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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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47 受け継ぐ者

 眠っているリスティアを住み家に残してボクらは静かに外に出た。


 いつもの更地で対峙する。手合わせということで、アイリスさんにはオーレンとの鍛錬に使う木剣を渡してボクはローブを脱ぐ。


「ウォルトさん。改めてお礼を言わせて下さい。願いを聞き入れて頂いて感謝します」

「気にしないで下さい。ただ、1つだけ約束してほしいんですが」

「なんでしょうか?」

「ボクらの闘いは命の取り合いではなく、あくまで互いを高めるタメに闘うということを」

「承知しました。では……参ります」

「いつでも」


 緊張の中、呼吸を整える。


 アイリスさんはまだ遠い間合いで木剣を構える。さすがは騎士だ。空気が張り詰める。


 剣の間合いには遠いと思うけど、いくと言ったからにはアイリスさんから動くはず。そう推測していると、アイリスさんの身体が急にブレた。


 瞬間移動したかのように目の前に姿を現す。なにが起こったのかわからない。


「ハァッ!」

「くっ…!」


 凄まじい速さで胴を薙いでくる。『硬化』をかけた腕で受け止めた。


「初見で受けるとは…。目がいいですね」

「かなり危なかったです。いつの間にこの距離まで?」

「騎士特有の運足です。ハァァッ!!」


 連続で斬りかかってくる。『身体強化』を使用して斬撃を躱すと、距離をとるため胴鎧を蹴り飛ばした。


「ウラァッ!」

「がはっ…!!」


 蹴った反動で距離をとる。衝撃で後ろに倒れ込んだアイリスさんがポツリと呟いた。


「重い衝撃…。余裕など…いや、思い上がりだ…。元より余裕などなかった」


 素早く起き上がり、一段と表情を引き締めて再度構えると、目を閉じてオーラのようなモノを纏う。


 ボクは初めて目にする。纏っているのは魔力ではない。


「…フゥゥ!」


 再度ブレた身体が消えたかと思うと、あっという間に接近して一直線に突きを繰り出してきた。


「ハッ!」


 正確に喉を狙ってきた。さっきよりも速い。


「くっ…!」


 間一髪で首を捻って躱すと、そのまま水平に薙ぎが繰り出される。屈んで躱して水面蹴りで足を刈るも、蹴りが当たったのにびくともしない。

 さっき吹き飛ばした蹴りと変わらぬ威力で繰り出したのに、アイリスさんの足は根を張ったように動かない。


「なにっ!?」

「ハァァッ!!」


 動きが止まったところに頭部を狙った袈裟斬りが襲いかかる。


「ぐうっ…!!」


 辛うじて両腕を交差させ受け止めたが…。


「甘いっ!」

「ガハァッ…!!」


 がら空きの腹に蹴りを食らって吹き飛ばされた。靴に仕込みがあるのか予想以上の衝撃に骨が軋んだ。

 剣を意識しすぎて、まさか蹴りを食らうとは思っていなかった。完全な油断。今の蹴りは効いた。


「騎士でも剣が使えない状況になれば近接戦闘も必要です。徒手で強い者も多い」


 ボクをを見下ろすアイリスさんの表情は真剣そのもの。油断している様子はなく構えには微塵も隙がない。やはり魔力とは違うなにかを纏って揺らめいている。


「貴女が纏っているのは…?」

「『闘気』といってカネルラ騎士の先人達が長年かけて造り上げた特有の【技能(スキル)】です。魔力を持たない者でも身に纏えば自身の能力を底上げすることが可能です」

