465 変わらぬ憧憬
ウォルトは修練場を訪れた。
理由は魔法の修練をするため。炎の魔導師クレスニさんから学んだ魔力操作であることを試してみたい。洞窟の奥へと進み、修練場に辿り着いても誰の姿もない。
「お~い!みなさ~ん!」
大きな声で呼びかけると、ボコボコと土が盛り上がる。皆が飛び出てくる合図だ。
「わぁっ!」
「うわぁっ!」
目の前に子供が飛び出してきた。よく見ると土まみれのドナだ。スケ三郎さんに肩車されている。
「あはははっ!ウォルト、おどろいた?」
「驚いたよ…」
「やったな、ドナ!ビビったってよ!」
「うん!やった!」
皆と一緒に地中に潜ってたのか。息もできないだろうに、どういう理屈なんだ…?
「わっ!」
「うわぁっ!」
今度は背後から声が聞こえた。正確には背後の足元から。振り向くと、地中から人型に変身したリリサイドが顔だけ出してる。
なにをやってるんだ、この親子は…。
「驚いたでしょ?」
「驚いたよ…。どうやって土に潜ってるんだ?」
「内緒よ。スケ達の秘技だから」
余計気になる。ボクは教えてもらってない。今度呼ぶ前に『浸透解析』してみようか。スケさん達が無理をさせるはずないから、安全な方法で潜ってるんだろうけど。
続々とスケさん達が姿を現してくれる。
「ボクが来るってよくわかりましたね」
『丁寧に明かりを灯すからな。直ぐに気付く』
なるほど。ボク以外にいないのか。…ということは、毎回わざわざ土に潜ってるのか?それともたまたまなのか。
『今日は久しぶりに修練か?』
「魔法で試してみたいことがあって、スケさん達に手合わせをお願いしたいです」
『もちろん構わない』
『やってやるぜ!』
『久しぶりに楽しみね』
「ドナもやる!」
リリサイドがやる気のドナを抱きかかえる。
「ドナはダメよ」
「なんで?!」
「危ないから」
「あぶなくない!」
「私の言うことが聞けないの…?」
一段声が低くなるリリサイド。
「あわわっ!ドナ、いうこときく!」
「いい子ね」
ちゃんと教育してるなぁ。ドナとリリサイドの周囲に被害が出ないよう『魔法囲障』を展開する。マグラタさんから学んだドワーフの障壁。
「ドナ、リリサイド。その中にいてくれれば安全だから」
「あい!」
「わかったわ」
マグラタさんとの魔法戦でかなり強固な壁だと学んだ。『魔法障壁』や『聖なる障壁』より防御力が高く、消費魔力も少ない。念のため内側に『強化盾』も張っておこう。これで万全。
「では、お願いします。初めから合体してもらえますか?」
『わかった』
スケさん達は直ぐに合体を始める。久しぶりに見たけど、以前より威圧感が凄い。おそらく合体が馴染んで強さが増している。剣と盾を構える巨大スケルトンは、グッと腰を落とした。
『いくぞ』
「お願いします」
スムーズな動きで襲い来る。まずは振り下ろされた剣を『強化盾』で受け止めた。
『やるな』
「まだまだです。『大斧』」
覚えたてのドワーフ魔法で攻撃すると、スケさん達は盾で難なく受け止めた。
『初めて見る魔法だ』
「ドワーフ魔法です。教えてもらいました」
『面白い…が、こちらからもいくぞ』
瘴気が体から立ち昇るスケさん達は、空洞のはずの両眼に赤い光を灯している。力強さも速さも兼ね備える巨大なスケルトンを統率している頭脳はスケさんだ。剣や盾も、誰かが装備に変化していると推測できる。
『剛力』
コレもドワーフ魔法。巨大な拳を操作してスケさん達を攻撃する。
『見せてやろう』
スケさん達は剣で魔法を切り裂いた。
「さすがです」
『瘴気には魔力を相殺する力があるのは知ってるだろう。大袈裟だ』
その通りで瘴気には闇魔法の魔力と同等の効果がある。その後も戦闘を繰り広げて、『溶岩』や『瑞風角落』などマグラタさんから教えてもらったドワーフ魔法を使う。
かなり使いこなせるようになったけど、威力も操作もまだまだ。この程度では通用しない。元々スケさん達は魔法耐性が高い。
『どうした?そんな生半可な魔法では俺達には勝てんぞ。わざわざこうなることを望んだからには理由があるんだろう?』
もったいぶっているつもりはないけど。
「では…いきます」
『来い』
