490 誰にも止められない
「そうだったのか…」
「ずっと黙っていてすみません」
「いや…。俺も君の立場ならそうする。間違いなく煩わしい」
今日は、凄腕料理人のビスコがウォルトの住み家を訪ねてきた。
互いに料理を披露したあと、お茶を飲みながらウォルトがずっと伝えたかった『ボクは魔法が使える』という告白をしたばかり。
意外なことに、ビスコさんはすんなり信じてくれた。長い付き合いだから匂いの変化でわかる。それが嬉しい。
「誰にも言わないから安心してくれ」
「ありがとうございます」
「魔法で料理が上手くなるワケではないけど、調理するときは便利だろうな。羨ましいよ」
「火力が欲しいときなんかは便利ですね」
「はははっ。今だから言えるけど…薄々気付いてはいたんだ。常に頭の隅っこに置いてる程度に」
「そうなんですか?」
「森に住んでいながら暑い時期でも食材は常に新鮮。魔石はあるけど補充を生活魔導師に頼んでいる風じゃない…とか、水も豊富で川の水にしては不純物もなく綺麗だ…とか幾つか気になってはいた」
「なるほど」
『保存』や『水撃』を使っていると予想していたのかな。ボクも魔法の痕跡を完全に隠蔽することはできない。徹底できないし、する気もない。
「けれど深く考えてない。友人を疑ってやきもきするくらいなら忘れたほうが楽だと思うタチなんでね」
平然と話し、お茶を飲むビスコさんは平然として渋い。ファルコさんもそうだけどこういう落ち着いた大人に憧れる。
「でも、リゾットやグルテンには言わない方がいい。アイツらはもの凄くおしゃべりなんだ」
「そうなんですね」
「君が言ってもいいと判断すれば止める理由はないが、目立ちたくないなら言わないのをお勧めする。あっという間に広がるかもしれない」
「わかりました」
「アイツらにとってもウォルト君が魔法使いであるかは関係ない。そんな子達だが、噂好きで困ったモノだよ」
「噂ですか」
「客の会話をよく聞いてる。飲食店は情報が集まる場所でもあるから。…そういえば、フクーベに甘味専門店ができたらしい。リゾット達が言うには美味いらしいけど、忙しくてまだ行けてない」
甘味の専門店かぁ。美味しければ流行るだろうな。
「気になりますね。ボクも行ってみたいです」
「帰りに一緒に行くか?」
「いいんですか?」
「もちろん。実は…その店の客が女性ばかりと聞いて1人では行きづらいのもあってね。いい歳のおっさんにはちょっと敷居が高い」
「わかります。場違いなんじゃないかと気後れしますね」
ということで、一緒にフクーベへと向かうことにした。
フクーベに向かう道すがらビスコさんに『痺鱏』の魔石を渡した。使い方も教えておく。
「こんな優れモノをもらっていいのか?」
「住み家に来るときも使えますし、安心して森の食材集めもできます。魔力を使ったらボクがまた補充します」
「効果を試してみたいけれど、人で試すワケにはいかないな」
「ボクで試していいですよ。何度も試してるので」
「さすがに人でなし過ぎる」
「そうですか。では…」
集中して周囲の匂いを嗅ぐ。
「あっちに魔物がいます。行ってみましょう」
「…凄い嗅覚だな。匂うのか…」
「魔物が発する匂いは強いので」
わざと風上から近づくとこちらに接近してくる。現れた魔物は予想通り【バップン】だ。
バップンは蛙型の魔物。長い舌と大きな口で標的を攻撃する。自分の身体より大きな獲物でも丸呑みにできる伸縮性に富んだ身体が特徴。魔石を使ってビスコさんに『痺鱏』を纏ってもらう。
「これでいいのか…?」
「大丈夫です」
ピョーン!とボクらに突っ込んできたバップンは、長い舌をビスコさんに巻き付けようとして寸前で見事に痺れた。お腹を見せて痙攣している。
「こんな感じでしばらく動けません。この森にいる魔物ならよほど強大な魔物でない限り動きを止められます」
「凄いな…」
一度使うと2時間は効果が続くけど、解除の魔石も渡してあるから人に会うときは安心。
「バップンは食べると美味しいんですが、知ってますか?」
「初めて知ったよ」
「特に足の肉が美味しいです。淡泊ですけど臭みもなくてプリッとしてます。持ち帰ってみますか?」
「興味はあるけど今日は甘味処に行くからやめておくよ」
もう隠す必要もないから言っておこう。
「もし、ビスコさんが調理してみたい魔物がいればボクが遭遇したときに倒して『保存』しておきます」
「気持ちは嬉しいけど、どんな魔物がいるかもよく知らないからね」
「じゃあ、美味しいと思う魔物肉をお裾分けしますね」
「ありがとう」
ビスコさんは自分で魔法を解除して、引き続きフクーベを目指す。
フクーベに到着すると、寄り道せずに甘味の店に一直線。早く食べてみたい欲に駆られる。……と。
「アソコだな…」
「アソコですね…」
まだ店まで距離はあるけど、軽く行列ができてる。並んでいるのはカップルと女性ばかりでちょっと近寄りがたい雰囲気。
「なんとなく気が引けると言うか…」
「わかります…」
並びに男2人組はいない。圧倒的な場違い感。
「だが、食べてみたい欲には勝てん」
「同意見です。ここまで来て食べずに帰るのは無理です」
ボク1人だったら怖じ気づいて即行で帰ってるかもしれない。ずっとそわそわして落ち着かないだろう。でも、ビスコさんと一緒なら心強い。とりあえず最後尾に並んでみよう。
甘味を買った客が列の横を通過するたび、笑顔で歩いている。甘い匂いが辺りに漂う。
「持ち帰りができる甘味か」
「そのようですね」
