453 完成祝いは皆で
「ふぅ~。なんとか漕ぎ着けたなぁ」
ウォルトは滲む汗を手拭いで拭う。暇な時間を使い、皆の協力を得てコツコツ作ってきた離れが遂に完成する。
4姉妹やオーレンに加えて、ミーリャも手伝ってくれた。最後の板を打ちつける直前で作業を止めておく。最後の作業は皆がいるときにやろうと決めているから。
建設中は、「手伝うよ!」とハピー達蟲人も手伝ってくれた。重い物は持てないから、軽いモノを皆で協力して運んでくれたり、蟲人ならではのアイデアも出してくれたりして。
お返しと言ってはなんだけど、床下に蟲人が雨宿りするときや獣に襲われても待避できるよう、格子状の隙間付きの頑丈な箱を取り付けてる。床の一部を改造してそのまま建物の中まで入れる仕組み。
完成した後は、住み家と同様に様々な魔法を付与するつもり。蟲人達の安全地帯に使ってもらいたい。
今夜は協力してもらった皆に集まってもらうよう声をかけてある。来れない人もいるかもしれないけど、労ってもてなしたい。蟲人の皆とは後日宴会を開く。
皆は結構食べてくれるから、食材を獲りに向かおう。狩りや釣りで獲りたいけど、今日ばかりはそうも言っていられない。魔法を使って獲ろう。まずは魚から。
いつもの釣り場に到着すると、ファルコさんが釣りをしていた。随分と久しぶりの再会。
「ファルコさん。お久しぶりです」
「ん…?おぉ。ウォルトか。久しぶりだな」
「今日は釣りですか?」
「ちょっと飛びすぎて、今日は1日羽休めだ。一緒にどうだ?道具はある」
「お邪魔します」
ファルコさんの隣で釣り糸を垂らして、のんびり会話する。病気が治ってから飛行も絶好調らしく、空を飛び回って今年のストリームでの個人優勝を狙っているらしい。
「1つの油断がストリームでは命取りだ。過去には…」
「こういう場合もあるんだ。追い抜きでは…」
「終盤戦では戦略が鍵を握る。策なしでは…」
ファルコさんは、ストリームについて丁寧に教えてくれる。黙って耳を傾けていたけれど、ずっと思っていることがある。
ちょっと話が長いぃぃ…。ファルコさんと話せて嬉しいし、親切心からストリームのことを教えてくれているのも理解してる。興味があるしタメになる…んだけど、今日は日が悪い。
魚を獲りたいけど、ファルコさんには魔法が使えることを言ってない。きっと信用できる人だから今すぐ伝えるのもありだ。でも、せっかくの休日に釣りの邪魔をしたくないからどちらにしても他の場所に移動が必要。
そして、ファルコさんは解説に熱くなっている。目が獲物を狙うそれに変化していて、止まりそうにない。このままだと…夜の準備が間に合わない。
まだ、肉や木の実も獲らなくちゃいけないんだ。キリのいいところで上手く話を逸らせるかはボクの会話術次第…なんて考えていると、ファルコさんがジッと見つめてくる。
「つい話し込んでしまった。用事があるんだろう?すまんな」
顔に出てたのかな?
