49 お転婆王女の帰還
揺れる馬車に乗って王都へ向かっているリスティアとアイリス。
奇遇なことに帰りの馬車もフクーベに来たときと同じ馬車。従者も馬も変わりなく再び4時間の旅。私と王女様は正午を過ぎる頃ウォルトさんに渡されたお弁当を食べることにした。
「楽しみだね~!中身はなにかな~?」
「ウォルトさんの作る料理はどれも美味しかったので期待してしまいます」
籠を開けると薄い紙に包まれた幾つかの固まりが。互いに1つずつ手に取ってゆっくり包み紙を剥がすと、肉や野菜を間に挟んだ彩り豊かで美味しそうなパンが姿を現した。
それとは別にデザートの熟れた果実や、さっぱりとした野菜のサラダ付き。自作であろう木製の水筒には花茶も入れてある。まさに至れり尽くせり。
「初めて見る料理です。手掴みで食べていいのでしょうか?」
「多分そうだよ!頂きます!」
「王女様、私が先に毒見を…」
「ウォルトが作った料理にはいらないよ!」
確かにその通りだと納得する。王女様は小さな口で豪快に齧りついた。口いっぱいに頬張って右に左に咀嚼する。ゴクリと飲み込むと大きな目を見開いた。
「美味しい!肉も野菜も新鮮で、どうやったらこんなことできるの!?」
「おそらく『氷結』の効果です。あの人の魔法は…人を傷つけるのではなく幸せにするのですね」
野菜をシャキッと感じさせるタメに『氷結』で軽く冷やして、さらに『保存』を付与していると予想した。
その後も、ウォルトさんに感謝しながら無言で食べ進め、綺麗に完食すると花茶で一息つく。
「はぁ~!美味しかったぁ!ねぇアイリス。ウォルトって獣人っぽくないよね?思ってるの私だけ?」
「私もそう思います。ウォルトさんはあまりに王都の獣人と違いすぎます。あの人は色々な意味で規格外です」
「だよねぇ~。ウォルトを王都に呼べないかなぁ~?」
「来てもらってどうするおつもりですか?」
「私の護衛とか…宮廷魔導師もいいね!それか専属料理人になってもらいたいな!」
「楽しくなりそうですね。けれど「動くつもりはない」と仰っていました」
「『今は』だよ?」
含みのある笑顔を浮かべる。
「というと?」
「ウォルトは『今』動くつもりはないって言ってた!先のことはわからないよ!」
「確かにそうですね。未来のことは、神のみぞ知る…でしょうか」
頷いた王女様は、強い意志を宿した瞳で馬車の後ろに流れる景色に目を向けた。
王都に到着して、今度は従者にしっかり報酬を手渡しお礼と別れを告げた。馬車から降りて見る馴染みの風景は、緑と静寂に彩られた動物の森とは全く正反対で人と喧噪に溢れている。
「離れたのはたった数日なのに、随分久しぶりに訪れたような気になってしまいます」
「ウォルトの住み家は居心地がよすぎたね!それにしても、王都はやっばり人が多いなぁ」
王都には人がいない場所などほぼない。
「人里離れた自然豊かな森から戻ったことで余計にそう感じるのではないですか?」
「そうかも。でも、戻ってきて改めて王都を見ると凄いね!元は小さな村だった場所を私達の先祖が少しずつ切り開いて造り上げたんだよ。その努力は凄いよね。自然との共存が第一だけど。人間調子に乗ったらダメ!絶対!」
力説する幼い王女様を見て、『この方が女王になったらきっといい国ができるだろうに』と思ってしまう。
カネルラにおいては、男児が国王を継ぎ女児は他国へと嫁ぐのが伝統的。カネルラに限らず世界でも多くの国が採用する方式でもある。
カネルラの王子は、長兄、次兄とも優秀にして質実剛健。温厚誠実な人柄で民の信頼も厚く、次期国王に相応しい人物であらせられる。
それでも…絶対に口に出せないけれど、リスティア様が女王になることがカネルラにとって最大の国益に思えてならない。
長兄であるストリアル王子は『リスティアが男なら喜んで継承権を譲っていた』と公言している。無類の兄バカでもあるけれど。次兄のアグレオ王子は『リスティアを娶った国は未来永劫の繁栄を約束されているね』と、これまた過剰な兄バカを発揮している。
