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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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489 悩める最高指導者

「今日の修練は、これで終了とする」

「ありがとうございました」


 クウジは整列した宮廷魔導師に見送られながら修練場をあとにする。


 最高指導者に就任して数ヶ月経つが、未だ慣れない。つまらないしきたりだと思うが、長年受け継がれる伝統だと言う。だから黙って受け入れているだけ。


 カツーン…カツーン…と、俺の靴の音だけが誰もいない通路に響き渡る。修練場から見えない場所へ差し掛かって、伸ばしていた背筋をほんの少し背を丸めて歩く。


 ここ最近疲れている。思った以上の疲労。宮廷魔導師の最高指導者になってからというもの気苦労は絶えない。一癖も二癖もある魔導師揃いだ。

 才能豊かで、確かにカネルラの精鋭魔導師集団と呼ぶに相応しい。それは認める。各地で才能を認められた者が高みを目指して集まるのだから当然。


 だが、想像を超える魔導師は1人もいない。温室育ちゆえに厳しすぎる物言いでは萎縮してしまい意見交換もできない。実際、俺の指導に耐えられないという理由で、数人が宮廷魔導師を辞めた。

 反論など皆無で、教えられたことをひたすら上手くこなすのみ。今になってロベルトさんと師匠の関係性が羨ましく思えてならない。だが、どの魔導師も間違いなく器用ではある。


 そして、一番の問題は現在宮廷魔導師の頂点に立つラウトールの存在。才能ある魔導師なのは間違いない。見事な技量と、若干ひねくれているが反骨心を持ち、おそらく過去に出会った誰よりも魔法の才に恵まれている。


 カネルラ最高の魔導師になれる器だが、世界を知らなすぎる。向上心も薄い。若い頃から宮廷魔導師として王都で何不自由なく生活し、『最強と信じる集団のトップであれば構わない』という思惑が見え隠れしている。まさに井の中の蛙だ。

 宮廷魔導師の中で他を寄せ付けない圧倒的な実力を持つことがカネルラ最高の魔導師である、と勘違いしている。そして、後に続く者は手本として育つ完全な悪循環。

 ラウトールに1対1の魔法戦で勝てる魔導師は、人間ではカネルラにいないかもしれない。そう思わせるだけの実力がある。


 奴は俺やジグルさんにも負けているとは微塵も考えていまい。だが、俺は圧勝できる自信がある。冒険者として積んできた経験値の違いだ。少し前までなら、ラウトールはカネルラ最高の魔導師として名を馳せていただろう。サバトが……ウォルトが現れるまでは。


『魔導師は自尊心が強くて当然。己が最高であると信じる心。それが魔導師を強くする』とは、ライアン師匠の言葉。


 けれど、自尊心にも質がある。己を高める自尊心と成長を妨げる自尊心。ラウトールは後者だが……どう育てるかは俺の腕にかかっている。


 

 歩を進め、本日の成果を報告するタメに王城へ入ると、意外な方の姿が目に入った。従者もなく1人で立っている。


「クウジ!お疲れ様!」

「有り難きお言葉。王女様もご機嫌麗しく」

「固いよ!」


 満面の笑みを浮かべていらっしゃるのは、リスティア王女様。宮廷魔導師になる前、噂にしか聞いたことがない御方だったが、実際に会って話すとその人柄と才に感服する。まさに傑物と呼ぶに相応しい。

 俺のような冒険者あがりであっても、分け隔てなく接するカネルラ王族の皆様を心から尊敬してやまない。今この時も気遣いからわざと砕けて話されているのだ。


「なにをなさっているのですか?」

「クウジを待ってたの。前に話した件で」

「宮廷魔導師による魔法披露の件でしょうか?」


 リスティア様は、少し前に「宮廷魔導師による魔法披露を国民の前で行ってみてはどうか?」とご提案された。おそらく、サバト騒動で宮廷魔導師が軽んじられていることに対する対抗施策として。


