445 人生のスパイス
ウォルトは住み家の隣に建てている離れの窓に設置する窓ガラスを作りたいと思い、材料を分けてもらって可能ならそのまま作ろうとコンゴウ達の工房を訪ねた。
「…ん?」
工房に到着するなり初見のドワーフが目に入った。コンゴウさん達と違う格好をしているから目立ってる。
年季の入った杖を手に、これまた年季の入ったローブを着てる。髪も髭も真っ白だ。おそらく高齢のドワーフ。やっぱりずんぐりむっくりしてる。
「ふ~む…」
例に漏れず素早い動きで接近されて、ジロジロと見上げられる。品定めされているかのようで気になるけど、ドワーフはこういう種族。コンゴウさん達も初対面ではそうだった。観察してなにかしら判断してるんだろう。心静かに黙って待つ。
「お前が件の魔導師か。まさか獣人とは思わんかったぞ」
件の魔導師?なんのことだろう?
「貴方は?」
「儂はマグラタ。ドワーフの魔導師だ」
魔導師なのはわかってた。魔力源がかなりハッキリ視認できる。おそらく相当技量が高い魔導師。
「ボクはウォルトといいます。なにか御用ですか?」
「お前の魔法に興味があって見に来た」
コンゴウさんがドスドスと寄ってくる。
「おい、ウォルト。手伝いに来たんだろ?」
「はい。ガラスの原料を分けてもらいたくて」
「構わんぞ。手伝ってくれ。おい、マグラタとやら」
「なんじゃい?」
「まずは仕事だ。邪魔するなよ」
「わかっとるわ。儂もドワーフじゃぞ」
「あと、ウォルトのことは誰にも言わんとヴァルカヌスに誓え」
「がっはっは!若造が言うのう。いいだろう。ヴァルカヌスに誓ってやるわい」
ヴァルカヌスはドワーフの崇める唯一神で、噓を許さないと聞いた。コンゴウさんの気遣いを感じる。コンゴウさんを若造と呼ぶあたり、この人はかなりの老齢なんだな。コンゴウさんは200歳を越えてると言ってた。実はフォルランさんとあまり変わらない年齢だったりする。
それはさておき、いつものように魔法で作業を手伝う。マグラタさんは少し離れた場所でボクらの作業を見つめていた。
「よぉし!今日も終わりだ!」
「酒だ、酒!」
「ウォルト!肴は!?」
「準備できてますよ」
「どんどん食べてください。ガラスを作ってるので足りなくなったら呼んでください。追加します」
「「「おう!」」」
作業しながら許可をもらっていたので1人で硝子窯に向かうと…。
「おい。ちょい待ってくれ」
マグラタさんに呼び止められた。
「なんでしょう?」
「お前は何者だ?なぜそれほどの魔法を扱える?」
「ただの獣人です。なぜと言われても、使えるからとしか言えないです」
ボクなりに修練した賜物。
「お前のことはココのドワーフから大体のことは聞いた。相当な勘違いをしとるのう」
「勘違い?ボクがですか?」
「自分の魔法は大したことないと思っとるんだろ?」
「はい。事実ですから」
勘違いでもなんでもない。
「ふむ…。困った奴だのう。おかげで儂の固いおつむは大混乱よ」
確かに見た目は固そうだけど…とは言えないな。斧じゃなくて杖で脅されたりして。
「そんなに混乱してるんですか?」
「おぅ。柔くするのにちっとばかり話す時間をくれんか?」
「硝子板を作りながらでもよければ」
「ほんに面白い奴だのう。モノづくりを見せてもらおう」
マグラタさんと一緒に窯の前に腰を下ろして、作る手は止めずに会話する。
「儂はこの工房で作られたモノを見てココに来た。付与された魔法があまりに見事だった。わかる者にはわかる」
「ドワーフの皆さんは魔法も得意ですから」
「違う。間違いなくお前が付与した魔法だ」
「ボクが付与したのは一般的な魔法だけですよ」
特別な魔法は付与してない。…というか、ボクは特別な魔法なんて操れない。
「ふ~む…。それにしても、『強化盾』で硝子作りか。加熱も魔法とはちぃとシビれる。かっはっ!」
白髭を触りながら豪快に笑う。
「マグラタさんはドワーフの大魔導師ですか?」
「そう呼ぶ奴もおるな。好きじゃないが」
やはりそうか。雰囲気もそうだけど、纏う魔力も雄弁に語っている。これまで出会った大魔導師に共通している磨かれた魔力を保持してる。
「お会いできて光栄です」
「こっちの台詞だ。老体に鞭打って遠くまで来た甲斐があったわい」
「老体には見えません」
「がっはっは!獣人には見分けがつかんかもな。もう400歳超えとる!ドワーフには珍しいただの魔法好きな爺よ!」
そうだと思う。この人は、ボクが珍しい獣人の魔法使いだと知ったうえで来たわけじゃない。魔法に対する純粋な興味だけでココに顔を出した。ロマリオさんと同じ。そして、ボクが魔法使いだと一目で見抜いた凄い魔導師。
「どこから来たんですか?」
「【パークス】だ」
「初めて聞きます」
「カネルラ東部にある。ココからは遠いぞ。馬車で3日、それと歩きでな」
「長旅でしたね」
「たまには遠出もいいわい」
会話してる内に硝子板が出来上がった。納得の出来。魔法でカット、研磨して仕上げる。模様も入れて3枚作れた。これだけあれば充分。現場で加工する。
「器用だ。完成か?」
