455 死に損ないの思考
あまりに遅すぎるので、ウォルトが住み家の周囲を探してみてもリリサイドの姿はなかった。
どこに行ってしまったんだろう?川に水浴びに行くと言ってた。川沿いを探しに行ってみるしかないか。ドナを住み家に置いてきぼりにはできない。住み家に戻ると、ドナが訊いてくる。
「うぉると!おかあさんは!?」
「まだ帰ってきてないんだ」
しゃがんで頭を撫でる。
「……さがす!」
「そうだね。その前にご飯を食べようか?」
「あとでいい!」
空腹より心配なんだな。まずはリリサイドを探しに向かう。ボクがおんぶして出発進行。
「まずは川に行こう」
「あい!」
なにかの拍子に流された可能性もある。上流から下流に向かって捜索だ。
「おかあさん、いない」
「そうだね。まだ探そう」
かなり上流まで移動して、一気に下流へ向かう。でもリリサイドの姿はない。けれど、意外な人に遭遇した。下流から遡るように泳いでくるのは…。
「ふんふふ~ん♪」
鼻歌交じりでご機嫌に泳ぐ獣人に話しかける。
「オニールさん。お久しぶりです」
「…ん?ウォルトじゃないか!久しぶりだな!」
スイスイと陸に泳ぎ着いて、軽やかに上陸した。
「どこに行ってたんですか?」
「川を下って街まで買い出しに行ってた。そっちこそどうした?」
「知り合いの馬を探してます」
リリサイドを見かけなかったか尋ねてみる。
「馬は見てないなぁ。ちゃんと周囲を警戒しながら泳いでるけど、川の傍には誰もいなかったぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
「おんぶしてるのは娘か?」
「いえ。友達です」
オニールさんを警戒してるのか、ドナは背中に隠れている。そんなドナをオニールさんは覗き込んだ。
「可愛い子だな!」
「うぅ~!」
「恥ずかしいのか!コレをあげよう!」
差し出したオニールさんの掌には綺麗な水晶のようなもの。
「ドナ。オニールさんがあげるって」
「…なに?」
「御守りだ。うちの一族の子供は皆持ってる!すくすく育つぞ!」
ドナは、おそるおそる受け取る。
「ドナ。こういうときは「ありがとう」って言うんだよ」
「………ありがとう」
「はははっ!ウォルト、またな。教えてもらった薬はかなり役に立ってる」
「よかったです。また」
ドナの頭を優しく撫でたオニールさんは「とう!」と軽やかに川に飛び込み泳ぎ去った。買い出しに行ったと言ってたけど、どこにも荷物はなかった。もしかして、甲羅の中に入ってるのかな?
誰もいないと言われたものの、とりあえず捜索を続けよう。しばらく駆けていると、ドナがポツリと呟く。
「おかあさん………いない……」
「そうだね」
「う…ぅ~っ!わぁぁあ~!」
急に泣き出してしまった。不安な気持ちはよくわかる。昨日までいた母親が急にいなくなったんだから。そっと地面に降ろして、しゃがんでドナを抱きしめた。
「リリサイドは帰ってくるよ。大丈夫」
何度も繰り返して背中をさすってあげると、少しずつ落ち着いてきた。
「ほんと…?」
「リリサイドはドナのお母さんだ。絶対に帰ってくる」
「……うん」
「もう少し探してみよう」
また子連れ猫で川沿いを駆ける。いろんな場所で広範囲に『周囲警戒』や『鷹の眼』を使って上空からも探す。生え茂る森だけに、確認できる範囲は広くないけど…………って、いた!
