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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
460/715

460 平凡な1日

「お届けモンだぜ」

「遠いところまで、ありがとうございます」


 飛脚のボルトがウォルトの住み家まで手紙を届けてくれた。


 王都からはかなり距離があるのに有難いなぁ。差出人はアンジェさん…ではなく、名前は書いてないけど見慣れた魔法封蝋がしてある。この封蝋はリスティアだ。


 先日ダナンさんからリスティアにボルトさんの存在を伝えてもらうようお願いしたら、快く了承してくれた。直ぐに手紙を送ってくれるなんて嬉しいなぁ。


「王都にいる何人かの知り合いにボルトさんのことを教えたんですけど、迷惑じゃなかったですか?」

「どこに届けようと仕事だ。ちゃんと金も貰ってる。先約がありゃ当然後回しにするけどな。しかも、たまに勝負するのにちょうどいいぜ。来たついでに勝負だコラァ!」

「わかりました。今日はどうしますか?」

「悪ぃけど次の仕事がある。短ぇが、フクーベの入口…1番門を潜るまででどうだ?」

「わかりました」


 フクーベまでだと距離が短い。いつもと違う駆け方が必要になるな。とりあえず回復薬を飲んでもらって…と。


「毎回タダで回復薬くれるけどよ、いいのか?」

「大丈夫です。ご飯も奢ってもらってますし、回復薬は自家製なので。勝手に飲ませてすみません」

「マジかよ!?かなり高ぇヤツだと思ってたからビビるぜ…」

「よかったら、届けてもらった御礼に何本かいりませんか?」

「もらえるなら助かるけどよ」

「では、もらってください」


 ボルトさんに3本渡す。


「有り難く使わせてもらうぜ。薬もらったからって手は抜かねぇぞ」

「こちらからお断りします」

「はははっ!だなっ!じゃあ…いくぜっ!」

「はい」


 並んで同時に駆け出す。



 

「ウォルト、どうしたぁ!そんなもんか!」


 このままじゃマズい…。ボルトさんはボクの数歩前を駆けている。瞬間的な加速はボルトさんの方が上。スタートから最初の数歩で先手を取られてしまった。

 気付いてはいたけど、短い距離ならボルトさんの方が速い。瞬発力の差だけど、フクーベまでの競走ではこの差が致命傷になりかねない。


「はははっ!遂に……お前に勝つときが来たぜっ!このまま前を駆け抜けてやる!」

「勝負はまだわかりません」


『鈍化』で負荷をかけたり、無呼吸で駆けたりと自分なりに修練してきた。やれるはず。自分の限界を超えるんだ。足に全神経を集中して一気に加速する。


「くっ…!まだイケるってか!そうこなくっちゃ張り合いがねぇ!」


 追い抜くつもりだったけれど、並ぶ寸前に上手く前を塞がれた。


「卑怯じゃねぇぞ!こいつぁ戦法だ!」

「わかってます」


 この人が汚い手を使うことはない。純粋に競走を楽しんでいるのはボクも同じだ。ボルトさんの後ろにぴったり貼り付くように駆ける。


「…ちっ!うざってぇ!」


 なんと言われようと離れず付いていく。気が散って体勢が崩れたら好機。風除けになってもらい、少しでも体力を温存する狙いもある。

 けれど崩れないさすがの走りだ。道程も残り半分を過ぎて、このままでは抜くのは厳しいか。ボクの…利を活かすしかない。


「なんだとっ…!?」


 ボルトさんから離れて駆けるルートを変更する。若干遠回りになるけどこのルートは足場がいい。今こそ森の知識を活かすとき。リオンさんの言葉通り、勝つタメに使えるモノはなんでも使う。全神経を集中させて疾走すれば逆転できる差。今のボクに出来る最善の策。


