481 冒険者登録。その後。
冒険者登録を終えたウォルトは、オーレン達のお宅にお邪魔することになった。
わざわざ祝ってくれる心遣いに感謝だ。高い志もないのに申し訳なく思う。
「今日のご飯は格別ですぅ~!」
「ホントだね~」
「マジで今日の料理も美味いです」
いつも褒めてくれて有り難い。
「早くクエストに行きたいですね~!」
「一度はやっておきたいな」
せっかく冒険者になったのだから、なにかしらクエストをこなしてみたい。
「エミリーさんに、「冒険者になってどんなことをしてみたいですか?」って質問されましたか!」
「うん。薬草を採取してみたいですって答えたけど」
「きっと驚いてますね!」
「なんで?」
「獣人の新人が来ると、「魔物をぶっ殺す!」とか「フィガロを超えて最強になるに決まってんだろ!」って息巻く人が多いんです!」
いかにも言いそうだ。ボクには言えないけど。
「口が裂けても言えないよ」
「ウォルトさんにはウォルトさんの冒険があります!誰も否定できません!」
ボクもそう思う。やることもペースも人それぞれでいいんじゃないか。身の丈にあった依頼をこなせば。
「ウォルトさんの性格だと、困ることもあるかもしれませんね」
ウイカの言う困ることってなんだろう?
「たとえば?」
「クエストには必ず報酬があることです。「いらない」とは言えないので」
「なるほど。少額なら我慢できるよ」
薬草集めに多額の報酬は出ないはずだ。
「報酬をもらうのに我慢する必要があるんですね」
「冒険者は冒険で生計を立ててるから、報酬をもらうのは当然だ。ただ、ボクが頻繁に冒険することはないと思う。無理だと思ったら辞めるだけだよ」
なったばかりだけど既に辞めることも視野に入れてる。エミリーさんから話を聞いて嫌になったんじゃなくて、納得いかないことが起これば冒険者に限らず無理して続けない。
なにより嫌なのは、ボクのせいで3人が迷惑を被ることだ。それだけは避けなくちゃならない。申告して冒険者証を返納すれば過去の記録を全て抹消してくれると言っていたし、ボク的には気が楽。
「やってみたいことがあったら俺達に声をかけて下さい。いつでも手伝います」
「そうさせてもらうよ」
「なにか目標立てたりしてます?」
「目標じゃないけど、守りたいことは1つだけある」
「なんですか?」
「パーティーに誘ってくれた皆に迷惑をかけたくない」
「俺達は迷惑だなんて思いませんよ」
「そうです」
「好きなように冒険して下さい!」
「ありがとう」
せっかくなれたんだ。少しでも冒険者らしいことをやってみよう。誰かのタメになりたいとか、上位冒険者を目指すなんて大義はないけど、ボクは確かに冒険者になりたいと思ったから。
「とりあえず、明日は薬草集めに行きましょ~!」
「クエストがあるといいね」
「みんな付き合ってくれるの?」
「もちろんです!クエストを受けるところから一連の流れを知ってほしいので!私とお姉ちゃんで手伝います♪オーレンはミーリャとデートだからいません!」
「その予定だったけど俺も行くっつうの!デートは夜にする!」
「無理しなくていいからね。急な話でミーリャにも悪いから」
「大丈夫です!ミーリャはわかってくれます!いい子なんで!」
皆はボクより楽しみにしてくれてる風。明日は冒険者の先輩達に基礎中の基礎を教えてもらおう。
「そういえば、エミリーさんに住所を訊かれたんだけど、森に住所はないからココの住所を教えたんだ。よかったかな?」
「オッケーです。緊急事態が発生したときなんかの連絡先なんで、なにかあれば俺達が聞いて伝えます」
「ボクに連絡なんてまずないと思う」
明日は、無事に薬草を集められるかなぁ。
★
ところ変わって、クエスト終わりに恒例の反省会兼ねて飲み会を催しているホライズン。下戸の魔導師マルソーは今日も冷静にカフィを嗜んでいた。
「おい、マードック!」
真っ赤な顔で酩酊しているシュラが声を上げた。こんな状態になるまで飲むなんて珍しいことだ。
「うるっせぇな。なんだよ?」
「さっきギルトにいたのはサマラちゃんにちょっかい出してる奴だろ!あんな線の細い奴に冒険者が務まるかっ!」
「お前が言うんじゃねぇ。細人間のくせしやがって。サマラにちょっかい出してんのはお前の方だろうが」
