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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
480/714

480 新たな一歩を踏み出す時

 今日は、【森の白猫】がウォルトの住み家を訪ねている。


 オーレンにとっては3週間ぶりの訪問。ミーリャとロックのクエストを手伝ったり、『南瓜の馬車』や他のパーティーと冒険していた。

 ウイカとアニカも手伝ってるはずなのに、隙を見てウォルトさんの所へ向かうからしょっちゅう来てるはず。疲れ知らずの姉妹。


「いらっしゃい」


 到着するなり修練をお願いする。先陣は俺から。


「はぁぁっ!」 


 磨いた剣術で木剣を打ち合うも上手く捌かれる。それでも踏み込んで、息の続く限り攻撃しているとウォルトさんの態勢が微かに崩れた。ここだっ!


 遠い間合いから突きを繰り出し剣先から魔力弾を飛ばす。ずっと磨いている俺なりの魔法剣。ウォルトさんは軽々と『魔法障壁』で防ぐ。結構スムーズに放てるようになったけど余裕で防がれた。きっと魔力の動きでバレてるんだよな。


「参りました。体力と魔力切れです」

「充分威力もある攻撃だね。驚いたよ」

「まだまだです」


 ウォルトさんはお世辞を言わない。だから純粋に嬉しい。もっともっと師匠を驚かせていずれ剣を届かせたい。手合わせについて幾つか意見を交わした後、一休みしながら姉妹とウォルトさんの修練を見学する。


「てぇい!」

「うりゃぁっ!」


 魔法と肉弾戦を駆使して2人がかりで攻め込むもやっぱり捉えられない。コイツらの動きも決して悪くないと思う。俺なら押されっ放しだ。『身体強化』と遠距離魔法を組み合わせて、効果的に攻撃を繰り出してる。それでもウォルトさんは歯牙にもかけない。

 動きを見切る目と回避能力が半端じゃなくて、魔法を使った防御も鉄壁で微塵も隙がない。


「はぁ~」

「参りましたぁ!」

「お疲れ様」


 姉妹と意見を交わしてる。ウォルトさんの指摘はいつも的確で、よかった点、悪かった点をわかりやすく説明してくれる。個人的にはギルドの試験官になってほしい。


「ご飯にしようか」


 修練が終わろうと師匠の忙しさは終わらない。本当に忙しさを苦にしない人だ。いつもと変わらない光景。





 美味な料理を頂きながら、ウォルトさんに質問してみる。


「ウォルトさん。魔法が通じない魔物って存在するんですか?」

「威力的な意味?」

「いえ。無効化されるとかそっちの意味で」


 ウォルトさんの魔法の威力で倒せない魔物は相当ヤバいけど。


「魔法が通用しない魔物はいるよ」

「そんな魔物を相手にしたら、どう闘えばいいんでしょうか?」

「魔法耐性を持つ大抵の魔物は物理攻撃に弱いから剣での攻撃が有効だね。ただし、物理耐性も兼ね備える魔物もいる。かなり強敵だよ」

「言い方は悪いんですが、ウォルトさんは弱いですよね?遭遇したらどうやって倒すんですか?」


 キッ!と姉妹から睨まれる。でも、本人がそう主張してるから押し通す。ウォルトさんは気にしてる風もない。


「かなり苦労するけど、ボクの場合は結局魔法で倒してる。修練を兼ねてね」

「無効化されるんですよね?」

「そうなんだけど、魔法の奥深さというのかダメージを与えることはできるんだ」

「言われてもピンとこないです」

「魔法を無効化できたり、掻き消せると言っても万能じゃないことが多い。試してみると、なにかしらの属性が通用することがほとんどなんだ。針の穴を通すような魔法であってもね」

