486 本の虫
「取扱いには充分注意しろ。本を汚損すれば二度と利用許可は下りない」
「わかりました」
「丁重に扱います!」
「詳しくは管理人のグラッケンから聞けばいい。コレは臨時許可証だ。首からかけておけ。返すまでなくすなよ」
ギルド職員から説明を受け、新生【森の白猫】は4人で通路へと向かう。
「ウォルトさん!楽しみですね!」
「そうだね。皆のおかげだよ」
今日はフクーベの冒険者ギルド保有の貴重な図書を閲覧させてもらえることになった。
アニカ達が申請してくれて、新米パーティーメンバーであるボクも共に書庫に入ることを許された。ギルドに所属する冒険者の特権といっても、基本的に魔導師でないと魔導書の閲覧は不可らしい。
魔導書は市場でも取引されているけど、ほとんどが複製や写本。原本や古書は数が少なく貴重なので、価値を理解する魔導師にしか扱わせないという方針は納得できる。
基本的にBランク以上の冒険者でないと許可は下りないらしいけど、アニカとウイカは才能を認められ将来を嘱望されているので、今後の期待を込めて閲覧を許可されたとのこと。
ボクとオーレンはあくまでおまけ。それで充分だしウキウキしてしまう。こっそり横からでも覗かせてもらえたら有り難い。
通路を進むと扉の前に男が立っている。白髪だけどビシッとキマった髪型に、真面目そうな雰囲気を纏うこの人がグラッケンさんかな?
「申請していた【森の白猫】です!」
「聞いている。まずは許可証を確認する……間違いないな」
特にボクはジロッと見られた気がする。基本的に本嫌いの獣人なうえに、新人だから目立つだろう。
「案内する。付いてこい」
背後の扉を開け奥へと進むグラッケンさんの後を歩く。階段を降りるということは、書庫は地下にあるのか。火災に対応できるようにかもしれない。問題は水害だろうけど当然対策はなされているはず。
やがて重厚な扉の前に辿り着いた。
「少し離れて待っていろ」
身体で隠しながら解錠しているけど、音からすると鍵は3つ。扉にも魔法が付与されていて待ちながら暇つぶしに解析する。見事な付与魔法だな。口には出さないけど解錠方法はわかった。
「入れ」
促されてまずはウイカとアニカが入室する。
「失礼します……うわぁ!お姉ちゃん、すごい数だね!」
「これ全部魔導書ですか?」
「様々なジャンルだ。どれも貴重な本には変わりない。不用意に触れないように」
「はい!」
「わかりました」
姉妹に続いてオーレンと一緒に中に入る。
素晴らしい空間だ…。古い紙とインクの匂いが心地よい古風な書庫。本は綺麗に陳列されていて索引もしっかりしている。いかに厳正に管理されているのか直ぐに理解できた。
「幾つか注意事項がある。まず魔導書だが、お前達が閲覧できるのはCランク相当までに区分される棚にある本だけだ」
「わかりました!」
確かに棚が区分されている。
「読むときは必ず俺の目の届く場所で読むこと。都度帳簿に記入が必要になる。読む本は俺に確認を受けるように」
「はい!」
「筆写は許可されていない。許可されているのは読むことのみだ。会話程度ならいいが、マナーとして騒がず静かに読むことも忘れるな」
「了解です!」
「時間は2時間。原則として延長は認めない。こんなところだが質問はあるか?」
「あったらその都度聞きます!」
「再確認だが書物は丁寧に扱え。場合によってはギルドから追放もあり得る。脅しじゃないぞ」
「わかってます!」
「では、今から2時間だ…」
ちょっと確認しておこう。
「すみません」
「なんだ?」
「ボクはFランクの新人で獣人ですが、読んでもいいですか?」
「許可されている。丁重に扱うなら構わない」
とても嬉しい返事だ。それともう1つ。
「やっぱりFランクの棚だけですか?」
「お前達はグループとしてCランク相当と判断された。お前もCランク相当の書物まで閲覧可能だ」
「わかりました。ありがとうございます」