「そうなんですけど、話を聞くのは楽しいです」
「気を使うな。また話そう。引き留めたお詫びに釣った魚を持って帰ってくれ」
「いいんですか?」
「まだ釣るつもりだ。構わない」
魚籠の中には立派な型の魚が何匹も泳いでる。今日だけは有り難く頂こう。
「今度お礼します」
「いらない。友人への微々たるお裾分けってヤツだ」
う~む…。相変わらず渋くて格好いい。丁寧にお礼を伝え、再会を約束してファルコさんと別れた。
一旦住み家に帰って、魚は冷凍して『保存』しておく。鮮度を最高に保ちたい。次は木の実だ。甘味に欠かせない木の実を採取に向かうと、実が生るには生っているんだけど…。
「熟れるまではいってないなぁ」
時期がズレてるのもあるけど、成熟しきってない。少し魔法の力を借りよう。
『成長促進』
精霊力を加えた魔法で成長させると、どの木もしっかり甘そうな実を付けてくれた。採取させてもらったあと、木々に感謝の気持ちを込めて力を送り込みまた蕾を付ける。次の収穫も楽しみだ。精霊力を教えてくれたバラモさんにも感謝しないと。
次は肉の調達。下手な狩りは封印して、魔法で仕留める。
『鷹の眼』
上空から森を見渡すと、木々の隙間から何頭かの獣が確認できる。このまま魔法で仕留められるかやってみよう。
『猿雨弓』
上空に魔力を打ち出し、3つに分裂させて雨のように降らせた。落下点に向かうとちゃんと仕留めていた。上空からの攻撃は予想できないだろうから躱すのは困難だ。
一応考案した魔法で、チャチャの視野の広さと正確無比な弓をイメージした。『破魔の矢』に比べると威力は劣るけど、魔法操作が格段に容易で複数の的を正確に狙い撃つことができる。性質は『破魔の矢』より『操弾』に近い魔法。
仕留めた3匹の獲物は、今日のメイン食材にさせてもらおう。住み家に帰りながら茸や山菜も摘んで、あとはじっくり準備するだけ……と思ったけど、大事なモノを忘れてた。
急いでナバロさんの商会に行こう。
「急に来たのに助かります」
「こちらこそ。ちゃんとした商売だから礼はいらないよ」
「物々交換してもらえるのはナバロさんだけなので」
「そんなことないさ。ただ、君の作るモノの価値を知ってるだけだよ」
タマノーラに足を運んで、ナバロさんが薦めてくれる酒を購入した。もてなすならお酒が必要。硝子の水槽を頼まれたときナバロさんから購入したお酒は、コンゴウさん達にも好評だった。外れなしの印象。対価は、持ってきた薬や茶葉、生地から自由に選んでもらう。
「ちょっと調味料も買っていいですか?」
「もちろん」
必要な物を揃え、対価と交換して商会を後にしようと思った…んだけど。
「ウォルトさん。久しぶりだね」
「待ってたよ」
「今日は新商品はあるのかい?」
出る直前にタマノーラのお姉様3人衆と再会した。変わりなく元気そうだ。以前、ボクがプレゼントしたスカーフを身に着けてくれている。嬉しいな。
「お久しぶりです。新作の茶葉もお譲りしました」
「早速頂こうか」
「ナバロ。いいかい?」
「ダメとは言わせないけどね」
「もちろんいいですよ」
今回は茉莉花茶と菊茶を作ってみた。
「東の大国で飲まれているらしいです。若返りの効用もあると云われています」
「そりゃあ聞き捨てならないね」
「やっぱり天才かい」
「ナバロは老化する茶葉を売ろうとしてくるからね。飲んだら骨が軋んでボロボロになるような」
「しませんよ!」
茶器を借りて美味しい淹れ方を伝えたら直ぐに帰るつもりだったけど、引き留められる。
「ウォルトさん。アンタ、いい人はいるのかい?いないなら紹介するよ」
「アタシの孫が独身なんだよ。会ってみちゃどうかね?」
「ワタシの知り合いにもいるよ」
気持ちは有難いけど急な話すぎる。ボクのことをよく知らないのに、よく女性を薦められるなぁ。会わせたら後は2人に任せるってことか?それとも、世の男女は出会って直ぐに恋愛が始まるのか?よくわからない。
「アンタらはすっこんでな」
「なんだとぉ?」
「アンタこそお節介ババアだろ」
なぜか一触即発の状態になる。宥めるのには、まぁまぁの時間を要した。というよりボクでは宥めきれなかった。最後は『この場は僕に任せて早く帰るんだ!』と耳打ちしてきたナバロさんに見送られて、こっそり帰路についた。
