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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
456/714

456 なぜなのか真面目に考えてみた

 ウォルトは思案する。


 ライアンさんやアニェーゼさん、そしてドワーフのマグラタさんと出会い、不思議に思ったことがある。

 大魔導師と呼ばれる人は、一目見ただけでボクを魔法使いだと見抜くこと。魔力は隠蔽できているはずだ。自信がある。オーレンやアニカと修練を始めた頃に比べて、自分で感じるくらい魔力操作が上達していて、魔力は隠せてるはずなんだけど軽く見抜かれてしまった。気になるのは、亡くなった大魔導師ライアンさんの言葉。


「獣人とて微量の魔力に近いモノを纏っておるだろう。それすら感じんのだからな」


 この言葉にずっと引っ掛かりを覚えている。獣人が纏う『微量な魔力に近いモノ』ってなんだろう?纏っているのは獣人だけなのか?それすらわからない。

 他の獣人を見ても微塵も感じない。サマラやチャチャに会うときも、毛ほども感じたことはない。「大魔導師の慧眼」と言えばそれまでだけど、可能なら大魔導師ですら見抜けない隠蔽術を身に付けたい。


 まずは、その力とやらを視認できるようになる必要がある。現時点のボクの予想だと、獣人が備える力ごと隠蔽してしまっている。それが不自然でバレてしまってるのではなかろうか。 

 ただ、自分を見てもダメだ。完全に気を抜くと、身体から魔力が漏れ出てしまう。常時限界まで魔力を溜めているのも理由の1つで、体内に抑え込むように隠蔽している。これも修練の一環。

 完全に魔力を抜かないと確認できないし、『魔力のようなモノ』とライアンさんは言った。ということは、魔力を抜いてしまうと確認できない可能性もある。難問だ。どうしたものか。


 サマラやチャチャを見つめ続けるのは、気持ち悪がられそうで頼みづらい。よし…。友達に協力してもらおう。





「理由はわかった。で、なんで俺なんだ?」


 久しぶりにラットを訪ねた。穴が空くほど見つめてみる。まさしく、全身を上から下まで舐めるように。


「ラットなら気持ち悪がられても気にならない」

「お前って奴は…。まぁいい。わかりそうか?」

「全然わからない」


 妙にモフモフしたお風呂と掃除嫌いの鼠画家だ。


「その力ってのは、年を取らなきゃ見えないんじゃないのか?大魔導師ってのは、どいつもいい歳だろ?年を取ってこそ見えるって可能性もある」

「なくはないな…」


 その発想はなかった。確かに今まで見抜かれた3人に共通するのは、高齢の大魔導師だということ。年齢を重ねてこそ見える可能性がある…か。


「ちなみに、お前にはボクがどう見えてる?」

「ただの細い白猫。それ以外なにも感じない。変なモノが見えてたら昔から言ってる」

「そうだよな。ちなみに、これならどうだ?」


 魔力の隠蔽をやめてみる。


「特段変わらない。別にどうもない」

「魔力が揺蕩って見えないか?」

「見えない。いつも通りだ」


 う~ん…。どういうことだ?自分では揺らめく魔力が見えてるんだよなぁ。


「俺が魔力に鈍感な可能性もある。そろそろリンドルが来るから確認してみろよ。アイツなら見えるかもしれない」

「お前には悪いけど、リンドルさんにはまだ伝えたくないんだ」

「お喋りだからな」

「そうじゃない。変装して会ってたことがバレると、ろくでもない男だと思われる」

「お前が言わなきゃ絶対気付かない。賭けてもいいぞ」


 そんなことあるかな?


「ところで、この間作った作業台とか修正いらなかったのか?」

「いらない。使いやすくて重宝してる。おかげで仕事も捗ってな。ただ、悪いけど腰を診てくれ。長時間座ってると結局痛くなる」

「いいぞ」


 のぺっとうつ伏せになったラットの腰に手を翳して治療する。


「お前の魔法は一味違うな」

「どう違うんだ?」

「リンドルにもたまぁ~に頼むことがある。でも、お前のように直ぐに楽にならない。だから調子に乗ってモフり始めたりする」

「きっと詳しく原因を探ってるんだと思う。治癒師だから」

「お前だって原因はわかってるんだろ?」

「いつもこの部分の背骨が少しズレてるんだ。癖になってるのかもしれない。描く姿勢が悪いぞ」


 患部を触って教える。


「お前は母親か。けど、気を付ける。もう楽になった。ありがとな」


 起き上がったラットを見て気付いた。目を凝らして見ると、ほんの微かに魔力のようなものを纏ってるのが視認できる。


「ラット…。悪いけどしばらく動かないでくれ」


 ラットの全身を隈なく観察する。なんだこの力は…?もしかして、ライアンさんが言っていた力?魔力とは違うけど確かに似てるな。さっきまでは見えてなかったから、間違いなく治療した後に発現した。