気分が高揚してきた。
「では、今から開始する」
グラッケンさんは、4人がけの机が見える場所に陣取り足を組んで椅子に座った。紛失や汚損について管理人も責任を問われるのかもしれない。魔導書の他にも興味深い歴史書や図書が並んでいる。貴重な資料集だ。
アニカとウイカ、そしてオーレンも読みたい魔導書を選んでいる。そんな中、ボクは既に目星を付けていた。迷いなく本を抜き取って、いの一番でグラッケンさんに確認してもらう。
「この本を読みたいのですが」
「ふむ………わかった」
さっと帳簿に書き込んでくれた。
「ウォルトさん。なにを読むんですか…?」
「この本だよ」
小声で聞いてくるアニカに本を見せた。
「子供でもわかる…魔法入門書?いいんですか…?」
「もちろん」
ボクは新人冒険者。そして、魔法が使えないと云われている獣人なので、この本なら怪しまれないだろう…というのは後付けで、普通に読んでみたい。この書庫に置いてあることは意外だけど、とにかく魔法の基礎を知らないから。
師匠は基礎を教えてくれるような親切な人じゃなかった。「やってみろ」「こんなこともできないのか?」で魔法を覚えてきたから、もっと深く魔法を知るタメに読んでみたい。
「お先に読ませてもらうね」
「どうぞ!」
皆より一足早く席について、ゆっくり読み始める。
………凄く面白い。魔法の歴史から魔法修練の初歩の初歩について非常にわかりやすく書かれている。挿絵や図解もあったりして表題の通り子供でも理解しやすいに違いない。間違いなく名書で、この書庫に並んでいるのも納得。
面白くて一気に読み終えてしまった。周りを見ると3人は頭を捻りながら本を読み込んでる。
皆は魔導書を読み慣れてない。魔導書を読むには少々コツがいる。小難しい言葉の羅列で回りくどく書かれているからだ。
けれど、熟読すれば理解できるしこれから先は必要になる。ボクが心配することじゃないな。
さて。次の本を読んでもいいかグラッケンさんに聞いてみよう。
「読み終えたのですが、次の本を読んでもいいですか?」
「…次の本を持ってこい」
「はい」
ぶっきらぼうな口調のグラッケンさんだけど、獣人に対する偏見はないようでとても話しやすい。
正直蔑まれる予想も頭にあった。その時は、冒険者でいる間は他人がいる場所で魔法について口にするまいと決めていた。
次は…どの本にしようかな…。コレは…『生活魔法の誕生と歴史』?!めちゃくちゃ気になる!
「この本でお願いします」
「いいだろう」
席について読み進めると、生活魔法が誕生した経緯や改良の歴史について書かれている。民の生活を豊かにしようと奮闘した生活魔導師達の苦悩と、発展させた偉大さを知るための1冊。どんな感動巨編より心に沁みるなぁ。
…と、ウイカから小声で質問が。
「ウォルトさん…。ちょっといいですか?この部分はどういう意味ですか…?」
「う~ん…。ボクにはわからないよ」
…と口では言いながら、『念話』で意味を伝えると微かに頷いてくれた。
「それはそうですよね」
「うん」
会話の内容を聞かれても怪しまれないようにと、オーレンが考えてくれた手段。ボクが魔法について普通に答えると、疑念を持たれてしまうかも…ということで、魔導書に関する質問には『念話』で答えることにした。今のはボクでもわかる内容だったし。
「私はこう思うんですけど、どうですかね?」
「そうかもね。でも、どうだろう?」
「俺的にはこういうことだと思います」
「ボクもそうだと思うなぁ」
口では肯定しながら『念話』で否定したり、とぼけた振りをしてるけど上手くやれてるかな?皆は真面目に魔導書を読み込んでる。答えてあげたいから下手な芝居でもなんでもやる。
しかし…面白すぎて、自分の分はあっという間に読み終えてしまった。次はどの本にしようか……。
……こ、これは…!?『世界の魔法大全』?!き、気になりすぎる!
