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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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487 友情タッグ

 ある日の早朝。


 ウォルトが畑仕事をこなしていると、マードックが訪ねてきた。


「朝っぱらから土いじりか?暇人だな」

「土いじりは楽しいぞ。お前もやってみるか?」

「まっぴら御免だぜ」

「酒を用意してある。中に行こう」


 ナバロさんから仕入れて備蓄しておくように心掛けてる。食事とともに出すと他の皆にも好評だ。お酒の力は凄い。嗜好品として古くから愛されるには理由があると実感する。

 

 住み家に招いて肴ができるまで居間で待たせる。ドカッと椅子に座る姿を見て、また一段と体が大きくなった気がするけど、気のせいじゃないはず。かなりの体格なのに、まだ筋肉が太くなるなんて羨ましい限りだ。


「できたぞ」


 さっと肴を作り終えて、お酒と一緒に差し出す。『保存』していたシルーロの唐揚げを作ってみた。余って食べきれないから処理してもらおう。


「…美味ぇな」

「そうか。沢山あるから食べてくれ」


 人を褒めたりしない男だから本音だとわかる。勢いも凄くて山のように積んだ唐揚げを次々平らげていく。対面に座って、淹れたての花茶を飲むと美味しさに満足。


「ところでよ、お前に訊いておきてぇ」

「なんだ?」

「ハルトがお前に会いてぇんだと。どうよ?」

「構わない。ハルトさんには恩がある」

「ククッ!そう言うと思ったぜ」


 グランジとマルコの一件でお世話になってる。ボクが直接頼んではいないけど、マルコを冒険者に引き戻す手助けをしてくれた。マルコと話したときも「変わらずハルトさんを目指してるっす!」と笑っていたから、きっとその後も気にかけてくれているはず。


「お前がサバトってのも薄々気付いてたみてぇだ」

「勘がいい人だな」


 マードックと白猫という組み合わせで連想したのかもしれない。スザクさんも言っていた。なんにせよ、マードックがボクに会わせようとする人は信頼できると判断した人だけだ。クレスニさんやアニェーゼさんもそうだけど、紹介された人から学んだことは数多くある。ハルトさんもそうなるかもしれない。


「ところで、お前は冒険したんか?」

「薬草採取と鉱石収集をやった」

「ククッ!だろうな」

「Aランクのお前に言うことじゃないけど、冒険者は面白いな」

「ハハッ!そうかよ。他のクエストはやる気あんのか?」

「ない。ボクはFランクだ」

「飛び級で受けりゃいいだろうが」

「何度かクエストをこなせばだろ?ボクにはできない。ちゃんと説明を受けた」

「クソ真面目な奴だぜ」

「辞めるときはクビになるんじゃなくて自分から辞めたいからな。妙な記録に残りたくない」


 問題を起こして冒険者をクビになると、リストに載せられてずっと記録が残るらしい。しれっと冒険者に復帰するのを防ぐタメに、ギルド間で情報を共有するのだという。

 ただし、自分から辞めて希望すれば全ての記録を綺麗に抹消してくれるらしい。ボクが辞めるときは絶対にそうしたい。その制度があるから冒険者になったという理由もある。


「もう辞めること考えてんのかよ」

「なる前から考えてる。基本的には向いてないと思ってるからな」


 ただ、ショボくてもクエストをこなして誰かの役に立つことができたことは純粋に嬉しい。森に住んでいるだけでは絶対にできなかったこと。ボクが見知らぬ人のタメになにかやるなんて考えたこともなかった。


「まぁいい。お前が何ランクでも関係ねぇけど、俺やエッゾと動くときは楽だ。それまで辞めんな」

「そうなのか?」

「そこら辺の奴を巻き込んで、ダンジョンで死なせでもしたら冒険者の資格を剥奪されちまうからな」

「だったら好都合だ。ボクなら死んでも構わないってことだ。お前やエッゾさんが死んでも同じだから気が楽だ」

「お前はマジでイカレてるぜ!ガハハハ!」

「この考えは普通だろ?」

「冒険でテメェが死ぬなんて思ってる奴はいねぇんだよ。死ぬのはテメェ以外って思ってんだ」

「冒険なんて死にに行くようなモノだ。安全な冒険なんてない」


 オーレン達がいい例。初めての薬草採取で倒せるはずもないムーンリングベアに襲われ命を失いかけた。そこで生き残れるか。そして、再び立ち上がる気概があるか。それが冒険者の資質だと思う。


