473 グランジ騒動 その後
闘い終えたマルコは、ウォルトと共に真っ直ぐフクーベの家に向かった。
「じゃあ、また」
「はい。またっす」
「遊びにいくからね!」
「待ってるよ」
ウォルトさんは、セナやメリッサと一言二言だけ交わして笑顔で家を後にした。多分俺の身体を気遣ってフクーベまで付いてきてくれた。優しい人だ。
「兄ちゃんはすごい!すぐ治ったね!さす冒険者!」
「そうだろ。凄いだろ」
セナは駆け回って大喜び。まだ眠かったのか、それともホッとしたのか、直ぐに眠ってしまったけれど。
「気は晴れたの?ホントに勝ったんでしょうね?」
メリッサにも感謝だ。俺が倒れていた間、セナの面倒を見てくれた。
「勝ったぞ。ウォルトさんのおかげで」
「どうなったの?」
「グランジも含めて全員森で眠ってる」
「そう…。激しい闘いだったのね…」
「あぁ。10人だ」
「えっ…?」
「全部で10人いたんだ。余所の国の傭兵だってグランジは言った。ウォルトさんがほぼ1人で殲滅した」
「それ、本当なの…?」
コクリと頷く。
「噓なんか言わない。殺された傭兵も言ってたけど、ウォルトさんは化け物だ。体術も魔法も半端じゃない。なにを詠唱してるのかすらわからない魔法もあった。冒険者なら間違いなくAランク以上だ」
Sランクでもおかしくない。そのくらい強い。しかも、相手が人であろうと敵を傷つけることに躊躇いがない。
「信じられない…。弱そうに見えるのに…」
「強いのは知ってたけど正直あれほどとは思ってなかった。俺じゃ逆立ちしても勝てない」
「そう…。きっとマルコを守ってくれるつもりだったのね…」
「それは違う。ウォルトさんにそんなつもりはなかった」
全てが終わって俺もそう思った。どんなことが起きてもフォローしてくれるつもりだったんだろうな…と。でも、帰り道で意外なことを言われた。
「マルコは元通りの体に戻れないかもしれないのに、やり返したいと言った。そして、やってのけたから本当に凄いよ」
「そんな格好いいモンじゃないっすけど」
「望み通り闘えたから、たとえ死んでも文句を言わなかったろう?さすが冒険者だ。覚悟が違う」
え…?
「あの……もし俺がアイツに殺されてたらどうしてたっすか…?」
「その時はボクがアイツと闘ってた。勝てたなら、セナの今後を考えてただろうね」
「ちょっと助けてやろうとか…?」
「助けられて勝っても嬉しくないだろう?」
「そ、そうっすね」
要するに…俺が危機に陥ったとしても助ける気は毛頭なくて、本気で俺に任せた。『お前が望んだんだから、負けて死んだとしても本望だろう?』ってこと。背水の陣のような心意気が格好いいと褒めてくれた。
ただ、目の前で危機に陥ったならきっと助けてくれた。間違いない。実際『身体強化』の付与や、平等にするために相手を痛めつけたのも俺を援護してる。そんなつもりでやってないだけ。
獣人であるウォルトさんは、例に漏れず『同害報復』の思考で行動する人に思える。いい意味では、優しさには優しさを返してくれる恩を忘れない性格。けど、相手が殺す気で来るのなら非道に思えることも一切躊躇しない。まさに殺るか殺られるかの2択しかない。
だから…命懸けで勝った俺のボロボロの姿を「最高に格好よかった」と言ってくれたのは心からの褒め言葉。今になって喜びが込み上げる。そして安堵の気持ちも。
治癒魔法で傷が治っても、身体は重くて少し動いただけで息も切れる。それでも、この手でアイツらをぶちのめしたかった。
負けるかもしれない…と、敗北が何度も頭をよぎりながらも倒せた勝因は、ただの気合と運。泥臭く粘り強く闘って、冒険者としての…俺の意地で勝ちきった。
