469 不適合者の自覚
今日は久しぶりにトゥミエを訪ねた。
目的は、魔伝送器を母さんに渡すため。そして、ハルケ先生とミシャさんに会って懐妊祝いを渡したい。
とりあえず診療所へ向かおう。忙しそうなら邪魔をしたくないので、さっと帰るつもりで診療所のドアを開ける。
「ハルケ先生。ミシャさん。いますか?」
診療室から顔を出したのはハルケ先生。
「…おぉ!ウォルトか。よく来たな」
「ご無沙汰してます」
「ハルケ!邪魔っ!」
「うわっ!」
ハルケ先生を押し退けて、ミシャさんが部屋から飛び出してきた。おもいきり突き飛ばされて、床に両膝を打ちつけた先生は悶絶してる…。ボクの前に立ったミシャさんは、サマラ達に聞いたとおりお腹が大きい。
「元気そうでよかったです」
「元気、元気!」
「サマラ達から妊娠したと聞いてお祝いを持ってきました」
「まだ生まれてないし、そんなのいいのに!気を使わないでよ!ゆっくり話そう!奥に入って!」
「お邪魔します」
ハルケ先生の膝を『治癒』して、ボクはお茶を淹れに向かう。診療室で2人に差し出した。
「赤ちゃんができたのもウォルトのおかげだよ。ありがとね!」
「治療しなくても授かってたかもしれません」
「い~や間違いない!だって治療してもらってから1発だったもん!ね、ハルケ!」
「あ、あぁ…」
返答に困る先生の気持ちはわかる。夫婦の営みを公言するのにまったく照れがないミシャさんは凄い。獣人はそういう気質だと知ってるけど、とにかく嬉しいんだろうな。出産予定日はまだ数ヶ月先らしい。元気に生まれてくれるのを祈るだけだ。
「気が早いとは思ったんですが、渡したいモノがあって」
持参したお祝いの品を、布袋から取り出しながら元の大きさに戻す。
「赤ちゃん用のベッドと新生児服です」
2人はポカンとしている。
「どうしました?」
「いや、ちょっと驚いてな…」
「魔法で小っちゃくしてたの…?」
「そうです」
「…そうか。大したもんだ」
「あと、ミシャさんにはコレを」
「まだあるの?」
「滋養の薬と冷感服です」
「冷感服?」
「見た目はただの貫頭衣なんですが、魔力糸で編み上げています。魔力を付与すると涼しく過ごせます。那季節に向けて暑くなるしミシャさんは暑がりなので」
「そうなの!ありがとう!ちょっと待ってて!」
ミシャさんは、早速着替えてきてくれた。お腹も締め付けてない。
「サイズもピッタリで、すっごく着心地いいし模様も綺麗!で、どうやるの?」
「氷の魔力が込められた魔石を袖の部分に付けてみて下さい。少しずつ涼しくなります。ちょうどいいところで離してください」
「わかった…!………凄く涼しい!助かる~!」
「身体を冷やしすぎないように気を付けて下さいね。1回で1日保ちますが魔力を抜けば温度はすぐ戻ります。『吸引』の魔石も渡しておくので」
「ありがと!」
「魔法で保護してるから汚れも破れもしません。血を浴びたりしても直ぐ洗い落とせます」
「それは凄いね!」
ハルケ先生に魔石を渡しておく。
「なんでハルケに渡すの?」
「多分ミシャさんはやりすぎるので、先生が温度を調節したほうがいいです」
「ひどっ!こらっ!」
「はははっ。間違いないな。よくわかってる」
「ハルケ先生にも渡したいモノがあります」
「俺に?」
薄くて平べったい木箱を手渡す。
「これは…?」
「医療器具です」
「開けていいか?」
「どうぞ」
木箱の中には、針やハサミ、メスなどの医療器具が並ぶ。時間をかけて切れ味は抜群に仕上げてある。先生は1つずつ手に取った。
「立派な代物だな…」
そう言ってもらえると嬉しい。コンゴウさん達に相談しながら作ったモノだ。
「使い慣れた器具が1番ですが、緊急時や予備で使ってもらえたらと思いました。縫糸や包帯は魔力糸で、『治癒』の魔力を付与してるので傷の治りも早くなります」
「そうか…。凄いな…」
傷の治療は基本的に治癒師の仕事だ。治癒魔法の方が迅速で綺麗に回復する。でも、治癒師が不在だったり魔力が切れていることもある。そんな時は医者であるハルケ先生の出番。
それに、治癒師に頼まない者もいる。理由は様々だけど、治療費が高額だとか魔法を信用できないと言う者も。ボクが先生に治療してもらっていたのも、治癒師の治療費が高額だから。なので、トゥミエの治癒師に恩を感じたことはない。
ハルケ先生は、毎回あり得ないくらい安い金額でボクを治療してくれた。むしろ損していたと思う。損得抜きで治療してくれたから 恩しかないんだ。