「ちょっとそのままで頼む」


『治癒』の残魔力の可能性もある。ラットに触れて『魔力吸引』しても、力はまだ視認できている。ということは魔力じゃない。


「どうした?わかったのか?」

「わからない…。むしろ、こんがらがってる。この力はなんだろう?」


 今まで見逃していたのか?獣人なら誰もが備える力?なぜ急に見えるようになったんだ?


「腰が治って見えるようになった…か。生命力とかか」

「生命力?」

「獣人は、身体の強さが売りだ。元気なときは見える奴には見えるとかな」


 あり得るけど、それなら人間でも見えてよさそう。冒険者のように身体の強い者であればなおさら。


「う~ん…」

「そんなに魔法使いだって見抜かれたくないのか?」

「それは仕方ないけど、魔法の技量を上げたいだけなんだ」

「一応リンドルにも聞いてみろ。わかるかもしれない」

「もう帰ろうと思ってるけど」

「悪いが、アイツがお前に会わせろってうるさい。お前に負けたのを地味に根に持ってる」

「お前のせいだろ。なんとかしてくれ」


 ラットが勝負しろと言いだしたんだ。ボクはなにも言ってないのに。なのに、もの凄く面倒くさそうなのが納得いかない。

 リンドルさんを待つことに決めて他愛もない会話をしていると、元気よく玄関のドアがノックされた。


「来たな…。気を付けろよ…」

「なにを?」


 ガチャガチャ!っと鍵を回す音がして、バーン!とドアが開く。


「ラットォ~~!!」


 リンドルさんの咆哮が室内に響き渡る。とんでもない声量。閉じるのが遅れた耳が痛い。

 