勝負は実力だけで決まらないことを身を以て学んだ。諦めない奴が勝つことがあることを。あと、頭領みたいな奴はウォルトさんの一撃で相当足にきてたな。結果、やっぱり助けられてる。
「なんでもいいけど、ちゃんと理由は考えてるの?」
メリッサの声で我に返る。
「理由って?」
「大怪我が短期間で治った理由よ」
「あぁ、それは……………メリッサ、頼む」
「はぁ?どういう意味?」
「メンバーには悪いけど、俺はしばらく寝たきりってことにする。穴埋めは必ずするから、メリッサの治癒魔法で徐々に回復した…ってことにしてくれないか?」
幸いメリッサは治癒魔法を使える。
「えぇ~~?まったく誤魔化せる気がしないんだけど。並の治癒魔法で治る怪我じゃないよ」
「そこをなんとか。ウォルトさんのことは誰にも言わないと誓ったんだよ。約束を破るような恩知らずになりたくないんだ」
「私もだよ。兄さんの件でもの凄くお世話になってるんだから。…頑張ってみるしかないか!」
「ありがとう。助かる」
俺が負った怪我は高名な治癒師の魔法でも後遺症なしで完治することはあり得ないと言い切れる。とりあえずやるしかない。完治したのがバレたら治癒師界隈が騒然とすること間違いなし。
その日から俺達の隠蔽工作は始まった。忙しそうな治癒院からの往診も「どっちみち、冒険者に復帰するのは難しいから…」と、半ば諦めたような猿芝居で断ってなんとか誤魔化した。
普通に治療を受けた場合、どの程度の期間で動けるようになるかは予想できる。長い期間芝居しなくちゃいけない。けど、完璧に治療してくれた恩に報いるためと思えば返し足りないくらいだ。
満足に動けないフリは暇で仕方ない。パーティーメンバーに申し訳ないけど、冒険に復帰したら存分に恩を返させてもらう。家でやれるのは身体を鍛えることくらいだから、メリッサが毎日来てくれて本当に助かる。
よかったのは、俺がずっと家にいるからセナが喜んだこと。心配をかけた分、遊んであげられてよかった。ウォルトさんのところに行きたがって宥めるのに苦労したけど、暇を見て顔を出さなきゃな。
★
グランジ騒動から数日後。
ウォルトの住み家をボリスが訪ねてきた。用件は聞かなくてもわかってる。そして長い話になることも。
「フクーベで起こっていた連続傷害事件がパタリと止んだ」
カフィを飲みながら独り言のようにボリスさんが呟く。
「犯人の目星は?」
「調べはついてる。お前が言った通りグランジとその一味だ」
「奴らはココにも来ました」
「そうか。奴らはどこにいる?」
「この森で眠っています。もういないかもしれませんが」
下手な冗句のあとお茶をすする。今日も美味しく淹れられた。
「雇われていたのはどんな奴らだ?」
「傭兵だと言っていました。訛りからすると東の国だと。名前は知りません」
伝書鳥は東に向かって飛んだ。おそらくあの国で間違いない。
「所持品は?」
「森を汚すゴミは綺麗に燃やすことにしてます」
「……ふぅ。ウォルト」
「なんでしょう?」
「もっと上手くやれないのか?」
「上手くやるとは?」
「犯罪者を法で裁き、罪を償わせねば被害者は報われない。そのタメに衛兵はいる」
「衛兵の任務は理解しているつもりです」
「犯人だと確信していたのなら引き渡すという選択肢はあっただろう。魔法で捕縛して詰所に連行することは可能なはずだ。お前の技量でできないはずがない」
「買い被りです。仮にできたとしても必要性を感じません」
「なぜだ?」
「犯罪者の逮捕は衛兵の仕事。森に住む獣人がすべきことじゃない」
「逮捕しろとは言っていない。協力しろと言っている。おかしくないだろう」
意味不明だ。ボクの理屈をこの人に言ってわかってもらえるだろうか?