城に向かって歩くことしばらく。馴染みの店で王女様のドレスを回収しなければならない。その矢先、またもや多くの町民に声をかけられる。
「そんな格好でどこの国に忍び込んだんだい?程々にしときなよ」
「もしかして見合いだったのかい?うちに嫁に来てもらおうと思ってたのに、どこのどいつだい。アタイが見定めてやる」
「こないだ王女様が説教したから、ウチのガキンチョが大人しくなったよ。ありがとな」
「王女様。タダでいいから食ってけよ。王族があんまり拾い食いするのはよくないぜ」
王都民の言葉を受けて思った。人気者…ですね。街でなにをやってるんですか貴女は…。
元気に返答しながら歩くこと10分。預けていたドレスを受け取りいよいよ王城へと足を向けた。城門に辿り着いた私達は、警備中であろう歩哨の獣人に話しかける。
「すまない。リスティア様が戻られたと城内に伝えてもらえぬか?私は護衛騎士のアイリスだ」
「お、王女様と騎士様ですかい!ちょっとお待ちくだせぇ!」
獣人はそそくさと城内に向かい王女様が呟いた。
「こういう感じが私の中での獣人のイメージだったんだよね」
「私もです」
決して獣人を人間より下に見ているワケではない。五感や身体能力が比べものにならないほど優れていることは百も承知。
ただ、言葉遣いや行動が人間に比べると大雑把。ウォルトさんの場合、行動がより人間に近い獣人だと言える。
心静かに待っていると、城の中から白銀の鎧を纏うガッチリした体格で顔の厳つい男が現れた。ボバン団長に深々と礼をする。
「団長。只今戻りました」
「無事でなにより。王女様もお変わりないようでなによりです。肝を冷やしました」
「ボバン!勝手にアイリスを連れていってごめんね。私が無理やり連れて行ったの!だから彼女はなにも悪くない!」
団長が頷いて続ける。
「心配は無用です。国王様もアイリスを咎めるつもりはないと仰られました。我々が国王様の意向に背くことはあり得ません」
「お父様が…」
「国王様がお待ちです。早く元気なお姿を見たがっておられます」
「…わかった!直ぐに行く!」
団長は私に視線を移した。
「ご苦労だった。騎士団の控え部屋でひとまず待機しておけ。話を聞くことがあるかもしれん」
「了解しました」
騎士団の控え室に移動すると、休憩中の同僚達から労いの言葉をかけられる。
「お疲れさん。急に災難だったな」
「王女様の相手は大変だったろ。ゆっくり休め」
労いの言葉とともに不敬に当たるような発言も飛び出す。お転婆なリスティア様に頭を悩まされることの多い騎士団の面々。私に同情しての発言だが、城内でこんな会話が許されるのもカネルラの大らかさを著している。
他愛ない会話をしていると団長が戻って来た。
「アイリス。ちょっと来てくれ」
「はい」
控え室の隅に置かれたテーブルまで移動し、向かい合わせに座る。わざわざ移動したということは、皆に聞かれたくない話だろうか。
「今回の任務、ご苦労だった」
「付与されていた任務ではありませんし、逆にご心配をおかけしました」
「お前の実力はよく知っている。よほどのことが起こらぬ限り心配など必要ないと思っていた」
「ありがとうございます」
「少し気になったんだが」
「なんでしょう?」
「お前…雰囲気が変わったな。今回の任務でなにがあった?」
カネルラ騎士の頂点に君臨するボバン団長は、厳つい風貌に厳格な雰囲気を纏い、圧倒的な実力を備える。その実力は次席と呼ばれる私と比較して雲泥の差。
外見とは裏腹に理知的な思考と状況に応じた柔軟な対応ができる騎士で、人心掌握に優れ部下の信頼も厚い。当然、怒らせるととんでもなく怖いけれど。
かく言う私も、類に違わず団長を実父のように慕っている。実際の年齢差も同等で、団長も私を娘のように可愛がってくれる。それゆえ変化に気付いたのだろうか。
どう話せばいいのか…。少々躊躇ったものの団長には正直に伝えるのが最善だと判断した。
「今回の護衛で気付いたことがあります」
「気付いたこと?」
「私の常識の狭さと世界の広さを痛感しました。やはり、王都にいるだけでは見えないことがあるのだと気付かされました」
