470 覗き猫現る
診療所をあとにしたウォルトは実家を目指し歩く。といっても距離はさほどない。ゆっくり歩いても直ぐに辿り着いた。
コンコンと玄関のドアをノックすると足音が近付いてくる。
「はぁい~」
間抜けな顔をした三毛猫が顔を出した。
「ただいま」
「ウォルトじゃない!おかえり!…って、うらぁぁっ!」
「ちょっ…!あぶなっ!」
母さんはいきなり殴りかかってきた。どうにか跳び退いて躱す。
「なんでいきなり殴るんだよ!危ないだろ!」
「どうやら本物みたいね…。アタシの猫パンチを躱すとは…」
「意味がわからない…」
凄く弱そうな技の名前だし、偽物でも躱せると思う。
「この間4姉妹から話を聞いてまだ怒ってるんだよ!」
「まだ?!何日経ってると思ってるんだ?!そもそもなんで怒ってるのさ?」
「理由なんか忘れた。早く入りなさい」
理由もわからず怒ってるのか…?一度ハルケ先生に診てもらう必要があるかもしれない。とにかく、久しぶりの実家に足を踏み入れると懐かしい匂いで溢れていて落ち着く。まずはお茶を淹れよう。
「お茶、まだぁ~」
「まだだよ。美味しく淹れてるからもうちょっと待ってて」
相変わらずせっかちだなぁ。美味しいお茶は手間をかけて淹れる必要があるんだ。
「淹れたよ」
「待ってました!…あちちちっ!猫舌なの忘れてた!」
「………」
いよいよハルケ先生に頼まないと…。でも、母さんに言ったら激怒すること間違いなし。「年寄り扱いするな!」とコミカルに怒る姿が目に浮かぶ。
サマラ達はどんな会話をしてるんだろう?母さんはもの凄く皆を気に入ってるけど、話してて疲れないのかな?
「今日はどうしたの?」
「魔伝送器を作ったから持ってきたんだ」
「やったぁ!ありがとう!」
嬉しそうでなにより。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……。ちゃんとウォルトの分もあるね」
「もちろん付けたよ」
「もしなかったら、引っ搔きからの噛みつき攻撃を食らわせようと思ってたからよかった♪」
…危なかった。やっぱり襲撃されてた。
「言っておきたいんだけど、魔力の消費がかなり激しいから毎日話したりするのは無理だよ」
「えぇ~!なんとかしてよ!4姉妹と沢山話したいの!」
「そうは言っても魔力を補充できないからなぁ。母さんは魔法を使えないし」
「そこをなんとかしなさいって言ってるんだよ!」
「無茶言うなぁ」
4姉妹の分はリスティアに渡した魔石と同じで、空間魔力に変換できる魔石を渡せばアニカとウイカが補充できるし、魔石も既に準備してある。それに、住み家に来てくれれば直接ボクが補充できる。
トゥミエでは生活魔導師に頼むしかない。それか治癒師か。でも、依頼すると相当お金がかかる。
「皆から聞いたけど、アンタが白猫お面のサバトなんでしょ?」
「そうだよ。勝手にじいちゃんの名前を借りてごめん」
「父さんはアンタのことが好きだったから嬉しいんじゃない」
「そうだといいけど」
「名前はどうでもよくて、なにが言いたいかっていうと凄い魔導師ならなんとかしなさいってことよ!」
「ボクは魔導師じゃないよ。凄くもない」
なんとかしないと治まらないな…。実際どうにかしてあげたい気持ちはある。住み家まで来て補充したとしても、話せば数十分で魔力切れを起こす消費効率の悪さ。さすがに可哀想だ。できる自信はないけど、思いついた方法を試してみようか。
「じゃあ、思いついた方法を試してみるよ」
ボクの魔伝送器を取り出して母さんの魔石に触る。
「はい。こちらミーナです。どうぞ」
