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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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475 猫にお悩み相談

「師匠。遅かったですね」


 ウォルトとアニェーゼが居間に戻ると、食事を終えていたギュネさんが話しかけてきた。


「ちょっとウォルトに問診してもらっていたの。経過は良好みたい」

「そうでしたか」


 ボクに向き直ってふわりと微笑む。


「ウォルトさん、ありがとうございます。サラから聞いたけど、この世に獣医がいるなんて知らなかったの。薬師でもあるなんて凄いわ」

「大したことはしてませんし薬師でも医者でもありません。無資格の自家製薬なんです」

「関係ないの。資格がある医者であろうと師匠の病は治せなかったのだから」


 実際は治癒魔法の付与しかしていないので、治せたという評価は心苦しい。獣人の医者って意味での『獣医』だろうけど、動物や獣専門の医者みたいに聞こえる。なれるのならそっちになりたい。


「ちょっといいかしら…?」


 ギュネさんは続けてそっと耳打ちしてくる。かなり近い距離だけど大丈夫かな?


「獣人の秘薬に……痩せ薬なんかあったりする…?」

「ありますよ」


 獣人の秘薬ではないけど、肥満が激しい人の生活習慣を変える用途で遙か昔からやせ薬は存在する。『なぜ知りたいのか?』とは聞かない。女性が常に『痩せたい』と思っていることくらいは知ってる。


「どうやって作るのか教えてもらえたり…しないかしら?」

「効果が強いのと弱いのがありますけど、どちらが知りたいですか?」

「いいの?」

「秘薬ではないですが、特別な素材を必要としませんし、古くから伝承されているので教えても構いません。既にご存知だと思うんですが」

「それでもいい」


 …と、いつの間にかギュネさんの後ろに立っていたワラミーさんが肩を叩いた。


「ワ、ワラミー!な、なに?!」

「姉さん。抜け駆けはよくない。聞こえてます」

「地獄耳ね…」


 さっきまで結構離れた場所にいた。確かに素晴らしい聴覚。

 

「訊くのは私の役目でしょう。ウォルトさん、教えて頂戴。弱いのでいいから」


 会話が気になったのかレスティーナさんやウイカ達も近寄ってきた。女性陣が全員集合。


「ウォルトさん。なんの話をしてるんですか?」


 首を傾げるウイカ。


「えっと…」

「痩せ薬について教えてもらおうと思ってるの。ギュネ姉さんが抜け駆けしようとしてた」


 ワラミーさんが即暴露。


「なっ…!?なんですって!?」

「ギュネさん!抜け駆けなんてひどい!」

「1人だけ痩せようなんて!信じられない!」

「ち、違うのよ!もしかしたら、そういうのもあるかなぁ~…なんて」


 ギュネさんは集中砲火を浴びている。出し抜こうとするのは、そんなにヒートアップすることなのか…。


「ウォルトさん!なんで教えてくれないんですか!?」

「私達にも教えて下さい!冷たいです!」

「だって聞かれたことがないから…」


 ボクにも飛び火して大炎上。アニカとウイカも参戦して一気に収拾がつかなくなる。


「ふふっ。落ち着きなさい。ウォルトが困ってるわ。さすがに我が儘が過ぎるわよ」

 

 皆はアニェーゼさんの一言で冷静さを取り戻してくれた。やっぱり師匠は凄い。落ち着いたところで説明する。


「ボクが教えられるのは、昔から伝承されている痩せ薬にほんの少し改良を加えたモノです」


 使う素材はほぼ食材なので害はない。今日買ってきた食材に素材を加えるだけで作れる。この家には薬の素材が充実しているようなので、分けてもらって実際にやってみよう。調理場で実際に作ってみせると皆が真剣な表情で聞いてくれる。凄い集中力だ。