「なるほど。炎も水も雷も通用しないのに、闇魔法の一部だけ通用する…みたいな」

「そう。過去に一種だけ倒せない魔物がいたけど、まず遭遇することはない。そんな感じだから心配いらないよ」


 自分が倒せるのだから俺達も当然できるようになる…という意味だろうな。おそらく無理だけど。

 目の前でのんびりお茶をすするウォルトさんは、冒険者である俺達より冒険に近いことを数多くこなしているはず。経験値も段違い。


 俺は…ずっとウォルトさんに言いたかったことがある。多分ウイカとアニカも思っていること。反対はしないはず。今日はおもいきって伝えてみよう。


「ウォルトさんに、お願いというか提案があるんですけど」

「なんだい?」

「俺達と同じ……冒険者になりませんか?」

「えっ?」


 アニカとウイカも驚いてるな。相談もしてないから当たり前か。


「どういうこと?」

「いつか冒険者になってみたいって言ってましたよね?」

「言ったね」

「その気持ちに変わりがないなら冒険者になりませんか?」

「変わりないし、気持ちは嬉しいけど今は無理かな」

「なんでですか?」

「ボクは冒険に命を懸けられない。覚悟が足りない」


 ウォルトさんらしい答えだと思う。でも、それは冒険者のほんの一面なんだ。


「冒険者全員が命懸けじゃないですよ。冒険以外にもできることは多いんです」

「そうなの?」

「ダンジョン攻略だったりランクを上げることを目指してる冒険者が大半ですけど。物流や交易のためにギルドに所属してる人もいます。商業ギルドを通さず、冒険者ギルド同士でのみ取り扱う商品も存在しますし、売買にはギルド所属である証明が必要になるんです」

「それは知らなかったよ」

「言い方を変えるとギルドを利用してるんですけど、当然ギルド側にも利があるから問題なしです」

「なるほど」

「俺がウォルトさんに提案した1番の理由は、魔法の修練に役立つかもしれないからで」

「魔法の修練になる?」

「冒険者になれば、稀にですけどギルドでしか手に入らない魔導書や魔道具の類も入手できたりします。希少な魔導書も書庫に保管されてて、許可をもらえば閲覧も可能で特典といえます」

「それは…とても魅力的だね」

「俺達のパーティーメンバーとして登録すればアニカやウイカが読むという体で怪しまれず一緒に閲覧できます」


 ウォルトさんにとってはそれで充分だろうし、他人とも深く関わらなくて済む。


「う~ん…」


 ウォルトさんは頭を回し始めた。


「いつも冒険に付き合う必要もないです。メンバー全員でないと冒険しちゃいけない規則はないので」

「冒険は自由です!ずっと薬草を摘んだりスライム退治してもいいんです!そこも冒険者のいいところですね!」


 アニカとウイカも援護してくれる。


「今すぐじゃなくていいと思います。でも、できるなら早い方がいいと思って」

「なんで?」

「ウォルトさんには、いつかは魔導師になりたいっていう目標がありますよね?」

「うん」

「冒険者も「なれるならなってみたい」って言ってましたけど、研鑽が必要な魔導師と違って、今すぐにでもなれるんです。そして…」

「そして?」

「冒険者になることは、魔導師への道を進む足掛かりになると俺は信じます」


 おこがましいけどきっといい経験になる。ウォルトさんは黙っていても現時点で大魔導師だ。誰にも否定させないしできっこない。でも、本人が納得するにはいろんな経験を積んでもらう必要がある。

 俺は…いや、俺達はウォルトさんに陽の目を浴びてほしいんじゃない。本人も望んでない。ただの我が儘だけど、魔導師への道を迷いなく突き進んでほしくてその一助になりたい。冒険者になってもらえたら、同じ立場として俺達にもできることが増える。


 それでも決めるのはウォルトさん。本人の意志次第。


「オーレン…。ありがとう…」


 この反応は…もしかすると冒険者になってくれるかも…なんて思っていたら…。


「ウォルトさん…。騙されちゃダメです…」

「え…?」


 アニカが口を挟む。嫌な予感…。


「オーレンは…ウォルトさんに冒険者になってもらって…自分のギャンブル代を楽して稼ごうとしてます!毎回付いてきてもらうつもりです!」

「えぇぇっ!?そうなのか?!」


『信じられニャい!』って顔してる。このバカ妹分は…毎度毎度ワケのわからないこと言って邪魔してきやがる…!ギャンブルと冒険者になんの関連があるってんだ。


「なんでそうなるんだよ!最近は行ってねぇし!人の話を聞いてたのか!?お前も賛成だろ!」

「当たり前だ!ウォルトさんと一緒に正式なパーティーメンバーとして堂々と冒険したい!けど…」

「けど、なんだよ」

「オーレンに騙されて加入してほしくない!」


 コイツはなにふざけたことを言ってんだ!まさかと思うけど……俺の言葉でウォルトさんが決断したら、その事実を認めたくないのか…?自分でありたかったと…。仮にそうだとしたら、なんて我が儘な奴だ。許されないレベル。


