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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
454/715

454 乗ってみよ。沿うてみよ。

 今日のウォルトは、動物の森で遠出することに決めていた。


 魔法を使いながら全速で駆けて、どこまでいけるのか試してみたい。そして、往復共に知らないルートを通るつもり。

 カネルラの南部に位置する動物の森を、西に向かって駆ける。すると、2時間ほど駆けたところで突然目の前に子供が現れた。


「うわっ…!」


 危うく接触しそうになって上手く躱したものの、面食らって思わず足を止めてしまう。無理やり止まって引き返すと、ボロボロの布を身に纏った子供が倒れている。

 慌てて抱きかかえると息はある。随分と痩せた獣人の女の子だ。三角の耳がピンと立っている。匂いからするとおそらく馬の獣人。


「大丈夫か!?」

「……うっ………っ!」


 目を覚ますと暴れるようにボクの手から逃れて、歯を見せながら威嚇してくる。


「ぐるるるぅ~!」

「ボクはウォルト。こんなところでなにをしてるの?」


 見たところまだ6~7歳くらいに見える。そんな子供が森の中でなにをしていたんだ?周りには誰もいない。


「がぅっ!」

「まさか……言葉を話せないのか…?」

「がるぅ~!がうっ!」


 両手を地面について、獣のように四つ足で威嚇を続ける少女にどうやって伝えるべきか迷う。とりあえず、なんでもやってみよう。


「ウォルト。ウォルト」


 自分を指差して名前だけ伝える。ゆっくりと。刺激しないように。


「………うぉ…ると」


 ボクの名を呼んだ。全く喋れないワケじゃないのか。


「そう。ウォルト。獣人、獣人」

「……じゅう……じん」

「そう。君の名前は?」


 片言で話す少女を指差して聞く。


「……ドナ」

「ドナ。ボク、敵、違う」

「………てき……じゃ…ない」

「話をしたい。水、飲まないか?」

「み…ず…」

 

 水筒を取り出して、持参したコップに水を入れて差し出す。警戒しているようなので、一度ボクが飲んでみせて、水を入れたコップを地面に置いて離れた。

 すると、ゆっくり近づいて匂いを嗅ぎペロリと舐める。安全だと思ったのか一気に飲み干してくれた。


「うまっ!」

「まだあるよ。飲むかい?」

「うぅ~!」


 近付こうとすると威嚇される。まだ信用してもらえない。今度は、水筒をドナの近くに投げて、『飲んでくれ』と身振り手振りで伝えてみる。すると、凄い勢いで飲んでくれた。喉が乾いてたんだな。


