452 ねだるな、勝ち取れ!
ある日のこと。
ウォルトの住み家を訪ねてきたオーレンが、出迎えるなり深く腰を折って頭を下げてきた。
「ウォルトさん!今日はお願いがあります!」
「どうしたの?ゆっくり聞くから中に入って」
なにやら切羽詰まった様子。カフィを淹れると、オーレンは1口飲んで口を開いた。
「不甲斐ない弟子ですみません!」
「なにがあったのか聞かせてくれないか?」
いつになく深刻な雰囲気。もしかして、ミーリャとケンカしたとかかな?若しくは、考えにくいけど【森の白猫】を解散するとか。遂に二度目になるお風呂覗きが発覚してしまった可能性もなきにしもあらず…。
「実は……懲りずにやってしまいました…」
やっぱりか…。
「バレたのかい…?」
「いえ…。バレてないです。でも、時間の問題です…」
「そうか…」
どうするべきか…。黙っていたら姉妹による鉄拳制裁は避けられない。アニカとウイカは「次は許さない」と宣言してるし、怒りのオーラが凄い。会ったことはないけどまるで処刑人のようだった。
オーレンの行動を抑制する意味もあると思うけど、今はミーリャという恋人もいて、お互いの友人なのにそんなことをしたら重罪になること必至…というか確定。決してやりたくないけど、『昇天』の準備が必要かもしれない。
ただ、同じ男としては命を取られるほどの重罪じゃないと思う。そうなった場合は、軽蔑されたとしても2人を止めなくちゃならない。
「ボクにお願いっていうのは?」
一緒に謝るなら喜んで実行する。ボクのような獣人を師匠と呼んでくれるオーレンのタメに。
「こんなこと頼める立場じゃないんですけど…一緒に行ってもらえませんか?」
「構わないよ。いつにする?」
「今からでも…いいですか?」
謝罪は機を失してはいけない。コレはガレオさんの教え。早ければ早いほうが誠意と受け取られる。人間は特にそうらしい。
「直ぐに行こうか」
「本当に申し訳ないです…。俺がだらしないばっかりに…」
「いや。男なら仕方ないと思うよ」
本能に抗えないときもあるだろう。
「ウォルトさんは男として格好いいです」
「そんなことないよ。気持ちは理解できるから」
「よかったです…。ウォルトさんがギャンブル好きで」
………ん?
「ギャンブル…?」
「はい」
「ギャンブルと覗きになんの関係が?」
「関係ないです。今回は覗いてません。アイツらもそうですけど、ミーリャにバレたら大変なことになります」
「だよね」
「ネネさんにも「ミーリャを怒らせるなよ。ワタシは知らんぞ」って釘を刺されてます」
「ネネさんが?ミーリャは実は怖い性格なのかい?」
そんな感じは受けないけど。
「いつも朗らかで笑ってくれます。俺にはもったいない優しい彼女で、だからこそネネさんの言葉が怖いんです」
ちょっと気になるけど今は置いておこう。
「ところで、なぜギャンブルなんだい?」
「説明が後になってすみません。実は…懲りずにギャンブルに行って稼ぎを使い込んだんです…」
「まさか…パーティーの共益費を…?」
「いえ。「即解散だ」って言われてるのでさすがに無理です。ただ、俺の持ち金が…限りなくゼロです…」
「ドッグレースかい?」
「そうです。負けても1人でクエストに行けばいいと思ってたんですけど、明日家賃の支払いがあるの忘れてて…。俺達は3等分してるんで」
その分も使い込んだのか。
「一緒に行ってほしいってことは、またドッグレースを教えてもらいたいってこと?」
「はい…。俺の金を元手にせめて家賃代だけでもと…。浅ましいんですが…」
なんとかしてあげたい気持ちはある…けど。
「オーレン。こんなことを続けてたら、いつか大変なことになる。なにをやっても一時しのぎだ。いずれウイカ達にも詰められる」
「仰る通りです…」
「ボクが家賃くらいのお金は出すけど、それじゃダメなのか?ギャンブルは絶対勝てるワケじゃない」
「借りるのはさすがに申し訳なくて…。俺が背負うモノがなさすぎます。ウォルトさんが言うように、ギャンブルに絶対はないから失敗したら頼んだ自分のせいです」