「容器はなくて手掴みで食べられるのは楽だ。歩きながらでも食べられるから席の回転を気にしなくて済む。道理で列が進むのも早い」
「見たこともない甘味です。いい匂いがしますね」
甘い乳脂肪の他に、果実の匂いもした。どんな味なのか楽しみだ。しばらく会話しながら並んでいよいよボクらの番を迎える。
「いらっしゃい!どれにしますか?」
元気のいいお姉さんに渡されたメニュー表を2人で見つめる。絵が描かれていて、甘味は幾つか種類があるけどビスコさんもボクも気になるモノは同じ。
「くれ~ぷ…?とやらがさっき見た甘味だな」
「初めて聞く名前です」
「西の国の名物だよ!旅先で食べたのが美味しかったからカネルラでも食べてもらいたくてさ!」
「俺は…芭蕉クレープをもらえるか?」
「ボクは、おすすめのクレープをお願いします」
「はいよ!」
手際よく丸い鉄板に生地を広げ、薄く焼いたあと、クリームを絞ったり果実を載せていく。その様子を並んで穴が空くほど見つめる。
「お兄さん達…。そんなに見つめられると緊張しちゃうよ…」
「見事な手際だ。一瞬で生地を広げたな」
「盛り付けもかなり綺麗です」
「褒められてるのにちょっと怖いよ…。…まあぁいっか!」
ボクのクレープの具は、クリームにベリーと…瑞々しい黄色い果実が載ってるけど見たことがない。ちょっと酸味がありそうな香りがしてる。
円形の生地を具を包むように綺麗に畳んで、最終的に三角になった。手に持っても、クリームや具材がこぼれ落ちないように穴のない三角にしてる。仕上がりが美しくて発想が地味に凄い。
「はいよ!バナナと鳳梨クレープの出来上がり!ちょっと熱いから気を付けて!」
それぞれ代金を支払う。黄色い果実はパインという名前なのか。育てている農場があるのかな。初めて見る。
「毎度あり!またよろしくね!」
温かいクレープを手に邪魔にならない場所まで移動して食べることに。
「……むっ!これは美味い」
「果実の酸味で、甘すぎなくて美味しいです。モチモチの生地もいいですね」
「女性に好まれそうだ」
「小腹を満たすのに丁度いい甘味だと思います」
食べながら分析してみる。
「自分でも作ってみよう。他の甘味も気になったからしばらくあの店に通ってみようか」
「食べたことのない料理や甘味を知って、作りたくなるのはいいんですが…甘いモノは試食が辛いですね」
「リゾットとグルテンに試食を頼むことにするよ。年を取ると胃にもたれて仕方ない」
「ボクも友人に頼んでみます」
あまり食べ過ぎるとしばらく味覚がおかしくなるのが甘味の弱点というか困ったところ。お茶の味も感じなくなる。濃くて渋めの茶なら抜群に合うけれど。
ただ、クレープは包む具材の組み合わせが無限大。生地の大きさも容易に変えられる。あえて甘さを控え目にするのもありかな。食欲と好奇心が満たされたところで、ビスコさんと別れた。
とりあえず住み家に帰る前に生乳を買おう。森に六白牛などいるはずもなく、中々手に入らない食材。
稀に捕まえた獣から搾乳してるけど、採れるのは少量だしほぼ豆乳で代用している。ただ、このクリームのように濃厚な味わいは豆乳では出せないので買って帰ろう。
「ん~!美味しいです!」
「甘くて美味しい!」
「ありがとう。沢山食べて」
その夜、住み家を訪ねてくれたウイカとチャチャに覚えたばかりのクレープを試食してもらうと喜んでもらえた。
具材には、森の果実とクリームをふんだんに使って甘酸っぱく仕上げてみた。批評してもらえたのは有り難い。
「よくクレープを知ってましたね。最近フクーベに店ができたばかりです」
「今日フクーベで食べたら美味しかったから」
「兄ちゃん…。誰かと行ったの…?」
「ん?ビスコさんだけど」
「男性2人は目立ったんじゃないですか?」
「かなり目立ってしまったけど、美味しかったから満足だよ」
今頃ビスコさんも色々なクレープを考案してるだろうな。負けてられない。
「ダイホウにも甘味を食べられる店があると嬉しいけどね」
「店がないんだっけ?」
「小さい店があるけど、調味料くらいしか売ってないし洒落た甘味なんてない。甘味は自作が基本だよ」
「クローセも同じです」
そう言われたらそうか。
「できるなら出店とかやってみたいな」
「出店って…屋台ってこと?」
「そうだよ。単なるボクの我が儘だけど」
出店でひたすら調理するのは楽しい。タマノーラの祭りに今年も参加させてもらえるから楽しみにしてる。
「チャチャ。考えてみたらどう?私達も手伝えるし、ダイホウの人達も喜んでくれるよ」
「そうですね。兄ちゃんがいいならお願いしたいかも」
「獣人が作った料理でよければなんだけど」
「多分気にしない。上品な村じゃないから」
「祭りとかあったりする?」
「豊穣祭りがあるからその時にお願いしようかな。村長に聞いてみる」
もしそうなったらいろいろ作りたい。
「ところで、今日は示し合わせて来たの?」
「そうだよ。ウイカさんに用があったから」
「私は治癒院終わりでチャチャと合流して、アニカとオーレンはまだ冒険中です」
「兄ちゃんは冒険者になったんでしょ?」
「なったよ。新人中の新人だけど」
「実は…」
チャチャが差し出して見せてくれたのは…。
「冒険者証?……もしかして」
「私も冒険者登録したの。サマラさんもしたみたいだよ」
「そうなのか」
「兄ちゃんが冒険者になったなら負けてられないからね!」
「勝負じゃないさ。ボクは頻繁に冒険しないし」
チャチャはいいとして、サマラが冒険者になるのは隠れ妹想いのマードックが認めないと思う。どうやって説得したんだろう?
