493 臭い仲
「美味すぎるっ!仕事終わりに最高の褒美だっ!」
「大袈裟ですけど、お代わりありますよ」
「もちろん頂くよ!」
ウォルトの住み家をメリが訪ねてきた。今は好物の激辛料理でもてなしているところ。
オルゴール修理の時、「忙しくて手が回らない」とキャロル姉さんから聞いていたけど、仕事が一段落ついたみたいだ。
「激辛料理はココでしか食べないという約束を守って、ひたすら仕事に打ち込んでいた。今の私は昇天寸前だ」
「昇天しちゃダメです。忙しかったんですね」
「有り難いことにランパードさんからの依頼は程々にもらってる。お抱えの職人が何人もいるからなんだが。問題は…ボリスの依頼だ。面倒くさいうえに「まだか?」「いつできる?」としつこい!アイツはねっちょりしてる!」
性格を表すのに独特の表現。でも、的確な気もする。
「後で仕上げの魔力付与をお願いしたいんだ。あふぅっ…!」
「構いませんが、ゆっくり食べてからにしましょう」
「そうしよう!」
激辛料理の後に飲む胃腸薬も作り置きしてる。前回の教訓を生かしての備え。今回は沢山食べてもらっても大丈夫。あくまで度を超さなければ…の話。
「ご馳走になった!!」
「メリルさん、胃薬があるので飲んでください」
「ありがとう。至れり尽くせりですまない」
「また美味しく食べてもらいたいので」
「内臓を労るよ」
汗だくになっているので水分補給も忘れずに。落ち着いたところで聞いてみる。
「ところで、作った魔道具はどんなモノですか?」
「コレだ」
差し出されたのは、掌に載るくらいの小さな魔道具。ナイフの柄みたいな形。
「どんな魔道具なのか見当もつきません」
「できる限り小さく作れと依頼された。外観を見ただけで判別できたら大したモノだよ」
「どんな魔力を付与すればいいんですか?」
「『捕縛』と『雷撃』、『破砕』と『鈍化』。それに…」
必要な魔力が結構多い。付与するための手順と封入量を教えてもらう。
「以上だが、可能かな?」
「問題ないです」
言われた通りに魔法を付与する。
「終わりました」
「さすがだ。聞きたいんだが、今の付与を熟練の魔導師に依頼するとどの程度の時間で終わると思う?」
ボクで3分くらいだから…。
「1分を切るくらいだと思います」
「ははっ。残念ながら不正解だ」
「魔導師はさすがです。数秒でしたか」
「はははっ!ちなみに報酬はこのくらい支払うんだ」
指を立てて教えてくれる。……1000トーブ?!
「ホントですか?!」
ほぼオーレンが負担する家賃の1ヶ月分。結構高額な気がするな。
「付与数も多いからコレでも安い設定だ。君に頼むとタダだけど」
「ボクは魔導師ではないので。それにしても結構な値段しますね」
フクーベに住んでた期間は短かったけど、魔法付与を依頼したことはなかった。ナバロさんがボクに頼むときの相場はやっぱり正しいのか。
「魔法にはそれだけ希少価値があるということだ。生活魔法の付与は比較的安いけれど、戦闘魔法はほぼ冒険者しか使えない。付与した分の魔力回復にかかる経費なんかも加算されるし、まぁ妥当と言える」
「それはそうですね」
「この魔道具の効果を試してみよう」
「見たいです。捕獲用の魔道具ですよね?」
「さすがに魔力付与したらバレるな」
ボリスさんが使うことがわかっていて、さらに付与した魔法から推測するのは容易い。
「試せるモノがあるので外に行きましょう」
離れから木人を持ってきて更地に立てる。鍛錬用に作っておいてよかった。
「では、試してみよう。まずは…」
メリルさんが魔道具を向けると、先端から魔力の輪が飛び出して木人に巻き付いた。鞭のように巻き付いて離れない。
「想像通りだ」
「がっちり捕獲できてますね」
「さらに…」
木人に繋がる魔力の縄に『雷撃』が流れる。
「抵抗できないようにするんですね」
「ちょっと威力が強すぎるかな。もう少し弱めに調整していいかもしれない。次は『鈍化』の効果を……私で試してもらおうか」
「ボクが実験台になります。というか、なりたいです」
「自分で作った魔道具の効果を知りたいんだ。ウォルトと同じさ」
「わかりました」
メリルさんの気持ちはわかる。魔道具の使い方を教えてもらって、準備よし。
「じゃあ、いきますよ」
「いつでもいいぞ」
魔道具を使用して『鈍化』の魔力を放つ。