「もっと、水、いるかい?」

「…のみたい」

「ボクに貸してくれ」


 ゆっくり近付くと、警戒しながらも手渡してくれた。『水撃』で満タンにしてまた渡す。


「…??」


 女の子は首を捻ってる。いきなり水が出てきたら誰だって混乱するよね。


「飲める。大丈夫」


 ゆっくり笑顔で伝えると、また飲んでくれた。


「まだいるかい?」


 首を横に振った。


「そうか。ちょっと話をしないか?」

「はなし……ない…」

「少しでいいんだ」


 じっと待っていると、悩んでいた様子のドナのお腹が鳴った。作ってきた携行食を差し出す。


「食べてほしい」


 野菜と肉を挟んだパンだけど、味はいいと思う。恐る恐る受け取って、1口食べたと思ったら目を見開いて一気に食べきった。よほどお腹が空いてたんだな。


「う……うぉると…」

「どうしたの?」


 ニッ!と笑ってくれる。美味しかったのかな?そっと頭を撫でた。なぜこの子はこんなところにいるのか知らない。でも、このまま放っておきたくない。


「ドナ。教えて」

「なに?」

「なにをしてたんだい?」

「くすり。さがしてる」

「薬…?なんの?」

「おかあさん。けがしてる」


 薬草を探しに来たのか。


「ドナ。ボクは薬を作れる。お母さんのところに連れて行ってくれないか?」

「……だめ」

「なんで?」

「…………」


 無理強いはしたくないけど…。


「治せるとは言えない。でも、薬をあげられるんだ。それでもダメ?」

「おれい……ない…」

「お礼はいらない。ホントだよ」

「…なら…いいよ」

「ありがとう」


 頭を撫でてドナをおんぶする。


「家はどっちだい?」

「あっち…」


 指を指してくれた。ドナも獣人。家の位置は覚えているはず。


「いくよ」


 全速力で駆け出した。





 全力で駆けること20分ほどで目的地に到着した。


「ここが家で間違いない?」


 ドナは頷いて足早に駆ける。眼前に聳えるのはどう見ても洞穴。まるで銀狼の住み処のよう。ドナは洞穴の奥に駆けていった。ボクも後を追うと、入って直ぐにドナを見つけた。


 その傍らには1頭の馬種が横たわっている。


「おかあさん」


 ドナが呼びかけると薄く目を開いた。そして、ボクに気付くとガバッと起き上がる。けれど直ぐにフラついた。よく見ると、左後足の太腿辺りに矢が刺さって出血している。


「おかあさん!」


 ドナが体を支えて、馬はボクをキッ!と睨む。歯を見せて威嚇してくる。


「君がドナの母親だね?ボクは猫の獣人ウォルト」


 事情は知らないけれど、そう呼んだことは紛れもない事実。この馬種がドナの母親。言葉が通じるかわからないけど刺激しないよう話してみる。ボクら獣人は動物や獣とある程度の意思疎通ができる。


「ドナから話を聞いて、薬を作るタメに来たんだ。怪我を見せてほしい」

「うぉると!いいやつ!みずくれた!めしも!」


 ドナが一生懸命伝えてくれる。けれど、母馬は変わらず鼻息が荒い。


 …え? 今…ドナに向けたのは…。まさか…。


『君は魔法を使えるのか?』

「ヒ、ヒヒ~ン!?」


『念話』で話しかけると驚いた表情。獣人が魔法を使えないことを知っているんだな。反応がカリーに似てる。


「おかあさん!どうしたの!?」


 ボクの『念話』はドナには聞こえてない。魔力を一点に指向しているからだ。


『本当に君を治療しに来たんだ。ドナは君のタメに薬草を探しながら森で倒れてた。そんなドナの力になりたい。それだけだよ』


 しばらく見つめ合う。


『じゅうじ……いえ、ウォルトと言ったわね』

『そうだよ』

『獣人の魔法使いがこの世に存在するなんて…。信用してもいいのね?』

『信用できないならできることはないけど、よければ傷を診せてくれないか?』


 悩んでいるようだったけれど、威嚇を解いて横たわってくれる。


「ドナ。お母さんと話せた。傷を診せてくれるみたいだ」

「よかった!」


 普段から魔法と言葉で会話してるのか、ドナは特段驚いた様子もない。母馬の横に座って傷を診ると、見事に射抜かれて深く矢が刺さっている。相当痛いはず。満足に動いたり寝てないはずだ。


『名前を聞いていいかい?』

『…リリサイドよ』

『リリサイド。今から治療したいんだけど大丈夫?』

『…薬を作るんじゃないの?』

『治癒魔法の方が早い。ボクを信用してくれるなら』

『……いいわ』


 ドナに無詠唱で『睡眠』をかけて、少しだけ眠ってもらう。直ぐに寝息を立て始めた。


『ドナになにをしたの?』

『魔法で眠ってもらった。母親の痛がる姿を見たくないだろうから』

『…優しいのね』

『そんなことないさ。一度矢を抜かなきゃならない。かなり痛むと思うけどいいかい?』

『…任せるわ』


 精神を集中する。せめて苦痛が短く済むよう事前に魔力を高めておく。自分の足を切断する修練より早く治癒できる自信はある。そっと矢を掴むとリリサイドは身動いだ。


「いくよ」


 一気に矢を引き抜き、間髪入れずに『治癒』で治療する。呻き声1つ上げなかった。


『治ったよ』


 綺麗に治癒できたと思う。


『貴方……凄いわね。こんな短時間で…』

『このくらい誰にでもできるさ。痛みは?』

『ないわ。ありがとう』

『どういたしまして。狩人にやられたの?』

『そうよ。矢を躱しきれなくてね。ところで、ドナに水やご飯をあげてくれたのね?』

『たまたま持ってたからね。薬草を探して森で倒れてた。母親思いの優しい子だ』

『私のことを…本当の母親だと勘違いしてるのよ』

  