「グランジの一味がボクの友人を襲ったことを貴方に伝えましたが、本当は伝えるつもりはなかったんです」
「なんだと?」
「情報を提供して捜査に協力したつもりでした。でもアイツはココに来た。だからボクの理屈で行動しただけ。その前に衛兵が捕まえていれば今頃牢屋にいた。直接被害のないボクには暴力を振るう正当性もない」
そうなれば、マルコには報復する理由があるけれどボクにはない。ただ、グランジが予想通りの行動をとったから結果がこうなっただけ。
「奴らの足取りを掴めなかったのは事実だが、俺達も力は尽くした。ほんの一面だけを見ようとするな」
「口ではなんとでも言えます。アイツがココに現れたのは貴方の怠慢です」
「…なんだと?」
ボリスさんは鋭い視線を向けてくる。気に食わない発言だとしても、事実だから仕方ない。
「貴方がアイツを追って来ていれば、説明すら必要なかった。その目で真実を目にしたはず。いかなる理由があれど、対処が遅れた衛兵に四の五の言われる筋合いはない」
「ぐっ…」
「本気で捕まえたかったのなら護衛に来て現れるのを待つ手もあった。ボクならそうします。自分の行動を棚に上げてもっと協力しろと?己の任務すら果たさない相手になぜ協力する必要があるんですか?」
いつまでたっても上から発言してくる。勘違いも甚だしい。話せば話すほど頭に血が上るけれど…冷静になろう。ボリスさんは悪気なくこういう人物だと既に知っている。
「グランジを引き渡したとして、償いはどうなりますか?」
「法に則って決まる。公正な裁きを受けさせることで、大勢の被害者が納得することができる。今回の被害者達は無念に涙せざるを得ない」
「公正な裁き?納得いかない結果になれば二度手間です。ボクが納得いくよう裁いてもらえるのなら協力させてもらいます」
「無理だ。お前を納得させるタメに法があるんじゃない」
「だから引き渡す必要性を感じないんです」
「むぅ…」
判決が気に入らなければボクは自分の理屈で罪を償わせる。つまり手間が増えるだけ。見ず知らずの他の被害者の心情まで気にしていられない。
「ボリスさんは、被害者に向かって「犯人は捕まえた。奴らは法によって裁かれる。どんな判決であれ納得しろ」と言うんですか?」
「当たり前だ。それが大前提になる」
法を遵守するボリスさんらしい返答。裁判にかけ、罪を償わせることで被害者全てが報われると信じられるのか。たとえ…納得しない者がいても、この結果が最善であると。
「ボクは納得いくように行動すればそれでいいと思います」
「お前の理屈だと、早い者勝ちで復讐した者だけが報われる。老人や子ども…そんなことができない者も大勢いる。世の秩序を守り、平等に尊厳を保つために法は存在するんだ」
「報復だけが納得の手段じゃないでしょう。それに、世の中に平等なんて存在しない。想いは千差万別だから各々が動けばいい。人に与えられて満足なんてない」
「お前は…自分の考えが正しいと思っているのか?」
「微塵も思ってませんし、その言葉はそのままお返しします。ボクはこういう獣人なだけです」
結局、法を整備したのは人。守るも守らないも人のやること。罪人を捕まえるのも人なら、刑を執行するのも人。そして、救ってくれるのも、優しさをくれるのも人。ボクは法に救われた経験がない。でも人に救われたから感情優先で考えたい。
それにしても、法は万能ではないのに妄信が過ぎる気がする。則る者は則ればいいし、素直に受け入れる人も否定しないけど、押しつけられるのは心外。
「世界の秩序を乱しても、世界を揺るがすような事件を起こしてもいない。ただやられる前にやっただけ。法に縛られた理想郷について語りたいのなら余所でお願いします」
「…言っておくが、お前の理屈がどうであれ多くの者を殺めた理由には不十分だ」
「正当防衛だと思ってます」
「お前は傷1つ負ってないのにか?」
「傷を負うと反撃できません。相手は武装した傭兵10人でした。グランジを入れると11人です」
「傭兵が10人か…」
「闘うからには負けるつもりはない。殺しに来たのならこちらもその気でいく。おめおめと死ぬつもりはない。理解できないと言うのなら一向に構いません。ボクの話を信じる必要もない」
「お前を逮捕する…と言えば?」