「そんな技能が存在するなんて…。カネルラ騎士の魂…。素晴らしいです」

「光栄です。だが…私は貴方の戦闘魔法をまだ見ていない!ハァッ!」


 起き上がる前に追撃を仕掛けてくる。負けじと倒れた状態から右手を翳して詠唱した。


『破砕』


 衝撃波がアイリスさんを襲う。


「ハァァ!!」


 アイリスさんは魔法を回避せず、腕を前で交差させて『闘気』で身体を覆いながら魔法に耐えてみせた。


「なっ!?」


 間髪入れずに袈裟斬りが襲いかかる。尻もちを着いたまま身体を捻って頭への直撃は躱したものの左肩を強打する。


「ガァッ!ぐうぅっ…!」


 エッゾさんとの闘いでも、同様に相手が魔法を避けると予想して痛い目を見たにも関わらず、悪癖が出てしまった。得物が真剣であったなら肩から両断されている威力。


「ふぅっ…まだだっ!!」

「ぐはっ!」


 痛みで動けないところに追い打ちで顔面を蹴られて倒れ込んだ。視界が大きく揺れる。


「素晴らしい威力の魔法です。だが、『闘気』は魔法にさえ耐える。コレが騎士の対魔法戦だ!」

「闘気…。攻防一体の素晴らしい技能…」

「貴方は優しい方です。だが、生半可な魔法は私には通用しません!」


 アイリスさんは膝に力を溜めた。攻撃を察知してぐらつく視界を気合いで固定する。


 もっと…威力を上げなければ通用しない。



 ★



 カッと目を見開いたウォルトさんは、再び手を翳し魔法を放った。


『破砕』


 詠唱の速さが尋常ではない。予備動作としての精神集中もなく、手を翳すと同時に魔法を発動するなどあり得ない。打ち砕かれた私の常識。ウォルトさんには通用しない。


「無駄です!その魔法はもう見ました!」


 さっきと同様に衝撃に備え防御の姿勢を取るが、比べものにならない衝撃が襲う。


「コレはっ…!威力が違うっ…!!くぅぅっ…!」


 堪えきれず後ろに吹き飛んだ。倒れはしなかったが大きく距離が遠ざかる。


 まさか…。いや、そうとしか考えられない。


 遠くから私を観察するような鋭い視線。今の魔法ですら…手加減されているのか…。ウォルトさんは私の力量を確認して威力を上げてきたのだ。

 軽く耐えてみせるという己の過信に背筋が凍る。まだこの人を常識で図っていた。動揺しているとウォルトさんが立ち上がる。


「貴女の剣が真剣ならボクは死んでいます。王族や国民を守る騎士の強さ…身に染みて感じています」

「光栄です。貴方は素晴らしい魔導師ですが…貴方すら守らねばならない騎士として…負けられません」

「貴女に……カネルラ騎士にボクの魔法を受けてもらう」


『氷結』


 右手を翳した瞬間、私の両足が足下から膝まで凍り付き一気に間合いを詰めてくる。


「くっ!…!動けない!」

「シャァァッ!」


 接近して拳の連打を浴びせてきた。


 どうにか剣で受けるも、足を固定されては上手く捌ききれず幾つか打撃を食らってしまう。『身体強化』された拳と脚による打撃は鎧に『闘気』を纏っていても骨に響く。


「ぐぅぅっ…!がはっ…!」

「ウラァァァァ!」


 ウォルトさんは殴るのを止めない。反撃したいが足が動かない。防御一辺倒になる。


 速いっ…!そして一撃が重いっ!このままではマズイ!


「ウラァッ!」

「がはぁっ…!」


 一瞬の隙をついた渾身の打撃がまともに腹部を捉えた。


 鎧の上から伝わる衝撃に上半身が崩れそうになる。脳裏をよぎるのは騎士の誇り。私は…カネルラの民を守る騎士だ…!この程度では終われない!


