466 呪い…
今日はナバロがウォルトの住み家を訪ねてきた。
「先日はありがとうございました。お姉様達は仲違いされませんでしたか?」
「大丈夫だよ。なんだかんだ仲良しだからね。長年の付き合いだから。ただ宥めるのが面倒臭いだけで」
ハッキリ言ってしまった。お世話になったので、今日は料理とカフィでもてなす。
「相変わらず美味いよ」
「ありがとうございます」
「今年も祭りの出店をお願いしたいなぁ」
「可能なら是非やりたいです」
「本当かい?声をかけさせてもらうよ」
去年の出店は楽しかった。ひたすら調理できるのと食べて喜ぶ人達の顔が見れて嬉しい。食事を終えたナバロさんから、頼んでいたモノを受け取る。絹や調味料に加えて、お酒も持参してくれた。
「最近買ってくれることが多いから。余計なお世話だったかい?」
「いえ。助かります」
酒瓶は地味に重い。だから基本的にボクが買いに行くことにしてる。
「よく人が訪ねてくれるんだろう?もてなすなら、酒は直ぐに出せる方がいいからね」
ボクのもてなし好きを知ってて、自然に気遣ってくれるのが有り難い。
「あと、僕は酒が好きで味利きには自信がある。是非楽しんでもらいたくてね。運ぶのも身体を鍛えるのにいいし」
「ありがとうございます。そうだ。代わりにこれを」
メリルさんにも渡した『痺鱏』の魔石を幾つか渡す。使い方も説明しておく。
「ありがとう。安心できるよ」
「使ったらボクが魔力を込めるので、また持ってきて下さい」
ナバロさんは商人だけど逞しい。商いでは脅しを受けるような場面もあるらしく、いちいち怯んでいては仕事にならないと聞いた。
森を歩くのは体力がないとできないし、実戦の緊張感もあっていい訓練になるみたいだ。それに、いざとなったらいかに重要な商品を背負っていても命を優先すると言っている。商売も命あっての物種。
対価を渡して物々交換を終えた。
「今日はウォルト君に見せたいモノがあるんだ。コレなんだけど」
ナバロさんがいつも背負っている箱から取り出したのは、小さな小箱。
「もしや呪具ですか?」
「中も見てないのに、よくわかるね」
「箱に魔法封印がされているので」
「その通りだよ」
一見なんの変哲もない小箱。よく見ると複雑な術式の魔法で固められている。全然詳しくないけど、呪具と呼ばれるモノに施されることくらいは知ってる。
呪具はその名の通り呪いがかけられたモノで、効果は様々だけどよくない事象を引き起こすらしい。
「興味があればと思って持ってきたんだ」
「もの凄く興味があります。どういった呪具ですか?」
「装飾品だよ。ブレスレットだね」
「開けたりしても…?」
「どうぞ」
そっと蓋を開けてみると銀に輝くブレスレットが入っている。外観に変わったところはないけど、呪具だとわかっているからかどこか禍禍しさを感じる。…気のせいかな?
「手に取っても大丈夫だよ」
「そうなんですか?」
「呪術師が言うには、手首に嵌めなければ問題ないらしい。この呪具は呪いも弱い部類なんだ。危険すぎる呪具は僕では持ち歩けないよ」
「では…」
ナバロさんを信用しない理由はない。呪いのブレスレットを手に取る。掌に載せてあらゆる角度から見つめても、ただの装飾品にしか見えない。
「呪いの力は感じませんね」
「僕もだ。でも確実に効果がある」
「ちなみに、どういった呪いが?」
「性欲減退の呪いだね」
……ん?