川沿いからは見えない場所で、地面に横たわってるのが木々の隙間から見える。急いで向かおう。
「ドナ。リリサイドがいる。あっちだ」
「ほんと!?」
「全力で駆けるよ」
「うん!」
現場へ急ぐと、爪で裂かれたような傷を負ったリリサイドが倒れていた。
「おかあさんっ!」
駆け寄るドナの声でリリサイドは目を覚ます。首にしがみ付くドナの頬を優しく舐めた。
「うぉると!おかあさん、けが!」
傷口に手を翳して『治癒』を使うと、綺麗に傷は癒えた。
「うぉると!ありがと!」
『助かったわ』
『なにがあったんだ?』
『水浴びしてたら魔物の群れに襲われた。なんとか逃げ切ったけど、しつこくてね。数が多かったから疲れ切って休んでたの』
ボクの油断だ。病み上がりの身体で無理をさせてしまった。
『1人にしたボクのせいだ』
『私は子供じゃないわ。魔物や獣に遭遇するのも森の理でしょう』
『それはそうだけど、君は病み上がりだったんだ』
『気持ちは有り難いけど、ずっと傍に付いていられないし私は1人で行くと断ってた。いつもなら大丈夫だから。油断したのは私の方』
『いつもなら?』
『気にしなくていいわよ』
ドナは変わらず大喜び。リリサイドが魔力を指向しているから、なにか話しているみたいだ。
『住み家に帰ろう。ニンジンも準備してあるよ』
『貴方は私を疑ってなかったの?』
『疑う?』
『ドナを押し付けて姿を消したんじゃないかって』
『ドナを置いていくとは思わなかった。そうするにしても、ちゃんと話して別れるはずだ』
心の機微には疎いけれど、そのくらいは見抜けると思ってる。この歳までドナを育てた彼女がいい加減な親だと思えない。
『帰りましょうか』
「そうしよう。ドナ。リリサイドが帰ろうって」
「かえる!」
念のためリリサイドには1人で歩いてもらって、ドナはボクが背負う。
『ドナはさっぱりしたわね。ありがとう』
「さっぱり?」
ボクへの声もドナに聞こえてるのか。これだけ密着してるとボクだけに魔力を向けるのは難しい。声を出して話そう。
「ドナの髪が短くなったから」
「あたまかるい!すずしい!」
『よかったわね』
「よかった!うぉると、すごい!」
「凄くはないよ」
ドナは人間に近い容姿だけど、やっぱり毛皮を纏ってるから暑いはず。
「うぅ~!」
「どうしたの?」
「ここ、あつい!」
ドナは自分の股間を指差してる。苦笑いしかできない。
「すぐ慣れるから我慢してね」
「うぅ~!」
どうにも下着を履くのが嫌みたいだけど、なんとか宥めて履いてもらった。これから少しずつ覚えてくれるといいんだけど。
ピッタリしたのを作ったから暑いだろうな。4姉妹に下着の作り方を聞いてみようか。変態扱いされないといいけど…。
『ねぇ、ウォルト』
「どうしたの?」
『貴方って、動物が魔法を使うことに驚かないのね』
「あぁ。えっと…」
言っていいのかな?カリーには「内緒にしといて」と言われてるけど、詳しく教えなければいいだろう。
「ボクはリリサイド以外にも魔法を使える馬に会ったことがある」
『噓でしょ?!』
「ホントだよ。『念話』も使えた」
『…なんて名前?』
「あ~…。それは~…えっと~…う~ん…」
『誤魔化すの下手か!言いたくないのはわかるけど』
見事にツッコまれた。
「なんで?」
『私達のことをどのくらい知ってるの?』
「私達のことって?」
『【青輝馬】のことよ』
「青輝馬?初めて聞いたよ」
初めて聞く単語だ。文献でも見たことはない。
『知らないのならいい。その馬も言いたがらなかったでしょう?』
「魔法を使えることは内緒にしてほしいと言われた」
『でしょうね。その内ウォルトも知るかもしれないわ』
「君達が何者でも構わないよ。世の中にはそんな馬種もいるのが普通だ。ねっ、ドナ」
「いる!いない!」
どっち?きっと意味はわかってないけど言い得て妙だ。
「ボクは魔法を使えるけど、操れないと云われてきた獣人だ」
『驚いたわ。今も驚いてる最中だけれど』
「こんな猫もいるし、君達みたいな馬もいる。それだけのことだよ」
『貴方って……変わってるわ…』
「ボクはちょっと珍しい獣人なだけかな」
『…ふふっ。その考え方はいいと思う』
初めて笑ってくれた。面白いことを言ったつもりはないけれど。そうこうしてると住み家に着いた。
「リリサイドとドナにお願いがある」
『なに?』
「身体が元気になるまでの間だけで構わない。ココでゆっくり休んでくれないか?」
『正直助かるわ。なにもお礼できないわよ?』
「いらないよ。ドナもいい?」
「なにが?」
「しばらく一緒に暮らさないか?」
「………やっ!」
「『えっ!?』」
リリサイドと一緒に驚く。なんでだろう?