「ハァァァ!!」


『闘気』を一気に解放した。


「くっ!」


 闘気に弾かれたウォルトさんは後ろに吹き飛ぶ。足下を固定していた氷も砕け散った。肩で息をしながらウォルトさんを見据えて口を開く。


「私の『闘気』はほとんど残っていません。次で決めます。私の全身全霊で打ち込む!そして…騎士として貴方に勝つ!」


 ウォルトさんも険しい表情のまま応える。


「ボクは尊敬します。騎士の先人が誰かを守るために造り上げた技と『技能』を…。それを受け継ぎ磨き続ける者の強さを」


 私は穏やかな表情を浮かべた。


「ありがとうございます…。やはり貴方と手合わせできてよかった。この手合わせ……勝たせて頂きます」

「こちらこそ。ボクも負けるつもりはありません」

「いざ!」


 白猫の魔導師に……最高の技能を見せる…。



 ★



 アイリスさんは木剣を腰に構えた。まるでエッゾさんの『居合』の構え。深く呼吸を整えながら纏う『闘気』が膨らんでいく。一気に間合いを詰めてくる気か。


 予想に反してその場から動く気配がない。静かな気配にゾクリと嫌なモノを感じた。


『騎神乱舞』


 アイリスさんはその場で居合のように抜刀した。すると、剣先から闘気で型取られた凄まじい数の斬撃が襲いくる。


「なっ!」


 予想しない技能に回避が遅れた。躱すのは不可能だ。


「フゥゥゥ…!」


 全身に『硬化』をかけて受け止めるも、容赦なく斬りかかる強烈な闘気に身体が切り刻まれて血飛沫が舞う。

 魔力の出力を上げても斬撃の勢いは止まらない。むしろ増しているように感じる。


「ウ…ラァァァァ!!」


『硬化』の箇所を身体の前面だけに切り替えて必死に耐える。ほんの数秒が途方もない時間に感じる。


 魔法と闘気の正面からのぶつかり合い。




 数秒後、騎神乱舞は霧散した。腕を顔の前で交差させ、傷だらけになりながらも堂々と立つ。なんとか凌ぎきることができた。アイリスさんを見ると、納得と…悔しさを感じさせる表情でボクを見つめていた。


「私の負けです…。これ以上は闘えません…」


 敗北宣言を受け穏やかな気持ちで語りかける。


「アイリスさんは変われましたか?」

「え?」

「ボクは貴女のお陰で『硬化』の使い方が改良できました。『闘気』の凄さも身を以て学んだ。貴女は、なにか変われましたか?」


 身体中痛むけどなんとか微笑んでみる。


「そうでした…。勝負ではなかったですね…。私は……魔法を使って硬く肉体が変化する獣人を斬る訓練を怠っていたことに気付きました…か?」


 アイリスさんは首を傾げる。 


「そんな獣人まずいませんよ」


 生真面目なのか和ませようとしてくれたのかわからない。でも、きっと今までのアイリスさんでは言えなかった言葉。この闘いで、彼女の中のなにかが変わったと思いたい。


 ゆっくりアイリスさんに近づいて、『治癒』を使うと打撲の傷が消えていく。


「貴方は回復魔法も使えるんですね…。驚かされてばかりです。そういえば、私は防具の上からしか殴られていない。手加減されたのですか?」

「手加減はしてません。ただ、いくら手合わせとはいえ綺麗な女性の顔や肌を傷つける趣味はないので」

「なっ…!!きゅ、急に変なことを言わないで下さい!な、殴りますよっ!!」


 アイリスさんは、これでもかっ!てくらい顔が赤くなってる。


「なんでですか?本当のことを言ったのに」

「う、うるさいっ!!……もう許さんっ!」


 木剣を投げ捨てたアイリスさんは、腰にぶら下げた鞘から真剣を抜き取ると、振り回しながら追いかけてくる。


「ハァァァッ!!シッ…!フゥゥゥッ!!」

「もう闘えないと言ってませんでしたか?!ちょっと!アイリスさん?!」


 ワケもわからず逃げ回る。鬼の形相のアイリスさんは、獣人に勝るとも劣らぬスピードで追いかけてくる。


「やめましょう!!真剣は危ないですって!!」

「うるさいっ!!絶対許さん!斬るっ!」

「ダなんで急に怒ったんですか?!褒めただけなんですけど!」

「やかましいっ!自分の胸に訊けっ!!」


 いつからいたのか、リスティアが家のすぐ横に立ってボクらの不毛な追いかけっこを見つめていた。

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