 リリサイドは、眠っているドナに優しい眼差しを向けた。


『この子は…捨て子だったの』

『まさか、森に?』

『そうよ。事情はわからないけど赤ん坊でね。私は…気まぐれで拾った』

『そして育てたんだね?』


 リリサイドは溜息を吐く。


『ドナと名付けて育ててたら、お母さん、お母さんって呼ぶようになって…。困ったモノだわ』

『なぜ?』

『ドナは人の子。私は違う』

『リリサイドはなんていう種族なんだい?』

『マルワリよ。馬から派生したと云われているらしいわね』


 カリーはトルーパー。猫種も細かい分類があるけど、他種族には『猫』としか呼ばれない。彼女達も纏めて『馬』と呼ばれている。

 

『君がドナの親でも別におかしなことじゃないと思うよ』

『貴方、正気なの…?私があの子をまともに育てられると思う?』

『この歳まで成長して、拙いけど言葉も話せる。君が教えてるんだろう?』

『その通りだけど』


 ボクは尊敬する。単純に凄いと思うから。街のように道具があるわけでもなくて、人もいない場所で種族も違う母親が言葉を教えることの難しさは容易に想像できる。


『ボクが思うに、慕情に種族は関係ない。たとえドナが街で暮らすようになっても君が母親でいい』

『変な子だと思われるわ』

『その思考が既に母親なんじゃないか?』

『…っ』


 会話しているとドナが目を覚ました。立ち上がっているリリサイドを見て、ドナは足に抱きつく。


「おかあさん!なおった?!」


 リリサイドは笑顔のドナをペロリと舐めた。


「よかった!うぉると!」


 ドナの頭を優しく撫でる。


「リリサイドはもう痛くないみたいだ」

「りりさいど?」


 あれ…?もしかして知らないのか?


