482 初冒険も、手取り足取り
ウォルトさんが冒険者になり、オーレン達の住居でささやかなお祝いを終えた次の日。
新生【森の白猫】は、朝食を終えると時間調整してギルドに向かう。今日は姉妹が「ウォルトさんに冒険について教える!」と意気込んでいる。
オーレンは嫌な予感がしていた。どうしても『反射』の修練を思い出してしまうからだ。あの牛歩戦術を。
「まず、ギルドのドアは元気よく開けましょう!こうです!」
「元気よすぎると蝶番を壊しちゃいます」
「なるほど」
実際アニカは何度か壊してる。まだ冒険者がいない時間帯だからいいけど、とんだ茶番を見せられながらギルドに入る。
「クエスト受注票の掲示板はこっちです!」
「Fランクが受注できるクエストは、この辺りです」
姉妹が掲示板の前に案内する。
「いろんなクエストがあるね」
「ビビッときたクエストを選ぶのが重要です!」
「第一印象は大事ですね」
「なるほど」
「恋人探しじゃあるまいし、クエストに第一印象なんかないだろ」
大声でのツッコミは迷惑になるのでやめておく。完全に無視しやがって。
「薬草採取…っと……ありますね!」
「本当だ。このクエストをやってみようかな」
「ビビッ!と来てますか?!」
「…きてないかもしれない」
「じゃあもっと吟味しましょう!」
「そんなこと言ってたら、いつまでたっても決まらないぞ」
そんな心配は杞憂に終わり、「このクエストを受けてみたい」とウォルトさんは直ぐに選んだ。内容はほぼ一緒だ。
「では、クエスト票を持って受付に行きましょ~!あちらです!」
4人で受付に向かう。また姉妹揃ってウォルトさんに教えてる。子供じゃないんだから言わなくてもわかる。むしろ恥ずかしい。今日の受付はエミリーさんじゃない。昼番か夕番か?
「おはようございます」
「おはようございます。クエストを受けたいんですが」
爽やかに挨拶を交わし手続きを終えてウォルトさんが戻ってくる。
「なんとかボクでも受注できたよ。皆のおかげだ」
「どういたしまして」
「早速行きましょう!」
「Fランクのクエストは冒険者なら誰でも受けられるんです。感謝はいりませんよ」
ギルドを出るなりアニカが俺を見た。
「ちょっと、オーレン!」
「なんだよ」
「やる気がないならミーリャのところに行け!止めないから!」
はぁ…。疲れる。
「なんでそうなるんだよ」
「さっきからやる気を削ぐようなことばっか言って…。ウォルトさんの初陣なんだぞ!」
「わかってるけど、ウォルトさんは至れり尽くせりより自分で考えて動きたい人だ。俺は訊かれたら答える」
「なにを~!不親切男め!」
「まぁまぁ。私達も3人それぞれってことで」
「皆の気持ちが嬉しいよ。オーレンもありがとう」
「いえ」
ウォルトさんは微笑んでくれる。本当は俺だって1から教えてお世話したい。山ほどお世話になってるんだ。でも、ウイカとアニカの喜んでる気持ちもわかる。だから必要なときに力を貸せたらそれでいい。
あと、いちいちツッコんでたら身が持たない。
やってきたのはギルドで推奨される薬草の分布区域。比較的安全な場所だけど、俺達は初クエストで命を落としかけた。教訓として胸に刻まれている。
「それでは、私とお姉ちゃんが薬草採取のイロハを説明します!」
「緊張せずに聞いてください。質問も受け付けます」
「ありがとう。凄く助かるよ」
「まずは…クエストの対象になる薬草を探します!」
もの凄く当たり前のことを声高らかにのたまうアニカ。
「コレだよね」
ウォルトさんは簡単に探し出して指差した。
「正解です!さすがウォルトさん♪できると思ってました!」
「見つける早さがFランクじゃないです」
「たまたまだよ」
右も左もわからなかった俺達に、薬草の知識を授けてくれたのはウォルトさんだ。師匠に対してよく堂々と上から言えるな。
「薬草を抜くとき、効用がある部分を傷つけたり千切れてると鑑定評価が下がります!そっと優しくです!」
「なるほど」
「あと、短時間で多く集めて持ち込んだ方が喜ばれます」
「鮮度を保つ意味かな?」
「その通りです!さすが!」