「すみません。次はこの本を読みます」
「…いいぞ。1つ聞いてもいいか」
「なんでしょう?」
「別にいいんだが……Fランクの本ばかり読んで面白いか?」
「知らないことばかりでとても面白いです」
「そうか」
グラッケンさんは、ボクがちゃんと本を読んでいると思ってないか流し読みしていると思っていそうだ。
でも、一語一句飛ばさず読んでるし最高に面白い。知らないことばかりで連れて来てくれた皆に感謝しながら1分1秒を惜しんで読んでる。
限られた時間で少しでも新たな知識を得て帰りたい。もしかすると、ここに来るのは最初で最後かもしれないから。世界のあらゆる魔法について書かれた本を読みながら、知らない魔法に胸を躍らせる。
この本に載っている魔法を死ぬまでに見れたら眼福だ。カネルラを出て外国に行く自分なんて想像もできないけど、魔法を見るタメなら行ってみたい。誰が見せてくれるんだって話だけど。
「ウォルトさん。この部分ってこういう解釈でしょうか?」
「難しくてわからないなぁ」
その後も皆と会話しながら読み進め、時間内に5冊も読むことができた。
「ありがとうございました!」
「勉強になりました」
「俺はちんぷんかんぷんでした」
「とても面白い本ばかりでした」
グラッケンさんにお礼を伝える。
「俺に礼を言ってどうする。見たければ許可を取ってまた来い。今日の閲覧に問題はなかった。料金は受付でな」
「わかりました!」
料金…?グラッケンさんと別れて、歩きながらアニカに訊く。
「アニカ。もしかして、閲覧にはお金がかかるのかい…?」
「はい!そうです!」
「知らなかったよ…。ボクが払うから」
てっきり冒険者は無料だとばかり。
「今回は俺達に出させてください」
「3人で話し合ったんです。いつもいろんなモノをくれるウォルトさんへの恩返しに」
「見るだけだから格安なんです!書物の管理費に使われるだけなので!」
「気持ちは嬉しいけど、少しだけでも出したいんだ。パーティーの一員として」
「そう言われたらそうですね!」
「4人で割りましょう」
「そうだな。そうしよう」
「ありがとう」
4人でお金を出し合って支払い、「せっかくギルドに来たので」というオーレンの提案で、鉱石採取のクエストを教えてもらうことにした。ギルド推奨の初級ダンジョンに移動して、鉱石採取を1から教わる。
「鉱石は周囲を鶴嘴で丁寧に砕いてから取り出します!油断は禁物です!」
「薬草と同じく綺麗な状態で採取するのがコツです。早さより質です」
「なるほど。こんな感じかな?」
「かなりいい感じです!」
「さすがですね」
「コイツらは当然のことをそれっぽく言ってるだけですよ」
「「うるさい!」」
皆で採掘しながら会話する。
「ウォルトさん。書庫はどうでしたか?俺はまったく頭に入ってこなかったです」
「今回はオーレンに同意です!いくら読んでも理解できません!」
「魔導書は読み慣れてないと理解するのが難しい。でも直ぐに慣れるよ。皆はまだコツが掴めてないのかもしれないね」
「単語とか難しいですよね?しかも、1つのことについてとんでもない長文で説明されてます」
「ボクの予想だと、説明資料だったんじゃないかな。「魔法とはこういうモノです」「覚えるためにはこんなやり方が必要です」と詳しく伝えるのに」
実際、魔導書には簡潔明瞭に書かれているのもあるけど、古い魔導書ほど丁寧に回りくどく書かれている傾向が強い。
そこには時代背景もある気がする。魔法を普及させ、危険ではなく有用だと伝えるには必要だった。相手は王族や貴族だったのかもしれない。あと、単純に書いた人の性格もあると思ってる。
「『念話』で答えたけど理解できた?」
「バッチリです!」
「わかりやすくて助かりました」
「俺でもわかったんで。それにしても、ウォルトさんは怪しまれないように初級の本ばかり読んでたんですか?」
「違うよ。読んだことない本ばかりだったから読んでみたくて。しばらく泊まり込みたいくらいだったね」