「あと、白衣も渡しておきます。ミシャさんとお揃いで同じように冷感です」
「いくらなんでもやり過ぎだ。こんなにもらえない」
「お2人には数え切れないほどお世話になってます。シルバの件もお礼できてません。受け取ってもらえませんか?」
「そうはいっても…高価な物ばかりだ…」
「高価じゃないです。全部ボクが作りました。素人なので申し訳ないんですが、問題なく使えました」
「なんだと?!」
「ホントにぃ?!」
自分の肉を切って試してるから間違いない。言ったら引かれそうだから言わないけど。
「なので、不具合があれば母さんに伝えて下さい。ボクが責任を持って直します」
2人はまたポカンとしてる。
「ウォルト…。お前はなにができるようになったんだ…?」
「昔と違うのは魔法を操れるようになったことくらいで、他は変わりないです」
モノを作っているのはあくまで趣味。誰にでもできることを徐々に覚えているだけ。ハルケ先生はすっと眉尻を下げた。
「ちゃんと誰かを頼って生きているか?」
「どういう意味ですか?」
「なんでもできるようになって、1人で生きてるつもりになってないか?」
「なってないです。ボクは助けられてばかりですよ。人に恵まれています」
「そうか。余計なお世話だったな。でも忘れるな。人は1人では生きていけない。これからも誰かに助けてもらえ。そして、同じように助けてやれ」
「はい」
「そうよ!いつでも相談しに来なさい!ウォルトは息子みたいなモノだから!」
「ありがとうございます」
ハルケ先生とミシャさんの言葉は心に響く。昔から山ほどお世話になって、人となりをよく知る2人の言葉だから。同じことを赤の他人に言われたら気にも留めないかもしれない。そんな風に捻くれている自覚がある。
「もう1つ渡したいモノがあります」
「まだあるのか?!」
「もう充分よ!」
「そう言わないで下さい。本当に最後です」
手渡したのは1枚硝子に閉じ込めた押し花。前にサマラに渡したモノと同じ。
「お前……まさか…多幸草じゃないのか…?『無病息災』の幸福色…」
「えっ?!ホントに?!」
答えず笑ってみせる。
「赤ちゃんが無事に生まれて、家族にずっと幸せが続くことを願っています」
「ウォルト…」
「ありがとうね…」
ただの自己満足だけど、ほんの少しだけ恩返しできた気がする。…と、ドアが開く音がして大きな声が響き渡る。
「おいっ!ハルケっ!いるかっ!?」
「なんだ?!」
この声は…。
急いで先生が対応に向かい、ミシャさんもあとを追う。
「仕事で怪我した!診てくれや!」
「コレは…酷い…。奥に行くぞっ!直ぐに処置する!」
「うぅ…」
「ハルケ!インディーの治癒院の方がいいんじゃない!?出血がヒドいよ!」
「どこをほっつき歩いてんのか知らねぇけど、いねぇんだよ!バカ治癒師がっ!」
「とにかく処置だ!急ぐぞ!」
処置室に向かう先生と目が合う。先生は直ぐに前を向いて駆け出した。
ボクは廊下に足を踏み出して声の主を見る。仲良く深い傷を負って出血している獣人が2人。1人は見るからに重傷。
「…あん?テメェ……白猫野郎かっ?!」
「久しぶりだな」
「カバロ!ケルス!いいから早く来い!」
患者がコイツらだということは声で気付いた。一瞬で虫唾が走った。ウイカとアニカに絡んで痛い目に遭ったことも聞いてる。
「ちっ…!今はテメェの相手をしてる暇はねぇんだ……よ……」
「お前になくてもこっちにはある」
無駄にデカい声が耳障りなので無詠唱の『睡眠』で眠らせると、肩を組むカバロとケルスは仲良く崩れ落ちた。
「カバロ!ケルス!どうしたの!?」
「ミシャさん。身体に障ります。離れて下さい」
そっと歩み寄り『混濁』を付与しておく。『筋力強化』で肩に担ぎ、そのまま処置室に運ぶと並んでベッドに寝かせた。
「ウォルト…。お前…」
「今から治療します」
なにがあったか知らないけど酷い傷を負ってる。足や腕が潰れたような傷で出血も多い。力仕事中に重量物に挟まれたといったところか。身体が強い獣人だから診療所まで移動できたんだろう。
『治癒』
傷に手を翳して2人同時に治療すると傷が癒えていく。抉れた肉もこの程度なら難なく元に戻せる。
「凄い治癒魔法だ…」
「うん…。そうだね…」
5分とかからず全身の治療を終えた。
「終わりました」
「助かった。恩に着る」