「サマラさんは、マードックさんに言わずに登録したみたいです。余程のことがなければ誰でもなれるので。「まだバレてない!」って笑ってました」
見透かしたようにウイカが教えてくれる。
「大変なことにならなきゃいいけど」
『辞めろ!』『辞めない!』の口論が始まるまで待ったなし。サマラは行動が危なっかしいけど性格は冒険者向きだと思う。本人がやってみたいと言うならボクには止められない。たまに4姉妹で活動するくらいだろうし。
「チャチャはホントによかったの?」
「冒険者になれば、獲物が獲れない時でも魔物を倒して家計の足しになる。私にとっては意味があると前から思ってた」
「狩りの途中で遭遇して倒すこともあるだろうね」
そう考えると確かに無駄がない。魔物の生息分布についても、ある程度知識があるだろうしクエストを受けておけば一石二鳥の時もあるのは理解できる。チャチャは家計を助ける立派な狩人。
「そういうこと。上を目指すワケじゃないから、ウイカさん達にしたらお遊びかもしれないけど」
「気にすることないよ。見栄を張りたくて登録する人もいるくらいだから。登録した日に辞めた人も何人も見たよ」
「…ってことで、いつでも私を誘ってくれていいよ!」
「ありがとう。その時はお願いするよ」
初心者のクエストに付き合ってもらうのは気が引ける。でも気持ちは有り難い。ボクらを取り巻く環境が少しずつ変化してるけど、これからも楽しく過ごせたらいいな。
笑顔でクレープを頬張る2人に訊いてみる。
「甘いモノを食べると太るっていうのは本当なのかな?」
ピタリと動きが止まった。
「どういう意味ですか…?」
「私達が太ったってこと…?」
「違うよ。全然太ってない。2人だから訊けるけど、女性は体型を気にするよね?だからどのくらいまで甘味を作っていいのかわからなくて。「やり過ぎ!」って言われる前にやめたいんだ」
ボクは頻繁に食べないから匙加減がわからないし、過去に太ったこともない。あと、甘味も辛い料理と同じで食べ過ぎると癖になると聞いた。かなり病みつきになるらしい。
「私的には1皿くらいが丁度いいと思います。あと、太るのは事実です」
「私もウイカさんと同じかな。美味しいけど出されたら出されるだけ食べちゃって後が怖い」
「甘いモノは…魔性だよね」
「です…。満腹でも不思議とお腹に入ります」
「わかった。ありがとう」
今後に生かそう。
「ウォルトさんは私の体型をどう思いますか?」
「痩せてると思う」
「兄ちゃん、私は?」
「チャチャも痩せてる」
間違いない。自信がある。
「痩せてる女性は好きですか?」
「体型で好きとか嫌いってことはないけど、痩せすぎてる人は不健康に見えるね」
「私達って痩せすぎてる?」
「ギリギリのラインだよ」
「ちなみに、痩せてるのと太ってるのならどっちが好みですか?」
「基準がわからないけど……太ってる方かなぁ」
「くっ…!」
「悩ましいことを言うね…!」
「2人はいつも動いてるから太らないと思うよ」
「わかってます!」
「そういうことを言ってるんじゃないよ!」
「そ、そっか。ずっと疑問に思ってたんだけど、女性はなんで痩せたがるんだ?」
「理由なんかないです。本能です」
「そうだよ。誰にも止められない」
そんなことを言いながら、何種類か作り置いていたクレープをどんどん平らげてる。…謎だ。
別にいいけど、甘味の美味しさと誘惑は女性の本能を超えるということか。やっぱり抑え気味に作ろう。また1つ学ばせてもらった。