母さんがふざけて繫いでいる間に、『次元』の魔力を魔伝送器に流し込んで魔力を操る。
「………」
難しいな…。やっぱり無理なのか…。理論上はできる気がする。繫がっている魔力に精神を乗せて、空間の向こう側へ到達するイメージで…。もっと深く集中…。イケるはずだっ……。やれるっ…。
「うわぁぁ!?なにコレっ?!」
できた…。母さんの魔伝送器の傍に空間の亀裂が入った。ここまでくれば…。
「にゃああああっ!」
手元に亀裂を発生させて頭を突っ込みニョキッと母さんの傍に顔を出す。そして、身を乗り出すように魔伝送器を掴んだ。あとは魔力を補充するだけ…。
「キモっ!」
「いったぁ~っ!」
跳び上がって拳骨で殴られた。慌てて頭を引っ込める。
「気持ち悪ぅ!」
「ヒドいなっ!母さんが頼んだんだろっ!ふざけるなら魔力の補充はしないぞっ!」
「ゴメン!妖怪覗き猫が急に現れたから驚いて!」
「ボクだよ!」
衝撃で目の前に星が飛んだ。いい加減にしてほしい。危うく気を抜いて亀裂を閉じるところだった。オーレンに言ったギロチン状態に自分が陥りそうになるなんて笑えない冗談。
「とりあえず補充はできると思う。ただし、完全に魔力が切れると繫がらないから油断せずに早めに頼んでくれ」
「了解!毎日呼び出すから!」
それはそれで…。
「なによ!文句あるの?!」
「…ないよ」
「そろそろご飯も食べたいな!」
「材料はある?」
「ある!」
台所に向かうと確かに食材は余裕がある。なんでも作れるけど…どうしようか。食材がありすぎると作る料理を迷う問題。
よし、決めた。父さんも美味しく食べられるような時間をかけて味が馴染む料理にしよう。
さくっと調理して母さんに食べてもらう。
「うんまぁ~~い!さすが天才料理猫!」
「そんなこと言うのは母さんだけだよ」
嬉しいんだけど大袈裟なんだよなぁ。
「ところで、直ぐに帰るの?」
「せっかく来たから父さんにも会って帰るよ。帰ってくる前に墓参りに行ってくる」
「墓参り?タオに?」
「そっちも行きたいけど、今日はガレオさんの墓参りに」
「ガレオには世話になったもんね。ところで、さっき4姉妹を呼び出したけど誰も応答してくれないの。アタシ…実は嫌われてる?」
行動が早いな。そういえば説明してなかった。
「言い忘れてたけど、4姉妹の魔伝送器とはまだ繫がってない」
「なんでそんな嫌がらせするのよ!」
「違うよ。ただ単に母さんのが1番新しいからだ。新しい魔伝送器には皆の魔石を埋められるけど、4姉妹のは古いから母さんの魔石が付いてない。後で1つずつ改造しようと思ってた」
「なるほどね!納得した!」
「4人全員と話せるようになるのはちょっと先かもしれない。改造した後に呼びかけてもらうように伝えておくから」
「ちゃんと教えときなさいよ!」
「わかってるよ」
後片付けを終えると家を出て墓地を目指す。トゥミエの集合墓地は町の外にある。結構歩くので普段は人なんて来ない。久しぶりに来たけど雑草が伸びていて見映えが悪いな。
『疾風』
人がいないことを確認して、地面から一定の長さで刈り揃える。魔法で刈るのは楽だ。刈った草もそのまま吹き飛ばせる。
綺麗に揃った草を踏みしめて歩く。ガレオさんの墓標の前に立ち、住み家で摘んで『保存』してきた花を供える。
水も一緒にと思ったけど、酒好きだったからナバロさんから仕入れた酒を添えて。カネルラ式に手を合わせガレオさんに祈りを捧げた。
ボクが『先生』と呼べる人物は、ハルケ先生とガレオさんの2人だけ。そんなガレオさんはちょっと変わったお爺さんだった。答えがないことを言ってみたり、でも妙に自信ありげだったり。