 叩いて潰して、刻んで炒って、出来上がった痩せ薬を粉末状にすりおろす。


「できました。どなたか試しに飲んでみますか?」

「「「「「はいはいはいはい!!」」」」」

「で、では……」


 全員が挙手する中で1人だけ眼力が違う。この中で最もふくよかな…。


「ワラミーさん。お願いします」

「やったぁ!」


 皆にブーブー言われる。なんというか、女性だけの集団だと反応が面白い。


「一度に飲む量はこの位くらいで、運動する前が効果的です。水と一緒に飲んでください」

「うん!……にっがっ!」

「苦味は直ぐに引きます」

「…ホントだ!身体が温かくなってきたぁ!」

「体温が上昇して痩せる効果があります。汗を掻きやすくなるので水分はこまめに補給してください。効果は1時間~2時間程度持続します。過剰に飲み過ぎると身体に毒なので、適量を守り飲むのは1日1回を厳守して下さい」

「わかったわ!」


 皆も頷いてくれてる。これで終わりかな。


「はい!」

「はい、マナカさん。なんでしょう?」

「私はお通じが悪いの。いい薬はないかしら?売っているのは高い割に効かなくて」

「幾つかあります」

「はいはい!」

「シャイニーさん、どうぞ」

「月の障りが重くてお腹が痛くて仕方ないの。いい薬はない?」

「痛みを緩和する薬があります」

「はいはい!私は肌荒れがひどいの!」

「はいはいはい!食後に胃がムカムカします!」


 次から次へと要望が飛び出す。最後のアニカのは…単なる食べ過ぎかな。全て作れるけどちゃんと伝えておこう。


「ボクは薬師ではありません。このメンバーだけで使用すると約束して頂けるなら作り方を教えます」

「それは大丈夫よ。私が保障する」


 アニェーゼさんが言うのなら安心だ。ココに住む人達は師匠の顔に泥を塗ったりしないはずだし、真剣に頷いてくれてる。


「素材を買ってくるので少しだけ待っていて下さい。ウイカ、アニカ、手伝ってくれる?」

「「もちろんです!」」

「お金は出すわ」

「後で頂きます」


 町で全て揃わなければ、町の外まで採りに行こうかな。皆に見送られて3人で買い物に出掛ける。





 素材を探しながら町を散策していると…。


「ふんふ~ん!」

「ふふ~ん♪」


 鼻歌交じりのアニカとウイカ。


「2人とも楽しそうだね」

「一緒に買い物できるなんて楽しいです」

「凄くいいよね♪気分は最高!」


 仲良し姉妹だなぁ。


「ウィッチ・イルの皆さんは喜んでましたね」

「きっと前から悩んでたんじゃないかな!」

「悩みがあっても男性が苦手だから言い辛いはずです。薬師や医者は男性が多いですし」

「ウォルトさんは信用されてます!女性特有の悩みは男性に打ち明けませんから!」


 なんとなくわかる。どんな依頼も自分が苦手な人には頼みにくい。相談したくても会話も上辺だけで終わる。悩みを伝えてもらえたことは信用されていると思っていいのかな。


 素材の仕入れを続けていると、大通りで声をかけられた。


「おいっ!お前っ!そこの獣人!」


 声の主を見ると、さっき出会ったイリーガル。周囲に獣人はボクだけなので、どうやらボクに話しかけている。


「なんでしょう?」

「さっきアニェーゼのババアのところにいたな!なぜ男がいる!?」

「貴方には関係ないでしょう」

「ウォルトさん、この方は?」

「アニェーゼさんの元弟子で、レスティーナさんの師匠だった人だよ」

「ホントですか!?コイツが…レスティーナさんの…!」


 2人は詳しい事情を知ってるのかもしれない。嫌悪感を隠そうとせず、睨みつけるような視線を送ってる。


「どうやってあのババアに取り入った?!」


 なんだと…?