「性欲減退…ですか?」
「どこかの貴族が、若い奧さんに求められすぎて『このままでは死んでしまう!』と作成依頼した物らしい」
………カネルラは平和だ。とてもいい。身構えて恥ずかしいな…。
「そんな呪いもあるんですね」
「贈り物として普通に愛用されてたみたいだね。亡くなるまで仲睦まじく暮らされたそうだよ」
ちょっと拍子抜けしたけど、呪具も魔道具と同じで使い方次第。とても勉強になるし、悪い効果ばかりではないと学んだい。呪いは時に夫婦仲を取り持つ縁の下の力持ちにすら成り得る。
「呪術師に詳しくないんですが、カネルラにも結構いるんでしょうか?」
「かなり数は少ないみたいだ。魔法使いよりもね」
「そうですよね。でも、いないと困る職業です」
「確実に呪いは存在する。だから、いなくなると大変だよ。呪いは悪意の塊のようなモノで、こんな呪具の方が珍しいはず」
「確かに」
「しばらく預けておこうか。研究してみたいだろう?」
「いいんですか?!嬉しいです」
「処分に困った依頼者から預かってるんだ。形見だからとっておきたいらしいけど、呪具だからね」
「呪いを解きたいんでしょうか?」
「そうしたいけど、頼んだ呪術師曰く大変らしい。弱い呪いなのに相当腕のいい呪術師が施したんだろうって」
呪いにも技量の差があるのか。魔法も高度な付与魔法は知識がないと解析できないから同様だと考えよう。
「素人が偉そうに言えないんですが、万が一呪いが解けそうなら解いていいですか?」
「もちろんだよ。むしろ助かる」
まず無理だろうけど解呪法も探ってみたい。ナバロさんにはいつもの3割増しで対価を渡す。断られたけど、ボクの気が済まないから我が儘を言って受け取ってもらった。
さて探ってみよう。まずは…。
『無効化』を付与してみる…けど、変化したようには見えない。そもそも呪具からなにも感じない。圧倒的な知識不足を痛感。
呪いの基礎を学ぶことから始めよう。何事も基礎からだ。師匠の書物の中に呪いに関する本が何冊かあったはず。
予想通り、師匠の所有物である書物に呪いに関する文献があった。魔法に関係ないので深く読み込んだことはなかったけれど、興味を持って読み出すと面白くて沼に嵌まってしまった。
文献によると、呪いとは魔法と似て非なるモノ。原動力として魔力を必要とする魔法とは異なり、呪いは『念』と呼ばれる力を必要とする。あるいは、呪いの儀式を通じて負の精神力を物体に宿らせる方法もある。呪いの種類や術式を知らなければ、当然解呪することは困難で、その辺りは魔法と同じだ。
楽しくなってきた。儀式で呪われた呪具は、儀式に使用されるモノ…例えば生き血であるとか、髪の毛であるとか、手段を知ることで相殺できる方法を模索する。
儀式や呪術について詳細に書かれているので、事細かに調べていけば答えを導けるかもしれない。
ところで師匠…。実は…ボクを呪っていたりしないか…?仮に呪われていても今はどうでもいい。まずはブレスレットにどんな方法で呪いがかけられているのか探ってみよう。
…と、その前に呪具の効果を確かめてみたい。何事も身を以て感じることが重要。魔法も呪いもだ。
「よし」
早速ブレスレットを装着してみた。女性が着けていたらしいけど、ボクでも余裕で着けられる大きさ。
………しばらく待っても特に変化なし。精神には異常の欠片も感じない。女性限定の呪いなのかな?…なんて考えているとドアがノックされたので出迎えに向かう。
「ウォルトさん、ただいま!」
「おかえり」
来てくれたのはアニカ。素早くハグしてくる。オーレンとウイカの姿はない。
「今日は私だけで修練に来ました!」
「お疲れさま。中に入って」
アニカを中に招き入れながら思った。呪具の効果はあるのかもしれないと。
なんというか心が透き通ってる。アニカは可愛いけど一切の邪念なく見れている。下心が消え失せたような感覚。
今日は紅茶を淹れて差し出した。しばらく会話していると、アニカの視線がボクの腕に向く。
「そのブレスレットは、もしかして魔道具ですか?」
「魔道具じゃなくて呪具だよ」
「呪具?!呪具って呪われたモノですよねっ?!」
「そうだよ。かかってるのは弱い呪いだけど」
「なんでそんなモノ身に着けてるんですか!危ないですよ!」
「預かりモノなんだけど、自分で効果を試してみたかったんだ。ついさっき着けたばかりで」
「おかしなこと言ってます!身体に異変が起こったらどうするんですか?!お願いですから直ぐに外して下さい!」
心配してくれて有り難い。ボクも逆の立場なら心配するだろうし、とりあえず今だけ外しておこう。
「………うん?外れないね」
「えぇぇっ!?」
三日月型のブレスレットを外そうとしても、不思議な力で隙間がないかのように外れない。着けるときはすんなりだったのに。
まるでフォルランさんが着けてた腕輪みたいだ。コレも呪いの力なのかな?
