485 森の中の懲りない面々
晴天に恵まれたある日。ウォルトは動物の森の奥地へ向かって駆けている。
いつもの鍛錬だけど、脳内地図にまだまだ存在している未開の地へ駆けることでちょっとした冒険気分。
銀狼の里とは違う方向へと進み、そろそろ一休みしようか…と考えたとき人に出会う。出会ったというより、うつ伏せに倒れている。
装備を身に着けて傍には立派な剣も置いてある。いかにも冒険者といった風体。久しぶりに発見してしまったかな……と思いながら近づいてみると微かに身体が上下してるので息はある。大きな怪我はしてないみたいだ。
病で倒れたのなら時間との勝負になるので、起こして確かめてみよう。
気になるのは背中に見える金色の長い髪。明らかに女性なので、とりあえず身体には触れずに呼びかけてみよう。
「大丈夫ですか?」
近寄って話しかけても反応はない。仰向けにして無事を確かめてみようか…と肩に手をかけようとした瞬間、電光石火で手を掴まれた。
「とりゃぁ!」
「うわぁっ!」
片手で軽々と投げ飛ばされたものの、なんとか上手く着地する。
「……ん?…ココは?」
寝ぼけたように首を振りながら、周囲を見渡す女性。
「動物の森です。大丈夫ですか?」
「む…?大丈夫だが……君は…?」
「通りすがりの獣人です。倒れていたので気になって」
「倒れて…?そうか…。私はすっかり眠っていたのだな」
あんな態勢で眠れる人がいるのか…。朝露が下りて地面は冷たかったろうに。顔に泥が付いているけどとりあえず元気そうだ。この様子なら心配いらないだろう。
「それでは」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか!」
「なんでしょう?」
「すまないが……ココは森のどの辺りだろうか…?」
「どの辺りと言われても、動物の森の南西部としか言えないです」
「南西部…?南東部の間違いでは?」
「いえ。間違いなく南西部です」
「………」
「………」
もしかして…。
「あの~……もしかして貴女は…」
「待ったっ!それ以上は言わないでくれっ!」
「道に迷っ…」
「わぁ~!わぁ~!わわわわぁ~!わぁぁ~!」
図星なんだな…。なぜ誤魔化そうとしてるのか知らないけど、とりあえず問題はなさそう。
「気を付けて帰って下さい。では」
「えっ?!ちょっと待った!」
「え?」
「こんな森の奥地に女性を1人置いて行くつもりか…?」
森を抜けるまでこの女性を護衛するべきか考える必要はない。
「ボクは貴女を知っています。余計な気遣いでしょう」
「どこかで会ったことがあるのか?」
「見たことがあるだけです。王都の武闘会で」
彼女の強さは知っている。腰に差した剣に、銀の防具と強者のオーラを身に纏い、綺麗な長い金髪を腰の辺りで束ねている。起き上がって顔を見たときから気付いていた。
この人は、前回の武闘会で優勝した女性剣士で王都のSランク冒険者であるアルビニさん。こんな場所で出会うと思わなかった。スザクさんを破った闘いはまだ記憶に新しい。
動物の森でも、この地域では彼女の脅威になる魔物はまず出現しない。奥地なら別だけど心配するだけ余計なお世話。
「そうか…」
「ということで失礼します」
「す、すまないが、少しだけ……ちょ~~っとだけでも私の話を聞いてもらえないだろうか?」
「別に構いませんが」
急ぐこともないので、ゆっくり話を聞くことにしよう。お茶を飲むか尋ねてみると、「飲みたい」と言うのでコップに注いで手渡す。
「このお茶は美味だ…。とても落ち着く…」
「よかったです。それで、ボクに話とは?」
「あ~……。なんというかぁ~……現在地は王都から遠いだろう?」
「そうですね。かなり遠いです」
「私は王都に住んでいるのだが……もう3日帰っていないのだ…」
「クエストをこなしてる最中ですか?」
「その通りだ…ったのだがぁ~…実は、昨日の内に終わっていたりしてぇ~…」
つまり。
「道に迷ったんですね?」
「あ~…………その通りで……」
「他のパーティーメンバーはどうしたんです?」
この地点は王都から遠すぎる。クエストをこなしたのなら一緒にいたはずだ。確か【蒼い閃光】という名だったかな?
