451 ラヤンガヤの天才?
ある日の昼下がり。
キャロル姉さんが訪ねてきてくれた。相談があるらしいので、お茶を飲みながら詳しい話を聞くことに。
「アタイの知り合いに子供が生まれたんだよ」
「おめでとう」
「けど、赤ん坊に触れなくなったんだとさ」
「触れなくなったって…どういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。触ろうとすると手が弾かれて触れないんだと。アンタに訊くことかわからないけど、アタイは魔法絡みじゃないかと思ってる」
「魔法?なんで?」
「医者じゃわからなくて色々な奴を呼んだら、魔導師が見て魔力ってヤツで包まれてるって言ったんだとさ」
「魔力が赤ちゃんの身体を…?」
『強化盾』のように、触れるのを物理的に邪魔してるということなのか?弾かれると言ったけど、正確に知りたい。
「アンタはどう思う?」
「なんとも言えない。でも、凄く気になる。会えたりするかな?」
「行ってくれるのかい?」
「相手がよければ行きたい。力になれるかわからないけど」
「助かるよ。「我が子に触れない」って嘆いてるらしいのさ」
「誰だってそうだと思う」
仮に何者かの嫌がらせだとしたら酷い話だ。
「いつなら行けるんだい?」
「予定がないから今からでも構わないよ」
「そうしようかね。飯だけ食わせてもらっていいかい?」
「もちろん」
姉さんに新作の知恵の輪を渡して、遊んでもらってる間に昼ご飯を作る。ゆっくり食べ終えて、フクーベに向かう…と思いきや…。
「今から行くのはラヤンガヤって町さ」
「初めて聞く」
「フクーベからそう遠くない。駆けて行くかい?」
「そうだね。ボクは姉さんをおぶって駆けたいけど」
「アタイは助かるけど、いいのかい?」
「鍛練がてらちょうどいい。姉さんは軽すぎるけど」
「そうかい」
外に出て姉さんを背負う。毎度お馴染み『捕縛』の網でしっかり抱える。
「場所を知らないから方向だけ教えてくれないか」
「はいよ。あっちだ」
「わかった。出発するよ」
最初から飛ばして行こう。
1時間もかからずにラヤンガヤに到着した。大した疲れもなく、やっぱり姉さんは軽かった。
「アンタはめちゃくちゃ速いね。人運びをやったらどうだい」
「人を選ぶから商売は無理だよ。気が向いたとき、好きな人だけ運ぶのでよければできるけど」
「猫だからねぇ」
猫は気まぐれな生き物だと云われてる。猫の獣人もそうなのかもしれない。
「急いだから少し魔法も使ってる。生身はもっと遅いよ」
「どっちにしろ速いんだよ。さぁ、行こうか」
初めて来たラヤンガヤの町。雰囲気だけだとトゥミエと大差ない規模。静かで落ち着いた街並み景観だ。
「姉さんと赤ちゃんの親は、どういう知り合いなんだ?」
「母親の方が元同僚さ。今は商会をやめちまったけどね。ランパードの旦那さんから話が来たんだよ。アンタにも聞いてみてほしいって」
「商会を辞めた人も気にかける人なのか」
「まぁ、たまたま耳に入ったのかもしれないさ。忙しそうだからねぇ」
たとえそうでも気遣いがランパードさんらしい気がする。あの人は売り子のメリルさんも知っていた。商会に雇われている人を気にしてるんだろうな。
「家はわかるの?」
「住所は聞いてきた」
姉さんは道行く通行人に住所を尋ねる。人間のおじさんもやっぱり鼻の下が伸びてる。比喩じゃなくだらしなく伸びるから面白い。
「ココみたいだねぇ」
辿り着いたのは普通の一軒家。姉さんがドアをノックする。
「はい。どちら様?」
顔を覗かせたのは、見るからに元気がない女性。
「カレン。久しぶりだねぇ」
「……キャロル!どうしたの?!」
「アンタが苦労してるって旦那さんから聞いて会いに来たんだよ」
「そう…。ランパードさんが…。ありがとう」
「アンタの力になりたくて来たのさ」
「嬉しいけど…。そっちの方は誰?」
