471 憎まれっ子世に憚る
「ウォルトさん。お久しぶりっす」
「久しぶりだね。元気だった?」
住み家で畑仕事をしていると、冒険者のマルコが訪ねてきてくれた。日に焼けた身体が一段と逞しくなってる。
「元気っす。あり余ってるっすね」
「セナも?」
「元気すぎて、言うこと聞かなくて困ってるっす」
「ははっ。いいことだね」
「間違いないっす」
セナの病は治ったと思っていいのかな。住み家の中に招いて冷たいお茶でも飲んでもらおう。
「気ぃ使ってもらって、すんません」
「気にしなくていいよ」
「最近は、冒険者亡くなってないっすか?」
「いないね」
「よかったっす」
森をあちこち駆け回っているけど、亡くなった冒険者は見かけてない。
「マルコは逞しくなったね。ランクが上がったんじゃないか?」
「はい。Bランクになったっす」
「そうか。おめでとう」
「まだまだっす。もっと上を目指してるんで」
憧れのハルトさんを目指してるんだろう。頑張ってほしい。
「ところで、今日はなにかあった?」
「ウォルトさんに言っておきたいことがあって来たっす」
「なんだい?」
「グランジを覚えてるっすか?」
「よく覚えてる」
フクーベの悪徳金満クソ野郎だ。
「アイツがフクーベに帰ってきたみたいっす」
「帰ってきたって…どこかへ行ってたの?」
「何者かに根城をぶっ壊されて商会は壊滅したっす。金も部下もいなくなって、街を出て出稼ぎ労働者になった…って言われてたんすけど、最近フクーベで見かけたって噂があるっす」
「そうか」
悪徳とはいえ立派に金を貯め込むような輩だ。悪知恵は人一倍あるだろう。しぶとく生きていてもおかしくない。
「アイツは執念深いんす。雇われの頃「俺を舐めた奴は忘れない!」って言ってました。ウォルトさんには念のため知らせておこうと思って」
ボクはアイツを虚仮にしたからか。
「ありがとう。もしココに来たらそれ相応に対処するよ」
「ウォルトさんはいつも平常運転っすね」
「怯えても仕方ないから楽観的なだけだよ。もし来るなら早くしてほしいけど」
「なんでっすか?」
「ボクもアイツに対する怒りを完全に忘れたわけじゃない。お互い様だよ」
根城を破壊して一旦気が済んだというだけ。やられたことは忘れてない。気持ちが再燃するのも早い。
「大変なことになるかもしれないっすね」
「絡んでこなければなにも起こらないよ。全て向こう次第だね」
遠くまで足を運んでくれた親切なマルコを料理でもてなしてその日は別れた。
数日後。久しぶりにマードックが住み家を訪ねてきたから常備している酒と肴でもてなす。ナバロさんの選定だから美味しいはずだ。
「この酒はうめぇ。下戸のくせに知ってやがる」
「ところで、なんの用だ?キリアンか?」
面倒くさがりのマードックには単刀直入に訊くのが一番。
「違ぇよ。お前には一応言っとこうと思ってな」
「なにをだ?」
「グランジがフクーベに帰ってきた」
「この間、マルコから聞いたよ」
「そうかよ」
なんだかんだ言って気にかけてくれる。マードックはそんな面倒くさい獣人だ。
「じゃあ、マルコがやられたのは知ってんのか?」
「やられた…?」
「やっぱ知らねぇか。昨日、人気のねぇとこでボロボロになって倒れてたってよ。ひでぇ怪我だったらしい。アイツは最近俺らとも絡んでっから聞こえてきてな」
「まさか…グランジがやったって言うのか?」
「知らねぇよ。ただ、見たこともねぇ奴らがグランジと一緒にいたっつうのは聞いた。関係あるかは知らねぇ」
「そうか…」
なんにせよ、マルコがひどい状態ならセナは1人の可能性が高い。直ぐに行こう。
「情報ありがとう。助かる」
「けっ!一応な」
「ゆっくり食べて飲んで帰ってくれ。住み家にあるのは全部飲んでいいから。鍵は渡しておく」
「いらねぇよ。俺も帰るわ。マルコは治癒院にいるみてぇだ」
「わかった」
マードックと住み家を出て、魔法も使って全力でフクーベを目指す。なぜかマードックも駆け出したけど一瞬で置き去りにした。
フクーベに着いて治癒院に向かう。幾つかあるけれど、まずはリンドルさんが勤めている場所へ向かった。
「すみません。誰かいますか?」
辿り着いて呼びかけると女性が対応してくれる。
「どうかした?」
「こちらに、マルコという冒険者が運ばれてませんか?」
「マルコ?私にはわからないわ」
「そうですか。ありがとうございます」
直ぐに出ていこうとして…。
「ウォルトじゃないか!ちょっと待ってくれ!」
「お久しぶりです。リンドルさん」