「お前は森に住んでっからそう思うだろうよ。けど、街に住んでる奴ってのは考えが甘ぇ。わかってんのは、そこそこ上のランクの奴だけだ。魔物を見たことない奴でも冒険者になれっかんな」

「そうなのか。けど、成長すればわからない…か」

「そういうこった」

「う~ん…」

「なんだよ?」

「お前に教わるのが妙な感覚なんだ。冒険者の先輩だからいいんだけど」

「ガハハハ!ありがてぇだろうが!」


 マードックとは友人で対等の立場だと思ってる。出会ったときから変わらない。そして、なにかを教えたりする奴じゃないことも知ってるから喉がむず痒いような不思議な感覚に陥っている。


 …そうだ。いい機会だから訊いてみるか。


「なぁ、マードック」

「なんだよ」

「獣人しか使えない力に興味があるか?」

「どういう意味だよ」

「獣人には他の種族にない力があることに最近気付いた。もちろんお前も持ってる。興味があるなら力を試してみないか?」

「他の種族にねぇだと…?そんなもんお前がやれよ。なんで俺なんだよ?」

「ボクは力が少なくてやれることが少ない。見たところお前は絶対量が多い」

「悪ぃが興味ねぇな」

「わかった」


 ボクの知り合いではマードックが最も力を纏ってる。でも、同意なしで無理やり試すのはよくない。


「……ちょっと待てや」

「なんだ?」

「その力とやらを使えば強くなれんのか?」

「確実になる」

「お前……とんでもねぇことする気じゃねぇだろうな…?」

「ボクをなんだと思ってるんだ。実際、自分でも試してるって言ったろ」

「…いいぜ。俺で試してみろや」

「いいのか?」

「何遍も言わせんな。言い出したのはお前だろうが」

「わかった。外に行くぞ」


 マードックと共に更地に出て説明する。


「上手く操れば『身体強化』のように能力が上がるはずだ。もちろん魔法の効果じゃなくお前自身の力で」

「面白ぇ。どうやんだ?」

「やってみせる」


 獣人の力を全身に纏ってみせる。修練でここまではすんなりできるようになった。


「ボクが纏っている力が見えるか?」

「なにも見えねぇ」

「魔力じゃないからな。見えなくても纏ってる。この力を使ってお前を殴るから受け止めてくれ」

「いつでもこいや」


 精神を集中して力を右拳に集める。微量なので今のボクでは1撃分が精一杯。素早く間合いを詰めて拳を振りかぶる。


「ウラァッ!」

「……っ!」


 胸に向かって拳を叩きつけると、マードックは腕を交差させて受け止めた。頑強な身体は、後ろにズレた程度でびくともしない。今はまだ『身体強化』にも威力が及ばないので仕方ないけど。