「取り入る?」 

「あの家は女しか入れない!どんな手段を使った?!」

「ただの友人だ」

「すっとぼけやがって…!」


 コイツはなにが言いたいんだ?意味不明だし、往来で騒ぐのも迷惑でしかない。


「俺に協力しろ!」

「協力…?」

「あの家に入れるようにだ!お前が言え!」

「断る。お前、頭がおかしいのか?」

「なにを~!獣人ごときが偉そうに!」

「獣人ごときだと…?」


 歩み寄り目の前に立って見下ろす。


「もう一度言ってみろ…。獣人がなんだ」

「うっ…!」

「獣人を四の五の言われる筋合いはない。文句があるならケンカを買ってやる」

「うぅっ…!」


 イリーガルはスッと身を引く。


「なんだお前は?口から生まれたのか?」

「やかましい!お前になにがわかる…!」


 まったく話にならない。いい歳なのにまるで駄々っ子。子供なら可愛いけど癪に障って仕方ない。これ以上は話しても無駄な時間。グランジを思い出した。


 腹が立つけれど、1つだけコイツに興味があるので確認してみる。


「1つ提案だ。ボクと魔法戦をやってお前が勝ったらアニェーゼさんにお願いしてやってもいい」

「貴様ぁ…!俺をなめてるのか!」

「お前と一緒にするな。二言はない。やるのか?やらないのか?」

「魔法を使えもしないくせに…なにが魔法戦だっ!後悔させてやる!ついてこい!」


 プライドだけはあるようだな。初めて目にしたイリーガルの錆び付いた魔力。どうすればあんな魔力を操れるのか知りたい。この男は、ある意味稀有な魔法使いだ。


 町外れに空き地があるらしく、そこへ向かう。ボクを舐めきっているのかイリーガルの足取りは軽い。人が来そうにもない空き地で対峙する。


「おい!そこの女共!コイツが死んでも俺のせいじゃない。衛兵に証言しろよ!」

「いいよ」

「あり得ないけどね!」

「クソガキどもがっ…!一撃で終わりだ。食らえっ!『火炎』!」


 へなちょこ魔法を無詠唱で無効化する。今のが『火炎』?


「なにぃっ!?なぜ魔法が消えた?!」


 驚くようなことか?アニェーゼさんには悪いけど、コイツから魔法の才を微塵も感じない。知らない魔導師であっても魔力が磨かれているから尊敬できる。秘める力が凄いと信じられる。弛まぬ修練を重ねている証拠だから。  

 それに比べて、コイツの魔力は刀で例えるとなまくら。「凄い切れ味ですね」なんてお世辞にも言えない。


『氷結』『水撃』と連続で放ってくるも軽く無効化する。どう修練すれば魔力が鈍色になるのか興味をそそられてしまう。魔法戦で学ぶことがないと感じるのは初めての体験。


「はぁ…はぁ…。なぜだぁぁぁ~!?俺の魔法がぁぁっ!」

「お前の魔法は、アニェーゼさんどころかレスティーナさんの足元にも及ばない」

「そんなワケあるかっ!アイツに負けるはずがない!」

「獣人を倒せない奴が言うことか?もう魔法を操るのはやめたらどうだ?ボクに負けたら恥ずかしすぎるぞ」

「く、くっそぉぉぉ~!インチキ獣人めっ!」


 誰がインチキ獣人だ。呆れすぎて腹も立たない。いつもなら言い返すけど、そんな気すら起きないなんて生まれて初めて。

 コイツは過去に数人しか出会ってない自分より技量が下だと思う魔法使いの1人。偽サバトやカンノンビラの犯罪者以来か。一気に間合いを詰めて『睡眠』を使うとゆっくり崩れ落ちた。


 もう魔法戦は続行不可能。ボクの勝ちにさせてもらう。怒りはないに等しいけれど、獣人を蔑んだ言葉と殺す気で魔法を放った代償だけは払ってもらう。倒れた背中に手を添えて魔力回路を破壊した。

