45 タコウソウ
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
次の日の朝。
ぐっすり眠って英気を養った王女様と私はすっきり目を覚ました。
「ウォルトさん!おはよ~!」
「おはようございます」
「おはようございます。朝食の準備ができてます」
これまた美味な朝食に驚きつつ御相伴に与って完食すると、いよいよタコウソウ探しに出発することに。
ウォルトさんの優しく素朴な人柄に加えてしっかり胃袋まで掴まれてしまい、完全に懐いた王女様は手を繋いでピクニック気分で森を歩いている。
「ウォルトは手が温かいね!気持ちいい!」
「そうかな?自分じゃわからないけど」
2人の少し後ろを歩きながら思い返す。
昨晩「なぜ泊まりたがったのですか?」と王女様に尋ねたところ、「ウォルトさんはいい獣人だよ!間違いない!」と笑顔で返された。
私も同意するけれど、楽しそうな2人を横目に魔物との遭遇に備えて周囲の警戒は怠らない。彼も獣人ゆえに戦闘はできると予想できる。ただ、体躯からして強さに疑問が残るのも事実。不測の事態が起こった場合、私がなんとかしなければ。
「ウォルト!目的地まであとどれくらい?」
いつの間にか『さん』付けもしないほど王女様は打ち解けていた。
「う~ん。この速さだと2時間くらいかな」
「そんなに?結構遠いね♪」
「リスティアは楽しそうだね」
「普段あまり歩かないから楽しい!」
「そっか。少しゆっくり行こうか」
「うん♪」
まるで恋人同士かのように甘い雰囲気を醸し出す王女様と獣人。2人の会話に若干胸焼けのような感覚を覚えていた。
そんな中、ウォルトさんが急に声を上げる。
「アイリスさん!リスティアを頼みます!」
「えっ!?」
一目散に駆け出して直ぐに見失ってしまった。かなり足が速い。でも、一体なにが…?
その場で動かず待っていると、5分と経たずにウォルトさんは戻ってきた。
「なにか気になることでも?」
「魔物の気配がしたので確認に行ったんですが、気のせいでした」
「なるほど。急だったので驚きました」
「じゃあ、行きましょうか」
再び歩みを進める。
ウォルトは、ハウンドドッグという野犬のような魔物を数匹倒してきたが、2人に心配をかけないよう黙っていた。
★
適度に休憩を挟みながら歩き続けること2時間。遂に目的地に到着した。
「ココが目的地だよ。正確には…アソコだね」
ウォルトさんが指差した先には大きな崖がそびえる。その上の平らな部分に、タコウソウは在るらしい。
「あんな場所にあるの?」
「間違いない」
「あの…ウォルトさん…。行くにはどうすれば?」
素朴な疑問をぶつける。どう見ても道はない。
「この崖を登ります。危険なのでボクが1人で行きます。待っていて下さい」
「私も行く!」
王女様が大きな声を上げた。
「ウォルトは知ってるでしょ?タコウソウは自分で採ったモノでないと渡しても意味がないって!」
「もちろん知ってる。でも、リスティアが危険なことをして万が一があったら相手に喜ばれるのかい?」
「喜ばれない!けど…私は1人でも行く!だって……このタメに私は来たんだから!」
力強い眼差しを受けたウォルトさんは、別の提案をする。
「ボク1人ならこの崖を登る。でも、それ以外にもう1つ行く方法があるんだ。アイリスさんの協力が必要だけど」
「なんでも協力します」
どんな方法なのだろう?