「ぐっ…!…ぴくりとも動けん…」
「効果ありですね」
「ウォルトにいやらしいことをされたとしても抵抗できないが…」
「そんなことしません」
この手の冗談の返しには慣れてきた。主にテラさんのおかげ。
「そう言いつつも千載一遇とばかりに…」
「しませんって。そんなゲス獣人じゃないです。冗談でもよくないですよ」
『無効化』で魔法を解く。
「ふぅ…。どうも私の計算違いだ。魔法の効果が高すぎる」
「効果が高くて問題がありますか?」
「ボリスが悪用したとき困るだろう」
「あの人はしないと思いますが」
「私もそう思うけれど、アイツとて人間だ。道を踏み外してもおかしくない。引き受けたときに「私の魔道具を悪用したら殺す」と脅してある」
メリルさんなら本気でやるだろうな。けれど、悪用しようと思えばこの魔道具は優秀過ぎる。
「ボリスさんは「いいだろう。あり得ないがな」と答えるでしょうね」
「その通り。アイツはクソ真面目な衛兵だが思い込みが過ぎて危うい。犯罪者になると最も厄介なタイプだ。手間をかけるけど、魔力の付与をやり直してもらえるか?量を半分程度で」
「わかりました」
魔力付与をやり直してみると、効果がちょうどいいらしい。おそらく魔力を増幅するような魔道具だろう。
「もしよければ、魔道具の内部を覗いていいですか…?」
「もちろん」
掌に載せ『浸透解析』で透視すると、無数の細かい部品が詰め込まれている。製作に相当時間がかかったはずだ。細かい作りだなぁ…。それでいて合理的だ。
「魔法で見てるのか?」
「はい。こんな感じで見えてます」
『幻視』で内部を空中に映し出す。
「あっはっは!できると知っていても見せてもらうと驚きだ!面白い!」
「そうですか?ボクはメリルさんの技術に舌を巻いてます」
こんな魔道具を作れるなんて本当に凄い。器用さとアイデア、どちらも並外れてる。
「この魔道具にはそこそこの値段をつけるさ。それでも欲しいと言い張ったからな」
「それでこそボリスさんですが」
「職務を全うしようとする姿勢は立派だが、とにかく融通がきかない。しかし、あぁでないとボリスじゃない。作るのも楽しめたからよしとするよ」
「ボクもいつかこんな魔道具を作れるようになりたいです」
そうなれるよう精進しよう。
「話は変わるけれど、ウォルトにお願いしたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「私だけでこなすのは厳しい案件があってね。君と一緒ならできると思う」
「力になれるなら喜んで手伝います」
今日も貴重な知識を教えてもらった。力になれるならやりたい。
「危険な上に汚い依頼なんだ。内容を聞いて無理なら断って構わないよ」
「危険で汚い…?どんな依頼なんですか?」
メリルさんとやってきたのはフクーベ。
「まさか直ぐに行くことになるとはね」
「予定もなかったですし、凄く気になるので。それに、早い方がいいですよね」
「それはもちろん。こんな仕事に付き合わせて悪いと思う」
「大切な仕事だと思います。フクーベには友人もいるのでできる限りやらせてもらいます」
共にやってきたのはフクーベの下水道。ボクは初めて来る。街の下水を処理する浄化装置が故障したらしく、地上に腐臭が漏れ出していて修理が必要だという。
下水浄化装置は大型の魔道具で、長年整備していた職人さんが亡くなってしまい、ランパードさんの伝手を頼ってメリルさんに依頼がきた。
下水道の整備は疫病の発生や環境破壊を防ぐ意味でも大切な仕事。地上の快適な生活は地下で過酷な仕事をこなす人々の努力で成り立っている。
誰も見てないところで仕事をこなす縁の下の力持ち。そんな人達を心から尊敬するし力になれたら。どうやらそこらの職人では手に負えない魔道具らしいのも気になって仕方ない。
「食後だからちょっと心配したけれど、魔法の効果は凄い。匂いも感じないし汚れもしないなんて。快適に進める」
既に下水道に降りてきたけど、『浄化』を付与した手拭いを覆面のように顔に巻いて、即席で作ってきた作業着には『堅牢』と『保存』を施した。
酷い匂いを防ぐのは長時間作業に必須で、間違って下水を浴びるとどんな影響を及ぼすかわからない。ボクの魔法ならなんとかなりそうだと思ってくれたらしい。