「今すぐ詰所に同行します」
ただし、納得のいく説明を受け、適切な罪状でなければ…事後気の済むように行動するけれど。
「……ふぅ。もういい…」
呆れたような、疲れたような顔のボリスさん。噛み合わないから疲れるだろう。
「1つ提案なんですが、ボクらは会わない方がよくないですか?」
ボリスさんは以前より歩み寄ってくれてると感じる。だからボクもそうしたいと思ってグランジの所業を教えたりもした。
だけど上手くいかない。意思疎通が足りないのかもしれないけど、ボリスさんの主張に従うつもりは毛頭ない。本当はボクを怒鳴りつけたいだろう。ただしお互い様だ。
『正義』と『我流』では歯車が噛み合わない。譲り合いとか落とし所以前の問題で、水と油のように決して混じることはないと思える。
「…そうかもしれんな」
「あまり親しくすると、ボクを捕まえにくくなるでしょう?」
「お前が言うか」
ボリスさんは珍しく苦笑した。
「衛兵である貴方の信念はブレてはいけない。きっとボクは貴方の信念から遠いところにいます。付き合っていい影響はなく相容れません」
「理解できないことばかりだ……が、だからこそだ。自分の理解できない感情や理屈を学ぶ必要はある」
難問に立ち向かう向上心は素晴らしい。けれど、世の中には解けない問題も存在すると思う。
「ボリスさんは真っ当だと思います。嫌味ではなく、真面目に守るべきことを守り民の生活を守っている。でもボクは違います」
「どういう意味だ?」
「貴方に守られるべき存在じゃない。必要ないんです。望んで世界から隔離された獣人は埒外で構わない」
「お前は…カネルラ国民じゃないと言うのか?」
「カネルラ国民だと思ってます。でも、法や衛兵の力が及ばないところで生きていると思ってもらえれば」
「難しいことを言う。お前は確かにココにいるだろう。俺達と同じ国、同じ世界に」
「ボクの日常生活…いわゆる自分の世界に衛兵は存在しません。現状困ることもない。だから無視していいと思ってます」
「国民であるのに助けるな。いないも同然という主張はとても受け入れられない。俺達とお前の存在が否定される」
「衛兵も人で、守れる範囲に限界はある。ボクはその範囲外にいて、互いに干渉しないのが最善では?昔は…ボクの世界に確かにいたんです。フクーベにいた頃、衛兵にお世話になったことがあります。もちろんいい意味で。だから多少の理解はありますが…」
なんとなく譲歩したっぽいことを言ってみる。意味不明だけど嘘じゃなくボクに言える精一杯。
「……ふっ。納得したとは言えないし縁は切らない」
「別に構いません」
そうした方がいいと思っただけで、別に無理して縁を切りたいわけじゃない。
…そうだ。せっかく足を運んでくれたから…。
魔力紙を取ってきて、『念写』を操る。
「コイツらは…誰だ?」
「ココに来た傭兵全員の顔です。名は知りませんが渡せる情報がこのくらいしかないので」
「こちらで役立てる」
ボリスさんを見送ってその後も1人でお茶を楽しむ。ボリスさんとボクは同じ人種で、相当頑固だから互いに退かずいつも話は平行線に終わる。
それでも、ころころ意見が変わる者と違って信用できる。信念があるから言いたいことを言えて相手の言葉も自然に耳に残る。
ただし、主張しあって物事がいい方向に進むのか?ボクの答えは『微妙』。
★
同日、カネルラ王城ではシノが部下の報告を受けていた。
「わかった…。引き続き警戒を続けろ…。情報収集も怠るな…」
「わかりました」
部下の報告を受けてサスケを呼び出す。
「サスケ…。ちょっと来い…」
「はい」
基本的にお飾りのシノ専用個室へと移動する。
「お前はどう思った…?」
「さっきの報告ですか?必要があれば対処部隊を編制します」
「当たり前だ…。ソイツらは…生きていると思うか…?」
「どういう意味ですか?」
部下の報告では、他国から10名程度の傭兵とおぼしき不審な輩がカネルラに入国し、フクーベで不穏な動きをしている。輩の侵入から直ぐに街で連続して事件が発生し、ソイツらが関わっている可能性が大だと。
他国民にカネルラで好き勝手はさせない。衛兵で対応できないなら、早急に手を打つ必要があると考えていたが、フクーベにいる部下から『2日前の夜、奴らは動物の森へ入って以降動きがない』と連絡が入った。
