491 自鳴琴
今日も外は晴天。まだ午前中の早い時間にウォルトの住み家に来客が。久しぶりに会うキャロルだった。
「冒険者になったらしいじゃないか」
「そうだけど、誰から聞いたの?」
「マードックだよ」
「そっか」
暑い中、訪ねてくれたキャロル姉さんを住み家に招き入れて冷たいお茶を差し出す。
「アンタが冒険者になるなんて、いいことだねぇ」
「そうかな。あまり活動しないと思うけど」
「アタイにとってはいいことなのさ」
「なんで?」
「冒険者には護衛の仕事もある。マードックに何度か頼んでるのも、わざわざ指名して依頼してるんだよ」
「へぇ~。知らなかった」
結構責任が重い依頼だ。
「今後はアンタにも頼めるからねぇ」
「ボクは報酬なんかいらない。頼んでくれたらいつでもやる」
「わかってないねぇ。報酬を払うことに意味があるのさ」
「姉さんの依頼なら受け取らない」
「困ったもんだ。言うんじゃなかった」
そんなの知人からお金をもらってやることじゃない。百歩譲って知らない人なら別だけど。
「そんなことより、アンタに頼みたいことがあってきたんだよ」
「どうしたの?」
「修理を頼みたくてねぇ。これさ」
姉さんがリュックから取り出したのは両掌に載るくらいの木箱。ゼンマイを差し込んで巻く部分が見える。
「自鳴琴かな?」
「よくわかったねぇ」
「ボクが知ってるのはもっと大きいイメージだけど、装飾からして蓄音器の人と同じ人の依頼だと思って」
見覚えのある綺麗な装飾だ。音楽に関連するモノでこの大きさとなるとそれしか思い浮かばない。
「言われてみれば確かに似てるか」
「オルゴールの修理なら職人のほうがいいんじゃないか?結構いそうだけど」
「どうやら魔道具らしい。普通の職人じゃ直せないんだと」
「メリルさんは?」
「メリルからアンタのとこに行けって言われたんだよ。魔法が使えないと直すのは大変らしい。アンタと一緒なら簡単にできるって言ってたけど忙しいんだと」
「そうか。開けたり鳴らしてもいい?」
「いいよ」
蓋を開けて付属のゼンマイを巻いてみる。手を離すと綺麗な音を奏でる……と思いきや、全く鳴る気配がない。
「そもそも動かないのか」
メリルさんは直ぐに看破したんだろう。魔法を使えなくても故障原因を探究できる腕を持つ凄い職人だ。
「やってくれるかい?依頼人から時間はかかってもいいって言われてるんだよ」
「やってみたい。直せる保障はないけど、元通りに返せると思う」
「その時はその時だ」
「とりあえず、お礼に今日もアレ食べる?」
「訊くだけ野暮だよ」
姉さんと一緒に食事をして新作の知恵の輪も渡した。どうやら解くのに慣れてきたらしい。でも、今回の知恵の輪は自信作。楽しんでもらえたら嬉しい。姉さんが帰る前に意外なことを言われる。
「ウォルト。アンタ、リタと知り合いらしいじゃないか」
「一度会ったことがあるだけだけど、姉さんも知り合いなのか?」
「まぁね。アタイの情報網の1人なのさ」
リタさんは夜鷹だと言ってた。酒場なんかと同じで情報が集まるとも。
「なんで知ってるんだ?」
「医者も嫌うような病気を治した奴がいるって耳に挟んだんだよ。リタがサマラの知り合いなのも知ってるからねぇ。…となれば、アンタしかいないだろ?」
「そんなことないだろうけど、姉さんは勘が鋭いなぁ」
「リタはアンタを気に入ってるんだと」
「気に入られるようなことをした覚えはないよ」
「油断してると大変な目に遭うかもしれない。肝に銘じときな」
「なにを?」
姉さんはため息を吐いて、「またね」と一言残して帰っていく。呆れたような顔をしてたけど。そんなことより、早速オルゴールの修理に取りかかろう。
離れに移って、作業台にオルゴールを置く。部品はさほど多くないけれど、壊れている箇所を探るため慎重にかつ丁寧に分解する。
「なるほど…。こういうことか」
作業しながら魔道具だと言われた理由に納得。オルゴールの内部には見事な魔法が付与されている。今はとりあえず『無効化』して……と思ったけど、よく見ると様々な部品に細かく違う魔法が付与されている。
「凄いな…」
魔力を解析してみると、軽い力でゼンマイを巻けたり音の響きがよくなるように魔法が付与されている。付与したのはおそらく大魔導師ライアンさんだ。依頼人が同じで、蓄音器のときもそうだったから…というあくまで推測だけど、魔力の質が同質。ライアンさんじゃないとしたら高名な魔導師の付与だと思う。偉そうに言えないけど、一流の仕事で間違いない。
