後に揃えて各々に出した。
皆の食べっぷりに満足。少しでもお礼になったかなぁ。ただし全然気が済んでない。
翌日、久しぶりに王都へやってきた。
リスティアに連絡して、今日手渡しに向かうことをアイリスさんとシオーネさんに伝えてもらってる。リスティアとは定期的に会話を楽しんでいて、魔伝送器に加護の力を補充することで使用できる量が自然に増えているみたいだ。本人曰く「最高!」らしい。
時間はもう宵の口。騎士の皆が訓練を終えて、帰宅する時間に合わせてテラさんの家に集まってもらうようお願いしたので、寄り道せずに目指す。
家が見えてくると外で待っていてくれたのは…。
「ヒヒーン!」
「久しぶりだね。カリー」
「ヒン!」
この間はかまってあげられなかった。久しぶりのモフりモフられ。
『テラさん達はまだ?』
『もうそろそろね。いつも遅いわ』
カリーの声に反応したのか、家の中からダナンさんが顔を出す。
「ウォルト殿。ご無沙汰しております」
「お久しぶりです」
「もう直ぐ帰ると思います。中でお待ちくだされ」
「お邪魔します」
やることをやってからお茶を淹れダナンさんと会話していると、玄関が勢いよく開いて声が響き渡る。
「ただいま~!ウォルトさん!お久しぶりで~す!」
顔も見えてないのに元気だなぁ。出迎えよう。
「皆さん、お久しぶりです」
「「お久しぶりです」」
アイリスさんとシオーネさんにも挨拶する。
「テラさん。食事にしますか?お風呂にしますか?」
「先にお風呂に入りたいです!城で水を浴びたんですけど、外は暑くて!」
「準備は済ませてます。その間に食事を準備しますね」
ダナンさんから食材を好きに使っていいと聞いてる。テラさんが準備してくれたらしい。
「やった!お腹ペコペコです!」
「ウォルトさん…。普通逆ですよ?テラの家です」
「甘やかし過ぎじゃないかと」
「ヒヒン!」
「アイリスさんもシオーネもルビーも固い!ウォルトさんにとっては普通なんです!」
「お2人も中へどうぞ。お茶を淹れるのでゆっくりして下さい」
「家主より家主っぽい…」
「家政婦みたいですね…」
挨拶を終えて台所に移動する。訓練で疲れたであろう身体に、疲労回復効果が見込める料理を作ろう。空腹だろうし、待たせないようさっと料理を作り終えて居間に運ぶと、テラさんは湯浴みを終えていた。
「居間が涼しくて最高です!ありがとうございます!」
「ボクでも今日は暑いと思います。なので、軽く部屋を冷やしてみました。料理ができましたよ」
食事をすごい勢いで食べるテラさんとは対照的に、アイリスさんはゆっくり味わうように食べる。そして、ダナンさんとシオーネさんは酒とお茶を飲んでる…んだけど。
「まさか、再び酒の味を感じることができようとは!最高ですな!」
シオーネさんから聞いたらしく、頼まれて魔法で感覚を繋げた。ダナンさんはかなりご機嫌な様子。あくまで味を感じるだけで、酔う感覚はないと思うけど嬉しそう。食後には冷たい甘味を。
「冷たくて美味しいです!」
「本当ね。とても美味しいわ」
魔法で大きな氷を作り、ドワーフの『研磨』でふわふわになるよう細かく削る。その上に甘く煮詰めて濃縮した果実水をかけ完成。後片付けまで終えるといよいよ作った剣を手渡す。
目立つので『圧縮』して背負ってきた。布袋に『堅牢』を付与すれば破れることもないので便利。重さは鍛錬の負荷として軽くせずにきた。居間で出すと狭くなるので裏庭に移動する。
「まずはシオーネさんの剣です」
元の大きさに戻して手渡す。
「凄い…。想像通りです。カネルラ騎士団の紋章まで刻印されて…」
シオーネさんには、丈夫な大剣を作ってほしいと言われた。本人の身長より大きな大剣を。要望されたのはそれだけ。
「切れ味も鋭く仕上げましたが、要望の通り耐久性に重きを置いています。そう簡単には折れたり欠けたりしません。斬るというより叩き潰すような振り方が有効かと」
「私は不器用なので、闘うとなれば華麗な剣技ではなく泥臭く闘います。攻防に使える大剣が欲しかったのです」
軽々と片手で剣を振るうシオーネさん。英霊になって生前より力が増したのも大剣を選んだ理由だと言った。
「剣を変えるとなると稽古にも変化が必要になるな。ボバン殿は長剣使い。似て非なるモノだが詳しいだろうか」
「ダナンさんの言う通りだと思って……こちらも作ってみました」
木剣でも同様の大剣を作ってみた。これも手渡す。
「心遣いありがとうございます。修練に励みます」
「是非使って下さい。次に、こちらがアイリスさんの剣です」
元の大きさに戻して手渡すと、両手で受け取ったまま剣を見つめて動かない。
「アイリスさん…?」
「ありがとうございます…。こんな素晴らしい剣を打って頂いて…」
「納得いかない出来かもしれません」
「自惚れかもしれませんが…数多くの剣を目にしてきたので見るだけでわかるのです…。丹精込めて打たれた剣かそうでないか…。この剣には…魂を感じます」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
褒めてもらえるのは素直に嬉しい。鞘から引き抜いた剣を、角度を変えて眺めたり軽く素振りして感触を確かめている。