「俺の予想では…もうカネルラにはいまい…。若しくは、この世にな……」
ただの勘だが自信がある。
「なぜ、そう思われるんですか?」
「フクーベから近い動物の森には…アイツがいる…。忘れたのか…?」
「まさか……彼が関与してると言うんですか…?」
「可能性だ…。輩がアイツに絡んだらどうなる…」
「わかりません。ただ、彼は命をとるようなことはしないと思います。遭遇する可能性も低く深読みしすぎかと」
友人に対する信頼か。優しき友人が人を殺めたりするはずがない、と。
甘いな…。獣人は直情で動く。ウォルトとて同じだ。それが獣人という種族であり、害なす者に容赦しない性分は強さの源でもある。人を殺めることに大義名分など必要ない。数多の戦場を駆けたフィガロが英雄視されていることがなによりの証明。
「話はそれだけだ…。ソイツらが何者か判明したら…直ぐに教えろ…」
「わかりました」
侵入者の身元が割れるまでに、さほど時間はかからなかった。サスケから報告を受ける。
「フクーベの衛兵から情報を得ました。当該侵入者は10名。【アリューシセ】の傭兵集団【毒蝮】の一味です」
「アリューシセか…。面倒事を持ち込んでくれる…」
カネルラの東に位置する隣国アリューシセ。国交関係は良好だが、内乱や戦争に身を投じることも多く、400年前のカネルラ戦争時には利を掠め取ろうと企んだと暗に囁かれる。
カネルラに侵攻を謀った歴史はなく、国策として他国からの武力行使に【過剰防衛】を貫く珍しい国。攻め入らないが、やられたら倍返しが信条。危害を加えられない限り平和を基調としつつ、いつでも対応できるよう戦力確保に余念がない。実際にアリューシセを陥落した国家は過去に存在しない。
アリューシセには傭兵集団が多く存在し、平時においては外国で戦乱に身を投じている。他国で腕を磨き、自国で戦乱が起これば直ぐに帰還して活動する。
ただ、屈強な傭兵として名を馳せる者の中には、闘いに染まり国王ですら制御できない者が一部存在していると聞く。
今回の事件を起こしたのもソイツらだと予測できるが、結局のところ消息不明。仮にウォルトが闇に葬っていたとしても、どこかの戦場で死んだよう処理されるだけだろう。
「事件を先導していたのは元フクーベの悪徳金融業者だそうです。金で雇ったのでしょう」
「下らんな…」
「やはり彼が関与しているとは考えにくいのでは?10人は1個分隊に相当します。手練の傭兵集団だと判断したからこそ、暗部も直ぐには動きませんでした」
「制圧には頭数が必要だから…か?」
「はい」
「ククッ…。容易い…」
「なにがです?」
「アイツにとっては容易い…。まだ甘いな…」
サスケは目を細める。
「…お言葉ですが過大評価だと思います。彼は強者ですが、暗部と違い実戦経験が足りません。本人も認めていました。現実的に考えて複数の傭兵を相手に殲滅するのは困難です。おそらく国外に脱出したかまだ潜伏しています」
「もういい…。下がれ…」
「…失礼します」
不満げなサスケが退室しドアが閉まる。
過大評価だと…?あり得ない思い違い。そんな生易しい男じゃない。
感情的な性質の獣人であるのに、存分に知恵を働かせ油断しない。常に最良の策を探り実行する賢さに加えて狡猾さも併せ持つ。
実戦経験が少なかろうと、アイツの技量があれば関係ない。むしろ実戦経験がない者があれだけの技量を備えているワケがない。魔物との戦闘でも磨いているだろう。
その上、ウォルトには本人が意図しない2つの武器がある。それは、『弱者に見える』ことと『獣人は魔法を使えない』という固定観念。
狙わずして効果的に油断を誘う風体と雰囲気。与し易いと思わせてその実は類を見ない凶悪な魔法を操る魔導師なのだから雑魚は油断している間に即死。仮に気付いたとしても、序の序でなければ時既に遅し。死への階段を登り始めている。
傭兵共が危害を加えようとアイツに絡んでいた場合、ほぼ間違いなく森の土に還っているだろう。見誤ること自体が珍しいが、サスケの評価は正しくない。それほど異質な存在だ。
アイツを倒すのは決定事項。暗部の戦力増強のタメにも引き入れる必要がある。