付与されている全ての魔法を記憶して、わからない魔法は魔力色を記憶する。不明な魔法であっても同様の魔力を付与できれば効果は得られるはず。
魔力が連動してる箇所があるから、寸分違わぬよう記憶しておかないと、音が変化してしまう可能性が高いので慎重に時間をかけて覚える。
集中して記憶しながら美しいと感じていた。オルゴールに詰められたカラフルな魔力色は見ているだけで心が高揚する。全て記憶してから魔法を無効化し、隅々まで分解して壊れている部品を探す。
大きな原因はゼンマイの不良。バネ部が正常に動かないので、取り出して磨いたり長さを魔法で調整すると巻けるようになった。
音を出すタメに弾く板のような部品も何本か折れかけていたり、回転板の突起も欠けていたりして魔法で融着させる。針先を使って魔法を1点に付与するのは魔力操作の修練になっていい。凄くやり甲斐がある作業。
任せてくれたキャロル姉さんに感謝しないと。間接的にではあるけど、様々な魔法を見せてくれたライアンさんにも。
数時間後。
「終わりかな」
部品を細かく磨いて、組み上げながら油も綺麗に塗布した。外装の傷や染みは汚れを拭きとる程度に抑える。個人的な考えだけど傷も汚れも思い出。直すのは余計なお世話になりかねない。
気付けばいつものごとく夜を迎えていた。軽く夜食でも作ろうか…と凝り固まった首や肩を回していると、離れのドアが勢いよく開いた。
「ウォルトさぁぁぁ~ん!」
「ニャァァァァッ!!」
驚いて変な声が出た。バッ!と目を向けるとアニカが立ってる。
「驚かせてすみません!」
「い、いや。驚いたけど大丈夫だよ」
気配に気付かなかった。
「作業は終わりましたか!?私とお姉ちゃんで夜食を作ったんですけど食べませんか!?」
「いいの?」
「もちろんです!」
もしかして…声もかけずに住み家で待っててくれたのかな?
「いつから来てたの?気付かなくてゴメン」
「1時間くらい前に来ました!窓から覗いて、凄く集中してたから声かけなかったんです!気にしないで下さい!」
「ありがとう」
「住み家に行きましょう!ご飯食べましょう!」
アニカと一緒に住み家に戻ると、オーレンとウイカだけでなく、ミーリャも来てくれていた。2人が作ってくれた遅い夕食を皆で頂く。今日はクローセの郷土料理トンチャだ。
「凄く美味しいよ」
「やったぁ!」
「ウォルトさんに褒められると嬉しいね」
どこか懐かしさを感じる優しい味付けで本当に美味しい。着実に料理も上手くなってる。やっぱり料理上手は魔法を操るのも上手い理論は正解かもしれない。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
「好きでやってます!」
「礼なんかいらないですよ。コイツらの方が何百倍も食べてるんですから」
「アンタには二度と食べさせない!」
ささやかなお礼にクレープを作って食べてもらおう。
「ウォルトさんは離れでなにを作ってたんですか?!…もぐもぐ」
「オルゴールの修理だよ。まだ音は鳴らしてないんだけど」
「聞きたいです!……もぐもぐ」
「食べ終わってからにしようか」
雑談しながら皆が食べ終わるのを待って、皆の前に修理したオルゴールを置く。
「預かりモノだけど、このオルゴールは内部が凄いんだ。整備して復元してみたんだけど」
「…わぁっ!魔力が散りばめられて凄く綺麗です」
「ホントだ~!カラフルでまるで宝石箱みたい!」
言われるとそう見えてくる不思議。上手く例えるなぁ。
「どこが?ただのゼンマイ仕掛けだろ?」
「私もそう思います」
オーレンとミーリャには魔力が見えないのか。
「こんな綺麗な魔力が見えないなんて…。戦士のミーリャは仕方ないけど…」
「オーレン…。修練を真面目にやれ!師匠の魔力を感じないとかあり得ないからね!」
「俺も剣士だっつうの!そんなこと言っても見えないんだからしょうがないだろ!」
「まぁまぁ。ケンカはやめましょう」
試しに『可視化』を付与すると、見えるようになったみたいだ。
「俺にも言ってる意味がわかりました…。作った人は凄い職人ですね」
「おそらく共作だね。腕のいい職人と大魔導師で作り上げたんだと思う」
「直しちゃうウォルトさんも凄いですよ!」