「お母さんの名前だよ。覚えておいて」

「うん!おかあさん、りりさいど!」


 続いて『念話』が聞こえた。


『ウォルト…。貴方にお願いがあるの』

『なんだい?』

『ドナを…引き取って育ててくれないかしら…?』

『ボクが?』


 リリサイドはコクリと頷く。


『人の子は、やっぱり人として生きるべきだわ。拾った私が浅はかだった。今まで生きてこれたのも運がよかったのよ。貴方が無理なら、誰か育ててくれる人を探してほしい』

『ボクも森に住んでるから、引き取っても状況はあまり変わらないよ?探すのはできるかもね』

『はぁ?!なんで森に?!』


 マルワリに驚かれるとは…。でも、本当だから仕方ない。


『ボクは、死のうと森に入って死に損なった獣人なんだ。森に住んでもう7年になる。ドナと同じくらいかな』

『そう…』

『君が言ってることは理解できるし、ボクでも育てることはできるかもしれない。人と交わらせたいのなら孤児院に預けることもできる』


 でも、大事なことを忘れてる。


「ドナ」

「なぁに?」

「ボクと一緒に来てくれって行ったら、来てくれるかい?」

「う~ん…。おかあさんは?」

「リリサイドはダメだ」

「…いかないっ!ぜ~ったい、いかない!」


 怒るドナの頭を撫でて宥める。


「噓だよ。ゴメンね」

「うそ、いったらめっ!」

「うん。ゴメン」


 リリサイドは複雑な顔をしてる。わかってくれたかな。


『君は紛れもなくこの子の母親だ。これから先、ドナの心変わりはあるかもしれない。でも無理やり連れていきたくないよ』

『……はぁ。困った子ね』

『リリサイドも一緒に住むのなら来てくれるだろうけど』

『私は…人と共に暮らしたくない』


 リリサイドにも事情があるんだろう。ドナに頬擦りする目は優しい母親の目だ。


『いつでも住み家を訪ねてくれないか?薬も作ってるから、困ったときは力になれるかもしれない』

『それだけでも助かる』

『この住み処にこだわりがある?』

『ない。長く住んでるだけ』

『じゃあ、ボクの住み家の近くに引っ越さないか?直ぐに会いに行けるし、なにかあれば来れる。紹介できる場所もあるよ』


 住み家に何日か滞在して、今後の身の振り方を考えてもいい。


『ドナに聞いてみるわ』


 2人で話して引っ越してくれることに決まった。その前に、腹ごしらえしてもらおうとカーシを魔法で狩ってくる。怪我をしていたリリサイドは、食事も摂ってないはず。

 狩って戻ると『見ての通り私は草食なのよ!』と怒られた。なにも考えずに獲ってきてしまったと反省。

 …というわけで、馬種が好むとされるニンジンを探してきたら喜んで食べてくれた。調理できないのが残念。


 獲ってきたカーシは、しっかり焼いて手持ちの調味料で味付けしたあと、ドナと一緒に食べる。現地調達になったときのために、持ち歩いてるのが生きたな。でも、ドナもニンジンの方が好きそうだ。


 食事を終えると、ボクは自分の足で、ドナはリリサイドが背中に乗せて森を駆ける。


「はやいっ!すごいっ!」


 全力で背中にしがみついているドナは満足そう。


『駆けても足は痛くない?』

『大丈夫よ。お腹も膨れたし』


 とりあえず、住み家の場所を覚えてもらおう。休憩しながら疾走して住み家に辿り着いた。


「ココがボクの住み家だよ」

「すみか?」

「家だよ」

「いえ!」


 ドナは楽しそうに駆け回る。初めてだから興奮してるのかな。


『リリサイド。今日はゆっくりしていかないか?嫌かもしれないけど、しばらくいて構わないよ。干渉するなと言うならしないし』

『そうね…。お邪魔しようかしら』

『ドナをお風呂に入れてあげたいけど、いいかな?』

『お願いするわ。汚れてるでしょう。たまに水浴びするくらいだもの』

『君も入らないか?』

『遠慮しておくわ。その代わり、近くに水を浴びれる川がない?』

『あるよ』


 川の方向と距離を教えると、リリサイドは『ちょっと行ってくる』とのんびり歩き出した。とりあえず、ドナをお風呂に入れよう。


「ドナ。一緒にお風呂に入ろうか?」

「おふろ?」

「あったかい水で身体を洗おう」

「あらう!」


 ドナは住み家に興味があるみたいで、あちこち走り回る。書庫だけは施錠して入れないようにしてるけど、調合室も危ないしお風呂に連れて行こう。


「おかあさんは!?」

「川に水浴びに行ったよ」

「みずあび!」


 浴槽に魔法でお湯を張ると驚いてくれた。さぁ、入ろう。


「あったかぁい!」

「身体も髪も洗うよ」

「あい!」


 伸びきった髪をしっかり洗って、身体も隅々まで洗う。その後、一緒にお湯に浸かる。


「おふろ、いい!」

「それはよかった」


 風呂上がりには貫頭衣を着せた。アニカ用でもブカブカだけどそこは仕方ない。ドナは下着も履いてない。纏っていた布はおそらくリリサイドが森で見つけたモノ。冒険者や狩人の所持品かもしれない。布なんて手に入らないから仕方ない。


 とりあえず、久しぶりの裁縫だ。


「うぉると!なにしてる?」

「ドナの服を作ってるんだ」

「ふく、ある!」

「それはとっておくけど1回洗おう」

「わかった!」


 今日は簡単に貫頭衣を作ろう。ドナも動きやすくて着やすいし、なにより早くできる。下着の作り方は…さすがに知らないなぁ。とりあえず想像で作ってみよう。

 作った服には『保存』や『堅牢』を付与して、ドナに着せてあげる。そう簡単には汚れたり破けたりもしない。


「おかあさん、おそい!」

「そうだね。ゆっくり待とうか」


 しっかり水浴びしてるのかな?待っている間にドナの髪を切ってあげようか。あまりに長くてお尻くらいまで伸びてる。さっぱりさせてあげたいから、肩くらいの長さで揃えるとよさげ。


 髪を切ってもいいか聞いたら、笑顔で頷いてくれた。リリサイドも驚くかな。散髪は初めてだけど上手く切れたと思う。すっきりしたのかドナも喜んでくれた。


「あたま、すずしい!かるい!」

「お母さんに見せよう」

「うん!」


 しばらく遊びながら待ったけれど、リリサイドが住み家に帰ってくることはなかった。 

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