「ということは、『保存』を付与するとよりいいのかな?」
「ダメです!」
「劣化を防げると思うけど、ダメなんだね」
「ウォルトさんが魔法使いだとバレます。ギルドの鑑定人はプロですから」
「そうか。そこまで気が回らなかったよ」
…意外にちゃんと教えだしたな。今のはいいアドバイスだと思う。ウォルトさんは、よかれと思ってできることをやってしまうに違いない。目立ちたくないと言いながら、普通のFランクにはできないことをやってしまう可能性大。その後は順調に薬草を摘んでいく。もちろん俺も手伝う。
「ウォルトさん!摘むのが早すぎますよ!」
「そうかな?早い方がいいんだよね?」
「怪しまれます!Fランクはまだ薬草を見分けるのにも慣れてない冒険者ですから!目立っちゃいます!」
「新人らしい振る舞いを心掛けるといいですね」
「なるほど。奥が深いなぁ」
話が違う方向へ進んでる気がするけど、姉妹が言ってることは間違ってない。あまり早いと絶対に目立つ。ウォルトさんは、サバト騒動のとき目立ってしまったことを猛烈に反省してた。細心の注意を払うように心掛けないと二の舞になる。
あと、気になったから訊いてみよう。
「ウォルトさんは薬草をどうやって見分けてるんですか?」
「皆と同じだよ。ざっと見渡して1つ見つけたら他も自然に判別できる」
「視界の中を一気に…ってことですか?」
「そうだね。生えてるところがほんの少し浮き上がるように見える。花が付く薬草なら匂いでもわかるよ」
…知ってたけど参考にならない。その後ものんぴり採取を続ける。
「もう量は充分ですね!」
「いい感じだよね」
「1つ質問していいかな?」
「どうぞ!」
「もし、採れるだけ採って持っていったらどうなるの?」
「クエスト達成に必要な量以上採取しても、基本的に買い取りの報酬は変わりません!薬草に限らず絶対数を減らして繁殖を妨げる行為はやっちゃダメです!魔物なら別ですけど」
「ギルドは、長い間この区域を新人冒険者の経験を積む場所として守ってるみたいです。荒らすような行為は慎むように言われます。だから報酬も増えないんです」
「よく考えられてるね。教えてくれてありがとう」
ウォルトさんはそんなことしないだろうけど、これはフクーベ冒険者のルール。カネルラでもギルドが違えば多少ルールに違いはあるらしい。フクーベのギルドは自然を保つことに力を入れている方かもな。
「お腹空いたね!」
「そうだね」
「ご飯にしようか」
ウォルトさんは、朝から張り切って弁当を準備してくれてたけど…今は言わせてもらう。
「ちょっといいですか?このままギルドに報告に行きませんか?」
「ボクは構わないけど」
「えぇ~!お腹空いたよ!」
「ちょっとくらい我慢しろよ。ウォルトさんの初陣って言ったのはお前だ。素材は新鮮な方がいいって言ったのもウイカだ」
「それはそうだけど」
「やるべきことをきちんとやる。そしてしっかり休む。メリハリが冒険者らしさじゃないのか?長い移動とかなら別だけど」
「むぅ…。その通り…」
「ウォルトさんの初冒険はいい評価を受けてもらいたいんだ」
仲良くやるのはもちろん賛成。でも、腐っても俺達は冒険者としてウォルトさんの先輩だ。いい加減な行動とアドバイスはよくない。薬草採取であっても最高の成果を残してほしい。
「オーレンの言う通りだ!ギルドに行こう!」
「うん。それがいいね」
普段はきかん坊でも話せばわかってくれる。だからコイツらとパーティーを組んでいられるんだ。
「オーレン。気遣ってくれてありがとう」
「気にしないで下さい。偉そうですけど、今日だけは冒険者の先輩だと思ってるんで」
「今日だけじゃなくてずっと先輩だよ」
「いえ。明日からは同じパーティーの仲間です」
「住み家では弟子ですからね!」
「混同しちゃだめですよ」
ウォルトさんはニャッ!と笑う。
「今日だけ花を持たせてもらうよ」
薬草を紐で綺麗に括り、丁寧に袋に詰めてフクーベに向かう。
「ボクから皆に言っておきたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「まだクエストは終わってないけど、皆のおかげで無事に達成できそうだよ。ありがとう」