元気なリンドルさんが部屋から顔を出した。
「どうしたんだ?」
「ボクの友人が来てるかと思って。マルコという名前なんですが」
「知ってるぞ。『名無闘士』のだろう?だが、もうココにはいない。今、治癒院は大忙しでな。家に送り届けて往診で対応だ」
「そうですか」
リンドルさんは親切だ。
「ありがとうございます。行ってみます」
「…そうだ!ウォルトに頼みがある!」
「なんでしょう?」
「薬師の資格を取ってくれ!」
「お断りします。では、また」
「まて、ウォルト!最後まで私の話を聞いてくれっ!こらっ!」
今はそんな下らない話をしてる場合じゃない。逃げるように飛び出した。
マルコの家のドアをノックすると、しばらくして顔を出したのはメリッサさん。
「ウォルトさん!お久しぶりです」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
森で亡くなった冒険者のリンクスさんを引き取りに来たとき以来の再会。
「その節はお世話になりました」
「お気になさらず。マルコはいますか?怪我したと聞いて来ました」
「どうぞ。入って下さい」
通された部屋のドアをそっと開けると、ベッドに横たわるマルコの姿。傷が酷いのか、あちこち包帯で巻かれて顔も片目しか見えてない。
「ウォルト兄ちゃん!」
「セナ。久しぶりだね」
「兄ちゃんが……兄ちゃんがぁ………わぁぁ~ん!」
セナはボクに抱きついて泣きじゃくる。そっと抱きしめて優しく背中をさすった。「大丈夫だよ」とゆっくり伝えながらセナが落ち着くのを待つ。
「…ウォルト…さん」
泣き声に反応したのか、目を覚ましたマルコがボクを見ている。
「兄ちゃん!」
「…セナ。泣くな…。男だろ…」
「………なかないっ!」
「いい子だ…」
マルコはゆっくり手を伸ばして、涙を堪えるセナの頭を撫でた。
「…すんません。わざわざ…来てくれたんすか…?」
「マードックから聞いたんだ」
「そっすか…。あの人は…優しいっすね…」
「話して大丈夫なのか?」
「大丈夫っす…。相当痛いっすけど…治療でかなりマシになってます…。冒険者なんで…耐えられる痛みっす…」
「なにがあったか教えてくれないか?」
マルコは天井に視線を移した。
「予想通りっすよ…。グランジの奴が…絡んできて…見事にやられちまったっす…」
「見かけない奴らと一緒にいるってマードックから聞いた。ソイツらにやられたのか?」
グランジでは逆立ちしてもマルコには勝てない。
「そうっす…。夜、家に帰ってる途中で…闇討ちされたんすけど…」
「そうか。グランジの目的は?」
「フクーベにいる…裏切ったり…虚仮にした奴に復讐する…って。俺も…対象だったみたいっすね…」
だったらボクのところにも来るな。
「悔しいっす…。結構強くなったと思ったんすけど…。Bランクが聞いて呆れるっすよ…」
「そんなに強かったのか」
「正面からやりあえば…。けど…もう無理っす…」
「なぜ?」
「アイツらは…一切容赦しなかった…。手も足も潰されて、目もナイフで刺されて…。もう、完全には治らないっす。冒険者に戻るのも…無理っすね…」
「そんなぁ!兄ちゃん!」
「マルコ…。まだわからないじゃない…」
セナはマルコが冒険が好きなことを知ってる。メリッサさんも心配してくれてる。
「ソイツらが何者か心当たりは?」
「ないっす…。ただ…独特の訛りがあったんで…余所の国の奴だと思うんすけど…」
「そうか…。教えてくれてありがとう。1つだけ聞きたい」
「なんすか…?」
「マルコは治ったらやり返したいのか?」
「……男なら、誰だってやられっぱなしは嫌っすよ…」
「わかった。セナ、ちょっといいかい?」
「なに?」
セナに『睡眠』を付与する。ゆっくり倒れる身体を優しく受け止めて、そっと隣のベッドに寝かせた。
「なにを…したんすか…?」
「少しだけ眠ってもらった。目が充血してる」
心配で眠れなかったのか泣き疲れているのか。どちらにしても少し休ませてあげたいと思った。今から、少し時間がかかることをする。
マルコの近くに立ち身体に手を翳す。
「ウォルトさん…。なにを…?」
『治癒』
「えっ…!?」
「これは……まさか魔法…っすか…?」
「ボクの治癒魔法では、どこまで回復するかわからないけど」
使える魔法の中でも治癒魔法にはちょっとだけ自信がある。5種の治癒魔法を習得したことで、混合して付与できるからなんとか人並みに治療できてる。
既に治癒師の治療を受けているマルコなら、ボクの追い治療で完治できるかもしれない。その可能性に賭ける。マルコはなにか言いたそうだけど、黙って治療を受けてくれた。