ギャンブルの負けはギャンブルで取り返したいという思考が見え隠れしてる。懲りてないなぁ。
「もし当たらなかったらどうするんだ?」
「腹を括ってアイツらに頼みます」
一か八かの勝負は嫌いじゃないけれど。
「ホントにギャンブル好きだね」
「今回は孤児院に寄付できないかと思ったのもあって。根拠はないけど今日は勝てそうな気がしたんです。軽い思考がダメなんでしょうけど…。結果、寄付どころか自分の首を絞めました」
「ということは、仮に勝ってもオーレンは家賃分だけもらって残りは孤児院にってことだね?」
「もちろんです」
オーレンはこの後に及んで誤魔化すような男じゃない。
「ちなみに、所持金はいくら?」
「50トーブです…」
「500じゃなくて?」
「50です…」
う~ん…。ドッグレースは1口10トーブから賭けられる。最大で5口か。
「で、オーレンが負担する分の家賃は?」
「1200トーブです」
24倍…。
「よし。行こうか」
「本当にいいんですか…?」
「いいよ」
決めた。負けたら家賃はボクが背負えばいい。そのくらいの余裕は全然ある。そして勝ってもお金はいらない。
負ければ全財産の50トーブを失うオーレンと、1200トーブを失うボク。当たって増えてもボクに得はなにもない。割に合わないかもしれないけど、これも一種のギャンブル。
そもそも、ボクの考えるギャンブルとはそういうモノ。勝つか負けるかのスリルを楽しむのであって損得は関係ない。滅多に行かないから誘ってもらったと思うことにしよう。
こうしてボクとオーレンはフクーベに向かった。
レース場に辿り着いたとき残りレースは3レースしかなかった。今日は夜の開催がないのか。となると…。
「高配当のレースがあるかが問題だね」
「どういうことですか?」
「高い配当を得ようと思ったら、強化されたハウンドドッグを見分けて大穴を作り出すレースを狙いたい。ただし、1日でも数レースしかないはず」
まったく強化しない日もあるはずだ。客に手堅く稼がせるタメに。ボクならそうする。高確率で当たるけど、自ずと配当は低くなる。
「残り3レースの内にありそうですか?」
「そうだね…」
獣人のボクはレース場に入れない。かなり遠くに見えている残りレースに出走予定のハウンドドッグは、現時点で1頭も強化されてない。力を馴染ませるタメに、早めに強化していることがほとんど。
「今日は穴レースはない。残りは手堅いレースばかりだ」
「マジですか…。手詰まりです」
仮に3レースを全て的中させたとしても、倍率が低すぎると24倍に届かない。ガチガチのレースだと2倍以下の場合もある。
いかに当たる確率が高くても今回は目標金額がある。頼みを引き受けた以上、今日だけは勝ちと目標達成にこだわりたい。
「オーレンはドッグレースにこだわりがある?」
「いえ。でも、コレしかやったことないんです」
「じゃあ、他のギャンブルにしよう」
「えっ?なにかありましたっけ?」
「あるよ。ちゃんと国が管理してる賭博場が」
ボクがフクーベにいた頃はあった。大きな問題が起こってなければまだ行われているはずだ。オーレンと連れ立ってきたのは、フクーベでも表通りではなく裏道にあるカジノと呼ばれる賭博場。
「ココですか?」
「そうだよ。いろんなギャンブルができて面白い。入ろう」
中に入るとそこそこ賑わっている。
「…どれもすげぇ楽しそうです」
「ハマっちゃだめだよ。知らずにやるとドッグレースの何倍ものスピードで負ける」
「気を付けます。ウォルトさんは来たことあるんですね」
「前にも言ったけど、イカサマを見抜くのが好きだから何度か遊びに来てる。少額を賭けて遊びながら、イカサマを見抜いて元手を取り返したら帰ってた」
「やっぱりイカサマはあるんですね」
それが普通。なぜなら親元も客も互いに稼ぎたいから。善悪ではなくて思考の問題。ただ、カネルラの賭博場はお国柄なのか射幸性が高いギャンブルは少ない。賭博場も外観は普通の建物で知らなければ素通りしてしまう。
そんな中で今日やろうと思っているのは…。
「今日はアレにしよう」