「わかりました。では移動しましょう」
崖を迂回するように裏側まで歩いて、目的地に着いた。
「ココは…?」
私達の眼前には枝や蔓で隠された洞窟の入口。目を凝らして見ないと判別できない。洞窟というには少し大きく見えるけれど。
「この洞窟を抜けるとさっきの崖の上に繫がっているんですが、魔物が出現します。だからアイリスさんの力が必要なんです」
「なるほど」
私が闘える者であることに気付いているんのだ。帯剣して防具も着けていれば当然といえる。
「それにしても、まるでダンジョンのような大きさですね」
「この洞窟はおそらく人々に忘れられたダンジョンです。基本的に魔物は強くないんですが、油断するとたまに強敵も出現します」
ウォルトさんはしゃがんで王女様に目線を合わせた。
「ボクがリスティアを守る。だから一緒に行こう」
「うん!」
王女様は笑顔で頷いた。「いい子だ」と頭を撫でられ、目を細めてフニャッとした表情。王女様がタコウソウを探している理由は存じ上げない。ただ、強い意志を持って探しに来たことはわかる。
黙って話を聞いていたけれど、念のためウォルトさんに確認する。
「私が魔物を撃退すればいいんですね?」
騎士は冒険者とは違い対人戦闘が主たる任務だが、魔物との戦闘も経験は豊富。よほどの魔物でなければ倒せる自信はある。
「アイリスさんはリスティアを守って下さい。魔物の相手はボクがします」
「え?」
意外な答えだった。
「何度か来てるので、魔物に関することはボクのほうが詳しいです。もし頼りないとアイリスさんが判断したらいつでも交替します。なので最初はボクが闘います」
「わかりました。無理はなさらず」
「ありがとうございます。じゃあ行きましょう」
ウォルトさんは冒険者ということだろうか?そうは見えないけれど、私のやることは命に替えても王女様をお守りすること。
決意を胸に洞窟の奥へと歩を進める。中はひんやりとして薄暗い。
「そういえば…松明を持っていません。視界が…」
「心配いりませんよ」
「え?」
『夜目』
急に視界が明るくなる。
「コレは……まさか…魔法?!」
暗い場所であっても、しばらく視界を明るく保つことができる魔法に似ている…。けれど、そんなはずは…。
「効果が切れるまで暗闇でも目が見えるようになります。ボクは必要ないんですが、2人は危ないので」
この反応は…本当にそうだと言うのか…?
「ウォルト!!」
突然、王女様が声を上げた。
「びっくりした。なんだい?」
「獣人なのに魔法が使えるの?!凄いね!」
キラキラした目でウォルトさんを見つめる王女様。
「凄くはないよ。ボクはよくも悪くも普通の獣人じゃないんだ。でも、このことは内緒にしてくれるかい?」
「もちろん!いいよ!」
苦笑いのウォルトさんを見ながら言葉が出ない。獣人の魔法使いなんて…聞いたこともない。
「アイリスさん。リスティアを頼みます!」
魔物が出現した。ケイブバットと呼ばれる蝙蝠型の魔物。数匹がウォルトさん目掛けて襲いかかってきた。
我に返ってすかさず王女様を守る体勢を整えると、ウォルトさんは素早く魔物に手を翳した。
『火炎』
「ギィ~!!」
放たれた炎はケイブバットを焼き尽くし灰となって地面に落ちる。精度と威力に開いた口が塞がらない。
「凄~い!カッコイイ~!」
「大袈裟だよ」
興奮する王女様は大はしゃぎ。ウォルトさんは冷静に苦笑い。対照的な2人。
眼前で繰り広げられる光景が信じられない。現に行われていることだというのに、己の常識が邪魔をして疑問ばかりが浮かんでは消える。
隣に立つ王女様はずっと目を輝かせながら闘いを見つめていて、変わらず興奮しているのか鼻息も荒い。
ウォルトさんは襲い来る魔物を次々討伐していく。『火炎』だけでなく『疾風』や『水撃』など討伐に最も適した魔法と『身体強化』した体術を駆使して。
この人は…私の知る常識とかけ離れた存在。王都には騎士の他に魔導師も多くいる。カネルラ王城には、国内の精鋭を集めた【宮廷魔導師】も控える。
自分が魔法を使えなくとも、騎士として魔法に関する知識は必須。我々はあらゆる驚異を想定しなければならない。魔導師や魔法を操る魔物との戦闘もないと言い切れない。
それに加えて、治癒魔法や補助魔法は騎士にとって非常に有用。有事以外であっても常に魔導師と交流を持ち盛んに意見交換も行っている。
ただ…ウォルトさんを見ていると、学んだ常識が正しいのか疑いたくなる。なにより驚きなのは、彼が獣人の魔導師であるということ。