カレンさんはボクを見た。
「アタイの弟分だ。ココまで背負って運んできてくれたのさ」
「初めまして。ウォルトといいます」
「礼儀正しいね。私はカレンよ」
「ちょいと話を聞かせておくれよ」
「中に入って。ウォルトさんもどうぞ」
「お邪魔します」
部屋に通されると、赤ちゃんが小さなベッドで横たわっていた。驚いた…。この子の周りには…確かに魔力が揺蕩ってる。しかも、コレは…。
「可愛い子だねぇ。名前はなんていうんだい?」
「クルルだよ。男の子なの」
「触れないんだって?」
「そうなの。ちょっと見てて」
カレンさんが触れようとすると…。
「痛っ…!」
クルルに触れる寸前に弾かれたように手を引っ込める。魔力に触れたからだ。
「こんな感じなの。四六時中じゃないけどね。もしそうだったら母乳もあげられない」
「そりゃそうだねぇ」
きっと、大丈夫なときを見計らってあげてるんだな。何度も触って、その度に痛い思いをしながら。親は尊い存在。
「でも、最近じゃ触れない時間が増えて、授乳の時くらいしか無理なの。だから、心配で…」
話を聞きながらも、ボクはクルルを観察する。いやぁ、可愛いなぁ…。……はっ!ダメだっ!ちゃんと見てないと。
「かなり痛いのかい?」
「今のはそうでもない方かな。でも、触れなくても勝手にベッドが揺れたり、毛布がひとりでに飛んだりする時もあるの。もうね…怖いよ」
「そりゃ大変だ。原因は魔力とやらなのかい?」
「わからないの。言われたのは「魔力らしきものが見える」ってことだけ。そのせいなのか、呼びかけても反応も鈍くてさ…」
なるほど。会話を聞きながらクルルを観察して気付いたことがある。あることを試してみると、ボクを見てくれた。得意の耳とヒゲのピクピクで和んでもらおう。
……う~ん。いまいちウケない。赤ちゃん相手には鉄板ネタだと思ってたんだけどな。警戒されてる気配がある。もしかすると予想が当たってるのかもしれない。
「お茶淹れてくるから少し待ってて」
「疲れてるのに気ぃ使うんじゃないよ」
「遠いところまで来てくれたんだから、そのくらいさせて」
カレンさんは台所へ向かったな。
「姉さん。少しの時間でいいから、カレンさんが戻ってこないように引き留めてくれないか?」
「なにかわかったのかい?」
「上手くいったら後で説明する」
「はいよ」
姉さんはすぐさま後を追った。なにも聞かないところに信頼を感じる。そして、クルルに向き直りさっき試した魔法を詠唱した。
『念話』
★
キャロルは、ウォルトに頼まれた通り台所で少し話し込んだ。無理に引き延ばす必要もなく、話は自然と長くなった。
やっぱり疲れてるねぇ。カレンは心も身体もキツそうだ。口に出したことで少しでもすっきりしてほしいもんだ。
「ウォルトさんを待たせちゃってるね」
「気にしなくていい。イライラするような男じゃないさ」
「ねぇ、キャロル。ウォルトさんは…キャロルのいい人なんじゃないの?」
母親になったってのに、こういうところは変わってないねぇ。カレンは昔から他人の色恋が好きだ。
「違う。本当に弟分だよ」
「今は、かもよ?」
「それは否定できない」
「へぇ~!意外!やっぱりいいと思ってるんだ!」
「ウォルトは昔からいい男なのさ」
「くぅ~っ!キャロルの口から、男を褒める言葉を聞くの初めてだよ!」
まぁいいか。ちよっとは元気になったかね。部屋に戻ると、ウォルトは微笑んでアタイを見る。
『姉さん』
口が動いてないのに声が聞こえて、思わずビクッとした。頭の中に突然響いたような…。その顔は……今のも魔法ってことかい。
『カレンさんにボクの声は聞こえてないし、姉さんは返事もできない。悪いけど、今から言う通りにしてくれないか?』
毎度驚かされる。本当になんでもできるねぇ。目配せするとウォルトはやってほしいことを簡潔に伝えてきた。「クルルを抱いてあげてくれ」って。そのくらいなら任せな。
