48 王都へ出発
手合わせが終わってアイリスさんに追いかけ回されたけど、離れて見ていたリスティアが声をかけたことによりアイリスさんは平常心を取り戻して更地に倒れた。
大の字になって息を荒げるアイリスさんを尻目に、自分に『治癒』をかけようとしていたらリスティアが近寄ってくる。
「ウォルト!ちょっと待って!」
リスティアがボクの身体に触れる。
「触ると血が付いてしまう…よ…?」
ボクの身体が淡く光を纏い、傷が回復していく。初めて目にする力を驚きながら眺めていた。
「はい!治ったよ!」
「ありがとう…。今のは…魔法じゃないよね?」
「うん!『精霊の加護』の力なんだ。凄いでしょ!」
「『精霊の加護』の力…。本当に凄い。ありがとう、リスティア」
「どういたしまして!今日のお礼だよ♪親友!」
初めて目にする聞いたこともない能力。ドヤ顔を決めるリスティアは本当に凄い子だ。
その後、「今日はたくさん動いたからお腹空いたでしょう」と夕食の支度を始めて、しばらく待たせた2人に差し出す。
ボクの作る料理は、ほぼ創作料理。街にいた頃もあまり外出してないし、森に住んで長いから流行に疎いという理由もある。採れる食材も限られるし。
「美味しぃ~!もうウォルトは天才料理人に認定!」
「本当に美味しすぎます。料理人になっていいと思います」
「大袈裟です。でも、ありがとうございます」
直球で褒められて素直に嬉しい。
「明日帰るとき見送ります。いつ頃出発する予定ですか?」
「フクーベから長時間馬車に乗るので、早めに着いておきたいんです。出発は朝早くになるかと」
「ねぇ!ウォルトも私達と一緒に行かない?」
いい笑顔でリスティアのお誘い。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、今はこの場所から出て行くつもりはないんだ。ゴメンね」
「残念…。ウォルトも一緒なら絶対楽しいのに…」
落ち込むリスティアの頭を優しく撫でた。
「ボクらは親友だろう?また会えるさ」
「そうだけど…」
リスティアの頬はリスのように膨れている。不謹慎かもしれないけど可愛いな。
「王女様。我が儘はいけませんよ。ウォルトさんが困ってます」
「えっ…?王女様?」
「あっ…!」
「はっ…!いやっ…!あのっ…」
なるほど…。リスティアはカネルラの王女様だったのか。
★
完全にやってしまった…。なんたる油断。
手合わせしてウォルトさんと打ち解けたから、つい気を抜いてしまって王女様に普段通り話しかけてしまった。一生の不覚…。最後の最後に…。
思わず頭を抱える。リスティア様がカネルラの王女だと知ってしまったら、ウォルトさんといえども今まで通りに接してくれないのではないか…?
王女様は望まない。せっかく親しくなれたのに今さら他人行儀なウォルトさんなど見たくない。
ところが…。
「リスティアはカネルラの王女様だったんだね。びっくりしたよ。名前は知ってたけど同じ名前かと思ってた」
ウォルトさんは変わらぬ様子で王女様に話しかけている。本当にびっくりしたかも怪しいくらいに…。
「うん。黙っててごめんね」
「当然だよ。どこの猫の骨か判らない獣人相手に王女だなんて普通名乗らない」
そこは別に『馬』でいいのでは?種族に対する誇りだろうか。よく知らない。
「私が王女でも……親友でいてくれる…?」
王女様がうつむき加減で呟いた。
「もちろん。立場なんて関係ないよ。リスティアは違うのかい?」
「私も関係ないよ!生涯の強敵だよ!」
「意味が変わっちゃうからやめとこう」
それ…私が言いたかった!
王女様と私は素性を含めて経緯を包み隠さず話した。リスティア様はカネルラの王女で、私は騎士団の騎士であること。王女様が多幸草を手に入れるタメに王城を脱走して、私は巻き込まれてしまったこと。ウォルトさんのことは、フクーベで狼の獣人に教えてもらったことも。
その他諸々を伝えたことで気分が晴れて、なぜもっと早く伝えなかったのだろうとちょっぴり後悔した。話を聞いたウォルトさんは神妙な面持ち。
「狼の獣人…。もしかして、『騎神乱舞に耐え抜いた傷だらけのゴリラ』みたいな見た目じゃなかったですか?」
私達は揃って頷く。
「もしかして、ゴリラの獣人と見間違えたとか?」
申し訳なさげな表情を浮かべ、揃って無言で頷くとウォルトさんはクスッと笑った。
「彼はマードックといってボクの友人です。高ランク冒険者らしいので2人のことを知っていたのかもしれません」
「それならば騎士団長の知り合いであっても納得です。高ランク冒険者ならば王都に来る機会も多いはずです」
「戦闘好きなのでケンカでも売ったんでしょうね」
「マードックはウォルトとアイリスが闘うのもわかってたよ!」
「なぜだい?」
ウォルトさんの疑問は当然。私自身こんなことになると思いもしなかった。王女様はそんな疑問に即答する。
「マードックはアイリスの強さを見抜いてたの。ウォルトに会わせたら面白そうだって顔してた!なぜかはわからないけど、ウォルトのことを私達に教えたのはそれが理由だよ!」
「リスティアの想像?」
「そう!でも当たってる!自信あるよ!」
自信満々に笑う王女様。ウォルトさんが問うような目で私を見るので静かに頷いた。
「王女様の人を見る目は確かです。この国にも少なからず悪事を企む輩がいるのですが、王女様に会ったが最期、計画は頓挫します」
「じゃあ、ボクがなにを考えてるかもわかる?」