ハルケ先生に向き直る。
「気が済むようにやっただけなので恩を感じる必要はないです。先生が言ったんですよ」
「なに…?」
「人に助けてもらえって。遠慮なく言って下さい」
「そうか……。そうだな…」
ついさっき言われたばかり。だからあえて言わせてもらう。
「ボクにコイツらを治す義理がないから、気遣ってくれたんでしょう?気持ちは嬉しかったです」
「あぁ…」
「でも、先生やミシャさんに頼まれたら別です。自分が偏屈な頑固猫だと自覚してますが恩は忘れません。困ったことがあれば言って下さい。嫌ならハッキリ断ります」
「あぁ。そうさせてもらう」
今は多少なりとも力になれる自信がある。手伝えることはやりたい。道端で今の状態のコイツらを見かけたとしても間違いなく無視する。そんなボクに恩を感じる必要はない。
いつだって患者を助けるタメに行動する先生達の力になりたくてコイツらを治療した。微力ながら恩返しのつもりで。
それ以上の意味は微塵もない。たった今コイツらが起きて絡んできたとしたら…今以上の怪我を負わせるつもりでいく。
「お前の魔法は凄いな」
「魔法使いなら誰にでもできます」
ついでに、コイツらに記憶が曖昧になる魔法を付与していることを伝えておく。ボクのことも含めて怪我したことすら覚えていないはずだと。そして、しばらく目を覚まさないであろうことも。
「叩き起こせば起きるので」
「そんなことしないぞ」
「ねぇ、ウォルト。誰かのタメに魔法を使いたいと思う?」
「いつも思ってます。ボクが使いたいと思う人のタメに。大した魔法じゃないのでできることは限られますけど」
「もし凄い魔法が使えたら?」
「強大な魔法を操れるようになっても目に映る世界でしか魔法は使えません」
いかに狭い世界であろうと、目に映るモノだけがボクの全て。世の中は凄い魔導師で溢れていてボクの出番はない。
「お前らしいな。1つ頼みたいことがある」
「なんですか?」
先生に頼まれるなんて初めてだ。
「トゥミエに来る用があるときだけでいい。ココに顔を出して、治療の足しになるなにかを施してくれ。内容はお前に任せる。こっちから頼むかもしれない」
「わかりました。じゃあ、今日は……魔石があったりしますか?」
「クズ魔石なら」
「貸してもらえますか?」
「持ってくるから待ってて!」
積まれた魔石に魔力を付与して渡す。
「患部に翳せば、『治癒』と同等の効果が得られます。こっちの魔石は暴れる人用に『睡眠』の効果を付与してみました。コイツらのように眠らせることができます。あと『麻痺』も渡しておきますね」
「わかった。有り難く使わせてもらう」
きっとハルケ先生は魔石を多用しないだろう。なぜなら治癒師の仕事を奪うことになりかねないから。長い付き合いで先生の思考はなんとなく読める。それでも持っていて困るモノじゃない。今日のような緊急事態も起こりうる。
「たとえばこんな風に…」
自分の腕を爪で突き刺す。ウイカやアニカとの修練で慣れているからなんとも思わない。
「ちょっと!なにやってんの!?」
「ミシャさん。この傷に魔石を翳してみてください」
「えっ?…しょうがないなぁ!」
言われた通りにしてくれる。しっかり治癒することを実証してみせた。
「先生の治療と併用してもらえば役に立つと思います」
「ほんっとに……凄い獣人になっちゃって私は嬉しいよ。でもね…」
「なんですか?」
「自分で自分を傷付けるなんてあり得ない!小さな頃にあれだけ治療したのに、まだされたいの!?いい加減にしなさい!そこに直れ!」
ミシャさん激怒。
「違いますよ!魔石の効果を見せるのにやっただけで…」
「問答無用!ミシャ姉さんは自分を傷付けるなんて許さない!」
立たされて久しぶりに叱られるなんて何年ぶりだろう。幾つになっても変わらないモノがある。
背はボクの方が高くなったけど、見上げながら怒るミシャさんに懐かしさを感じる。昔から変わらず優しいお姉さんだ。
「ウォルト!聞いてるの?!」
「聞いてます」
耳は外に向けてるけど、ちゃんと話は聞いてる。説教されながらも全然反省してないボクをハルケ先生は生温かい目で見ていた。心中は見透かされているだろうな。
「今日は本当に助かった。また来いよ」
「赤ちゃんも抱いてね!」
「もちろんです。必ず伺います」
2人の子供はきっと可愛い。ボクはなんでもしてあげたくなる。無事に会えることを祈るばかり。