「うるせぇな!近所迷惑だろ!毎回毎回…いい加減にしろっ!」

「仕事終わりに恋人に会うのが嬉しくて、元気になっている彼女になんたる言い草だ!」

「苦情が来てんだよ!バカ!」

「私が恋人だと周囲にアピールしてるだけだ!あっはっは!」


 それは違う気がする…。


「……ん?ウォルトじゃないか!久しぶりだな!」

「お久しぶりです」

「会いたかったぞ!私は…前回の敗戦から知識を蓄えた!今日も勝負だっ!」


 ビシッ!と指差されて宣戦布告される。やらなきゃ収まらなそうだ。


「わかりました。やりましょう。どの分野で?」

「それでこそ男だ!もちろん薬学だ!」

「おい、リンドル。ウォルトに負けたら今後は小さい声で訪ねてくると誓え」

「いいだろう!だが、勝ったら5倍モフらせてもらうからな!声の大きさも倍だ!」


 ラットがボクの背中をポンと叩く。


「頼むぞ」

「任されたくない」





 苦虫を噛み潰したような顔のリンドルさん。


「ぐぅっ…。わからない…」

「正解はパナケアです。希少な素材ですが特効薬ができます」

「知らなかった…」


 両手を床について項垂れるリンドルさんの肩をラットが叩いた。


「もういいだろ。もはや逆転の目はない。ウォルトは全問正解。お前は3割くらいか」

「まだだっ…!それでも~っ!」

「よくやったじゃないか。俺は見直したよ。もう負けを認めて楽になっていいんだ」

「くうぅぅっ…!」


 なぜラットが偉そうなのか…。しかも、微笑みながら異常に優しく諭していて、コレを機に黙らせようという思惑が見え隠れしている。勝負してるのはボクなのに…だ。


「なんて知識量だ…。ウォルトはどうやって身に着けたんだ…?」

「主に文献です。友人に詳しい人がいるのも大きいですね」


 植物のことは蟲人に教えてもらってる。リンドルさんはノートを見ながら出題してた。きっと勉強の賜物。本業は治癒師なのに相当な努力家。

 ボクの出題した問題と解答もしっかり書き込んでた。なんとか全問正解できたけど、かなり難易度が高くて楽しかったな。


「リンドルさんにお尋ねしたいんですが」

「なんでも聞いてくれ。私は負け犬だが、ラットの弱いところは知り尽くしている女だ」

「真面目に答えろ!バカ!」


 本気なのか冗句なのか、わかりにくいんだよなぁ…。


「獣人は薄ら魔力のようなモノを纏ってると言う人がいるんですが、リンドルさんには見えたりしますか?」

「見えるぞ。いろんな獣人を診てきたからな」


 リンドルさんは大治癒師だ。気になる。


「ラットも纏ってるし、もちろんウォルトも……ん?」


 至近距離でマジマジと見つめられる。


「見えないな…。こんなこと初めてだ…」


 やっぱりか。さっきラットが纏っていた力を模倣してみよう。ほんの少し、微かに身体から漏れる感じで。


「…むっ!?見えた!ちゃんと見えたぞ!」


 反応からするととりあえず正解かな。今後に活かせそうだ。


「よかったです。興味があるんですが、ボクには見当がつかなくて」

「一説には、獣人特有の潜在魔力のようなモノだと云われてるんだ」

「潜在魔力とはなんですか?」

「獣人は魔法を使えないと云われてるだろう?」

「はい」

「けれど、薄ら魔力のような力を纏っている。人間やエルフのような魔力は持たないが、異なる魔力を保持してるんじゃないかという説がある」

「なるほど」

「ただし、魔法に使えるかは不明で実際使っているのかもわからない。魔力に換算するとかなりの微量だ」

「ボクには見えないんですが」

「私も何百人と獣人の患者を診てから見えるようになった。治癒師でも見える者と見えない者がいる。ただ、意識しないと見えない。まるでラットの愛みたいなモノだ!」

「………」


 ラットの奴…完全に無視するな。ちょっとくらい応えてやればいいのに。


 どうやら治癒魔法を操る者は見えるようになることは間違いなさそう。ボクも強く意識したから見えるようになったのか?

 そして、どうやら獣人は同じ力を纏っている。これを機に大魔導師にもバレないよう薄ら身に纏う訓練をしよう。今から始める。結局、どんな力なのか不明だけど、新たな可能性に気付かせてもらった。

 魔力のように使用できるとしたら…真に獣人のみが操れる純粋な魔法や技能を編み出せるかもしれない。解明できなくても模索する価値はある。


 リンドルさんにはお礼しないと。今すぐに。


「リンドルさん。とてもタメになりました。ラットをモフるのは5倍でいいです。かなり綱渡りの勝負だったので、負けたと言っても過言ではありませんし、知識に感服しました。知識を授けて頂いたお礼も兼ねて」

「本当かっ?!…ふはははっ!ラット~…楽しみだな!」

「ウォルト!お前っ…!」

 

 楽して他人に言うことをきかせようなんて甘すぎる。しかも友人を利用して。せめて死ぬほどモフられるという代償を払うべき。


 その後、少しだけ会話して帰った。



 ★



 ウォルトが帰ったあと、ラットはリンドルにモフられている。


 コイツは容赦せず満足いくまでモフるのをやめない。甘い汁は吸わせないというウォルトの報復。諦めて身を任せていると…。


「おい、ラット」

「なんだよ」

「ウォルトに薬師の資格を取れと言ってくれ」

「断る」

「早いな!「なんでだ?」とか気になるだろ!」

「ならない」


 理由は大方予想できるからな。


「遊ばせておくにはもったいない知識だ。言わなかったが、私がウォルトに出した問題は治癒院で上級薬師に聞いて作った。素人が全て即答だぞ」

「大人げない奴だな。…で、だからなんだ?」

「ウォルトが薬師になればもっと多くの人が救われる。素晴らしいことだと思わないか?」

「思わない。それはお前達の仕事だ」

「この…へんちくりん鼠め!もういい!私が直接言う!」

「勝手にしろ。俺は援護しないからな」

「なぜだ?!人の世に貢献しようと思わないのか?!お前もウォルトもだ!」


 クソ熱いな。そして予想通りの回答。俺が思うリンドルの長所であり、同時に短所でもある。発言に悪気がないからタチが悪い。


「お前が言いたいことはわかる。でも、なにをやるかはソイツの自由だろ。お前は好きで治癒師になった。俺も好きで絵描きをやってる。けど、お前は自分に絵の才能があったとして、嫌いでも描き続けるのか?」