「今頃は王都に帰り着いてゆっくり休んでいるだろう」
「こう言ってはなんですが、薄情なのでは?」
「それは……私が行方不明の常習犯だからなのだ。決して迷子ではない!もう20代後半の立派な大人なのだから!」
「そうですね」
現に迷子で説得力は皆無。
「だが……遠征すると2~3回に一度はやらかしてしまう」
「今回も例に漏れずやってしまった…と」
アルビニさんは力なく頷いた。
「どうすれば行方不明に?」
「恥ずかしい理由なのだが……見掛けた獣を追いかけて捕まえ……その……愛でている間に……」
「獣を愛でて?もしや、モフモフ好きなんですか?」
申し訳なさげにコクリと頷く。
「モフっている内に仲間に置いて行かれてしまったと」
「その通りだ…。長いときは、周りが見えず数時間単位でやってしまう。「帰るぞ」と言われても耳に入らない。半分呆れられているのだ…。捕まえた獣もぐったりするほどモフるものでな」
確かに数時間モフられたらそうなる。野生ならなおさら。ただ、獣人としてはモフモフ好きを擁護したい。ボクらの特徴である毛皮を好ましく思ってくれていると解釈できるから。
「それでも時間をかければ帰れるのでは?」
「私は極度の方向音痴なのだ。自覚があるのに、メンバーの制止も聞かず己の欲望を満たすために行動してしまう。自らはぐれてしまうのだから迷子ではないけれども!」
「その代償が置き去りですか」
「「毎度毎度付き合ってられん」「いい加減にしろ」と口酸っぱく言われている。「仕事中だぞ!」と大人の理屈を声を大にして主張される…!仲間に「捜索費用を払え」と言われる有様…!迷子ではないのに!」
ド正論だし紛れもなく迷子。
「「言うことをきかないのなら置いていく」と宣告されているのだよ…」
まるで子供だ。それでも反省しないんだな。ちょっと共感できる。
「アルビニさんは本当に王都に帰りたいんですか?」
「どういう意味かな?」
「もっと獣をモフりたいのでは?」
「その通りなのだが、明日から別のクエストに行く予定があるのだ。それがなければ森を彷徨って一向に構わない。捕まえて思う存分モフれるし、いつかは森を抜けて知っている街に出る」
やっぱり逞しい。とりあえず事情は理解した。
「よければボクが王都まで引率します」
「…いいのかい?」
「呼び止めたのは、それを頼むためでは?」
獣人は地理に強い。だから当てにされた。ボクがアルビニさんを知ってると言ってしまったから、恥ずかしくて言い出せなかったんじゃないだろうか。
立ち上がってボクに頭を下げる。
「無関係の貴方に対して非常に申し訳なく思う次第ですが、お願いしてもよろしいですか?」
「構いません」
礼儀正しい人だ。ボクより年上なのに。武闘会で見たときの印象と違って人柄が柔らかい。スザクさんとの仕合で見た印象から、真面目で堅い人物だと想像していて申し訳ない。「ぐう~~っ」と、豪快にアルビニさんのお腹が鳴る。
「少しですが携行食もあります。よければ食べてから出発しませんか?」
「……なにからなにまでかたじけない」
背負っているリュックからパンを取り出して手渡す。今日は『圧縮』してないので堂々と。
「どうぞ」
「申し訳ないが、パンに挟んでいる肉を抜いてもいいだろうか?」
「肉は苦手ですか?」
「昔から食べられないのだ」
「冒険者としては大変ですね」
「野菜や野草を食べているから特に苦労はないのだよ」
好みや体質は人それぞれ。肉を抜いて手渡すと、野菜だけを挟んだパンに齧りついた。
「とても美味しく新鮮な野菜だ!ソースも美味しい!」
「ありがとうございます」
本当に美味しそうに食べてくれる。獣人が作った料理なのに警戒することもなく食べたのも地味に嬉しい。
「ありがとう。ご馳走になった」
「では出発しますか?」
「うむ。王都までどのくらいの時間がかかるだろうか?」
「ボクの足で3時間ちょっとだと思います。アルビニさんを背負って駆けても構いませんが、どうしますか?」
「う、う~ん……」
頭を捻って悩んでいる。