『ありがとうございます。今度、住み家でもてなしますので』
『念話』で伝え、ナバロさんが頷いたのを確認して商会をあとにした。
酒瓶を割らないように気を配りながら住み家まで全力で駆ける。時間に余裕はない。着いたら直ぐに調理を始めよう。
魔伝送器で伝えたら全員が来ると言ってくれた。でも、仕事や冒険してるとなにが起こるかわからない。来れなかったらその時は料理を届けよう。
そんな心配も杞憂に終わり、調理を終えて『保存』したあと、全員まとまって訪ねてきてくれた。
「いらっしゃい」
皆を離れに案内する。今日はできたばかりの離れでもてなす。
「立派にできてるじゃん!」
「皆のおかげでね。協力してくれてありがとう」
サマラを筆頭に中に入ってもらう。
「いいねぇ~!隠れ家的な雰囲気!」
「新しい木の匂いがして落ち着きます」
「家具も手作りでお洒落です!ベッドも大きい!」
「サイズもぴったりですね」
「凄く素敵だと思います」
4姉妹とミーリャはあちこち見て回る。そこで気付いた。
「オーレン。ミーリャとチャチャは仲よさそうだね。会ったことあるの?」
「いえ。チャチャとは俺もミーリャも今日が初対面です。でも、同い歳で話が合うみたいでした。道中でも仲良く話してましたね」
「そっか。いいことだね」
チャチャは末の妹でお姉さんばかりだ。気を使わずに話せる相手ができたのかもしれない。
「5姉妹になるかもしれないね」
「それは俺が困ります」
「なんで?」
「姉妹認定されるには大前提があるんですよ。ミーリャには無理なんです」
そうだったのか。知らなかった。それはさておき、協力してもらうために離れの隅に案内する。
「最後の作業を手伝ってほしいんだ。この板を打ちつけるだけなんだけど」
最後に1枚分だけ残しておいた。皆で1本ずつ釘を打てるように。順番に打ち込んでもらう。
「ぬぁ~!真っ直ぐ打ったつもりが曲がったぁ!」
「大丈夫だよ」
多少曲がったりしてもご愛嬌。サマラは金槌を振りかぶりすぎだけど。釘が板を突き抜けてしまいそうな力だ。代わる代わる釘を打ち、ボクが最後の釘を打ち込んで、遂に離れは完成した。
コレで住み家にモノが増えて圧迫せずに済む。師匠が帰ってきて直ぐに叩き出されても、離れに籠城して抵抗を試みよう。
「できたよ」
「やったね!おめでとう!」
「「「「「おめでとうございます!」」」」」
「まだ魔法の付与が残ってるけど、ゆっくりやるつもりだよ。今日は手伝ってくれた皆をもてなしたい」
作りたての椅子に座り、テーブルを囲んでもらって住み家から料理とお酒を運ぶ。存分に飲み食いしてもらいたいな。
「うんまぁ~い!」
「美味しいです」
かなりお酒も進んでる。皆はお酒強いなぁ。
「早く空間拡張したいよねぇ~!」
「待ち遠しいですね」
「お姉ちゃんと私も、ウォルトさんに協力しなきゃ!」
サマラ達の会話を耳にしたミーリャが、チャチャに訊く。
「ねぇ、チャチャ。空間拡張ってなに?」
「兄ちゃんは、部屋の中だけ広くできる魔法を覚えるつもりらしいよ」
「すごい!さすがウォルトさん!」
「その後は、部屋を作ってもらって皆で住もうって言ってるの」
習得できる自信はないけど、修練するつもりはある。師匠なら使えるんだろうか?…愚問かな。女性陣が楽しそうに話す傍ら、オーレンが小さな声で耳打ちしてくる。
「ウォルトさん…。この間のギャンブルの件なんですけど…」
そうだ。気になってたんだ。皆に聞かれないようにボクも小声で…。
「どうだった…?」
「怪しまれたんですけど…バレなかったです…。ご心配おかけしました…」
「よかったね…」
対応を考えた甲斐があったのかな。ホッとしているとサマラとチャチャがこっちを向いた。
……しまった!
「ねぇ、ウォルト。ギャンブルってなに?」
「今「バレなかった」とか聞こえたけど」
ギャンブルという言葉に反応して、ウイカとアニカもこちらを向く。…マズいぞ!
「そ、そんなこと言ってないよ」
「ハッキリ聞こえたって」
「兄ちゃんはなんでそんなに焦ってるの?」
「あ、焦ってないけど…」
獣人の聴覚は鋭い。会話を聞かれてしまった。そして、ボクは4姉妹に隠しごとができない。最悪のピンチ!
