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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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476 まさかの遭遇

 ウォルトは鍛練のタメに森を駆ける。


 筋力トレーニングと持久力の維持は変わらぬ日課。動物の森は新緑に装いを変えて、空気も澄んで気持ちいい。

 ボルトさんにも負けられない……と全力で駆けていたら、予想もしなかった光景が目に飛び込んでくる。


 木に登った人間の男性が、太い枝にしがみついてわちゃわちゃしている。どうやらロープを括りつけたいみたいだけど、不器用なのか上手く結べないっぽい。駆けるのをやめて下から声をかけた。


「手伝いましょうか?」

「うわぁぁっ!☆@!」


 驚いた男性は声にならない様子で枝から落ちる。


「危ない!」


 近かったので受け止めることができた。そっと地面に下ろす。


「急に声をかけてすみません。大丈夫ですか?」

「あ……ぁ……は…ぃ…」


 どもりながらコクリと頷いてくれた。近くで見るとまだ若い。ボクよりは年上だと思うけど。


「邪魔してすみません。ですが、人に会っては気が削がれますよね?」

「うっ……」

「無理にとは言えませんが、ボクの住み家に行きませんか?お茶しながら少しお話でも」

「あ…のっ……うぅ…」


 俯いたまま男性は困っている。お節介だとわかっているけど声をかけてしまった。アンジェさんに出会ったとき以来だ。


「ボクも仲間なんです」

「………え…?」

「死に損ないなんです。森で死に損なって、そのまま森に住み着いています。家は直ぐそこなのでいかがですか?」


 ボクは自他共に認める心の機微に疎い獣人。でも、死に向かおうとする者はなんとなく判別できる。経験則かもしれない。


「………は…ぃ…」


 なんの理由にもなってないけど、このくらいしか言えない。来てくれるみたいでよかった。

 共に歩いて住み家へ向かう。男の数歩前を歩きながら、思い出そうと記憶を探る。この人にどこかで会ったことがあるような…。そんな気がしてならない。記憶力には自信があるけど、顔に見覚えはない…と思う。匂いも特に思い当たらない。なぜ会ったことがあるような気がするんだろう?


 武闘会とか、フクーベに行ったとき見かけたのか?


 ん~~?今ある情報としては体型とか声………………あぁぁぁぁっっ!もしかしてっ!?


 振り返って男性を見る。多分間違いないっ!どうしたらいいんだっ!?まさかこんなのところで出会うなんて!思わず挙動不審になってしまって、もの凄く警戒されてる!当たり前だけど!言いたい!でも言っていいのか?!


 ぐるぐる頭を回して考える。悩んだ末に…確認してみることに決めた。


「あのっ……すみません!」

「な、なんでしょう…?」

「もしかして…………歌手の……ロムーさん…じゃないですか…?」

「………そうです」

「やっぱり!ボクはウォルトといいます!ロムーさんのファンなんです!」


 合ってた!4姉妹と一緒に行ったフクーベの音楽祭で見たロムーさんだ。初めて曲を聴いたのに涙が流れた歌唄い。帽子で顔を隠していたけど風貌の雰囲気と声を覚えてた。


「あ、ありがとう……」

「すみません!話したくなければ無視して下さい!どうしても、それだけ言っておきたくて!」

「はははっ…」


 変な奴だと思われたかな。でも、今しか伝えられないかもしれない。


 