「うっせぇ!アイツは、サマラちゃんに格好つけたくて冒険者になったとみた!お前と同い年でいきなり冒険者になるか!俺が…新人教育してやるっ!」
「勝手にしろや。バカに付き合ってらんねぇ」
「お前が言うなっ!」
「シュラ。騒ぎすぎだぞ」
騒ぐシュラをハルトが宥める。とりあえず任せて俺はマードックと話す。
「俺は驚いた。まさか彼が冒険者になるなんて予想もできなかった」
「俺は予想できてたぜ。まだ先だと思ってたけどな。まぁ、アイツは毎日冒険して生きてるようなもんだ。金に興味もねぇしどうせ真面目にゃやんねぇよ。気にすることじゃねぇ」
「彼は本気なのか?」
「知らねぇよ。けど、周りにいた弟子とかいう奴らが噛んでんのは間違いねぇ」
「なぜそう言える?」
「アイツは勝手に決めたら1人でギルドに来る。そういう奴だ」
「誘われたということか」
「そういうこった」
なんにせよ面白い。まずないと思うが、彼が冒険者として活躍すればギルドはシビれ上がるだろう。
「お前にとってはいいことか。ウォルト君と堂々とダンジョンに行ける」
「けっ…!アイツにゃ関係ねぇ。手前ぇがなんだろうと嫌なら行かねぇ頑固野郎だ」
…と、店員達がゾロゾロ歩いてくる。
「お客様。ちょっとこちらへよろしいですか?」
「なんだよ!?文句あんのか!?」
「お静かに。他のお客様の迷惑になります」
シュラは店員達に店の奥へと連行された。しばらく説教だな。出禁にならなければいいが。
「アイツ……アホだな」
「お前達の友人に張り合って珍しく我を忘れてる」
苦笑いしながらハルトは静かに席に着く。
「2人に訊きたい。答えたくなければ答えなくていい」
「なんだよ」
「なんだ?」
「お前達の友人……あの白猫の獣人は何者だ?言い方は悪いが得体が知れない」
「お前にはどう見えてんだよ?」
「いろいろな魔物や危ない奴に遭遇したが、群を抜いて危険だと感じる。理解できず混乱しているのが本音だ」
「ククッ!お前は大したモンだ」
「ハルトの評価は正しい」
鋭い感性の持ち主だ。感覚と常識にズレが生じているだけでそれは仕方ない。どう見ても恐怖や威圧感を放つ者ではないのだから。
ウォルト君に会って見たり話しただけで何人が感じ取ることができるだろうか。極々わずかだと断言できる。
「やはりそうか」
「誰にも言わねぇって約束できっか?」
「口は固いぞ」
マードックはハルトにグッと顔を寄せる。
「アイツは…サバトだ」
それだけ呟いてスッと離れる。
「…やはりそうか」
「気付いてたのかよ」
「あり得ないと思いながら…可能性の1つとしてな。お前と親しい白猫、そしてあの恐怖感。常識ではあり得ないがなくはないと思っていた」
思考が辿り着いただけで感嘆に値する。魔導師では無理だ。
「ココじゃこれ以上言えねぇ」
「充分納得した。お前を助けてくれた礼もしなきゃならないな」
「ちっ…!」
直ぐに連想できる勘のよさもさすがだ。
「シュラはとんでもない奴と張り合うことになったのか」
「色惚け野郎はほっとけ。そもそも勝負にならねぇ」
「そうだとしても想うのは自由だろう?」
「けっ!女みてぇなこと言うんじゃねぇよ!」
「シュラが彼を刺激するような絡み方をしなければいいが」
「そんときゃどっちかが死ぬだけだ」
「2人はいい大人だぞ」
「獣人を舐めてんのか?歳なんぞ関係ねぇ」
俺はウォルト君の獣人の部分を知らない。彼は、冷静に会話できる人間のような獣人。にわかに信じがたいがマードックは当然だと断言する。正解はおそらく…。
「2人が闘えばどうなる?」
「アイツが本気なら、シュラは一瞬でこの世からおさらばだ……と言いてぇとこだが、やってみねぇとわからねぇ」
「そうか」
「細人間のくせに、まぁまぁ強ぇかんな」
「はははっ。素直じゃないな」
「うるせぇ」
「なぁ、マードック。いつか彼と話す機会を作ってくれないか?」
「近々行くから訊いてやる。お前なら会うだろ」
「なぜ?」
「お前にはマルコの件で借りがある」
「マルコ?俺がなにかしたか?」
「そういうとこがアイツと似てるぜ!」
ノーネームのマルコだな。暴漢に襲われて冒険者生命に関わるほどの大怪我を負ったと聞いたが、奇跡的に復帰できそうだと噂されている。もしかしなくても彼のおかげか。それならば納得だ。