「どんなギャンブルですか?」
「ルーレットっていうんだけど、面白いよ」
見学しながらオーレンにルールを説明する。すり鉢円盤状の遊技機に玉を投げ入れると、しばらくして数字の書かれた区画に玉が入る。予想した数字が書かれた箇所に入ると配当をもらえる仕組み。
「難しそうです…。当たる確率が低いですよね」
「そうでもない。いろんな賭け方ができるからね。考えた人は凄いよ。たとえば、あの人達は赤色にコインを賭けてるだろう?」
「はい」
「数字じゃなくて入った区画の色に賭けてる。配当は低いけど赤と黒しかないから2分の1で当たる。奇数、偶数でも賭けられて倍率は同じだ。一点張りで当てると、書かれている数字の数…例えばこの盤だと38まであるから38倍の配当がもらえる」
「なるほど!倍倍にするだけでも夢がありますね!それに、大きく勝ちたかったら数字の何点かに絞るとか!」
さすがギャンブル好きだ。直ぐにそういう思考に辿り着く。
「しばらく見ていようか」
オーレンに説明しながらルーレットを見学する。
「うぅ~!やってみたくなってきました!」
「10トーブから賭けられる。やってみたらいいよ」
オーレンは現金をチップと呼ばれる賭博場の通貨に交換して、席に座ると黒に賭けた。ボクは後ろで見守る。
「…当たりましたっ!これで倍ですね!」
「そう。20トーブもらえるよ」
その後も、オーレンは勝ち金をそっくりそのまま賭けて次々当てていく。あっという間に5連勝。賭け金は320トーブまで増えた。
「勘が冴えてます!次当たれば640トーブです!この調子ならイケますよ!」
「そうだね」
あと2回当てればとりあえず目標を達成する。次に、オーレンは黒に賭け、ディーラーと呼ばれるルーレットを仕切る男が玉を投げ入れた。
「えっ!?」
そこで、ボクはオーレンの賭けたチップを黙って赤に動かす。
「…締め切りです」
結果、玉が入ったのは赤。
「当たった…。でも、途中で動かしましたけど…」
「玉を投げ入れてからディーラーの締切宣言までは賭ける場所の変更ができる。不正じゃないよ」
「「締め切りです」って毎回言ってたのは、そういう意味なんですか?知らなかったです」
オーレンは気付いてないけど賭博場の常套手段。初心者であることを見抜いて泳がせて、一旦資金を回収しようとしてきた。
腕のいいディーラーは狙った番号に玉を投げ入れることができる。観察していたけどこのディーラーは腕がいい。意図的にオーレンに勝たせていた。
序盤は客の気分を高揚させて射幸心を煽る。その後、狙い通り熱くなってしまったら負けの階段を下るだけ。賭けられた全体のバランスを見ながら、ゆっくり客を殺していた。ただし、また来場してもらえるよう身ぐるみを剥がすようなことはしない。個人的には客に楽しんでもらいながら、賭博場に儲けを出す素晴らしい技術だと思う。
「ツイていましたね」
壮年であろう人間のディーラーは、笑顔でボクに話しかけてきた。
「ただの勘です。流れからそろそろ逆に張る頃かなと」
「そうでしたか。引き続きお楽しみ下さい」
下手な噓で警戒されてしまったかもしれない…なんて、自意識過剰だな。さて、とにかく勝負どころだ。
「オーレン。チップを半分分けてもらえないか?ボクも賭けたいんだ」
「もちろんです!今のもウォルトさんが当てたんで!」
「たまたまだよ」
320トーブ相当のチップを受け取って、次の勝負を心静かに待つ。
「では、参ります」
ディーラーが玉を投げ入れるのを確認して、オーレンは悩みながらもチップを赤に置いた。そして、締め切られる前にボクもそっとチップを張った。
ルーレットでの勝負を終えて賭博場をあとにする。
「今日はありがとうございました!」
「勝てたのは運がよかったからだよ」
ボクは全額を一点に賭けた。それが見事に的中して38倍の払い戻しを受け、オーレンの家賃負担分の約10倍の額を稼ぎ出した。
驚きだったのは…。
「俺も正解でした!」
オーレンもボクと同じ番号に全額を賭けた。締め切りギリギリでの突然の変更に正直驚いた。