ウイカとアニカがゆらり…とにじり寄る。
「ウォルトさん…。正直に答えて下さい…」
「まさか…オーレンがギャンブルに行ったんですか…?」
「い、行ってないよ!ねっ、オーレ…」
隣のオーレンを見ると……観念していた。前方直視で見事に観念していた…。瞳から虚無を感じるくらいに。手詰まり…。
そして久しぶりに正座させられた。当然、オーレンもだ。新築の離れでは初。新しい板って硬いなぁ…。
それから包み隠さず白状した。
「勝ったお金で、孤児院に食材を寄付したのはウォルトさんらしいです。でも、一緒に行かずにオーレンがギャンブルに行くのを止めてください。あと、噓はダメですよ」
「はい…。以後気を付けます…」
「弟子を甘やかしすぎです!このバカ兄貴分は、つけ上がって何度も同じことを繰り返します!禁止令は今回が初めてじゃないんですから!協力して下さい!」
「仰るとおりです…」
ウイカとアニカに過去一の勢いで叱られる。正論なので反論の余地はない。ボクは、甘いと感じていながらオーレンとギャンブルに行った故意犯。しかも自分も楽しんでいる。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。ウォルトは昔からギャンブルが好きだからね」
「よくないとわかってて行ったらダメだよ。自由に行けばいいけど」
サマラとチャチャで珍しく意見が分かれてる。冷静にウイカが続けた。
「ミーリャのタメでもあります。お金にだらしない恋人に振り回されてほしくないので」
「俺は振り回したりしないぞ!勝手なこと言うなよ!」
「黙れっ!私とお姉ちゃんがアンタに何回お金を貸してると思ってんだ!言ってみろ!」
「5回だろ…。ちゃんと全部返してるし…」
「7回だ!バカタレが!大体、返せばいいってもんじゃない!信用の問題でしょ!いい加減にしろ!」
「ぐっ…!」
かなりの回数借りてるなぁ…。だらしないと思われて仕方ない。黙っていたミーリャが動く。
「ウイカさん、アニカさん。オーレンさんを思って怒ってくれてありがとうございます。でも、今日だけ許してもらえませんか?せっかくの完成祝いですし」
なんて大人なんだ…。チャチャといい、この世代は皆が大人びてるのか…?
「私はいいけど、オーレンは反省してるのかな?」
「そう!そこんとこどうなのよ!?」
「反省してなくても大丈夫ですよ。私がもう行かせません」
ミーリャはオーレンに向き直る。
「オーレンさん。私がいいと言うまでギャンブルに行っちゃダメです。約束を破ったら別れましょう」
「なっ!?それは…!」
「嫌なんですか?だったら今すぐがいいですか?」
ミーリャは微笑んでる。でも、ゴゴゴゴ…と威圧感が凄くて目が怖い…。有無を言わさぬ物言いに、ネネさんが言っていた片鱗を見た気がする…。
「わ、わかった!約束するっ!」
「ありがとうございます。あと、もう1つ…」
「なんだ…?」
「正座させられるようなだらしない恋人は嫌です。しっかりしましょう」
「わかった!」
「私はオーレンさんが大好きですから、お願いします♪」
飴と鞭の使い分けが見事。
「むふぅ~~!俺もミーリャのこと……ぶへぇぁ!」
「気持ち悪いんじゃボケェ!」
アニカのケンカキックが顔面に炸裂した。足裏で顔の中心にいったな…。
「ふっ…ざけんな!この…ゴリラ女っ!」
「なんだとぉ~!かかってこい!ドスケベ金欠ネズ公がっ!」
酒が入っている2人は取っ組み合う。もう完成祝いどころじゃない。サマラは腹を抱えて笑い、チャチャは呆れたような顔。ウイカは仕方ないなぁと言わんばかりでミーリャも困り顔。
でも、間違いなく思い出に残る1日になった。そもそも、堅苦しいお祝いなんて必要ないし面白くない。とりあえずボクが皆に望むことはたった1つ。
誰か「立っていい」って言ってくれないかな…?