「そうなの!考えてくれてる?」

「素晴らしいご提案であると存じますが、諸事情がございまして」

「だから、固いよクウジ。誰もいないから言葉遣いも砕けて腹を割って話そうよ!」

「…かしこまりました」


 王族から腹を割って話そうと言われるとは…。人を試すようなことをする御方ではない。仰る通りにすればいいのだが。


「では、正直に申します。宮廷魔導師とはもはや幻想です」

「どういう意味?」

「王女様は、国民からの求心力の低下を憂いているのでは?」

「それもなくはないよ」


 やはりな。


「であれば、国民の前で魔法を披露させるのは逆効果です。サバトと比較されてしまいます」


 もはや、国民はカネルラ最高の魔導師を知っている。魔法を披露したところで、こんなものか…と落胆しかないだろう。


「そうだよね。確かに皆は知ってる」

「御理解頂けるかと」

「カネルラ最高の魔導師は宮廷魔導師じゃなくてサバトだってことは隠しようがないよ」


 その通りだが、ハッキリ言われるとは。


「宮廷魔導師に威厳はない…と仰るのですか?」

「そんなこと思ってない。でも、私もクウジも国民の1人だから認識は同じ。ただし、有事にカネルラを守るのは宮廷魔導師だよね?」

「その通りです」

「だから力を皆に示して欲しい。たとえ現状でサバトに届かなくても、カネルラを守る精鋭だって。それだけで安心できる。サバトがカネルラを守ってくれないことは国民もわかってるから」


 仰っていることは理解できるが…。


「我々が幻滅されたとなれば、王族の皆様にも迷惑がかかるのではないですか?」


 宮廷魔導師には当然給金も出ている。国民の税からだ。俺もそれ相応の働きをしなければならない。


「それは皆が判断することだよ。私が恐れる理由にはならない。むしろ今のままの方がよくない。隠蔽してると思われるかも」

「可能性は否めませんが」


 …と、王女様は笑みを浮かべる。


「ねぇ、クウジ。今から私が言うことは誰にも言わないと約束してくれる?お父様にも」

「そう仰られるのであれば」


 国王様にも内密な話…?


「サバトが交流したことがあるっていうライアンの弟子はクウジだよね?」


 ドクン!と心臓が鼓動を打つ。なぜ王女様が知っているのだ…?


「…仰っている意味が理解できかねます」


 アイツのことは誰にも言わないと誓った。ライアン師匠も墓まで持って行ったのに俺が破るワケにはいかない。


「誤魔化さなくていいよ。私は2年前からサバトの親友なの。動物の森の…白い魔導師のね。この話も本人から聞いた」


 なんと…。白い魔導師…か。確かに。


「初耳です。欠片も聞いたことがありません」

「お父様にもお兄様にも内緒にしてるからね。でも本当なの。だからサバトの凄さを身を以て知ってる。色々と常識破りだけど誰より謙虚な魔法使いの親友!」


 本当に…ご存知なのだな。


「なぜ私には教えたのですか?」

「宮廷魔導師の魔法を見せる約束をしてるの。だからクウジに協力してもらいたくて」


 なるほど。


「アイツは楽しみにしているのですね?」

「間違いない。さっき言った理由も本当だけど、どちらかというとこっちが主だから!」


 年齢相応のいい笑顔だ。正直すぎて清々しい。


「納得致しました。その方向で調整させて頂きます」

「本当にいいの?」

「構いません。私も興味があります。アイツが今の宮廷魔導師をどう評価するのか」

「凄い魔導師だ!って喜ぶだろうね。そして本人はもっと凄い魔法使いになる」


 それが王女様の狙いなのは間違いない。ウォルトに見せるだけではなく、思惑があるのだろう。宮廷魔導師を貶めるつもりではないことくらいわかる。

 王女様は聡明だ。自分の我が儘を押し通しているようにみえて俺に対する気遣いに違いない。

 

 王女様とウォルトが親友だと聞いて、妙に納得している自分がいる。類は友を呼ぶ。つまり……化け物は化け物を呼ぶということ。政と魔法、分野は違えど惹かれ合ったのか、はたまた神の悪戯か。