アイリスさんが要望したのは、闘気術の伝達に適した素材で作られ鋭さと軽さを併せ持つ剣。可能な限り耐久性も上げて、長さや幅、重心やバランスにもこだわり理想の剣を求めた。
ただし、全ての要望に応えるとどうしても歪みが出る。弱くなる部分が生まれることはアイリスさんも理解していて「技量を上げることで対応します」と語った。それでもお願いしたいと。
どちらも作っていて楽しかった。要望に違いはあれど剣に対する本気具合が伝わってきたから。作る側も納得させるモノを作らなくちゃいけない。
「寸分の狂いなく要望通りです。大切に扱わせて頂きます」
「よかったです。使ってみて修正があれば遠慮なく言って下さい」
アイリスさんは困ったように笑う。
「少しだけ我が儘を言ってもいいでしょうか?」
「はい」
「貴方はなんでもできます。魔法使いであり、薬も作るし鍛冶も料理もできる。私は……貴方に陽の目を浴びてほしいです」
「どういう意味ですか?」
「もっと多くの人に評価してもらいたいのです。それだけの価値があるモノを作り出す力があります」
最高の評価だ。苦労も吹き飛ぶ。
「評価してもらえて光栄です。でも、多くの人に賞賛されることは望みません。それが陽の目を浴びるということなら日陰を歩き続けたい。褒めて頂いたのにすみません」
「先に言いましたが、私の我が儘なのです。答えはわかっていました。困った人ですね」
ふふっと笑ってくれる。
「ただし、今回は報酬を受け取って頂きます」
「作るのが楽しかったのでいりませんが…」
「ダメです!いいですね…?」
「…はい」
射貫くような眼力が凄い…。とても断れる雰囲気じゃない…。軽いお礼だといいけど。
「私とシオーネ、そしてテラから合同のお礼です」
「テラさんもですか?」
「相棒を頂いたお礼です!遅くなりました!」
「それぞれから渡すと断られる可能性が大なのでこうなりました。皆で1つならいいでしょう?」
「ソウデスネ…」
性格を読まれている。
「では、シオーネ。お願い」
「はい」
シオーネさんは兜を少し持ち上げて、首の辺りからなにか取り出そうとしてる。どうやって甲冑の中に…?まぁ、いいか。英霊は普通にできるんだろう。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
古いノートのようだけど…かなりの年代物で見た目にもボロボロ。『保存』と『堅牢』が付与されているのがわかる。
「あの~…このノートは?」
「フィガロが書いた日記だと云われています」
「えっ…?……えぇ~~~っ!?ホントですかぁ~~っ!?」
フィ、フィガロの日記…?!そんなモノが存在するなんて初めて聞いた!
「王都で競売にかけられていたのです。フィガロ研究家の遺品で信憑性は高いらしいのですが、誰にも解読ができ…」
「ほ、本当にもらっていいんですか!?す、凄いモノですよ、コレはっ!相当希少なモノなんですよっ!?」
「は、はい。私達からのお礼なので…是非…」
食い気味に話を遮ってしまった。若干……いや、かなり引かれてしまったけどこのノートの価値を伝えたい!なんてことだ…。喉から手が出るほど欲しい…。
けれど…。
「気持ちはもの凄く嬉しいのですが…ボクの剣では釣り合いません…。日記を頂くにはもっといい剣を打たないと…。百歩譲って見せてもらう程度が妥当で…」
「言い辛いのですが、「読めない日記などいらない」と不人気で、申し訳ないほど安価で競り落としたのです。気にせず受け取って下さい」
「そうは言っても…」
「シオーネとテラと共に頭を捻って考えました。正直、私達が持っていても意味がないです。フィガロに興味がないので宝の持ち腐れになります」
「それは…そうですね。……本当にいいんですか?」
「「「いいんです」」」
「……本当に頂きますよ?」
「「「はい」」」
「…ありがとうございます。ボクでよければ何振でも剣を打ちますので」
「もう充分です」
有り難く受け取る。住み家に帰って楽しみに見ることにしよう。楽しみすぎる。
「私も少し中を見たのですが、なにが書かれているのか理解できませんでした。ウォルトさんなら解読できるかもしれませんが、最悪偽物の可能性もあります」
「たとえ偽物だったとしても、アイリスさん達の気持ちには嘘偽りない。それで充分です」
また宝物が増えた。皆に感謝を告げ再会を約束して住み家に帰る。フィガロの日記にはなにが書かれているのかさっばり理解できなかったけど、それでも心踊った。
明くる日。
訪ねてきたキャロル姉さんから、「旦那さんから浄化装置修理のお礼だとさ」と魔導書を渡された。東洋の魔導書らしく、もちろん読んだことがない。
とんでもなく嬉しい。でも、高価だと知っているので「とてももらえない」と断ったけれど、「いい加減にしな!アタイらが持ってても腐らせるだけだ!たまには黙ってもらえ!」とがっつり叱られた。
皆はわかってるんだろうか?ボクに渡しても宝の持ち腐れになる可能性があることを。
みすみす腐らせるつもりはない。剣術も磨くし魔導書も読む。もちろん日記の解読にも挑戦する。
なによりボクが好きなことを理解してくれる皆の気持ちが嬉しいから。