「こんな感じだ。これでも力は増幅されてる」

「……どうやんだ?」


 力の使い方を詳しく説明する。


「頭が痛ぇ。もっと簡単に説明しろ」

「じゃあ身体で覚えてみるか?ちょっと後ろを向いてくれ」


 マードックの背中に手を添える。相変わらず凄い筋肉だな。岩のように硬い。


「今から力を操作する。まずコレを感じるか?」


 魔力で模倣した力を流し込み、体内を巡らせてみる。


「感じねぇな」

「そうか?これならどうだ?」


 かなり強めに流してみる。


「……気持ち悪ぃけどなんか動いてんな。もっと激しくやれ」

「わかった」


 更に出力を高めてみる。


「おい。コレがなんだっつうんだ?」

「お前はどう感じてる?」

「変なモンが身体ん中を動き回ってやがる」

「そのままちょっと動いてみろ」

「お前を殴らせろや」

「いいぞ」


 やられたらやり返すが獣人の信条。言い出すのは予想してた。


「オラァァァッ!」

「ぐぅっ…!」


 顔面を狙ってきた拳を『筋力強化』して腕を交差して受け止めた……けど、嫌な音がした。ヒビが入ったな…。


 とりあえずしばらく『治癒』が必要。


「殴ってみてどうだ?」

「……変だぜ。魔法とは違う…」


 自分の拳を見つめるマードック。


「今のをお前が自分でやるんだ。コツを教えたいけどどうする?無理強いはしない」

「やるに決まってんだろ」

「今日できるようになるとは限らないぞ」

「そんぐれぇわかる。いいから早くやれ」

「まずはこうだ」


 マードックに触れながら纏っている力を無理やり操作する。


「がぁっ…!?てんめぇ……なにしやがった?!」

「今のが力の操作だ。この感覚で力を一点に集めろ。嫌がらせじゃない。ボクも同じように操作してる」

「…マジで言ってんだろうな?」

「魔力の操作は慣れるまでもっと気分が悪いぞ」

「…ちっ!」


 言いたいことはわかる。この力を操作するともの凄く気分が悪くなるから。でも、決して耐えられないことはない。マードックは身体が慣れてないだけだ。


「こうか?」

「全然できてない。こうだ」

「がぁっ…!テメェ…!」

「無理ならやめて構わない。自分だけでやる」

「…クソがっ!もう1回やれっ!」

「無理はするな。お前は覚えなくても困らないんだ」

「いいからさっさとやれや!」


 その後も何十回と繰り返す。


「はぁ……はぁ…」


 息切れしてるマードックを初めて見たな。


「おい…。マジでできるようになるんだろうな…?」

「感じてるんだからできるようになる。ボクにだってできるんだ」

「お前はイカレてっからな!」

「失礼な。ボクはまともだ」


 実際、今日のマードックは粘り強い。獣人ならいつ投げ出してもおかしくない修練だと思う。正直、面倒くさがって途中で諦めると思っていた。


「ボクが合図するから、操作する瞬間にお前の感覚を重ねてくれ。力を右拳一点に絞り込むイメージだ」

「無茶言いやがって…。さっさとやれや!」

「……今だっ!」

「……ラァッ!」


 マードックの纏う力が微かに動いた。


「今のはできてた!動いたぞ!」

「マジか?!遂にわかってきたぜ!」


 わかった宣言は間違いなく勘違い。でも力が動いたのは事実。


「忘れない内にもう一度だ」

「おう。次はやってやるぜ………があっ!コノヤロ~…!」

「怒ってる場合か!次行くぞ!」

「くそったれがっ…!やってやるぜ!」


 更に繰り返してマードックは汗だく。魔力操作に近い修練だから当然。魔力操作は全力疾走と同じくらい疲労する。酒も抜けてしまっただろう。


「今日は次で最後にしよう」

「…ちっ!いいぜ!」

「いいか。いくぞ………今だっ!」

「ウォラァァァッ!」


 力が大きく動いた。成功だ。


「そのまま殴ってこい!」

「…散々やってくれたな!死ねやぁぁっ!」


 迫り来る岩のような拳を『筋力強化』と腕交差でガードすると、後方に吹き飛ばされながらパキッと骨が折れる音がした。この痛みは…綺麗に折れてしまった。すかさず混合治癒魔法で治療を始める。

 

「今の操作はかなり雑だった。それでもこの威力だ。やるたびに上手くなる。後はお前次第だ」

「けっ…!」

「強化できる時間は短いかもしれない。でも役に立つときはくる」

「ちっ…!……ありがとよ」


 マードックにお礼を言われるともの凄くむず痒いのはなぜだろう。


「ところで腕は治んのか?折れたろ」

「折れたけどもう痛みはない。後は骨を綺麗に接ぐだけだ。こうやって…」


 手を引っ張りながら骨を真っ直ぐに保って治癒魔法をかける。変な形で骨を固定すると、もう一度綺麗に折らなくちゃならない。何度も失敗して学んだ。


「やっぱイカレてるぜ。ところで、お前が獣人の力っつってんのは結局なんなんだ?」

「わからない。治癒師の知り合いから教えてもらった。獣人は誰でも纏っていて、治癒魔法を使う者にしか見えないらしい。ライアンさんには見えてたみたいだけど」

「あのジジイは口だけじゃねぇってことか」

「紛れもなく大魔導師だ」

「へっ!お前にも見えるんだろうが」

「少し前にやっと見えるようになった」

「見えるのに前も後もねぇ。まぁいい。疲れたから飯食わせろ」

「あぁ」


 また2人で住み家に入り、ボクは料理を作りながらふと思った。今思えば、ボクが冒険者になりたいと思うきっかけをくれたのはマードックだ。アイツと行った【獣の楽園】での冒険が楽しかったから冒険者になってみたいと思った。