 いずれにせよ出会う運命だったのだろう。そうでなければ、森に生きるウォルトが王女様と知り合うはずもない。俗に言う天命。自身は無神論者に近いが、面白いと感じる。


 最高指導者として俺がココにいることすら天命かもしれない。ウォルトや王女様という稀有な存在を取り巻く流れに飲み込まれていると考えられる。どうせなら乗ってみろ。そう思える。


 カネルラの魔導師の頂点を目指すなら、ウォルトの存在は避けて通れない。無視できない高い壁。師匠にどやされてしまう。


「悩んでるみたいだけど、大丈夫?無理ならやらなくていいんだよ?」


 王女様の言葉で我に返った。


「巡り合わせとは奇妙なモノだと思い、少々耽っていました。1つ伺ってもよろしいですか?」

「なに?」

「サバトを王城に召し抱えようとは考えなかったのですね」

「考えたことはあるよ。でも、それをやったら親友じゃないよね。私は共にこの国で暮らしたいだけ。たとえ短い期間であっても」

「カネルラ魔法の発展よりも、友情ということですか」

「そういうこと!クウジに任せるからね!」


 微塵も誤魔化そうとしないか…。だが、それがこの方の魅力。


「サバトが武闘会に参加したのは王女様の案なのですか?」

「違うよ。あれには私も驚いた。誘われて魔法武闘会を近くで見たかったんだって。あの時の仲間はフクーベの冒険者でしょ?」

「私とは旧知の仲です」

「ねぇ、クウジ。少しずつだけど、サバトを知る人が増えてると思わない?」

「その通りです。もはや止まらない流れかと」


 我々の他にも少しずつ増え続けているだろう。


「この間、ちょっと話したんだけど冒険者になったって。余計に増えるかもね」

「それは本当ですか…?どちらの?」

「フクーベだよ。薬草採取と鉱石収集したって嬉しそうに言ってた」

「…俺がギルマスの内になっていれば」

「弟子に誘ってもらったんだって」

「弟子……。つまり冒険者ということですね…」


 そんな者がフクーベのギルドにいたのか。


「3人いるって言ってたよ。まだ若いんじゃないかな」

「3人…ですか…」


 ……わかった。おそらく【森の白猫】だ。3人組、かつ非常に真面目な若手冒険者パーティー。


 魔導師姉妹は、決まった師匠がいないのに信じ難く素晴らしい魔導師だとギルドで噂になっていた。直に魔法を見て俺自身そう思ったからよく覚えている。

 師匠からパーティー名を名付けたのか。ヒントが出されていたのに、気付かない俺は勘が悪いギルマス。


「私は嬉しい。親友を知る人が増えることも、こうしてゆっくり話せる人が増えることもね」

「アイツについて黙っているのは、単なる苦痛に他なりません」

「わかるよ。カネルラ魔法の発展において重要な存在だからね」


 本来、多くの者に影響を及ぼし、魔法のみならずカネルラの発展に大きく寄与する魔導師だ。黙っていなくてはならないのは拷問のよう。


「仰るとおりです。……王女様」

「なに?」

「非常に申し上げにくいのですが、貴方様の親友には手を焼かされます」

「あはははっ!ごめんね!でも英雄になりたくない親友だから!」


 まさにその通り。ウォルトはカネルラ魔法界の英雄になれる魔導師。だが、魔法の発展も宮廷魔導師の苦悩も全てどうでもいいことだろう。自分の気が済むまで魔法を磨きたい。アイツの望みはそれだけなのだから。


「そんな男だから王女様の親友なのですね」

「そういうこと!今日は勇気を出してよかったよ!クウジと仲良くなれた気がする!」

「恐れ多いことです」

「これからも宮廷魔導師をよろしく!あと、くれぐれも内緒にしてね」

「わかっております」


 王女様は走り去ってしまわれた。


 さて、魔導師達をどう説得するか。やりたがっていないことは既に承知。本当に腰が重い奴らだが……動かぬのなら見切るとしようか。どうせ上には行けない。


 師匠ならどうしますか?『自分で考えろ!』ですよね。

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