呼吸を整えながら精神を集中する。
きっとできる…。そう自分に言い聞かせ、静かに魔力を練り上げる。
『ぬっ…?』
きっかけは、クレスニさんの魔力操作を学んだことと、マグラタさんとの魔法戦で『溶岩』を相殺するために『氷塊』を放ったことだった。
新たな技法を知り、実際に使用して魔法を放ったことで、ぼんやり持っていたイメージがハッキリ形作られた。今ほど魔力が視認できなかった頃、たった一度見ただけなのに鮮明に脳裏に焼き付いている魔力色がある。
過去に何千何万と挑戦しても再現することは叶わなかったけれど、今なら同じ魔力色を描ける自信がある。
「クソ面倒臭いが見せてやる。これが炎魔法だ」と師匠は簡単に操った。微かに炎の魔力だけ保有していたボクが、ずっと変わらぬ憧れを抱き続けている魔法。
想像を膨らませて……放つ。
『獄炎』
過去最大かつ高威力の炎が顕現する。今のボクの技量では危険すぎて森で放つことはできない。修練場だからこそ詠唱が可能。時間はかかったけれど上手く発動できたと思う。
『ぐっ…!ぐおぉぉっ…!』
スケさん達は骨を灼かれながらも必死に耐える。凄まじい耐久力。この程度の威力が精一杯か。まだまだ魔導師への道程は遠い。
「スケさぶろ~!スケ~!スケみ~!スケろく~!」
『ぐうぅぅっ…』
ドナの声が聞こえた瞬間、ハッとして魔力を霧散させる。ボクはバカ猫だ…。
骨が桃色に染まり、焼けた骨の匂いが充満する中、スケさん達は分裂して元の姿に戻った。駆け寄って『漆黒』で皆を治療する。
『すまんな。助かる…』
『マジで昇天するかと思ったぜ…』
『凄い魔法だったわ…』
「もっと早く魔力を消滅させるべきでした。実験台のように扱ってすみません」
『気にするな。耐えられると思っていた』
『次は余裕で耐えてやるぜ!』
心遣いは有り難い。でも、まだ子供のドナに友達が炎に灼かれる姿を見せてしまったのは完全な失敗。単に威力を知りたいというボクの我が儘。
スケさん達なら耐えられると信じていたけど、端から見れば無茶な魔法に映っただろう。今日は見せるべきではなかった。
「ウォルト!かっこよかった!」
ドナは満面の笑み。予想しなかった反応。
「そんなことないよ。ドナの友達に魔法をぶつけてごめんね」
「だいじょ~ぶ!スケさぶろうたちはつよい!」
「そうだね。皆は凄く強い骨だ」
「うん!ほ~ねっ!ほ~ねっ!」
皆のところへ駆け出して遊び始めるドナ。早速スケ三郎さんの骨を抜いてる。見事な骨抜きで確かに楽しそう。とりあえず来た目的は果たせた。スケさん達には本当に感謝しかない。
今日の経験を活かしてまた高みを目指そう。自分の未熟さにも気付かされた。師匠の魔法はまだ遙か遠くに存在する。それでも、また1つ魔導師への階段を登れた気がして満足感を味わった。
『貴方は……とんでもないわね…』
いつの間にかマルワリの姿に戻っていたリリサイドが『念話』を飛ばしてきた。
『とんでもないって?』
『決まってるでしょ。貴方の魔法よ』
『ボクの魔法にそんな要素は皆無だよ』
『思い違いもちょっと度が過ぎてるわね…』
リリサイドにどんな過去があるのかは知らない。でも、魔導師に詳しくはないだろうから、力を抑えていることも知らないはずだ。
『誰にでもできる。やっと詠唱できるようになったんだ。今日が初めてだよ』
『…薄々思ってたけど、相当な勘違い猫なのね』
しょっちゅう勘違いしてるから否定できない。
『私の生まれた国は、世界でも魔法先進国と云われている。でも、貴方のような魔法使いは見たことがない』
『言いたくないけど、獣人の魔法使いは珍しいと思う。仕方ないよ』
『よく友人と会話が成り立つわね』
『心を読まれてるからね』
『そんなことは訊いてない』
ドナとスケ三郎さんが一緒に近付いてきた。
「ウォルト!みてみて!ドナもがったいする!」
「ドナが誰と合体するの?」
「スケさぶろう!やる!」
『おうよ!』
スケ三郎さんが後ろからドナの脇を掴んで胸の高さまで持ち上げると、両開きのドアのように肋骨が勝手に開いた。そこにドナがスポッと入り込む。
自動的に肋骨が閉じてドナを閉じ込めた。首元から顔を出して、1番下の肋骨に両足をかけて座っている。