「わかるよ!……ん~とね…」
私を見てニヤリと笑った。
「アイリスのことを綺麗だと思ってる!」
「当たってる…。凄いよリスティア」
素直に感心しているウォルトさん。手合わせの時に会話を聞かれていたことに気付いてない…。
「えへん!あとね、正直に伝えたのになんで怒られたのか全くわかってない!」
「その通りだよ。美人に美人って言って怒られる理由がわからないんだ。リスティアは凄いなぁ。心眼の持ち主じゃないか」
王女様を高く持ち上げて笑みを浮かべた。
「えへへ!でしょ!私はウォルトが優しくて凄い獣人だって会った瞬間に気付いたよ!」
「凄くはないけど嬉しいな」
2人が盛り上がる横で、私は俯いたまま耳まで真っ赤に染まっている。顔が…熱い。王女様が私の顔を下から覗き込んで、少し意地悪に笑った。
「アイリス!よかったね!」
俯いたままコクリと小さく頷いた。
★
翌朝。ウォルトは早起きして弁当を作っていた。森の食材をふんだんに使用した特製弁当を。
昨日、告白される前から2人の正体に薄々気付いていた。…というか、さすがに気付かないほうがおかしい。
幼いながら隠しきれない高貴な雰囲気を醸し出す少女と、強者の佇まいを見せる騎士風の女性。誰がどう見ても普通の組み合わせじゃない。
ただ…どこかのお嬢様と護衛の女性じゃないかと勘繰っていたけど、まさかカネルラの王女様と近衛騎士だとは想像しなかった。
思案しながらも手を止めないでいると、弁当が出来上がった。
「完成だ。あとは…」
採ってきた多幸草の入った瓶を手に取り、魔法を詠唱すると淡く光りだす。
『保存』
『保存』の魔法は植物や食材などあらゆるモノの状態を新鮮に保つことができる魔法。料理も作りたての状態を保持することができる。
術者の技量によって保てる状態が変化する繊細な魔法で、技量が低いと早々に劣化したりする。魔力を込めれば込めるほど長期間保存できるけど、最長でどこまでいけるかは不明。全ての準備を終えると2人が起きてきた。
「ウォルト、おはよぉ~!」
「おはようございます」
欠伸をしながら寝ぼけ眼を擦るリスティアと、凜とした姿のアイリスさんは対照的で気持ちが和む。
「おはようございます。朝食できてますよ」
「食べる!」
「ありがとうございます。頂きます」
ゆっくり朝食を楽しんだあと、遂に出発の時を迎える。
森を抜けるまで護衛を兼ねて同行するつもりだったけど、見送りは玄関の外までで充分だと断られた。なので、言われた通り外で見送る。忘れない内に作った弁当を手渡そう。
「リスティア。アイリスさん。よかったら昼ご飯に食べて下さい。魔法をかけて冷やしてあるから昼過ぎが食べ頃です」
「貴方はどこに貴重な魔法を使ってるんですか…」
「ありがと♪大事に食べるね!」
若干呆れられたけど喜んでもらえたみたいだ。容器は木の皮で編んだ籠のような形で、持ちやすいよう取っ手も付けておいた。『保存』をかけた多幸草も渡す。
そして、遂に別れの時を迎えた。外に出て互いに向き合う。
「ウォルト!」
「なんだい?」
「ギュッとして!」
両手を広げて待ち構える可愛い親友。微笑みながらしゃがみ、リスティアの背中に優しく手を回してそっと抱きしめた。リスティアも首に手を回してくる。
「毛皮モフモフだね!気持ちいい!」
「獣人だからね」
「私…次に会うときはもっと大きくなってるよ!」
「うん。楽しみだ」
「どうしても会いたくなったら会いに来ていい?」
「もちろん。ボクはいつでもここにいる」
カネルラの王女様が気軽に遊びにこれるとは思わない。でも、気持ちが嬉しい。抱擁のあと、リスティアはボクから少し離れて真剣な眼差しを向けてきた。
リスティアの纏う空気が変わる。
「私の親友ウォルト。貴方に幾千万の感謝を。たとえ短くとも、貴方と過ごした日々を忘れることはありません」
10歳の親友の少女ではなく、王女リスティアとしての言葉。
そして…別れの言葉。ボクも応えなきゃ。
「リスティア様。アイリスさん。貴女達の未来に幸多からんことを遠い地より祈念しています」
見つめあい…そして互いに微笑んで告げる。
「ウォルト、また会おうね!今後は『様』付けしたら怒るよ!」
「ウォルトさん、お達者で」
「2人とも元気で」
★
王女様は、フクーベに向かって『動物の森』を颯爽と歩く。鼻歌が聞こえてきそうな雰囲気で足取りも軽快。その様子に違和感を感じて思い切って尋ねてみた。
「王女様」
「なぁに?」
「凄く嬉しそうに見えるのですが…寂しくないのですか?」
王女様はウォルトさんに懐いていた。過去に見たことがない表情を見せて本当に楽しそうだった。ひどく落ち込んでしまうのでは…と心配していたので意外に感じた。
「寂しいよ!直ぐにでも戻って思いきりウォルトをモフモフしたいよ!」
確かにしてみたい…と心の中で同意する。さっきの抱擁は羨ましかった。女性はモフモフが好きだから誰だって触りたい。あくまでモフモフが好きだから。
「けど今回は帰らなきゃ!迷惑かけてるからね!これ以上長居するとさすがにお父様やお母様に激怒される。もうされてるかもしれないけど!」
「そうですね」
ふんす!と王女様は気合いを入れる。叱られる心構えが整ったということなのか。
「次に会うときのことだけ考えてる!次は一緒になにをしようかなって!」
「お強いのですね」
「また一緒に行こうね!」
「はい。喜んで」
互いに微笑み、前を向いて振り返ることなく『動物の森』を後にした。