 ロムーさんを住み家に招いてカフィを淹れる。服からカフィの匂いが香るから好きだと思うんだけど。


「このカフィは…もの凄く美味い…」

「ありがとうございます」

「…本当に、森に住んでるんだね…」

「知り合いの持ち家なんです。さっきも言いましたが、死に損なってココの家主に助けられました。もう7年前になります」

「そうか…。俺も…死に損なってる…。もう何年も前から…」

「今日が初めてじゃないんですか?」

「5回目…?いや、6回目かな…?もっとかもしれない。忘れてしまうほど繰り返してる」

「理由を聞いてもいいですか?」

「理由……。なんだろう……」


 ロムーさんは遠い目をする。


「はっきりとした理由はないのかもしれない…。とにかくこの世界にいたくない…のかなぁ…」

「ずっとそうなんですか?」

「自分のことがよくわからない。酷く落ち込むことがあると…気付いたら準備して森に来てる。そして…なにもできずに家に帰るんだ」

「森が落ち着くんでしょうか?」

「どうかな…。街にいるより楽ってだけのような気もするけど…」


 苦笑いでカフィを口に含む。


「ボクは…貴方の邪魔をしてしまいましたか…?」

「いや…感謝してるよ…。いつだって思い留まってホッとするんだ。おかしな話だよね…。度胸がないのに死にたがりなんて」

「貴方の歌が好きなので、思い留まってもらえて嬉しいです」


 また聞きたいと思った。そんな歌い手にはそうそう出会えない。


「俺の歌を好きだと言ってくれて嬉しい。「暗い」と言われてばかりだけど」

「フクーベの音楽祭で初めて聞いて、自然に涙が出ました。素晴らしかったです」

「……違うと言ったら……どう思う?」

「なにが違うんですか?」

「俺が…本当に歌いたい歌は違う…と言ったら」

「ロムーさんの自由です。どんな歌でも聞いてみたいです」


 苦笑いを浮かべる。


「俺のファンは今のような曲調を好んでくれる。ただ歌を作って歌うことが好きなんだけど……歌に勝手に縛られてもいてね…」

「好きに歌っていいと思うんですが…」


 音楽も千差万別でだからこそ様々な人の心に響く。音楽に正解はないんじゃないか。『この曲はいい』『この曲はいまいち』と好みが分かれるだけで。


「「お前は変わったな」と言われたら、また落ち込んで森に来てしまう…。実際、過去にあったしね…」

「日々の暮らしの中で、人の感情や思想が変化するのは当然のような気もします。歌はそういったモノを表現する手段なだけでは?」

「けれど、移ろいをよしとしない人もいる。歌い始めた頃からのファンだと……ちょっと辛くてね…」


 歌い始めた頃に自分を評価してくれた人のことはよく覚えているだろうし、大事にしたい気持ちは理解できる。


「人目ばかり気にして嫌になるよ…。君はそんな時がないかい?」

「ココに住んでから友人以外にほぼ会わないので。でも、街に住んでいた頃は気にしてました。人の視線が…辛かったですね」


 常時心身がボロボロで、師匠に治療してもらうまでは見窄らしい風体だったのもあるけど、人に会えば鼻で笑われ好奇の目で見られて同情されるような毎日。他人に会いたくなかった。


「俺も孤独に生きてみたいと思うときがある。でもできない…」

「阻止される理由があるとか?」

「違うんだ。俺はなにもできない。普通に生活するうえで必要なことが…。不器用で仕事も覚えられない。力もない。料理もできなければ人と話すのも下手…。ないない尽くしだ」

「ボクもそうです。少しずつできるようになりましたが」

「凄いことだと思うよ」

「やらないと死ぬので」


 なんでも1人でやる努力をしないとご飯も食べられないし獣や魔物に食い殺される。今は日常生活の一部だけど、元々は必要に駆られてやっていた。


「今は死にたくないのかい…?」

「そうですね。1周……いや、2周半くらい回ったのかもしれないです。幸せなのは森に住んでいるからです。でもボクだからでしょうね」

「ははっ。俺も回るかなぁ…」

「ロムーさんがよければ、いつでも話相手くらいならなれます。いつでも遊びに来てもらえたら………って、来るまでが危ないですね…」

「気持ちは嬉しいよ」

「社交辞令じゃないです。嘘は吐きたくないので」


 フクーベにいた頃、仕事で知り合った人に似たようなことを言われたことがある。「困っているならなんでも相談してほしい」と。

 でも、実際はそうじゃなかった。軽く話したつもりが、どうやら『話が重すぎて面倒くさい』らしい。二度と相談しなかった。


「ありがとう。ところで君はギターを弾くのか?」


 昨日練習していたので居間に置いてある。


「ロムーさんの曲を聴いてから弾いてみたくなって、譲ってもらって練習してます。ちょっと弾いてみるので聴いてもらえませんか?」

「聴かせてほしい」


 お世辞だと思われたくない。椅子に座ったまま曲を奏でる。弾くのはもちろんロムーさんの曲。琴線に触れる叙情的な歌詞は一度聴いたら忘れられない。ちょっと恥ずかしいけど歌も聴いてもらおう。


 歌は技術じゃなくて気持ちだ。





「勝手に真似してすみません」 


 弾き終えてロムーさんを見ると、驚いたような表情。


「君は……凄くいい音を鳴らすな……。歌も上手い……」

「ありがとうございます」


 とても嬉しい評価。


「俺の歌を演奏してくれるなんて…有り難くて仕方ないよ。耳だけで覚えてくれたのか?」

「模倣が得意なんです。ロムーさんの曲と友人の作った曲しか弾けないんですが」

「友人は歌い手かい?」

「はい。ヨーキーといいます」

「知ってるよ。彼はいい歌い手だよね…。……彼のような歌い手に憧れる」

「そうなんですか?」

「違う曲調の歌を作ってみたい。ヨーキーのように明朗で元気を与えるような曲を…」

「もしできているのなら聴かせてもらえませんか?」


 ちょっと想像できない。是非聴いてみたい。


「作りたくても作れないんだ。どんな思考ならあんな歌詞や曲調が思いつくのか不思議でならない。俺には一生無理かもしれないよ」


 魔法と同じで新たに生み出すことの困難さは想像できる。得意とするモノでないのなら尚更。ヨーキーがロムーさんのような曲を作るのも困難だと思う。手助けできたらいいけど…思い浮かばない。