「終わったよ。どうかな?」
マルコは上体を起こす。
「ありがとうございます…。もうどこも痛くないっす…」
「うそ…」
「上手くいってよかった」
30分くらい時間はかかったけどどうにか治療できた。しかし、マルコの言う通り容赦しない奴らだったんだろう。治癒魔法で処置されたとはいえ、あらゆる部位の肉や骨が潰れて眼球は刃物で深く突き刺されていた。まだ相当な痛みが残っていたはずなのに、音を上げなかったマルコは我慢強い。
「目は?」
「見えてるっす。ちょっとぼやけてますけど、コレだけ見えたら充分です」
「もっと綺麗に治るはずだ。最良の治癒魔法を探ってみる」
細かくマルコに確認しながら魔力を微調整して治療すると、ハッキリ見えるようになったみたいだ。治癒魔法は、怪我してから治療まで早ければ早いほど綺麗に治る可能性が高い。今回はまだ早くて間に合った。
「ウォルトさんは……マジで魔法使いだったんすね…」
「マジでって…どういうこと?」
「メリッサの亡くなった兄貴からの手紙に「白猫の魔法使いにお礼を言ってくれ」って書いてたらしくて」
メリッサさんを見るとコクリと頷いた。
「そうか…。リンクスさんが…」
信じて…くれてたのか…。
「俺は「そんなワケない」って言ったんすけど……すみませんでした」
「信じなくて当たり前だよ。獣人だし騒がれたくないから内緒にしてる」
「俺は誰にも言わないっす。信用して下さい」
「私もです。絶対に言いません」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
「セナに見られなくてよかったかもしれないっす。お喋りなんで」
スヤスヤ眠るセナは、気持ちよさそうに夢の中。
「子供は元気ならそれでいいさ。それより、今後の話をしたいんだけど」
「今後の話って、なんすか?」
「気になることを確認してくる。それまで家にいてくれないか?」
「わかったっす」
「じゃあ行ってくる」
ボリスさんに会いに行こう。
衛兵の詰所を訪ねると、直ぐに対応してくれた。外に出て話す。
「ここ何日かフクーベで怪我人が続出しているんじゃないですか?」
「その通りだ。調査を進めているがなぜ知ってる?」
「グランジが帰ってきたと聞いたので。ボクの友人がアイツの連れてきた輩に襲われて、大怪我を負いました。アイツを舐めた者に対する復讐らしいです。喋りに余所の国の訛りがあったと聞いてます」
リンドルさんは治癒院が忙しいと言っていた。もしかすると、グランジ絡みで怪我人が増えているんじゃないかという推測。だから、マルコのような重傷者も治癒院に寝かせておけないんじゃないだろうか。
「警戒を強めておこう。で、他にもあるのか?」
「それだけです」
「お前のところにも来るだろうな」
「もう来てるかもしれませんね」
とはいえ、闇討ちをするような輩が真っ昼間から襲撃するとは思えない。
「どうする気だ?」
「どうもこうもないです。なるようにしかなりません」
「…そうか。気を付けろ」
「ありがとうございます。確かに伝えましたよ」
「あぁ。確かに聞いた」
最近のボリスさんはボクを理解しようとしてくれている。であれば、ボクも有益な情報は伝えて捜査に役立ててほしいと思った。とんぼ返りでマルコの家に戻る。
「マルコ。グランジはボクのところにも来るだろう」
「間違いないっすね」
「衛兵も動いてる。アイツらの犯行はそう長く続かない。やるだけやって雲隠れの可能性もある。来るのは今日辺りだろう。一緒に来るかい?」
「いいんすか…?」
コクリと頷く。
「行くっす!」
「ちょっとマルコ!いくら治ったといってもついさっきなのよ!セナが心配するわ!」
「そうかもな。けど、やられっぱなしのダサい兄ちゃんで終われない。アイツらをぶちのめして、弟に格好いいと思われたいんだ」
「……バカ」
「セナを頼むよ。必ず帰ってくるから上手く誤魔化しといてくれ。ウォルトさん、行きましょう!」
「わかった。メリッサさん」
「はい」
「マルコを信じて待ってて下さい。ボクも含めて、男は皆バカなんです」
やられたらやり返したい。たとえ身体が満足に動かなくても。絶対に勝てないとわかっていてもだ。理屈じゃなく感情の話。ボクはマルコの気持ちが痛いほどわかる。同じ気持ちを何百回と味わってきたから。
「ウォルトさんはいいこと言うっすね!…っしゃあ!行きましょう!」
ボクとマルコは家を出て住み家を目指す。