「すみたくない!」
「なんで?」
身振り手振りでなにかを伝えようとしてる。でも、ボクにはさっぱり理解できない。
『はぁ…。ドナは家が落ち着かないみたい。洞穴のほうがいいって。困った娘だわ』
「だったら仕方ないね。ずっと森で暮らしてきたんだから」
『なんでも簡単に受け入れるのね…。可哀想とか心配だと思わないの?』
「可哀想?誰が?」
『ドナが』
「思わないよ。本人がそうしたいと言ってるならそうさせてあげたい。気が済むように手助けしたいだけだ」
『はぁ…。常識人に見えてそうでもないのね』
「ボクが同じ立場ならそう思うってだけなんだけど」
もし「今日から王都の大豪邸に住め!」って言われても全然嬉しくない。危険だとか汚いと言われても住めば都。洞穴だって同じだ。
「ドナは楽しく暮らせたらいいんだよ。自然の中で暮らすのが好きなのかもしれない」
『相手は子供なのよ?大人としていい加減すぎない?』
「リリサイドだって、大変なのに森で育ててきただろう?君なら街に置き去りにして保護してもらうこともできたはずだ。ドナの気持ちを尊重したんじゃないのか?」
リリサイドも離れがたかっただろうし。
『否定はしない。そういう獣人がいてもいいってことね…?』
「そう。ただ、最低限の読み書きや言葉を教えたいとは思う。ボクでよければ」
『お願いするわ。ウォルトは、ドナがこの家に住みたいと言えば一緒に住んでくれるの?』
「もちろん。断る理由がないよ。とりあえずニンジン食べる?」
『食べるけども!真面目な話をしてなかった?!』
「してたけど、お腹が空いたら正常な思考は無理だよ」
リリサイドは、カリーと同じで賢く優しい。人間のようで篤実だ。真剣にドナの将来を考えているのが伝わってくる。でもボクはそうじゃない。将来より今が大事。今を大切にしてその先に将来がある。未来は誰にもわからない。
死に損ない獣人の下らない戯言かもしれないけどそう思うんだ。
「もう!おかあさん!うぉると!」
『はいはい。難しい話はあとね。ニンジンを頂くわ』
「家にどうぞ」
『さては…私をおばさんだと思ってるわね…?』
ジト目のリリサイド。…黙秘しよう。
もぎたてのニンジンを食べるリリサイドと隣で美味しそうに齧るドナ。いつもこうしているんだろう。自家栽培してる野菜だけど味には自信がある。
さてと…食べ終わったら、新しい住み処の候補を紹介しようかな。ドナもリリサイドも気に入ってくれるといいけど。
「ほねっ!ほ~ね~!」
『わっはっは!このガキャぁ!』
『可愛いね~』
『肝っ玉に恐れ入るぜ!』
ボクの隣で、楽しそうなドナを見つめるリリサイドはやや呆れ顔。
『どういうことなの…?』
「なにが?」
『このスケルトン達は…なぜ普通に話したりしてるの…?理解できない』
「ボクの友人なんだ」
『答えになってない。信用できるんでしょうね?』
「皆は元人間で常識人ばかりだよ。そうでなきゃ紹介しない」
2人を連れてきたのは魔法の修練場。元々ダンジョンだと思われる修練場だけど、近くに幾つも洞穴がある。ボクはこの近辺には詳しい。川にも近いし湧き水もある。山菜や食べられる草も豊富で、師匠に住み家を追い出されたらこの辺りで暮らそうと思ってた。
『いいわね。ココは気に入ったわ』
「いい!」
…と、紹介した洞穴を気に入ってくれたみたいだから、ちょっとご近所付き合いになるということで、骨の皆に紹介することにしただけ。
ちょっと心配したけど、ドナはスケさん達を見るなり目を輝かせて飛びついた。先入観のない子供だからこそ皆が怖くないのかもしれない。「ブルルル…」と複雑そうな反応のリリサイドと対照的に、ドナは楽しそうに戯れている。
オニールさんのことは警戒していたのに、恐れることもなくスケ三郎さんに飛びついて遊んでる。スケ三郎さんもまんざらでもなさそう。子供好きなのかな?