「カレン。アタイもクルルに触っていいかい?」
「危ないからやめた方がいいよ。ウチの旦那でも相当痛がるんだから」
「端から見たら気付くことがあるかもしれないだろ?一度だけさ」
「はぁ…。いいよ。ただし、痛みを感じたら手を引いてよ」
「わかってる」
クルルに話しかける。
「クルル。ちょっと抱かせてもらうよ」
こっちを向いた。可愛い子じゃないか。そっと抱き上げる。
「だ、大丈夫なのっ?!やせ我慢してない?!」
「人を化け物みたいに言うんじゃないよ。見ての通りなんともない。噓だと思うならアンタも抱いてみな」
「う、うん」
カレンに優しく手渡す。
「抱けた…。最近は…全然できてなくて…」
「きゃはっ!」
「よかったじゃないか。もしかすると、一過性の現象かもしれないねぇ。楽観的かもしれないけど、原因なんてアタイにはわかりようもない。また症状が出なきゃいいけど」
「うん…。様子を見てみるよ。でも、少しでも抱けて嬉しい……ひっく…」
「母親が泣くんじゃない。ほら、クルルは笑ってるじゃないか。赤ん坊に気を使わせちゃダメさ」
「ホントだね…。お母さんが泣いちゃしまらない!ねっ、クルル!」
「あぅっ!」
ウォルトを見るとなにも言わずに微笑んだ。まったく、この短時間で大したもんだよ。
淹れてもらっお茶だけ飲んでカレンの家を後にした。長居するのは野暮ってもんだ。
「ウォルトさん!キャロルのことお願いね!」
「こう見えて意外に乙女なんだから!」
「家事は全般ダメなんだけど、まだこれからだと思うの!伸び代はあるよ!」
クルルを抱きながら、笑顔のカレンはウォルトにそんなことを言ってた。あんニャろぅ…。アタイのことをアピールしてどうすんだい。
誰が乙女だ。そもそもダメってハッキリ言ってんじゃないか。薦める気ならおかしいだろ。まぁ、ウォルトは既に知ってることさ。
「クルルについて説明してもらえるかい」
「想像と推測になるけどそれでもいい?」
「構わないさ」
カレンが言うには、そこそこの医者や魔導師に診てもらっても原因不明って言われたらしい。この短期間でなにかしら掴むことだけでも驚きなのさ。
「なんであの子に触れなかったんだい?」
「クルルの身体は魔力でガードされてた…と言ったらいいのかな」
「ろくでもない奴がいるねぇ。どんなやり方なのさ?」
「誰も仕掛けてない。纏う魔力は紛れもなくクルル自身のモノ。間違いない」
なんだって…?
「アンタの言い方だと、赤ん坊が魔法を使って自分に触れないようにしてたってことになる」
「その通りだよ。ただし、無意識だし悪意はない。不安定な精神が引き起こした不測の事態なんだ」
「精神が不安定?どういう意味さ」
相変わらず言ってることがさっぱり理解できない。
「クルルは生まれつき耳が聞こえなかった。もしくはほとんど聞こえてなかった。それも両耳が」
「なんでそう言えるのさ?」
赤ん坊の病気はある程度大きくなるまで見抜けない。カレンも気付いてない風だった。
「しばらく様子を見てたけど、姉さんとカレンさんの会話に全く反応してなかった。2人がいなくなった後に呼びかけてもダメだったよ。でも、『念話』で語りかけたら反応してくれた」
「アンタがアタイに聞かせた魔法かい?」
「そう。ここからは想像なんだけど…クルルは不安だったのかもしれない。ずっと静かな世界で自分の名前すら知らなかったんだ。何者かわからない大人達に囲まれて、好奇の目で見られながら動けもしない」
いろいろな奴を呼んだと言ってたけど、そのせいで状況を悪化させた可能性があるってことかい。そんなこと考えもつかない。
「生まれつきなのかクルルは多量の魔力を保持してる。精神的に不安定になったことがきっかけで、扱いきれない魔力を使って本能的に防御を始めた」
「魔法の世界じゃよくあることなのかい?」