さてと…そろそろシュラを引き取りに行くとするか。説教という言葉の暴力で袋叩きにされて困っている頃だろう。冒険後の憩いの場を失うのはあまりに痛い。
★
フクーベの冒険者ギルドは就業時間を終えようとしていた。受付のエミリーも後は当直の夜勤者に業務を引き継ぐだけ。
待合所に冒険者の姿がすっかりなくなったところで、隣に座る同僚のアネッサに小声で話しかけられる。
「ねぇねぇ、エミリー」
「なに?」
「今日アニカちゃん達と一緒に来た獣人って、きっとアニカちゃんの好きな人だよね!」
「そうかもね」
「ノリが悪いなぁ~。きっとそうよ!遂に2人の恋が進展するの!楽しみぃ~!」
勝手に盛り上がってるけど余計なお世話だと思う。アニカちゃんもウイカちゃんもいい子だから恋愛が成就するよう願ってるけど、お節介はしたくない。
ちなみにアネッサの予想は当たっている。以前ウォルトさんが会いに来たときのアニカちゃんの反応で私は知ってた。まさか同じパーティーの冒険者になるなんて思わなかったけど。
「なんかさ、凄く紳士で優しそうな獣人だったよね!初めて会うタイプでめっちゃ好印象!」
「私もよ」
ギルドの規約や誓約事項について私の説明を冷静に聞いてくれた。獣人相手では初めての経験。聞くだけじゃなく、細かい規定まで理解して逆に説明不足の部分を質問されもした。まるで人間のような語り口で。
「紳士でモフモフってある意味最強でしょ!羨ましいなぁ~!」
「なに言ってんの?」
「ベッドの上で毛布よりモフモフなんて…素敵過ぎるぅ~!」
個人的な嗜好が爆発しちゃってる。アネッサって元々こんなだっけ?
それにしても、「どんな冒険をしたいか?」という問いに「薬草を採取したり鉱石収集をしてみたいです」って返されたのには驚いた。冒険者を希望する獣人といえば「俺、最強!」と吠える男ばかりで、さも当然のように予想外のことを言われるなんて思ってなかったから。
しかも、不思議なことに本気で言っていると直ぐにわかる。とても正直な人である気がして、【森の白猫】に加入したのも頷ける。
……ん?森の……白猫…?
「次はさ!きっと2人でクエスト終わりに報告に来るのよ!肩を寄せ合って報酬を手に微笑み合う…。そして、腕を組んだまま夜の街に消えるの!はぁぁ~!」
乙女のように天井を見上げてるけど、めちゃくちゃ下世話。そして下品。どういう思考ならアニカちゃんの性格からそんなことが想像できるのか謎すぎる。ちょっと前に彼氏と別れたらしいけど欲求不満なのかな?
「こう言ったら失礼かもだけどさ~、冒険者に向いてなさそうだったよね!争いが嫌いそうっていうか!痩せてて強そうに見えなかったし!」
「獣人にしては瘦せてるかもね。でも…」
「でも、なに?」
「ううん。なんでもないよ」
首を小さく横に振る。私もアネッサと同じことを思った。ウォルトさんはきっと冒険者に向いてないって。獣人に求められる強さを備えているように見えなかったから。
冒険について説明しながら、いくらオーレン君達がお人好しでも長く続かないかもしれない…と感じたことは事実。彼らはもっと上のランクへ到達する冒険者だ。
若い私でもそれなりに冒険者を見てきた。強い獣人はやっぱり見た目からして違う。ウォルトさんでは付いていけそうにないと。
ただ…帰り際にマードックさんと会話している姿がとても自然だったことが印象に残ってる。あの人と向かい合って平然と立っていた獣人を私は知らない。偉そうに吠えていた獣人も、マードックさんに遭遇すると目を逸らして萎縮した。
かなり慣れた私でも未だに怖いと思うときがある。なのに、ウォルトさんは堂々と会話してた。肩肘張ることもなく自然な佇まいで。私の目には対等な関係に映った。
2人の様子からして親しい間柄なんだろうけどそれも驚き。マードックさんはパーティーメンバーを除けば一匹狼で有名な冒険者。一体どんな関係なんだろう?
「今後の展開が気になるぅ~!早く来ないかなぁ~!」
私の予想だと直ぐに関係の変化が起こるとは思わない。焦ってないから未だにアニカちゃんは告白もしてないんだろう。
それでもいつだって幸せそうなのだ。だったらそれでいいと思う。