「俺はウォルトさんを騙さない。嘘だと思うなら匂いを嗅いで下さい。逃げも隠れもしません」

「そ、そうだね」

「やめておきましょう!めちゃくちゃ足臭いですから!鼻が曲がります!」

「ふざけんな!誰も足を嗅いでくれなんて言ってねぇし、そんなに臭いわけないだろ!ですよね!ウォルトさん!」


 見るとウォルトさんは顔を背けている。…無言は肯定とみなしますよ?


「とにかく俺には騙す理由がない!いい加減にしろ!」

「それはどうかな?」

「どういう意味だよ?」

「アンタは、ウォルトさんが優しくてモフモフしてるのをいいことに、ダシにして女性冒険者をナンパするつもりでしょうが!」

「師匠にそんなことするか!俺はミーリャ一筋だ!」


 ギャーギャー言い争っていると、黙っていたウイカが口を開いた。


「2人とも落ち着いて。勝手な想像で興奮してウォルトさんに失礼だよ。ちゃんと話をしようよ」

「うっ…」

「それはそうだね…」

「ウォルトさんはどう思いますか?私も2人に賛成ではあるんですけど、決めるのはウォルトさんなので」

「う~ん…。そうだね…」


 しばらく頭を回していたウォルトさんは、やがてピタリと止まってニャッ!と笑った。


「冒険者になってみたいな」

「「「ホントですか!?」」」


 耳がパタンと閉じる。いつも思うけど器用だ。


「ボクは、幾つか掲げてる目標を「いつかは」って言い続けてきた。できるかわからないし、納得いく形で達成したくて」

「はい」


 とてもウォルトさんらしいと思う。


「でも、口ばかりで体良く先送りにしてるだけ。そう思ったことは確かにあったんだ。目標に向かってるつもりだけど、夢のままで終わっても構わない…って消極的な考えじゃなかったとはいえない」

「なるほど」

「登録するだけで冒険者になれることも知ってたのにずっと立ち止まってる。いつになったら動くのか自分でもわからない。だったら、歩き出すきっかけをもらった今かもしれない。皆の話を聞いてやってみたいと思えた」

「ということは…」

「ボクを…【森の白猫】に加入させてもらっていいかな?」

「「「もちろんです!」」」


 嬉しすぎる!おもいきって言ってみてよかった。


「手伝う専門になるかもしれないけど…それでもいいかい?」

「今までと変わりない生活でいいです。ただ、正式に冒険者になることでできることの選択肢が増えると思ってもらえたら」

「ありがとう。迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね…って、まだ気が早いね」

「こちらこそですよ」

「あと、パーティーのリーダーはオーレンでいいんだよね?」

「あ~。それは……」


 前にアニカが「リーダーはウォルトさんに決まってる!」と言ってたし、メンバーになるなら俺もそう思う。第一尊敬するウォルトさんからもらった名前だ。


 気になって姉妹に目をやると、なぜか『今は肯定しろ!』と顔に書いてある。『いいのか?』と目で訴えると、『いいから言え!』と返ってきた。そこまで言うなら…。


「リーダーは俺がやります」

「よかった。ボクにはとても無理だから、やってほしいと言われたらパーティーに入るのは遠慮しようと思ってたんだ」

「そ、そうだったんですね」


 あっぶねぇ~!コイツらは読み切ってたのか。自慢気な顔してやがる。


「よぉし!早速ギルドに登録しに行きましょう!」

「急がなくていいよ。せっかく来てくれたのに。ボクだけで行ってくるから」

「いえ!善は急げといいますから!」

「私達はウォルトさんが冒険者になる瞬間を見届けたいです」

「俺もです」

「じゃあ、一緒に行ってもらおうかな」


 食事の後片付けと支度を終えて、4人でフクーベへ向かった。



 