「それがなんなのか聞いていいか?」
「はい」
少しだけ思案したあと、真っ直ぐに目を見つめて語る。
「…団長。申し訳ありません。私は今回の任務中、ある人物に勝負を挑んで……敗北しました」
団長の眉がピクリと動く。
「お前が負けたのか?」
「こちらから挑んだにも関わらず…です。カネルラ騎士として恥ずかしい限りです」
「気にする必要はない。騎士だから負けてはならないと言うのなら戦場に出ることなどできん」
「心遣いありがとうございます。…その者に負けたことによって気付いたんです。世界の広さと己の未熟さに」
「未熟さは理解できなくもないが、お前の感じた世界の広さとはなんだ?見知らぬ技能でも見たというのか?」
「それは…」
団長は信用に足る。団長ならば大丈夫だ。
「これから話すことは口外しないと約束して頂けますか?」
「お前がそう言うのなら墓まで持って行こう」
「わかりました。私が負けた相手は…獣人です」
「獣人だと?『動物の森』…。フクーベ…。相手はマードックか?」
やはり知り合い。けれど今は関係ない。
「違います。信じて頂けるかわかりませんが……獣人の……魔導師です」
「なんだと!?」
大きな声に騎士達の視線が集中する。
「すまん。少し取り乱した。お前が嘘を言うはずもない」
「冗談でも言えません。正々堂々手合わせして敗れ、世界の広さを感じました。カネルラを…そして民を守り抜くタメに私は己の殻を破らねばならない…と」
「なるほどな。俺が驚いたのは、獣人の魔導師が存在しているということに加えて、魔導師を相手に敗れたという事実だ。お前がそこらの魔導師に負けることはあり得ない。それを誰よりも知っている」
「身に余る評価、ありがとうございます」
「その魔導師の技量が並外れているのだろう?」
こくりと首肯した。
「また手合わせする機会があれば次こそ勝ちたい。そして…その者すら守れる騎士になりたいのです」
「驚かされたが、このことは王女様も当然知っておられるのだろう?」
「はい。王女様はその方と親友になられました。今回の旅で幾度となく助けて頂いたので」
「なおさら墓まで持って行かないとな。クビにされてしまう」
苦笑する団長がそんなことをするはずないけれど、クスリと笑ってしまう。
「いい経験をしたな。そんな奴と仕合えるなんて正直羨ましい」
「彼の技量は私の知るどの魔導師より優れています。王都にも彼に匹敵する魔導師は存在しないと思います」
「それほどか。それはそうと、その魔導師に挨拶に行かねばならんな」
「なぜですか?」
「獣人の『彼』に惚れたんだろう?顔に書いてある」
ニヤけた顔で告げる。
「な、な、な、なにを言ってるんですか!あり得ません!」
「その慌てようがなによりの証拠。お前は器量もいいのに浮いた噂が1つもなかったから心配していた。だが、そういうことなら上司としてどんな男か知っておかねばならん」
「いやいや!!ただ団長が会って闘いたいだけでしょう!?」
「割と本気で心配している。その歳で男に免疫がないと、ちょっと「綺麗だ」とかお世辞を言われただけで舞い上がってまともに闘えなくなる……ぞ…?」
団長が言い終える前に、私は座っていた椅子を頭上高く両手で持ち上げていた。顔が高熱を出したかのように熱い。
ウォルトさんといい、団長といい……そんなに私をからかいたいのか!!
「アイリス…。急にどうし…」
「もう許しませんっ!!」
団長の頭めがけて「えいっ!」と椅子を振り下ろす。
「ぐはぁっ!!」
回避できなかった団長は脳天に食らって卒倒した。
「まだまだ許しませんっ!!」
興奮して暴れようとしたところで、同僚3人がかりで取り押さえられた。
「やめろアイリス!団長、目を回してるから!!」
「急にどうしたんだ!?こらっ!!暴れるなって!」
「やかましいっ!!離せぇ~!!」
この事件は、女性騎士でありながら歴代屈指の強さを誇る騎士団長を一撃で倒し、下克上を達成した『淑女の乱心』と名付けられ、騎士団内で後世に語り継がれていくことになった。