「考えてみたんですけど、ヨーキーの歌みたいに楽しませたり高揚させる歌詞は浮かばないですね。どうにかひねり出しても口に出す前から嘘のように感じます」

「俺もだ。視界が曇り空なのに晴天の歌詞は書けない。性格が暗いのに空想で歌詞が浮かぶほど器用じゃないけど」

「ヨーキーは明るいんですが、ロムーさんも暗いとは思わないです」

「そうかな?例えるなら、ヨーキーは昼で俺は夜だと思う。日々必ず巡るけれど、人を明るく照らす昼と寝静まる仄暗い夜」

「天気なら晴天と曇天ですか」

「そう。俺の心はいつも曇天だけど、普通なら数日晴天が続くように気持ちが晴れ続けるんだろうか?」


 しばらくロムーさんと会話して和む。近しい感覚(モノ)を感じているのは、ボクだけだろうか?


「音楽祭で彼が見せた演奏には衝撃を受けた。魔法と音楽の見事な融合で、多くの観客を笑顔にした。俺の知る限り最高の演奏だったんだ」

「ロムーさんの演奏も素晴らしかったです」

「参ったな…。そんなに褒められると恥ずかしくて死にそうだよ…」

「色が違うだけだと思うんです。ヨーキーの歌は華やかで、ロムーさんは落ち着いている。同じような演出はロムーさんにもできます」

「無理だよ。俺の曲に明るさはそぐわない」

「やってみますか?」


 魔石を使いギターに魔法を付与して手渡す。


「魔力を込めた魔石です。ヨーキーと同じような魔法演奏ができます」

「本当かい…?」


 半信半疑といった表情のロムーさんは、恐る恐るギターを鳴らす。すると、音に乗って濃紺の夜の帯がギターから流れ出した。


「本当に…魔法が……」


 音を鳴らす毎に部屋を埋め尽くしていく魔力の夜空はやがて一面を星空に変えた。微かに瞬く星の柔らかい光。


「信じられない…。こんなことが…可能だなんて…」

「明るさにも色々あると思います。太陽になれないのなら月になって照らせばいい。どちらも不可欠で優劣はありません」


 ボクが込めた魔法で悪いけれど、ロムーさんの曲に合うと思った。染み入るような音色はボクの心の陰を照らしてくれたから。


「君に会えてよかった…。こんな体験ができるなんて夢にも思わなかったから…。俺……今……曲を書きたい気持ちで一杯だ…。死んでる場合じゃない」


 少しでも助力できただろうか。


「幾つか魔石を譲りましょうか?ボクは使わないので」

「いいのかい…?なにもお返しできないけど……」

「お返しはいりません。新曲を楽しみにしています。いつか音楽祭に聴きに行きます」

「こっちから聴かせにくるよ。必ず」

「大丈夫ですよ」

「えっ…?」

「来なくてもいいんです。約束は時に重荷になります。気が向いたら…くらいでちょうどいいと思います」

「ははっ。そうだね。……ウォルト」

「なんでしょう?」


 絞り出すようにロムーさんが呟く。


「その………よければ………俺と……友達になって…くれないか…?」

「ボクでよければよろしくお願いします」

「ありがとう…。嬉しいよ」

「ボクは追い出されない限りココにいます。いつでも遊びに来て………いや、危ないですね…。忘れてください」

「ははっ。俺の家も教えておくよ」


 ロムーさんの住所を紙に書いてもらう。こっちからも会いに行ける。


「せっかく友人になれたので、料理でもてなしたいんですが、食事していかれませんか?帰りはボクが街まで安全に運びます」

「ご馳走になっていいのかい?」

「是非」


 料理を振る舞うと、「ギャップが凄いよ!」と驚いたようなロムーさん。なにやら、また創作意欲に駆られたらしい。よくわからないけど、歌い手としての力になれたのならなにより。

 

 帰り道は、背負って森を駆けただけで「おふぅ~!」と鼻息が荒かった。どうやら、初体験の出来事で感性が刺激されるっぽい。


 これからもできる限り協力したいな。ボクはこの人とこの人の歌が好きだから。

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