 ゆっくり移動してギルドに到着した。ウォルトさんは若干緊張気味。


「緊張してきたよ。門前払いされるかもしれないね…」

「あり得ないですよ。万が一そうだとしても俺が全力で抗議します」

「大犯罪者とかはダメらしいですけど」

「その時は私がギルドを燃やすのでご心配なく♪」

「ダメだよ」


 イカれた弟子ですみません…と心の中で謝る。


「今日の受付はエミリーさんか?」

「多分ね。そうなら話が早い!」

「ウォルトさんも会ったことあるはずですね」

「もしかして、一度だけ来たときに受付にいた人かな?」

「そうです!行きましょ~!」


 中に入ると受付は予想通りエミリーさんだった。


「こんにちは。今日もクエスト?」

「いえ。今日は新しいパーティーメンバーの登録に来ました」


 ウォルトさんが前に出る。


「貴方は…ウォルトさんですね?」

「はい。冒険者登録に来ました。よろしくお願いします」

「かしこまりました。冒険者登録に関して説明をさせて頂きますので、お時間頂きますがよろしいですか?」

「構いません」


 待合所でゆっくり待つつもりだった…けど、ウイカとアニカは落ち着かない様子。


「大人しくしとけよ」

「わかってるよ」

「子供じゃないっつうの!」


 ウォルトさんは至って冷静にエミリーさんと話してる。多分だけど、エミリーさんは内心驚いてるだろうな。俺が見たことある獣人は、「意味わかんねぇ!適当にやっとけ!」とか「話がなげぇ!簡単に言え!」と受付に絡んで困らせてる。普通に会話してる獣人を初めて見た。


 

 20分ほど待っていると、ウォルトさんが紙にサインして、エミリーさんと互いに微笑んで頭を下げた。こっちに歩いてくる。


「登録が終わったよ。待たせてごめんね」

「おめでとうございます」

「めっちゃ嬉しいです!」

「お疲れ様でした」

「ありがとう。あまり実感はないけど……新しいことに挑戦する気になったのは皆のおかげだ」


 ウォルトさんは貰ったばかりの冒険者証を見つめてる。新品のFランクカードが懐かしく感じる。

 俺とアニカも、そしてウイカもしばらく眺めていたことを思い出す。もらったときは嬉しかったなぁ。


「今日は俺達の家でお祝いしませんか?」

「私も言おうと思ってた」

「泊まっていって下さい!そして、料理もお願いします!」

「いいの?嬉しいなぁ」


 ギルドを出ようとして、入ってきたパーティーと鉢合わせる。


「珍しいじゃねぇか」

「久しぶりだな」


 入ってきたのはマードックさんが所属するホライズン。ウォルトさんの前にマードックさんが立って話しかけた。ギルド内が微妙にザワつく。


 近くで見ると凄い身体と威圧感。それでもウォルトさんは平然としてる。友人とはいえ慣れるのか?


「こんなとこでなにしてんだ?」

「冒険者登録しにきた」

「誰が?」

「ボクだ」

「…マジで言ってんのか?」

「あぁ」


 眉間に皺を寄せたマードックさんに、ウォルトさんは出来たばかりの冒険者証を見せた。


「面白ぇ…。お前が冒険者か…」

「不相応だけど、やってみたくなった」

「ククッ!今度…家行くわ」

「酒と料理を準備しとく」

「またな」

「あぁ」


 クエスト帰りなのか4人は受付に向かう。マードックさんがすれ違いざまに俺達に呟いた。


「お前ら、いい仕事するじゃねぇか。大したもんだぜ」


 それだけ告げるとドスドスと受付に向かう。


 ウイカとアニカは笑い合う。ちびりそうなくらい怖かったのは俺だけなのか…?サマラさんと似てなさすぎる。


 とにかく、ウォルトさんの冒険者登録を祝うために街に繰り出す。今日は…今日だけは誰がなんと言おうとウォルトさんが主役だ。

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