「描く!誰かが幸せになるのならな!」


 考えもせず軽くほざく。絶対に無理だと思うが。


「だったら仲間を探せ。俺やウォルトは自分の思うようにしか生きられない。世の期待には添えない」

「できる!やりたがらないだけだ!面倒臭がりめ!」

「たとえそうでも俺達は世間に迷惑をかけてるか?俺は世間の恩恵を受けて仕事もして金をもらってる。少しは貢献しなくちゃならない。だが、ウォルトには通用しない」

「なぜだ?!ウォルトも同じだ!」


 アイツが森に住んでることや、過去のことを一切教えてない。だからリンドルがこんなことを言うのは至極当然。人の輪の中で生きてると思ってやがる。


「アイツにとって世界は限りなく狭い。そして濃いんだよ。俺達のように薄くない。アイツはちゃんと貢献してる」

「言ってる意味がわからん!」

「事実だ。とにかくお前が言ってるのは単なる我が儘だ。他人に頼るな」

「頼る…だと?どこが頼っている?」

「薬のことは薬師がやればいい。一致団結して世のために動け」

「その一員になればいい!ウォルトにはその資格がある!」

「資格…?勘違いするなよ。素人の力が必要なら頭を下げて頼め。「私にはできないから頼む!」ってな。そうだろ?」

「むぅ~~!」


 真っ赤な顔をしても答えは変わらない。資格があろうがなかろうが、ウォルトには関係ない。ましてや他人が決めることじゃない。


「技量はないけど偉ぶりたい。世のためにもなりたい。なんて我が儘が通用するか」

「そんなこと思ってもいない!屁理屈ばっかり言うな!」

「これが俺の理屈だ」

「お前やウォルトは命の重みを知らない…。目を背けてる。救える命が増えることが…どれほど尊いか知らない甘ちゃん獣人だ!」


 人の生き死にを日々肌で感じているんだから当然の思考だろう。だが余計なお世話だ。自分は好きで選んだ道のくせに、他人には世のタメに同じ道を歩けとほざく。言っても無駄だな。


「治癒師や薬師は立派だ。俺もウォルトも過去に世話になった」

「そうだろう!この世界は人がいてこそ成り立つ!だから助け合って人を救うんだ!」

「一理あるかもな」

「だろうが!もし薬師がいなくなったらどうするんだ?!1人でも多い方がいいだろう!」

「だったらお前が薬師になればいい。他人に頼るな」

「私は治癒師だ!そっちで人を救う!」

「お前の好みは知らない。自分ができないことを強要するな。偉そうに言うなら同等の技量を持ってから言え」

「くっ…!……細かいことを気にしない獣人なのに、あぁ言えばこう言う!…もういい!帰る!」

「あぁ。気を付けろよ」

「知らん!もう二度と来ない!お前とは今日でお別れだ!ふんっ!」


 怒りにまかせて家を出て行った。こんなケンカは日常茶飯事。だが、今回はあまりに勝手な物言い。ウォルトが何者であるかは関係なく、ノリと勢いで世界を救えと言ってるようなもの。悪質な勧誘。


 奉仕精神は立派で、治癒師も薬師も尊敬に値する仕事だろうが強要するのは違う。リンドル風に言えば、そういう奴がいてこそ世界は回るんだろう。たとえそうでも、世界を回してるのはソイツらだけじゃない。

 ウォルトは獣人の大魔導師だ。今は落ち着いたが、カネルラを騒がせていた地獄の魔導師の正体。それをアイツは知らない。サバトの影響で魔導師業界は活気づいていると風の噂に聞いた。魔法も進化するかもしれないと。治癒魔法もそうだろう。世の中にとって喜ばしいことなんじゃないのか。


 そういう意味では誰よりも世に貢献してる。本人はなんとも思ってないし、口には出さないけどな。


「ふぅ。しょうがない」

 

 次に来たときは長めにモフらせてやろう。リンドルは間違ったことは言ってない。あまりに一方的なだけで、世を憂いているし行動力も俺の100倍ある。そんな性格だから俺は………。


 まぁ、いい。直ぐに調子に乗るからな。

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