「そんなことない。修理は壊れたところを発見して原形に復旧するだけ。作るのに比べて遙かに楽なんだ」
「音を聴いてみたいです!」
そっとゼンマイを巻いて手を離すと、澄んだ音を奏でる。初めて聞く曲だけど気になる箇所はない。
「いい曲ですね」
「ミーリャは知ってるのかい?」
「いえ。でも素敵な曲だと思います」
「そうか?俺はピンとこないな」
「ミーリャの言う通り、優しくて素敵な旋律だね」
「鈍感なオーレンにはよさがわからないだろうね!」
「お前らも知ったかぶりだろ」
「なんだとぉ~!」
これ以上は依頼人に聴いてもらわないと判断できない。喜んでもらえるといいけど。
★
「ランパードさん。いつもありがとうね」
「いえ。仕事ですから」
「無理なお願いばかり聞いてもらって、とても助かっているわ」
「そう言って頂けると光栄です」
ランパードは、ウォルトが修理したオルゴールを直接届けようと依頼人の元へ足を運んだ。
「ふふっ。気を使わなくていいのよ。私はただのお婆さんなんだから」
「そうはいきません。貴女にも貴女の旦那様にも多大な恩があります」
「固いわねぇ。あの人はもういないのに」
ゆったりと椅子に揺られるハンナさんは、若い頃に山ほどお世話になった方の奥方。商売の基礎を教わり腹一杯飯を食わせてもらった恩人夫婦。
商人であった夫に先立たれ、商売は子供達に任せて残された財産の一部を受け継いでゆったりした日々を過ごしていらっしゃる。
「それにしても、凄いのね」
蓋を開けてオルゴールを覗き込み、微笑みながらそんなことを言う。ゼンマイを巻くと聴いたこともない曲が流れた。
「なにがでしょう?」
「貴方のお抱えの魔導師よ」
「なぜ修理したのが魔導師だとお分かりに…?」
「完璧に修復されているもの。むしろ、音が以前より優しく…美しく響いてる」
ハンナさんは昔から耳がいい。彼は…やっぱり大した男だな。
「このオルゴールには、ライアンが魔法を付与してくれたのよ」
「大魔導師ライアンですか?」
「そう」
蓄音器の件からも知人であろうことはわかっていた。どんな関係なのか深く尋ねたことはないが。
「彼が言っていたの。「寸分違わず直せる者がいたら間違いなく大魔導師だ。あり得ないが」って偉そうにね…。ふふっ。懐かしい」
「付与も解除も困難な魔法を付与している…ということですね」
予想はできていた。だからこそメリルやウォルト君に頼んだというのもある。彼はどこまでも人を驚かせる魔導師だな。
「魔法のことは詳しく知らないけれど、最高の音を聴きたいという私の我が儘をいつもライアンは叶えてくれた。「注文が細かいわ!」とか「何日かかると思っとる!」と怒っていたのも懐かしい。たった1日で修復するなんて凄いとしか表現できない。ライアンが生きていたら悔しがる愉快な顔が見れたでしょうね」
「それは…」
「老いてなお好奇心が湧いた婆やの戯れ言。聞き流して頂戴な」
いたずらっぽく笑うハンナさんは楽しそうに見える。
「この曲は初めて耳にします。なんという曲ですか?」
「吾亦紅という曲よ。恥ずかしながら私の持ち歌なの」
「ハンナさんは歌い手だったのですか」
「遙か昔ね。場末の酒場の歌唄いだった。このオルゴールのおかげで曲を忘れずにいられるような…そんな程度のね」
旦那様からの贈り物なのかもしれない。そうだとすれば粋な贈り物。俺には思いも付かない。
「ランパードさん」
「なんでしょう?」
「女性への贈り物は直球だけではダメよ。押してダメなら、あえて引くとか奇をてらってみるのも一興かもしれないわ」
心中を見透かしたように優しく笑う。
「ハンナさんには敵いませんね…。胸に刻んでおきます」
「こう見えて人生の大先輩だもの。ふふっ」
その通りかもしれない。最近、どうにかキャロルとの膠着状況を打破したいと考えていた。どんどん待ちきれなくなっていて焦燥ばかり募る。
目的地に辿り着くために、あえて遠回りが正解という場合もある…か。色々と試してみるべきだな。
「自作の歌でも贈ってみましょうか」
「引かれるわ。間違いない」
「なっ!?」
まさかの断言。
「相手がどんな人なのか私に話してみなさいな」
「はぁ…。長くなりますが…」
「時間はあるのよ」
しばらくハンナさんと語り合った。いい年のオッサンが真剣に語る内容でもないのに、溜め込んでいた気持ちを吐き出して前向きになれたのも、やはり彼のおかげということだろうか。