「お前は将来なにかしでかしそうじゃが、おそらく評価はされないじゃろう。時代に埋もれて終わる」
「儂の教え子の中でも、頭1つ抜けて変わっとる。お前に会えたのは幸運であり悲運じゃ」
「多種族を知れ。己の種族より他の種族の常識を知ることの方が重要だ。獣人の常識は血が教えてくれる。他はそうはいかん」
歯に衣着せぬ物言いと、理解できないのに印象的な台詞が多くて教えは記憶に刻まれてる。ボクはなにもしでかしてない…はず。祈りを終えると、墓標の周囲の雑草を抜きながら想いを馳せる。
長年学問所の教師として過ごしていたガレオさんは、60歳を過ぎて後進に席を譲り、トゥミエに引っ越してきた。ボクの将来を心配した母さんが無理を言って頼み込み、「短い期間だけだ」と個人的に学問を教えてくれるようになった。
ボクも乗り気じゃなかったけど、事情を知って同情したんだと思う。ただ、短い期間という約束だったはずなのに、思った以上に長い期間教わることになる。
通常、獣人が学問所に通うのは1ヶ月から2ヶ月程度。しかも基本的に面倒臭がりで不真面目な獣人は実質半分も行かない。
読み書きなどの必要最低限の知識を学んで、あとは適当に流すというのが獣人。サマラは嫌で嫌で仕方なかったと言ってた。ボクも初めは嫌だった。
なのに、結局1年近く学問を学んだ。寝込んでいることも多かったからだけど、それを差し引いてもかなり長かったはず。
理由はボクや母さんが「延長してほしい」と頼んだからではなく、ガレオさんがやる気になったから。「お前に教えるのが楽しい」と言ってくれた。お金も必要ないからと。
「最後の教え子がお前であることに不思議な縁を感じる」とガレオさんは笑った。『元気なお爺さんなのに大袈裟だ』と思っていたけど、ボクは本当に最後の教え子になった。教えているときから体調が悪かったのかもしれない。
人間であるガレオさんは、人間の常識や礼儀、理屈などを丁寧に教えてくれた。理解や納得できないことも多かったけど、知っているだけで違うと今なら思える。
ガレオさんから学んだことは今でも身を助けていて、読書や計算も苦にならない。むしろ好きなので魔法の習得やモノづくりに役立つ。
とにかく、今の自分を作ったのはガレオさんの教え。今まで顔も出さずに申し訳なく思う。元々トゥミエの住人ではないガレオさんには家族がいなかった。せめて、こんな時くらい教え子らしいことをさせてもらおう。
草むしりを終えて詠唱する。
『成長促進』
綺麗になった土壌に持参した花の種を撒いて、魔法で水をやり花を咲かせる。
『貴方のおかげでこんなことができるようになりました』
心の中で感謝を呟く。ガレオさんが生きていたら「まだまだ」と笑うだろうな。口癖だったから。問題を解いても「まだまだ」、反抗しても「まだまだ」だった。学習を終えたときも。その通りでボクはまだまだ。修練にも活かされている先生の金言。
ガレオさんの次に、ツゥネさんの墓標にも祈りを捧げるために向かう。同じように花と酒を供え、墓標の周りを綺麗にして花を咲かせた。
周囲を見渡して、人がいないことを念入りに確認してから『圧縮』したギターをバッグから取り出して元の大きさに戻す。
『ツゥネさん。ギターが弾けるようになりました。ヨーキーの曲を聴いて下さい』
胡座をかいて墓前でヨーキーの曲を奏でる。いつも気持ちを明るくしてくれたツゥネさんに感謝の気持ちを込めて。今度一緒に来て演奏することを約束しながら。
弾き終えると、ポケットに入れている魔伝送器が震えた。呼び出しているのは母さんだ。
「どうしたの?」