「よく変えたね」
「根拠はなかったんですけど、ウォルトさんに乗らなきゃ!って思いました。自信がありそうだったんで」
「自信はなかったよ。でも、それがギャンブルの醍醐味だ」
「そうなんですか?!」
ボクはオーレンに説明したり見学しながらディーラーの癖を観察していた。投げるタイミングや速さ、回転盤の回転速度との兼ね合いから着地点を推測。高度な技量を持つディーラーほど正確に予想できる。
ただ、今回は少し違った。あのルーレットには魔法で細工が施されていた。上手く盤の裏に魔力を潜ませて隠蔽していたけど、幾つかの数字には入らないように魔法で妨害できる仕様。
でも、あのディーラーが奥の手を使う気配はなかった。あの仕掛けは、悪質な客を殺すための装置なのかもしれない。仕掛けていたらボクにも考えがあったけど。
的中したときもイカサマ行為はなくて、ディーラーは違う投げ入れ方で勝負してきた。誇りを感じるような一投で。ボクやオーレンの儲けた金額では、場にとって損失にすらならないかもしれない。でも、一投にプライドを感じた。
だから、ボクは正々堂々読みを働かせて、最も入る可能性が高いと思われる番号に……賭けなかった。自分の判断よりプロの腕に賭けた。師匠の魔法じゃないけど、ディーラーがボクの読みの上をいくと予想して、予想と真逆の番号に賭けた。
賭けた番号から最も遠いところに入ったなら、ディーラーにとって完勝。そうなる根拠はなにもない。どんな手段かもわからない。でも賭けた。自分の予想ではなく相手の性格と技量に。
結果は的中。そうなった理由には後に気付いたけれど、綱渡りのような見事な技術。ボクが張った瞬間、ディーラーは微かに苦笑した気がしたけど気のせいだろうか。
勝った半分の額を1と3の番号2点に賭けてボクのルーレットは終了。ディーラーは2のマスに見事に投入してみせた。格好いい男だったな。
「ちなみに、どうやって当てたんですか?」
「今回はドッグレースと違って完全に勘だよ。だから、オーレンが同じ予想に変えて本当にびっくりした。外れる可能性が高かったから」
「マジですか!?あっぶねぇ~!でも、全財産を失っても本望でした」
コレだけは言っておこう。
「オーレン。ギャンブルに行くのは否定しない。ボクも好きだから。でも、必ず遊べる額だけにしてくれ。下手すると破滅する可能性すらあるんだ」
「はい…。肝に銘じます…」
「あと、賭け事で勝ちたければ学ばないとダメだ。相手を知ってこそ魔物も倒せるだろう?努力を惜しんじゃいけない」
「わかりました!山ほど…」
「行くだけじゃダメだよ。勝ってても負けてても正常な思考じゃない。賭けなくても観察するだけで見えることもある」
「はい…。すみません…」
立派な獣人でもないのに説教するのは好きじゃないけど、オーレンだから言わせてもらう。他人じゃない。
「そんなことより、食材を買いに行こう。その後に孤児院かな」
「そうですね」
「ちなみに、オーレンの配当は気にせず好きに使っていいよ。ボクの勝ちで足りる」
「そういうワケにはいかないです」
「いいんだ。ボクと同じ番号に賭けたのは見事な賭けだった。オーレンは最後に自分の勘を信じて勝ったし、元金も自分のお金だ。そうだろう?」
「…はい!」
根拠もなくボクの予想にのっかったのは純粋にオーレンの勘。やらない人からは他人頼みに見えるかもしれないけど、ギャンブルで瞬時に乗り換えることは困難だ。誰もが自分の判断に自信を持って賭ける。
「あと、ウイカ達にバレなきゃいいけどね」
「そこなんですよ…。禁止令を出されてるんで。しかも、アイツらは勘が鋭いんです」
「マズいね…」
「マズいですね…」
バレてもなんとか誤魔化せるような方法を相談しながら商店街に向かい、購入した大量の食材に『保存』を付与して孤児院に寄付した。
結局、オーレンも今日の勝ち分は寄付してくれて、子供達と遊んでご飯まで作らせてもらえたから、ギャンブルで勝った何倍もの嬉しさを味わえた。
それでも、やっぱりギャンブルは面白い。誘ってくれたオーレンに感謝だ。