「今度、魔導書の読み方のコツを教えて下さい!」
「もちろん」
ただ、住み家にある師匠の所有物の魔導書は、難解な内容だから少しずつがいい。初めて読んだとき混乱して頭痛がした。
「グラッケンさんには初めて会ったね!渋い管理人だった!」
「あんな人がギルドにいたんだね」
「ちょっと圧が強かったけどな」
「あの人は技量の高い魔導師だね」
「えっ?!そうなんですか?!」
「間違いないよ。書庫の扉に付与を施してるのはグラッケンさんだ。ボクらが問題を起こしても即座に対処できるように魔力も張り詰めてた」
「へぇ~!」
「気付かなかったな」
管理人というより書庫の番人という表現がしっくりくる。まさに仕事人という感じ。
「付与魔法が仕掛けられてたなんて気付かなかったです!」
「扉の内部に施されてたからね。手間をかけて隠蔽してたから、注意深く観察しないと気付かないと思う」
「どんな効果だったんですか?」
「耐久性の強化と魔法の無効化。扉の内部に細かく砕いた魔石を散りばめて効果を上げてた」
付与されているのは微々たる魔力なのに、乱反射しながら効果が上がっていた。どういう理屈なのか帰ってから考察する。
「書庫にも魔法が付与されてたね。室温や湿度を保つのに炎や冷気、『乾燥』や『風流』を駆使して、幾つかの魔道具も併用しながら本の管理に適した空間を作り上げてる」
「「「へぇ~!」」」
「本に限らずいろんなモノが見れて本当に楽しかったんだ」
冒険者になったからこそ得られた知識。誘ってくれた皆には感謝だ。
「また行きましょうね♪」
「申請と予約にちょっと時間がかかりますけど」
「一度に4~5人しかダメっていうのがなぁ。見張るからだろうけど」
本の森を読破してみたいけど、夢のまた夢だなぁ。そんなことより今日は採掘に集中しよう。せっかく皆と冒険できる。
★
書庫の番人グラッケンは、今日の管理業務を終えて書庫を閉める前に最終点検を行っていた。
魔道具に魔力を補充したり、効果の確認を終えて書庫を施錠する。地上へ続く通路を歩きながらふと今日の出来事を思い返す。
あの白猫の獣人……面白い男だった。中老となり、多くの獣人に出会ったが初めて見るタイプの獣人。
心静かに読書する獣人なぞ初めて見た。少なからず驚き、初めは格好つけて読み流していると思っていたが、直ぐにそうでないことに気付いた。
なぜなら、面白い場面で表情が変化していた。書庫に保管されているほとんどの本の内容を暗記しているが、アイツがめくった頁に書かれている内容を知っているから、驚いたり微笑んだりという表情の変化から、きちんと読み込んでいるのだと理解した。
貴重な書物を後世に残したいと、魔導師を引退して長年この仕事をやっている。今や天職だと思うようになった。本当に読むことを楽しんでいるか、内容を理解しているかは読む姿勢と表情で判別するのは容易い。
アイツは心の底から読書を楽しみ、内容を理解していると俺は判断した。他の3人はほぼ理解できていなかったはずだ。獣人であるのに初級とはいえ魔導書の内容を読解しているならば驚嘆に値する。
人は笑うかもしれんが、この感覚が誤っているとは思わん。あの獣人に俺の知らない本の楽しみ方があるとは考えにくい。
過去には、興味本位で書庫に入り、癇癪を起こして暴れたり乱暴に本を扱った獣人もいた。そんな輩を魔法で縛り上げ、打ちのめして心底反省させてきたけれど、今回は気配すら感じなかった。アイツは本の価値を理解する男だ。
書見の丁寧で淀みない所作から本に対する敬意が見てとれた。一朝一夕で身につくモノではない。楽しそうに本を読む姿が印象的で本の森に映えた。
新人冒険者と聞いたが、何者であろうと本好きであれば問題ない。たとえベテランや貴族であろうと本を粗末に扱うならば許さん。ただそれだけのこと。
アイツとはまた会うこともあるだろう。覚えたぞ。