「どう?!がったい、かっこいい?」
スケルトンに捕獲された獣人の女の子に見える……とは言えない。まるで骨の牢屋に閉じ込められてるようだけど。
「かなり強そうだよ」
楽しそうだから褒めておこう。
「むっふぅ~!スケさぶろう、いつもの!」
『しょうがねぇな。ほれ!』
スケ三郎さんは片足立ちになって、コマのように回り出す。得意技の回転斬り。
「いっけぇ~!」
『おもしれぇか?』
「おもしろい!」
高速回転しながら修練場を縦横無尽に動き回る。よく目を回さないな。見てるだけで吐き気を催してきた。
『まるで父親みたいでしょう?皆で面倒を見てくれてる。常識があるのに私にも驚かないし、話し相手になってくれる。知り合えて本当によかった』
『スケさん達も楽しそうだからお互い様のような気がするよ。ドナに父親のことは?』
『いないと伝えてる。捨てられたのか、理由があって置き去りにされたのか知らないけれど、まず会うことはないから正直に言った』
初めて出会った男がボクなのか。
『遊びながらスケ三郎達が教えてくれてるわ。カネルラの常識もね。貴方にも感謝してる』
『そっか。皆はさすがだね』
『ただ、スケ達は元人間で獣人の常識に詳しくないみたいね。その辺りを貴方が教えてほしい』
『獣人っぽくないと言われてるんだけど』
『貴方が一般的でなくとも、客観的に獣人を見てるでしょう。教え方に正解なんてないし、それでいいわ』
『ボクが教えられることは教えるよ』
そうこうしていると、スケ三郎さんとドナが戻ってきた。元気いっぱいのドナに対してスケ三郎さんはふらふらしてる。骨でも目が回るってことだ。
「ウォルト!ドナとがったいしよう!」
「ボクと?別にいいけど、どうやろうか」
魔法でなんとかなるかな?…いや、さすがに無理だ。
『ふふっ。肩に載せたらいいのよ。抱き上げるだけでも。相手は子供なんだから』
「そうか。なるほど」
まずドナを肩車してみる。軽いなぁ。
「がったい!ウォルトはなにができるの?」
「スケ三郎さんは回ってたから、ボクは高く跳んでみようか」
「とぶ!」
『無重力』を付与して、と…。
「いくよ」
「わぁぁぁぁっ!」
修練場の高い天井に届かんばかりに跳び上がる。思った以上に高く跳んでしまって危なかった。
「すっごい!」
「少し遊んでみよう」
ゆっくり下降しながら『風流』を操作して、空中を鳥のように自在に飛び回る。風が吹かない修練場だからこそできる遊び。
「すごすぎ~!」
「そうかな?こんなのはどう?」
ドナを落とさないよう注意を払いながら、宙返りや急降下も楽しむ。
「きゃはははっ!」
楽しそうでよかった。ボクの魔法で誰かが笑ってくれるのは嬉しいし、やり甲斐がある。
★
空を飛び回るウォルトとドナを見上げているリリサイド。呆れていたところで隣にスケが来た。
『信じられないだろう?』
『えぇ…。ウォルトは何者なの?実は猫の皮を被ったエルフなんでしょ?』
『俺達の友人で魔導師を目指してる獣人だ』
『なに言ってるの?魔導師でしょう?』
『本人曰く、まだ魔法が使える獣人らしい。成長を見守ってやってくれ』
とんでもない勘違い猫なのよね。
『ウォルトや貴方達のおかげで、ドナはいろんなことを学んでる。でも、最初の懸念がぶり返してきた』
『懸念とはなんだ?』
『ドナが非常識な世界に足を突っ込んでいきそう…っていうね…』
『カカカッ!違いない。ドナは今までにいなかった獣人に成長するかもしれんな』
グラシャンに育てられ、存在しないはずの獣人の魔法使いに助けられて、意志を持つスケルトンから多くを学び、毎日楽しく暮らしている。非常識の塊で形成された生活。
『本人は楽しそうだ。今はそれでいいんじゃないか?』
『そうね。今しかできないことかもしれない』
『俺達もあの子といて楽しい。だが、先のことはわからない。どこかで『おかしい…』と気付くかもな』
『ずっと気付かずに平然としてる白猫もいるけどね』
ウォルトを見ていると、私達の…グラシャンという存在すら普通に思える。比べものにならないほど常識外れの存在。本当に面白い獣人。