「疲れているなら遠慮なく言って下さい。余裕があるなら無理強いはしません。先導して駆けるので追走してもらえたら」
「いや…。私は断固背負われたい。気持ちは1択なのだが…背負われると君に迷惑をかけることになる。それが心苦しいのだ…」
なるほど。キャミィと同じでモフりたくなるからだな。
「友人からモフられ慣れているので構いませんよ」
「本当か…?王都に着くまでずっとになってしまうが…」
「駆けるのに支障ない程度なら」
「では背負ってもらいたい!嫌なら直ぐに下ろしてくれたまえ!」
「わかりました。そうします」
「……はっ!私は……昨日水を浴びてないのだが…」
『でもモフりたい…』と目で訴えてくる。見ていて面白い。
「臭わないので大丈夫です」
「そ、そうか!ではお願いしたい!」
「どうぞ」
「う、うむ………うっ!?」
「どうかしましたか?」
おんぶした瞬間にアルビニさんの身体がビクッと反応した。
「い、いや…。なんでもない…」
少し経って頬擦りしてきた。キャミィと寸分違わぬ同じ行動に思わず笑みがこぼれる。
「私は重くないだろうか?」
「軽いです。では、出発します」
痩せているので羽のように軽い。なのに、ボクを軽々投げ飛ばす力がある。この身体のどこにあんな力が隠されているんだろう。ともあれ、王都に向けて全力で駆け出した。
「君は速いな。私の足では付いていけなかったに違いない」
「そうでもないと思いますよ」
宣言通りボクをモフり続けるアルビニさんは、ご機嫌なモフモフ好きの匂いがする。
よく飽きないなと感心するほどモフってくる。会話しながらもずっと頬を擦ったり頭を優しく手で触るという徹底ぶり。今さらだけど初対面の獣人の毛皮は気持ち悪くないのかな?しかも相手は見知らぬ男。真のモフモフ好きは相手が何者であろうとお構いなしの猛者なのか。
「王都まであと少しです」
「そうか…。とても残念だよ…。むっ!獣だなっ!」
前方に1頭のボアが見える。気配を察知しながら可能な限り魔物を避けてきたけど、風下にいると嗅覚では感知できない。
「進路を変更します」
「いや。このまま真っ直ぐ駆けてくれないか。王都近くの脅威は排除しておきたいのだ」
「わかりました」
さらに加速する。
「少しだけ頭を下げてくれ!」
「こうですか?」
「うむ!」
駆けながら前傾姿勢になると、背中に密着していたアルビニさんは身体を起こしてボクの頭上で抜刀した。
直後、眼前のボアが声もなく真っ二つに切り裂かれる。技能で飛ばした刃の鋭さが素晴らしい。さながらボバンさんの闘気術のよう。さすがはSランク冒険者。
あとはこのまま王都まで駆け抜けるだけ。
「躊躇いなく駆けるのは大したものだ」
「アルビニさんが倒すとわかっていたので」
「そうか!冒険者として信頼に応えねばな!」
ギュッと抱きついて、ぐりぐりと強めに頬擦りしてくる。成人女性だからとても照れ臭い。さぁラストスパートだ。
それから30分とかからず王都に到着した。東門でアルビニさんを下ろして別れの言葉を交わす。
「遠いところまで運んでくれてありがとう。本当に感謝しかない」
「いえ。次回ははぐれないよう気を付けて下さい」
「うむ!迷子ではないけれども!ときに、君の名を聞き忘れていた。教えてもらえるだろうか?」
「名乗るほどの獣人じゃないです」
「そうか。また会えたならその時は教えてもらいたい」
「会えない気がしますが」
「君は冒険者だろう?私にはわかるのだ。冒険していればいつか会えるさ」
「では、その時にお伝えします」
ボクの予想では、冒険じゃなくてまた道に迷っているときに再会する可能性が高い。
「それにしても、君にはどこかで会ったような気がする。見かけただけかもしれないが」
「気のせいだと思います」
さすがにサバトの中身だとバレてはいないはず。魔力は完全に隠蔽して駆ける速さも抑えた。目立つところはなかったはずだ。
「この恩はいつか返す。久方ぶりにモフり欲も満たされた」
「それはよかったです。そういえば、調教師の訓練施設にも行ったりしてますか?」
「調教師の?なぜ?」
冒険が忙しすぎて知らないのかな?