「参ったね。しばらくこのままかな」
「なに暢気なこと言ってるんですか!私が外しますっ…!」
「壊れるかもしれないから、無理しないで」
「くおぉぉぉっ…!かったい…!外れないぃ~!」
隙間を広げようとしてくれるけど、びくともしない。直ぐに曲がりそうな細いブレスレットなのに凄いな。
「はぁっ…!はぁっ…!」
「アニカ、ありがとう。後でなんとかするよ。着けたのは自分の責任だし」
「なんでそんなに普通でいれるんですか。おかしいですよ…」
「さほど害はない呪いだからだよ」
「どんな呪いですか?」
「それは…。えっと……。その……」
アニカに伝えるのはなんとなく恥ずかしいな。
「なんの呪いなんですかっ!?ハッキリ教えて下さいっ!」
真剣な表情のアニカ。心配してくれてるのが匂いでも伝わってくる。ちゃんと答えなきゃ。
「実は、性欲減退の呪いなんだ」
「なっ、な、な、なぁにぃ~~っ…!」
顎が外れそうなくらい口を開けて絶句してる。ちょっと大袈裟な反応だ。
「でも大丈夫だよ」
心配させないように、呪具の効果とナバロさんから聞いた話を教えよう。呪いも決して悪いことばかりじゃないってことを。
「…というワケで、命には関わらないよ……って、アニカ…?聞いてる…?」
立ち上がったアニカは住み家から出ていく。どうしたんだろう?
1時間後。
「ウォルト~~!自分のしでかしたことの重大さがわかってんの!?返事はっ?!」
「はい…。ゴメン…」
「あり得ないですっ!深く反省してるんですかっ!?半端な反省じゃ許しませんから!」
「それはもう…。心底反省してて…」
「猫が大好きな好奇心でも、絶対にやっちゃいけないことがあるんです!自覚が足りなさすぎですっ!」
「軽率で申し訳ない…」
「兄ちゃんのバカっ!ホント信じられないよ!!考えが浅はかすぎっ!!」
「まったくその通りで…」
ボクは4姉妹に説教されている。アニカが魔伝送器で皆に伝えたらしく、即行で住み家にやってくるや否や、過去に見たことがないほどの勢いで怒ってた。
烈火のごとく怒り狂う4人に正座させられ、もの凄い説教が始まったワケで…。「大袈裟だよ」とでも口を滑らせたら、殺されるんじゃないかってくらいの大激怒。いつもは優しい皆の目が違う。吊り上がって『阿修羅』のようだ。
マイペースで適当な自覚があるボクも、さすがに反省せざるを得ない。皆が、呪具を身に着けたボクのことを心配してくれているのが伝わってくる。一生外れないかもしれないのに、軽い気持ちで呪具を装着したアホな獣人を。
サマラ達は、仕事も治癒院も狩りもほっぽり出して住み家に駆けつけてくれた。本当に迷惑ばかりかけるダメ獣人。『好奇心猫をも殺す』という言葉があるけれど、確かにそうかもしれない。警戒心と自覚が足りなかった。
たとえどうなろうと、自業自得なら仕方ないと思っているからダメなんだ。そして、ほぼ反省しない性格だから。
「ふぅ…。説教はこのくらいにしておこうか…」
「そうですね…」
「充分反省してもらったみたいなので…」
「次にやったら絶対に許さないからね…」
なんとか立ち上がる許可をもらったものの、足の感覚がない。生まれたての動物のように震えながら台所にお茶を淹れに向かう。呪いの100倍辛かった。
「急に来てもらってゴメン。ちゃんと呪いは解いてみせるから」
「わかってるよ」
「やってもらわないと困ります」
「夜も寝れないです!」
「当然だよ。兄ちゃん、ホントに大丈夫なんだろうね…?」
「大丈夫だよ。むしろ心はいつもより落ち着いてる。皆といるとドキッとすることも多いけど、今は清々しいくらいなにも感じないんだ」
心乱れずまさに『無』だ。
「それが問題なんだよ!落ち着けばいいってもんじゃないでしょうがっ!」
「興奮のない人生が楽しいんですか?!いい加減にしてください!」
「鈍いにもほどがあります!悟りを開くつもりですか!」
「兄ちゃんのバカチンが!今すぐ呪いを解くよ!」
「えぇぇっ!?」
協力してもらいながら、文献を読み漁って呪いを解く方法を試していくと、無事にブレスレットを外すことができた。おそらく呪いも解けたのでナバロさんに返せる。
『解呪』の魔法を習得できたから、呪いにかかった甲斐はあった。口が裂けても言えないけど。よくよく考えると、魔法封印があるんだから魔法で解呪できるかも…ということに気付くのが遅かった。
呪術に関する書物の巻末に、普通に修練法が書かれていた。まるで、ボクがこうなることがわかっていたかのようにひっそりと。師匠に「ちゃんと読め!ボケ猫!」と言われている気がした。
それにしても、呪術は魔法と同じで奥が深い。呪文や儀式、風土や思念を駆使した様々な呪いの効果は興味をそそるし、魔法にも活かせると思う。
これからは魔道具だけでなく積極的に呪具も作ってみたい。同じことを繰り返すつもりはないけど、暇を見つけて学んでいこう。
皆に心配をかけないようこっそりと。