 あれが始まりだったんだ。感謝しなくちゃな。…というワケで、満腹になるまで肉を食べさせてやろう。作るのは早くて上手い香辛料焼きに野菜を添える。


「できたぞ」

「おせぇよ!早く寄越せ!」

「せっかちだな。ボクはサマラじゃないんだ」

「けっ!………おい。まさかアイツにさっきの教えてねぇだろうな…?」

「それはない。お前だから教えた。サマラに教えたら大変なことになる」


 マードックは冒険者になって長い。冒険でも押し引きの分別があるはず。でも、力を得たサマラはどこまでも突き進みそうで教えるのを躊躇う。


「ガハハハ!わかってんな」

「サマラは掛け値なしに強い。でも、向こう見ずだから心配も大きい。お前も気を付けろ」

「なにを?」 

「もしその力を目の前で操ったら、勘が鋭いサマラはきっと気付く。だから覚えても兄妹ゲンカでは使うな。ボクはサマラに嘘をつけない。直ぐにバレる」


『マードックが急に強くなった…。おかしい…』からの『そういえば、この間ウォルトの所に行ってた…』からの、『あのゴリラになにかしたでしょ!』の流れが目に浮かぶ。


「お前なぁ…。そんなことするワケねぇだろうが」

「獣人だからやりかねないだろ。もしバレたらボクは素直に教えざるを得ない。それが嫌なら使うな」

「…ちっ!」


 負けず嫌いなのは相手が親や兄妹でも関係ない。それが獣人。


「ところで、力を使ってみて身体に変化があったか?あれば教えてくれ」

「疲れただけだ。とにかくキツいぜ」

「力の反動か」

「慣れてねぇからかもな。お前はキツくねぇのかよ?」

「たいしたことない。魔法の方が数倍疲れる」


 慣れると獣人の力を操る方が楽だ。元々備える力だからかもしれない。


「お前は最終的になにがしてぇんだ?やりてぇことがあんだろ」

「…笑われるかもしれないけど、この力を使って魔法を操りたい」

「そんなことできんのか?」

「今は絵空事だ。ただ、そうなればこの世で獣人にしかできない」


 アニカがくれた『獣人が編み出した魔法を操る』という目標を真の意味で達成できる。けれど、力の絶対量が少なかったりと問題は山積み。これからも試行錯誤して研鑽していくつもり。


「ククッ!リオンさんが喜びそうな話だぜ。詳しく聞かせろ」

「ただの妄想だぞ?」

「いいから教えろや」


 ボクの理想をマードックに伝えると、嬉しそうな匂いを発している。笑わずに聞いてくれるだけで有り難い。


「お前の理屈だと、俺らも魔法か似たようなモンが使えるようになるかもしれねぇな」

「可能性はある」

「面白ぇ。楽しみにしとくぜ」

「もしかして…くらいの可能性だ。自信はない」

「俺にできることがあるなら言えや。手伝ってやる」

「あぁ。そうする」

「…っしゃ。腹も膨れたし忘れる前にもっかいやるぜ。付き合え」


 やる気があるな。


「いいけど、まだ野菜が残ってるぞ」

「細けぇな!」

「疲労回復の魔法を付与してるからちゃんと食べろ」

「…ちっ!面倒くせぇ!」


 皿を手に取ったマードックは、口を大きく開けて流し込んだ。




「がぁっ…!こんの野郎~!」

「全く覚えてない。もう1回だ。嫌な感覚だからって怯むな」

「怯むだと…!?誰に言ってんだ、コラァ!こいや!」


 ここまで意欲のあるマードックは初めて見る。なにが駆り立てるのか知らないけど、強さを追い求めているのだろう。

 仮に絶対量が増えてこの力を自在に扱えるようになったら、フィガロを超える獣人になる可能性も充分ある。そんな姿を見届けたい気持ちが湧いてきた。


 ……ん?なにか引っかかったけど今は修練に集中しよう。


「オラァァァッ!」

「気合いだけじゃダメだ。感覚を身体に刷り込め」

「偉そうに言うんじゃねぇよ!くっそがぁぁぁ!」


 結局マードックは晩ご飯も食べて帰った。3食をともにするなんて初めての経験。


 料理する前に、念のため魔伝送器でサマラに連絡すると、『わかった!助かるよ、ありがと♪……む?アイツが朝から晩ご飯まで住み家にいるなんておかしい…』と怪しまれたけど、顔が見えないからバレないだろうと誤魔化した。


 でも、間違いなく嘘だとバレてる。4姉妹は甘くない。ただ、マードックが口を割らなければ下手な嘘を連発してもバレることはない。今回は全てアイツ次第だ。


 マードック、頼むぞ。

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