「獣や動物と触れ合えます。生まれたばかりの赤ちゃんとも。この間、行ったので間違いないです」
「な、な、な、なぁにぃ~~!!そ、それは王都の訓練施設だろうか?!」
「そうです」
「知らなかった…。こうしてはいられない!では必ずまた会おう!」
アルビニさんは凄い速さで走り去った。パーティーメンバーはこうなるのがわかってて言わなかったのかもしれない…。余計なことをしてしまった可能性大。…まぁいいか。いずれバレていたと思うし。
不思議な人だったけれど、嫌みのない人であることと、実はモフり欲が満たされてないことだけわかった。そんなに好きなら調教師になればいいのに…と思うのは野暮というもの。Sランク冒険者の力を求める人も多いだろう。
さてと、全力で駆けて帰ろう。
★
「幸せとは…今この時を言うのだ!」
アルビニは教えてもらった訓練施設に来て、速やかに入場料を支払い獣の赤ちゃんをモフっている。
まさか、天国が王都に存在するとは知らなかった。白猫の彼に感謝せねばなるまいて!たとえ、パーティーメンバーが私の安否確認をしていたとしても問題ない。堂々と捜索費用を支払おうではないか!
膝で眠るカーシの赤ちゃんを愛でながら思案する。それにしても、彼は何者なのだ?現時点でわかるのは只者ではないということ。
背負われた瞬間、まるで異形と触れ合った感覚だった。初対面の男性に対する警戒心や嫌悪感などといった生易しいモノではない。一瞬怪物に背負われたような幻覚を見た。
モフりたい欲がなければ、背負われたままでいられなかっただろう。逃れたい気持ちとモフりたい欲を天秤にかけ、完全にモフりたい欲が勝ったワケだが、あの感覚はなんだったのだろう?過去に味わったことはない。
およそ獣人らしからぬ知性ある語り口。王都に到着するまでの会話の節々から、頭脳明晰であると推測できる。初対面の女を下心なく遠方の王都まで運び、心ゆくまでモフらせるという心の広さも驚き。しかも、清潔好きなのか毛皮もかなりいい匂いがした。
彼は私の知る獣人にはあり得ない存在。だからこそ純粋に興味が湧いている。私の予想だと名のある上位冒険者。若しくは大犯罪者だが、後者ではないと断言できるし、犯罪者ならあんなに堂々と姿を現すまい。
ローブにモノクルという風貌は珍しい。各地のギルドに身分照会すれば、直ぐに判明するだろう。高難度クエストにおいてはレイドパーティーを組む必要があり、Sランクには各地の冒険者の情報を提供してもらえる特権が与えられている。当然、守秘義務はあるが。
「キュ~…」
膝にのせた赤子が微かに鳴く。
「ふふっ。まだ眠いのか?ゆっくり寝ていていいのだぞ」
「キュッ……」
瞼が開かない赤子の背中を優しく撫でる。私は今、癒やされすぎているのかもしれない。
無粋な推測はさておき、今日はこの場所を教えてくれた彼に感謝して、触れ合いを堪能させてもらおう。…どうせ怒られるのだからその前に心ゆくまで幸せを堪能させてもらうのだ!