とりあえずスケさんに事情を説明しておく。
『なるほどな。話せる馬と森で拾われた獣人か』
『貴方も驚かないのね』
『俺達も通常有り得ない存在だ。他人のことをとやかく言えない』
『確かにね』
「ご近所になるので、スケさん達にも挨拶しておこうと思って」
『カカッ。律儀だな。森で近所もないだろう』
「外でドナを見かけたらきっと皆さんは心配します。知っておけば安心です」
『そうだな。街に連れて行きそうなものだが、新しい洞穴を紹介するところがウォルトらしい』
『普通はそうよね。ウォルトは二味くらい違うわ』
「人に慣れて、街に興味を持ってくれたらそっち方面を考えていいと思いますけど」
…と、スケ美さんに呼ばれる。
『ちょっとウォルト!』
「なんですか?」
『ドナの履いてる下着はなに!?』
「昨日ボクが作りました。作り方を知らないので一時しのぎなんですけど」
『こんなのじゃ蒸れて暑いわ!私が教えるから新しく作ってあげて!』
「助かります。暑くてゴメンね、ドナ」
「あい!あつい!」
教えてくれる人がいて助かるなぁ。それからしばらく骨の皆はドナと遊んでいた。ボクはこの隙にやれることをやろう。
リリサイドと洞穴に向かって、幾つかの仕掛けを施したあと説明する。
「この部分に『念話』の魔力を付与すれば、入口を強固な結界で閉じれる。外からは岩にしか見えなくなるから心配いらない。寝るときは安心だ。空気は入るからね」
「寝床は地面を魔法で成形して、出来る限り滑らかにした。草を敷き詰めたら寝心地もいいと思う」
「保存魔法陣を付与しておくよ。食材を置いておけば何年か保つ」
「ドナ用にトイレも作った。『浄化』の魔石を入れておくから常に清潔だし匂いもない。魔力が切れたらボクが付与しにくる」
「『治癒』の魔石も常備しておく。怪我したら2人で使える」
一通り説明を終えると、リリサイドはジト目になっていた。
「どうしたの?」
『貴方………一体何者なの?』
「森に住んでるただの獣人だけど」
『…ゆっくり知るとするわ。よろしくね』
「よろしく。欲しいモノがあれば教えてほしい。買うか作るから」
『確認だけど、ココを快適にしてドナを離れられなくするつもりじゃないでしょうね?』
「微塵も考えてないよ。街の生活に近いことも少しずつ覚える必要があるだろう?ボクはどっちの生活も知っていて好きで森の生活を選んでるけど、あの子はまだ街を知らない。でも焦らなくていいと思う」
『そうね…。疑ってごめんなさい。なんというか…ドナがどんどん非常識な世界に足を踏み入れてるような気がしてね…』
「どこが?そんなことないだろう?」
『…あると思うのよねぇ』
こうして、ドナとリリサイド親子の引っ越しは終わった。出会ったのもなにかの縁だ。これからも仲良くしていきたい。