 後は…自分の力を信じるだけ。


「くそったれがぁぁっ!!」


 徐々に追い付いて互いに姿が見える距離で並走。3歩前の地面だけを見て余計なことは考えず無心で森を駆ける。


「うぉぉらぁぁっ!負けねぇ~~!」

「フゥゥッ…!」


 勝負の結果は…。





「がぁぁぁっ!また負けたっ!」

「ふぅ…。お疲れさまでした」


 本当に僅差で勝てた…。差が1歩あるかないかというギリギリの勝利。


「またやるぜ!首と耳洗って待っとけよ!」

「はい。いつでも。仕事頑張って下さい」

「おうよ!」


 ボルトさんは風のように駆けて、あっという間に姿が見えなくなった。凄い獣人だと思う。飛脚だから体力もあるし、それでいて速さも兼ね備えてる。カネルラ最速だと自負しているのも納得。

 それにしても、首はわかるけど耳はなんでだろう?勝利宣言がよく聞こえるようにかな?とにかく今回も戦略が成功しただけ。次も負けないよう鍛えよう。


 さて…せっかくフクーベまで来たから、ちょっと顔を出しておこうかな。まずはオーレン達の家に寄ってみる。到着すると玄関の前でウイカ、アニカと2人の男性が談笑していた。親しげに話しているから邪魔しちゃ悪い。知らない人と会話してるときに声をかける勇気もない。


 気付かれないようこっそり次に向かう。到着したのはアニマーレ。店の外から中を覗くと、サマラがいたけれどどうやら接客中。仕事を邪魔しちゃいけない。また今度にしよう。久しぶりにダイホウにも顔を出してみようかな。


 続いて勢いよくダイホウまで来たけれど、チャチャやカズ達は揃って狩りに行っているとのことで、ナナさんに挨拶とララちゃんと戯れて帰った。

 

 皆、忙しいんだ。いつも遊びに来てくれて感謝しかない。住み家に帰ろう。






 住み家に着いて飲み物を淹れる。今日はハーブ茶な気分だ。


 テーブルについて、ボルトさんから受け取った手紙を『精霊の加護』で開封する。便箋を開いて目を通すと、リスティアの近況やまた遊びに行く旨が書かれていた。


 読み進めてある部分に目が留まった。予想もしなかったことが書いてある。さすがに無理じゃないか…?…と、側に置いていた魔伝送器が震えた。

 持ち歩くときに魔石が光るだけでは気付かないので、呼び出しの魔力に連動して振動するように改良すると4姉妹にも喜んでもらえた。呼び出しているのはアニカだ。


「アニカ、どうかした?」

『ウォルトさん!今日フクーベに来ましたか!』


 気付かれてないと思ってた。


「行ったよ。アニカとウイカの姿も見かけたけど、楽しそうに会話中だったから声はかけなかったんだ」

『やっぱり!あのっ…!さっきの男性は冒険者仲間ですから!恋人とか変な誤解しないでくださいね!』

「誤解はしてないよ」

『よかったです!わざわざありがとうございました!お姉ちゃんも同じこと言ってます!また行きますんで!』

「待ってるよ」


 2人とも律儀だなぁ。また呼び出しが…。今度はサマラだ。


「はい」

『ウォルト!ウチの店にも来たの?』


 アニカとの会話を聞いてたのか。魔石を押すと、他の人の会話も聞こえる仕様。


「行ったよ。忙しそうだったから、外から覗いただけで声はかけなかったけど」

『もう!滅多に来ないんだから声かけてよ!』

「今度はそうする。でも仕事の邪魔はしたくない」

『邪魔じゃないから!』


 通話を切ったら立て続けにチャチャからも呼び出し。


「はい」

『兄ちゃん。今日会いに来てくれたんでしょ?』

「行ったよ」

『ララが興奮してるんだけど!さてはまたやったね?!』


 やっぱりバレた…。ナナさんの目を盗んで、ララちゃんに魔法を見せたからだ。


「ゴメン。また魔法を見せる約束してたから…」

『「ふおぉぉぉっ!」って、寝返りうちながら興奮してるよ!どうするの?!』

「誠に申し訳ない…」


 あまりに反応がよくて、目を輝かせてくれたから調子に乗ってやり過ぎた自覚はある。


『なんとかするけど、今度相当ハグしてもらうからね!添い寝もだよ!』

「わかった…」


 その程度のことでいいんだ…とは言えない。逆鱗に触れてしまいそうだ。それにしても、チャチャはどこで話してるんだろう?さすがに家の中じゃないと思うけど、添い寝なんて聞かれたらダイゴさんが殴り込んできてもおかしくない。