「大袈裟ですよ」
「そうですよ!」
「アニカとウイカは懇切丁寧に教えてくれて、オーレンは心の内を汲んでくれる。嬉しいよ」
そう思ってもらえたなら最高だ。ちょっと確認してみよう。
「クエストに煩わしさも感じたんじゃないですか?」
「それはある。でも、守るべきルールをきちんと守って冒険することは大事だと知った。制約の中でどれだけ楽しめるか。薬草採取しかしてないのにそんな気がしたよ。ボクは君達を尊敬する」
「尊敬しなくていいです!ウォルトさんも冒険者になりましたから!たまにしか冒険しなくても一緒に楽しみましょう!」
「アニカもたまにはいいこと言うな」
「たまには余計だ!」
「そうなれるといいけどね」
「なるんです!」
「私達も手伝います」
もう一丁、訊いてみるか。
「ちなみに、俺達と組んで面倒くさくないですか?」
「なんてこと言うんだ!この愚弟!」
「そうだよ!」
「面倒くさくなんてない。ボクは君達としかパーティーを組める気がしない。一時的ならマードックや知り合いとも組めるだろうけど」
「もし、俺達が他の冒険者を増員したらどう思いますか?」
「いいことだと思う。ボクはパーティーを抜けるけど」
「えぇ~!なんでですか!?」
「昨日も言ったけど、君達の邪魔をしたくないからね。そうなってもソロで冒険者は続けるかもしれない」
「邪魔じゃないですよ。ウイカもアニカも同じ気持ちだと思います」
2人は激しく同意してる。
「ボクの性格の問題で、知らない人と長く話したり一緒にいると現実逃避する時間が必要になる。そうしないと心が休まらないんだ」
「そうなんですか?!」
「今はかなり改善されたんだけど、頻繁には無理だと思う。そんな奴がパーティーにいたら誰だって嫌だよね。だからといって、メンバーを迎え入れないのは絶対ダメだよ。そんなことをされたら申し訳なくて皆に会えなくなる」
「わかりました。その時はちゃんと言います」
「ありがとう。君達とは冒険者だとか関係なく、ずっと友達だと思ってる。だから遠慮しないで言ってほしい。ボクは皆のことが好きなんだ」
教えてくれたのも俺達だからだろうし、気遣いを感じる。心遣いを無下にしちゃいけない。
…ん?
「ウォルトさん…」
「もう一度いいですか!」
「もう一度って、なにが?」
コイツらはなにが言いたいんだ?俺もわからない。
「さっきの言葉…もう1回言ってもらっていいですか?」
「さっきの?よく知らない人と話したり…」
「もっと後です!」
「それだと…気を使っちゃだめ…」
「もうちょっと後です!」
コイツら……まさか…。
「君達とは冒険者だとか…」
「もう一声!最後の部分です!」
「ということは……皆のことが好きだよ?」
「「はうっ!」」
マジでアホだ…。アホ姉妹がいる…。
「『みんな』のところを…名前に変えてもらっていいですか…?」
「アニカのことが好きだよ」
「はぅぅっ!」
「ウォルトさん。私もお願いします」
「ウイカのことが好きだよ」
「はぁぅっ…!」
至福の表情を浮かべるアホ姉妹。そして『ニャんだ?』と首を傾げるウォルトさん。知ってたけどこの人の鈍さは尋常じゃない。もはや異常の域。欠片も気付かないのは大したモノ。わざとやってると思われても仕方ないレベル。
ただ、姉妹の好意に気付いていたら恥ずかしくて口に出さないことくらい俺でもわかる。普段から思っていて、深い意味もなく口にしてるからコイツらの行動は意味不明だろう。
「はっきり好意を示してもらって喜んでるだけです。気にしなくていいです」
「わかってると思ってたよ。オーレンのことも好きだよ」
「ありがとうございます」
面と向かってはっきり言われると、もの凄く照れ臭いな。なんとなくコイツらが有頂天になる気持ちが理解できた。嬉しく思うし、俺もミーリャにちゃんと気持ちを伝えるようにしなきゃな。
ふやけた姉妹の回復を待って、再びギルドへ向かった。
「素材の確認が終わりました。綺麗な状態での採取ありがとうございます。こちらが報酬です。初クエスト、達成おめでとうございます」