「ボクにはわからない。ただ、『念話』でゆっくり話しかけると揺らいでた魔力が落ち着いた。意味が理解できなくても、言葉には心を落ち着ける効果がある気がする」
「赤ん坊がそんなこと感じてるわけないって思うのが普通だ」
「それが普通かは知らない。ただ、クルルは魔力を上手く扱えないだけで、カレンさん達を拒絶してたワケじゃないんだよ」
「そうかい。で、アンタはなにしたんだい?」
「魔力を無効化してクルルの耳を治癒魔法で治療した。何度か呼びかけて治ったのを確認した後は、魔法を操った原因を探ろうと魔力回路を診たんだ」
「結果はどうだったのさ」
「驚いたよ。魔力回路はまだ成熟してなかった。それに比べて魔力量が多すぎる。量だけなら立派な魔法使いだ」
「今後も同じことを繰り返すんじゃないか?」
嫌なことが積み重なる度に魔力が暴走するんじゃ、カレンは困っちまう。
「その可能性はある。でも、一旦魔力を綺麗に吸い取ったからしばらくは起きないと思う。耳が治ったことで落ち着いて生活できるかもしれないし、同じ状況に陥ったら『魔力吸収』の魔道具を作る。魔力を吸って、魔法を発動できなくする魔道具だから渡してほしい。その猶予をもらえた」
「旦那さんに言っとくよ。けど、えらい親切だねぇ」
「親切じゃなくて我が儘だ。魔法の才能を持って生まれたことが原因で辛い思いをしてほしくない。自分で制御できるようになれば魔道具なんて捨てていい」
なるほどね。なぜなのか納得いった。
「アンタにとっては、クルルもお仲間ってことかい」
「クルルは将来もの凄い魔導師に成長するかもしれない。想像しただけでワクワクしないか?」
「そうかねぇ。アタイにゃよくわからない」
「触れる手を痺れさせたり、弾くことは魔力操作だけじゃできない。クルルは無意識で魔法に近いものを操ってる。偶然の可能性が高いけど、もしかすると天才かもしれないんだ」
嬉しそうな顔するねぇ。自分の子供でもないのに。
「恥ずかしい話だけど、クルルが無意識に使ってた魔法はボクには操れない」
「そうなのか」
「あんな風に身体に魔力を纏えない。でも、魔力を存分に観察させてもらったから今後は覚えて使えそうだ。ボクにとって魔法の先生だね」
赤ん坊が先生ねぇ。真面目に言ってるから困ったもんだ。
「アンタはいい父親になるだろうさ」
「そうかな?とことん甘やかしてダメな子供に育てそうだけど」
「その分、厳しくするよう番に頼みな」
「ボクが甘やかし担当なら楽だけど、そもそも相手がいないよ」
候補は何人もいるんだよ。鈍い弟分だ。
「そんなことより、アンタに礼をしなきゃならないねぇ。ココまで運んでくれた礼もね」
「お礼はいらない。耳の治療と魔力を吸い取っただけで、一時的な解決かもしれない」
たとえそうでも、ウォルトは次の手を打つだろう。ダメならその次の手も。そして納得いくまで続ける。自分の意志で関わったなら気が済むまでやりたい。そうでなければ最初から関わらない。同じ猫だからわかるのさ。
「実は…お礼は勝手にもらってたりして」
「どういう意味だい?」
「こっそりクルルを抱かせてもらった。凄く可愛かったなぁ」
困った弟分だよ。けど、いい顔するねぇ。
「本人から礼をしてもらったワケかい」
「そうなんだ。魔力を身に纏う魔法も覚えられる。そ充分すぎるお礼だし、泣かないでくれて嬉しかった」
「どうせあの子に魔法見せたんだろ?」
「バレてるね…」
「軽くお見通しだよ」
ウォルトの魔法は老若男女問わずに通用する。あの子が天才だっていうなら、ウォルトのような魔法を操りたいと思うだろうさ。いつか、陽の目を浴びることがあるのかねぇ。あの子もウォルトも。
後日、旦那さんを通じてウォルトの予想と今後の対処についてカレンに伝えてもらった。旦那さんの知り合いの魔導師から聞いたっていう体でね。同じ症状は出てないらしいけど、既にウォルトは魔道具を作ってるだろう。
そんな気の利く弟分なのさ。