「早速行こうか。まずはこの通路を…」
メリルさんは地下の地図に目を通している。街の地下を縦横無尽に走る下水道は、迷子になる程の規模。管理しているのはフクーベの環境保護ギルドでランパードさんを通じて地図を貸し出してもらった。
構内は広く通路は並んでも余裕で歩ける。所々に縦孔が設置されていて、地上への脱出は容易に思えるけど、空気が薄かったり有毒な瓦斯が発生している場合もあるので事故が絶えないという。
ボクも見せてもらって暗記しておこう。地理を記憶するのは得意だ。役に立つかもしれない。
「キキッ!」
目的地である下水道の末端を目指し歩いていると魔物が現れた。溝鼠が2匹。森にも現れるし時折地上に顔を出すので、街でも一般的に知られる。
通常、膝下くらいの大きさで武器さえあれば倒せるような魔物だけど、この溝鼠は大きい。体長が軽く倍以上ある。
「ボクに任せて下さい」
「頼む」
「キキィッ!」
跳びかからんとする魔物に手を翳し、『氷結』で凍らせたあと『細斬』で両断する。毛皮に下水が付着しているので飛散させることもなく安全。
「お見事。溝鼠駆除の依頼も受けておくべきだった」
「そんな依頼があるんですか?」
「数が増えるのが早いらしくて、定期的に冒険者達も送り込まれているはずだ。臭いし汚い上に報酬も安く割に合わないと不人気らしい」
誰にも見られないしボクなら喜んで受ける。Fランクでも受注できるのかな?今度オーレン達に訊いてみよう。
「できる限り倒しながら進みます」
「任せるよ」
進む度に溝鼠と遭遇する。半分程度しか進んでないのに軽く20匹は倒した。
「情報と違うな。聞いた話では浄化装置に辿り着くまでに遭遇しても数匹だと言われたんだが」
「浄化が正常でない影響で異常発生していたりするのかもしれないですね。根拠はありませんが」
「推測の域を出ないな。とにかく進もう」
その後も順調に進み浄化装置に辿り着く。
「ほぉ。立派な装置だ」
下水道を塞ぐように大きな機械が据え付けられていて、装置下部に下水を通過させながら魔力で浄化するようだ。
「考えた人も作った人も凄いです。浄化された水はさらに流れていくんですね」
「この先でも何段階にも浄化されて、やがて綺麗な水になり大地に還るという。その大元がこの装置だ。ほとんどの浄化を担っている」
「調べてみましょう」
メリルさんと意見を交わしながら装置の仕組みを解析する。複雑かつ多くの部品で構成されているのにメリルさんは流れるように構造を読み解いていく。知識と判断力に感服。
「むっ…。この部分……魔力を循環させる装置だが、継ぎ目の金属が割れている。原因はこの箇所の可能性が高い」
「確かに」
目に見えて魔力が漏れている。
「塞ぐ材料を持ってきてはいるが、どうするか…」
「素材は同じですか?」
「真鍮だから同じだ」
「では、ボクが魔法で接着します」
「ははっ。魔法は素晴らしい。形が合うように加工しよう」
メリルさんが真鍮の板を加工しようと取り出したとき、背後でバシャッ!と下水が跳ねる音がした。
振り向くと下水の中から巨大な芋虫のような魔物が現れ倒れかかってくる。急いでメリルさんを抱え大きく跳び退く。
通路の上をヌルリ…と動く漆黒の巨大な魔物。さながらナメクジのよう。嗅覚が効かない上に、ヒゲも動かせないから視覚と音でしか魔物を察知できない。危ないところだった。
「驚いたな。コイツは…なんだ?」
「紅蛭型輪蟲です。ヒル型の魔物ですが、ここまで巨大なのは初めて見ます」
起き上がると構内の天井に届かんばかり。まるで大蛇だ。
「ヒルということは、吸血するのか?」
「雑食ですが主に肉食です」
フィロディナはノソリ…と頭を持ち上げ、ボクらに向けて丸い口を開いた。
「うわぁぁっ!?なんだっ!?」
腹をうねらせながら口から吐き出されるのはゴミや骨。飲み込んで消化しきれなかったモノだろう。ドーム状に変形した『強化盾』で全て受け止め、ゴミの嵐が止んだところで詠唱する。
『黒空間』
フィロディナの大部分を黒い球体が飲み込んで消滅する。残されたのは身体の2割ほど。
「まだ一部残っているが…」
「わざと残しました」
魔法でえぐれた部分は直ぐに再生して、フィロディナは小さい個体に変化した。この位が通常のサイズ。這いずりながらゆっくり下水の中に帰っていく。