「ありがとうございます」
4人での初クエストを終えたウォルトさんと俺達は、ギルドの受付で報酬を受け取って笑い合う。
「報酬を4等分しよう!」
「そうだね」
「初のクエストを終えてどうですか?」
「感慨深いよ。一生忘れないと思う」
受け取ったお金をウォルトさんは大事そうにしまった。
「家に帰ってお弁当を食べましょう!」
「待ちに待ったご褒美です」
「確かにな。腹減った」
「食材を買って帰りたいけど、いいかな?追加で料理を作りたくて」
食材を買って住み慣れた我が家に帰宅した。ウォルトさんが作ってくれた温かい手料理と、弁当も並べてテーブルを囲む。
「ん~」
「美味しいです!」
「一緒に遠出の冒険をすることがあれば野外料理も作ってみたいなぁ」
「ふっふっふ!もうクエストを受けてます!」
「うそつけ。受けてないだろ」
「やかましい!」
また一緒に行こうと思ってくれてることが嬉しい。俺達も先輩としてウォルトさんに負けないよう精進しよう。あと、大事なことを言っておきたい。
「ウォルトさんに絶対覚えておいてほしいことがあります」
「なんだい?」
「信じられないかもしれないですけど、森に住んでるウォルトさんは薬草の採取や鉱石の採掘に関してFランクの初心者より上です。普通にこなしてしまうと間違いなく目立ちます。決して大袈裟じゃなくて」
「そうなのか…。目立つのは嫌だなぁ」
「手を抜く必要はなくて、かなり丁寧にこなすくらいでいいと思います」
「なるほど。今日くらいの早さなら?」
「俺はいいと思いました」
「オーレンの言う通りで、時間はかかっても確実な達成を心掛けるといいかもです!そうすれば目立ちません!」
「丁寧な仕事はちゃんと評価してくれますし」
「評価は気にせず行動を気にしてみるよ。不器用なんだけど上手く出来るかなぁ?」
それが1番の問題。ウォルトさんは他人を過大評価する悪癖がある。わかりやすい行動の基準があれば……そうだ。これならイケるんじゃないか。
「ウォルトさんは、俺達がFランクの新人だった頃から成長を見てくれてますよね。だから、出会ったばかりの俺達を基準にすると上手くいくと思います。薬草すら知らなかった頃の」
「普通の新人は知識がないです!他の新人も何人か知ってますけど私達と大差なかったので!」
「私も2人と同じでした」
「皆のFランク時代を思い出しながら同じように…。それなら出来る気がするね」
ウォルトさんは記憶力がいいし、これで一安心だな。
「ボクは、冒険できたことも嬉しかったけど上手くいくように考えてくれたことがなにより嬉しい。本当にありがとう」
「どういたしまして!」
「冒険には、いつでも誘ってくださいね」
「俺達はいつでも付き合います」
「本当にたまにかもしれないけど」
「オーレンが邪魔なときは事前に遠慮なく言って下さい!その時は両手に花です!」
「私達だけで手伝いますね」
いい話をしてたのに…余計なことぶっ込んできやがって…。毎度毎度……もう許さん!
「ふざけんな!逆に俺だけ行ってやる!」
「なんだとぉ~!そんなことしたら解散だ!サマラさんとチャチャを誘う!ウォルトさんも足劇臭よりいいですよね?!」
「い、いや。そんなことは…」
「誰が足劇臭だ!あったまきた!俺が頭数を揃えるんで、コイツらをクビにして男だけの無骨な冒険をやりましょう!アテはあります!きっと面白いですよ!」
「お、面白そうだね…」
「ウォルトさんは、知らない人と長くいれないって言ってるだろ!脳みそないのか?!知能低すぎか!」
「嫌がることをしようなんてどういう了見なの!?」
「色惚けのお前らよりマシだっ!役立つ情報の1つも師匠に教えられない…不肖のバカ弟子共が!」
言い争いはしばらく続き、止めようとしてくれたウォルトさんは疲れた表情で住み家に帰った。いつも最後に気を使わせて3人で反省して終わる。何度も繰り返すということは結局反省してない。
俺達のケンカが原因で「一緒に冒険するのはちょっと…」と思われたくない。
今回はマジで反省しよう。そして気持ちよくまた冒険に行くんだ。