『仕事終わってストレイ帰ってきたよ!それだけ!』
「わかった。ありがとう」
使ってみたかったんだな…と笑いながら家に向かう。
家に帰ると父さんはお茶を飲んでいた。
「父さん、ただいま」
「おかえり…。久しぶりだな…」
「ご飯食べた?」
「今からだ…。一緒に食おう…」
「そうだね」
ボクが食事を準備してテーブルを囲む。両親は並んで座り、ボクが向かい側に座る。コレをが我が家の定位置。自然とこうなるしやっぱり落ち着く。
いろいろな光景が一段と懐かしい気がするのはなぜだろう?何度も昔を思い出したからかな。
「美味いな…」
「ありがとう」
「美味しいよ!」
「母さんはさっき食べただろう?」
「二度目も美味しいの!」
「そっか。ありがとう」
家族水入らずの食事を終えて2人にカフィを淹れる。どうやら問題なく飲めるみたいだ。ボクが飲めないのは猫の獣人だからじゃないらしい。
「コレも美味い…」
「ホントだ!ニャんとも美味しいね!」
「「…………」」
「なんか言いなさいよ!」
猫がニャ~と鳴くのは常識。でも猫の獣人は言わない。
「ウォルト…」
「なに?」
「俺とミーナに…なにか魔法を見せてくれ…」
「そうだった!見たい!」
「別にいいけど、面白くないよ?」
「かまわない…」
そういえば、両親にちゃんと魔法を見せたことはない。ボクをよく知る両親にわざわざ見せる必要性を感じない。信じてくれてるからあえて見せないし、気にも留めてないと思ってたけど、どうせ見てもらうならやっぱり楽しんでもらいたい。
いつも通り、ボクに出来る全力で楽しんでもらおう。過去に色々な場所で披露した魔法を見せると、2人は口が開きっぱなし。
「ストレイ…」
「あぁ…」
アホ面を見せることが多い母さんは見慣れてるけど、父さんの驚いた顔は珍しい。初めて見たかもしれない。どういう感情かわからないけど、楽しんでくれてると思いたい。出来うる限りの魔法を見せて、最後に思いつく。
2人にも感謝を伝えたい。
「最後に思い出を映すよ」
『幻視』を操って、ボクの思い出を切り取って映し出す。
「すご…。若いときのアタシとウォルトだ…」
「あぁ…」
「この頃は苛められ過ぎて生きるのが辛かった。でも、母さんの明るさに救われたんだ。ありがとう」
若かりし頃の父さんも映し出す。
「父さんが一緒に身体を鍛えてくれて嬉しかった。今でも欠かさず鍛練してる。ありがとう」
何枚もの切り取った思い出を次々に映し出し、それぞれにお礼を伝える。
こんな日があっていい。今のボクはこんな感謝の伝え方ができるようになったんだと知ってほしい……って、あれ?
「どうしたの?」
照れくさくて顔を見てなかったけど、父さんは目と目の間をつまんで、母さんは……なぜか号泣してる。
「…アンタは凄い。こんな魔法まで使えるようになって…。正直予想もできなかった…」
「誰もできないよ。ボク自身もそうだ。それにボクの魔法は普通なんだ」
「すごいよ!誰よりね!」
そうか…。嬉しいな…。
「ありがとう。でも、凄いのは父さんと母さんだよ。2人の子供に生まれたからボクは魔法使いになれた。生き甲斐と言ってもいいモノに出会って、そのおかげで今は楽しくて仕方ない。本当に感謝してる」
「ウ……ウォルト~!」
母さんが抱きついてくる。ひしっと強く抱きついたまま泣くので、4姉妹にするように頭を撫でた。これじゃどっちが子供かわからない。もちろん初めての経験。
……参ったなぁ。小さな頃、母さんが「ウォルト!がんばれ!負けるなっ!」って頭を撫でてくれたことを思い出して、久しぶりに涙が溢れ落ちた。