 さて、リスティアの手紙に戻ろう。気になった箇所以外に意外なことは書かれてなかった。親友が元気に過ごしていることを嬉しく思う。

 返事を書いたらフクーベの飛脚に送達をお願いしようか。それか、会えなくても自分で王城まで届けに行こう。少しでも鍛練を怠るとボルトさんに負けてしまう。がっかりされたくないし、なにより負けたくない。


 それにしても…リスティアは本気なのかな。手紙には、ボクに宮廷魔導師の魔法を見てもらいたいと書かれていた。そのタメに着々と準備を進めていると。

 住み家に来てくれたときそんな話をしたのは覚えてる。『無理やりじゃなくて、ちゃんとした手段だから心配いらないよ!』と書かれていた。正直嬉しい。エリート魔導師集団の魔法を見れる機会なんて普通に生きていたらまずない。きっと素晴らしい魔法が見れるはず。


 でも、獣人を蔑んでいると云われる魔導師が、すんなり見学させてくれるとは考えにくい。ただでさえ宮廷魔導師は実力を公にしないらしい。国防戦力だから当然で、関係者でもない一介の獣人に見学させる理由もない。

 ただ、リスティアならどうにかするだろう。彼女はやると言ったらやる。頭脳明晰で行動力が凄い。


 手紙をそっとしまって直ぐに魔道具作りを始める。魔伝送器を作ろう。リスティアに渡しておきたい。それと、母さんにも渡さないと怒るだろうから2つでいいかな。素材も足りると思う。

 リスティアとは単独で繋げばいい。ボクの魔伝送器には魔石がズラリと並ぶことになるけど。今のところ4姉妹に加えてリリムさん、メリルさん、コンゴウさんの7個。それにリスティアを加えると8個か。

 母さんの分も入れるとスペースが足りない。…ということで、母さんの魔道具は4姉妹とだけ話せるようにしておこう。……いや。大激怒される未来が見えた…。ボクにも繫がるように作っておかないと住み家を襲撃されてしまう。


 魔道具を作りながら、ふと思い出す。4姉妹からミシャさんが妊娠したことを聞いたからお祝いの品を渡したいけど、出産してからがいいのかな?普通はどうなんだろう?

 好評な絹の新生児服は作るとして、他にも渡したい。滋養の薬も作ろう。ハルケ先生とミシャさんには昔から両親共々お世話になってる。シルバの件のお礼もできてない。

 心を込めて作ろう。子供用のベッドもいいな。木材は余ってるし、目標を持ってモノづくりができそうだ。



 コンコンと窓がノックされる。


 目をやると笑顔のハピーがいた。窓を開けて招き入れると優雅に飛んで左肩に留まる。ハピーの定位置。


「忙しそうだね!」

「そうでもないよ。今日も平和?」

「ウォルトがいないときに獣が出てさ~。でも離れの避難場所のおかげで助かった!」

「よかった。使い勝手はどう?」

「最高!床下から家の中まで待避できるのも大きいよ。めっちゃ頑丈だから諦めていなくなった!」

「魔法で強化してるからね。そう簡単には破られないよ」

「ところで今日の宴会は大丈夫?」

「もちろん。予定通りやろう」


 蟲人の皆とは、手伝ってもらったお礼を兼ねて今夜離れで宴会をする予定。いつの間にかハピー達が1番長い同居人のようになったなぁ。一緒には暮らしてないけど、毎日顔を合わせるのはハピー達だけだ。

 誰かが訪ねているとき蟲人は基本的に住み家に寄りつかないから、最近では森に設置された蟲人の住み処も魔法で強化してる。ベアに殴られても壊れないよう強固な魔法で。これからも長く付き合っていきたい。


 こうしてボクの平凡な1日は過ぎていく。愛すべき日々。

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