人間やエルフとは体内の構造が異なり、獣人には魔法を修得するのに必要な器官が存在しないと云われている。カネルラでは建国から現在に至るまで、魔法を使う獣人は存在していないと聞いた。世界の常識でもある。
多くの魔法を詠唱しながら魔力が枯渇する雰囲気すらなく、涼しい顔で次々魔法を繰り出している。膨大な魔力を所持しているのは想像に難くない。
魔法の詠唱には集中する時間が必要で、足を止めて戦闘魔法を放つのが魔導師の常識なのに、肉弾戦を主としながら流れるように魔法を繰り出す。その姿は圧巻で美しい。まるで魔法を見せながら踊っているかのよう。
魔法の属性は、武器と同じく人によって適性が違い、火、風、氷などの内、得意な属性を極めると聞いたけれど、どの属性も高い水準で操っているように見える。
そして…今の時点でも凄い魔導師だと断言できるのに、素人目にも明らかに全力の魔法ではない。表情や放つ魔力からも疲れや焦りを微塵も感じない。規格外の獣人を目にして複雑な心境。
その後も、我々に危険が及ばぬようウォルトさんは順調に魔物を討伐していく。魔物を1体も撃ち漏らしていないため、今のところ私の出番はない。
大きな背中と、仲間を守り抜くために勇敢に闘う姿は安心感を与え、この人がいる限りなにが起きても大丈夫とさえ思える。
闘うウォルトさんの姿を見つめながら、胸に去来する想い。もしも彼が私達の仲間だったら。一緒に王族や民を守れたら…。そんな想いと裏腹に騎士として別の感情が顔を出す。
力と魔法を兼ね備えた獣人に……騎士の力で挑んだら勝てるだろうか。
★
一行は着実に歩を進めて遂に出口まで辿り着いた。
今回のダンジョン攻略で特に強敵は出現せず、安堵したウォルトは内心胸をなで下ろす。
約束を果たせてよかった。身体の疲れはないけど、誰かを守りながらダンジョン攻略したのは初めてで、軽く気疲れした。
『夜目』の魔法は明るいところで使用すると目が潰れるかもしれない。解除してから外に出ると、リスティアが駆け出す。
「…タコウソウだ!本で見た通りだよ!」
「よかった」
「ウォルト!本当にありがとう!私達だけでこの場所に辿り着くのは絶対無理だったよ!」
リスティアは凄い喜びようだ。無事に連れて来ることができて満足感を覚える。目を細めていると、アイリスさんが口を開いた。
「この花が…タコウソウですか?綺麗ですね」
「アイリスさんは初めて見ますか?」
「はい」
ボクらの眼前で綺麗な花が咲き誇る。
「【多幸草】は、世界的に珍しい高原植物の一種です。4色の花が1カ所に群生する性質を持ち、それぞれに美しい花を咲かせます」
「確かに美しいです」
「花は色毎に意味があり、多幸草を贈られた者には贈られた花の色に応じた幸せが訪れるという謂れがあります」
「初めて聞きます」
「理由は不明ですが、栽培に成功した例はない希少な花で、咲く場所はココしか知らないです」
「この花のタメに…私達をこんな遠い場所まで…」
申し訳なさげに語るアイリスさん。でも、ボクは自分が連れてきたかっただけ。
「アイリスさんとリスティアは、大切な誰かに幸せを運ぼうと生息地も知らないまま危険な森に来ましたよね?高い崖を前に「1人でも行く」と言ったリスティアの目は本気でした。貴女達は信用に値する人間です」
「ありがとうございます…」
リスティアが駆け寄ってくる。
「ウォルトにはお礼しなきゃ!」
「いらないよ。ボクらは友達だろう?」
リスティアは大きな目を見開いた。そして、花が咲いたように笑う。
「違うよっ!ウォルトはわかってないなぁ!」
ちっちっ!と人差し指を左右に振る。
「なにが?」
「私とウォルトは……ダンジョンという生死の境を共に潜り抜けた…生涯の親友だよ!わかった?」
ない胸を張るリスティアは、エッヘン!と鼻息が荒い。意外な台詞に目を見開いて、けれど直ぐに表情が綻ぶ。ボクに小さな親友ができるなんて思いもしなかった。
「そうだね。ボクらは親友だ。だからお礼なんていらない」
「そうきたか~!欲がないというかお人好しなんだから!」
「ボクはお人好しじゃない。いつもこんな感じなだけで」
気に入らない者は絶対に連れてこない。勝手に探せばいいと放っておく獣人。
「リスティア」
「なぁに?」
「君が誰に多幸草を贈るのか知らない。でも、その人に幸せが訪れることを願ってる」
「ウォルト…。ありがとう…」
笑顔なのにリスティアの瞳から涙が溢れる。渡せてよかったな。
その後、リスティアは4色のうち2色の花を数本摘むと、ボクが用意した保存用の花瓶に挿して持ち帰った。
読んで頂きありがとうございます。