 なまじ魔法を操れるから捻くれた奴が変なプライドを持つ。また魔法を操りたければアニェーゼさんに頭を下げて回路の再構築を頼めばいい。

 心から反省すれば慈悲深くて心優しき師匠が助けてくれるだろう。コイツには許される余地が残されている。今回は気が済んだ。


「終わったよ。買い物を続けよう」

「はい」

「そうしましょう!」


 ボクらは何事もなかったように素材収集を続けた。





 ウィッチ・イルに戻り、素材と加工を説明しながら薬の調合を教える。自家製の薬を幾つか作っているようで、基礎は出来ているし用具も揃っているから全く不便はない。

 熱心にメモを取りながら調合を見学してる。薬の種類によっては魔法を付与するのも効果的なので伝えておく。魔導師が揃っているのに技術を使わない手はない。


「凄すぎるわ…」

「どんな薬でも作れそう…」

「師匠が治ったのも納得かも…」


 有難い評価だけど全て文献の受け売り。効果を高めるようアレンジしているけど誰でも思い付く。


「これで全て終了です。何度も作る内に自分に合う調合がわかってくるので、ひたすら作るだけです」


 アニェーゼさんが拍手してくれた。


「とてもタメになった。さすがね」

「好きでやってます」

「うふふっ。皆がより元気に過ごせるようになるわ。お礼をしたいけれど」

「必要ないです。さっきもらいました」

「ふふっ。鞠のことね」

「はい」


 新たな魔法を見せてもらう以上のお礼なんてない。薬の作り方では釣り合わないくらい。女性陣は早速薬作りに励んでいる。


「レスティーナは痛み止めを作りなさいよ!」

「サラこそ!痩せ薬を作って持って帰ろうって魂胆でしょ!そうはさせないわ!」

「まずは私よ!」

「いや、私よ!」


 どうやら痩せ薬が大人気。アニカとウイカも参戦してる。とにかくケンカしないでほしい…。2人は住み家で作ればいいし。

 ちなみにボクは全員痩せてると思う。ただ、女性の体型について不用意に発言すると大変なことになるので言わない。皆は最終的に骨と皮になりたいのかな?


 そんな女性陣を横目にアニェーゼさんに伝える。


「素材を集めている途中でイリーガルに絡まれました」

「そうなの?」

「獣人を蔑み殺す気で魔法を放たれたので、眠らせて魔力回路を破壊しました」

「魔力回路を破壊した…ですって…?」

「再構築するまで魔法は使えません。いずれアニェーゼさんに泣きついてくると思うので、事前にお伝えしておきます」

「そう…なのね…」

「後の判断はお任せします。アニェーゼさんの判断で再構築して頂ければ」

「……うふふっ。そうするわ。教えてくれて…そしてその程度でイリーガルを許してくれてありがとう…」


 複雑そうな表情だ。気にかけている弟子に被害があったのだから、ボクに文句を言いたいかもしれない。

 けれど、あえて完全に破壊せずアニェーゼさんの判断に任せるだけの余地を残した。ボクなりに譲歩した結果。非難されるなら仕方ない。


「今後のタメに言っておくわね」

「なんでしょう?」

「世の中にはウォルトにしかできないことも確かにあるのよ。覚えておいて」

「わかりました」

「よかったのかもしれない…。新たな被害者を生むかもしれないと知っていながら、きっと私は一生踏ん切りがつかなかった…。ありがとう」


 なぜ感謝されてるのかわからない。アニェーゼさんは吹っ切れたような表情を浮かべた。


「悩みを解決してもらってばかりの1日だったわね。ウォルトも疲れたんじゃないかしら」

「疲れはないです。少しだけ皆さんと近付けた気がしました」

「かなり近付いたわ。皆はもうウォルトを警戒していない。1つ前進ね。うふふっ」

「あと、滋養の薬を持ってきたのでお渡ししておきます」

「ありがとう。ウォルトは気遣いができて優しいからモテるでしょう?」

「モテないです。モテたこともないです」

「あら。鈍色の魔力も大概にしないと大変なことになるわよ」

「どういう意味ですか?」

「内緒よ。自分で考えなさい」


 鈍色の魔力…。これからも魔法を磨けってことだな。イリーガルを反面教師として頑張ろう。

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