「倒さなくていいのか?」
「森でも掃除屋のような役割を果たす魔物です。普段は大人しくて刺激しない限り襲いかかってきたりしません」
溝鼠を含む魔物の死骸や残飯の類を食らっているんだろう。下水道なら餌にはこと欠かない。この場所は枝管が集合する末端で黙っていても流れてくる。
攻撃的な行動をとったのは、廃棄物を飲み込んで気分が悪かったからか、それとも巨大化により凶暴化していたのか。
なんにせよ冒険者なら倒すのは容易い。動きが遅いので一般人でも逃げ切れる。今後もいい働きをしてくれるに違いない。
ちなみに、魔法で吹き飛ばすと分裂して大変なことになる。再生できなくなるまで粉々にしないと倒せない。過去に苦労した経験あり。
「もう一度襲われたらボクが退治します」
「頼もしいな。では、仕事を続けよう」
「はい」
その後はなにも起こらず浄化装置を修復した。『同化接着』による融着でしばらくは問題なく使用できるはず。漏れていたであろう『浄化』の魔力も目分量で補充して作業完了。
ついでにフィロディナが撒き散らしたゴミも消滅させて経路も綺麗にしながら戻った。メリルさんを無事に地上に送り届けて胸をなで下ろす。
今日はいいモノを見れたなぁ。充実した1日だった。
★
「メリル。今回は助かった。ギルドも喜んでいて感謝を伝えてほしいと言われた」
後日、メリルが魔道具を作っているとランパードが訪ねてきた。浄化装置の修理について礼を伝えるタメに。
「あくまで応急処置です。時間をかけて綺麗に修復した方がいいですね。恒久的に使うモノですから。アレは素晴らしい装置です」
「その……修復なんだが、お前に依頼してもいいか?」
「私でよければやりますが、しばらく他の仕事は受けませんよ。それでもいいですか?」
「構わない。ほとんどの職人が「下水道は危険で臭くて嫌だ」と渋って困ってるらしくてな。泣きつかれてしまった」
ソイツらの気持ちはわからなくはないけれど、ちょっとふざけてやしないか。
「偉そうに言える立場でもないですが、そんな奴は職人じゃない。人の役に立つモノを作ったり直してナンボでしょう」
「そう言うな。悪いが頼みたい」
「わかりました」
「他に職人が必要か?」
「ウォルトに頼むのでいりません。むしろ他の奴が来るなら私はやりませんよ。余所に頼んで下さい」
ランパードさんは苦笑いでも、今回の仕事をそつなくやり遂げたのは間違いなくウォルトのおかげ。彼の魔法には過酷な現場を快適な空間に変える力がある。他の奴が同行すると頼むことができない。
魔道具に対する情熱も人一倍で、製作者に対する賞賛や配慮も伝わってくる。共に仕事をするなら最高の相棒。
「とりあえず今回の報酬を渡しておく」
「ウォルトにも渡して下さいよ」
「今回はちゃんと渡せるモノがある。直接渡すつもりだったが、「旦那さんじゃ断られる」と言うもんでキャロルに頼んだ」
「へぇ」
「環境保護ギルドから「とんでもなく浄化されてるんだが!?」と驚きの声が上がってるんだ。俺の株が上がって困ってしまってな…」
「いいことじゃないですか。2段階目以降の装置は必要ないくらいでしょう?」
「あぁ、そうらしい」
魔力を補充したあと、素人が見てもわかるほど浄化の度合いが違った。あの装置は、魔力が強ければ強い方が浄化できる仕様で、ウォルトの力量ならまだいけるだろう。だが、あの程度でいい。普通の魔導師にはできようもない。
「彼に恩が積み重なっていずれ俺は潰れるかもしれん」
「だったら頼まなきゃいいんです」
「彼にしかできないことが多い。全てに応えるから本当に凄い男だ」
「その内、全財産を投げ打たないと払えない恩ができるでしょう」
「ありそうで怖いから言うな」
「あと、ウォルトのことは他言してませんよね?」
「当たり前だ。信用しろ」
「もしギルドにバレてたら殺しますよ」
「お前は過激な言葉を軽く使いすぎだぞ」
「脅しじゃないですよ。試してみますか?」
「怖いこと言うなよ…」
ランパードさんに必要な材料を伝え、揃えてもらうよう頼んで帰ってもらった。
さて、今抱えてる仕事を片付けたら、ウォルトに頼みに行くとしよう。始まってしまえば思ったより早く修復は終わる。普通なら時間が掛かる作業でも私とウォルトが組めば難しくない。
次はどう驚かせてくれるのか楽しみだ。