「上手くできたと思います」
「そうか。じゃあ、ちぃとばかり儂に付き合ってくれんか」
「ボクがですか?」
「おう。お主と一丁魔法戦をやってみたいのよ。無理かの?」
意外なお誘い。
「ボクは嬉しいんですが、いいんですか?」
「なにがじゃい」
「マグラタさんに得るモノはないと思います」
大魔導師と魔法戦なんて滅多にできることじゃない。ドワーフの戦闘魔法を見る稀有な機会でもある。胸を借りるつもりで手合わせ願いたいけど、申し訳ない気持ちがある。
「魔法戦に無駄なもんなぞない。相手が誰であろうと学ぶことはある。違うか?」
「そう言ってもらえるのなら是非お願いします」
「ありがとうよ」
大きな歯を見せてニカッと笑う。豪快な表情はやっぱりドワーフだ。
「その前に肴を追加してきます。マグラタさんは、腹ごしらえはいいですか?」
「腹は減っとるが、アイツらは飯を食わせてくれんだろ」
「なぜですか?」
「聞けばわかる」
飲んでいる皆の元に戻って、マグラタさんにも食べてもらっていいか確認してみると…。
「そりゃダメだ」
コンゴウさんに即答された。
「なぜですか?」
「マグラタは働いとらんからな。働かん奴に飯は食わせられん」
「なっ?言ったとおりじゃろ」
働かざる者食うべからず、ということか。ロマリオさんには「食え!飲め!」と言ってた。きっと仕事の上手い下手は関係なく働くことに意味がある。ドワーフ界では常識なのかもしれない。
「でも、マグラタさんは仕事されてましたよ」
「なんだと?いつだ?」
「皆さんの後ろで見守りながら、魔法で補助してました。思い当たる節がないですか?」
「…そう言われると」
「…いつもより作業がスムーズだった気がせんでもない」
「足りなそうだと感じたところだけ、遠目に魔法で補助してました。間違いないです」
遠距離だったのに、あまりに自然すぎて注視しないと気付けないほど見事な魔法だった。だから洗練された魔力だとわかったんだ。
「お前がそういうならそうなんだろう。よし!マグラタ!ありがとよ!食って飲め!」
わかってもらえてよかった。マグラタさんは頭を掻く。
「あれだけ忙しそうにしとって、よその作業も見る余裕があるのか。大した眼力だ」
「作業を見逃したくないので」
「がっはっ!お主は殊勝すぎるわい。とりあえず飯だけ食わせてくれ。酒はいらん」
「アホみたいに飲みそうな顔しとるが、飲まんのか?腰にぶら下げてる瓢箪の中身もどうせ酒だろ?」
「この後、ウォルトと魔法戦をやるんでな。酒のせいでどうこう思われるのは勘弁よ」
そんなこと思ったりしないけど。
「お前…。それがどういうことかわかって言っとるんだろうな…?」
「当然じゃい。この機会を逃すのはただの大馬鹿者よ」
「だったらいい」
とりあえず、肴が少ないからどんどん作ろう。魔法戦はその後の楽しみ。
「こりゃ美味い!なんちゅう飯を作るんだ、お前さんは!」
「ありがとうございます」
「たらふく食って気合いを入れんといかんからな。ちょうどいいわい!」
凄い勢いで食べるマグラタさん。
「ごちそうさん!美味かったぞ!」
山盛り1皿分を綺麗に平らげたマグラタさんは、お腹を叩いて立ち上がった。
「よし!やるとするか!」
「はい。外に行きますか?」
「ココじゃ広さが足りんか?」
「マグラタさんの魔法に耐えられるか気になるのと、皆さんが飲み食いしてるので騒がしいかと」
「なるほどのう。結界魔法陣を張ったらどうじゃい」
「それなら構いませんが」
「邪魔にならんようなるだけ奥に行くとするか」
工房はかなり広い。王都の闘技場よりもだ。大丈夫だと思うけど、コンゴウさん達の職場を壊してはいけない。
「結界はお主に頼んでいいか?」
「マグラタさんが展開した方がよくないですか?」
「足りねば儂が張ろう」
「わかりました」
ボクの力量を計りたいんだな。大魔導師なら、相手の魔法を見ればどの程度の加減が必要かわかるはず。周囲に魔法の影響が及ばないよう『無効化』の効果と、音が響かないよう『沈黙』も加えよう。砂煙や石を防ぐよう『強化盾』も。
形状は大きなドーム状がいい。天井への被害も防げる。万が一にも崩れたりしたら大変だ。構想を終えて結界を張る。
「一瞬か。こりゃあ見事なもんだわい」
「ありがとうございます」
「じゃが、儂らの結界と違いすぎて効果がよくわからんな」
「そうですよね。ちょっと待って下さい」
「なんじゃい?」
ドワーフの術式で構築された結界を張り直す。ボクの知識と技量では普段の結界より効力が下がるのは否めないけど、効果は同等のはず。
「どうでしょうか?」
「くっくっくっ……がっはっはっは!たまげたわい!効果は充分すぎるぞ!」
「よかったです」
「なぁ、ウォルトよい」
「なんでしょう?」
「嫌味じゃぁないが、獣人は長命ではなかろ?」
「はい」
長生きした獣人でも、150歳くらいまでしか聞いたことがない。
「ドワーフは500年は生きる。エルフ共はもっと長いらしいがな」
「そうらしいですね」
「長く生きるということを、お主はどう思う?」
「長く魔法の修練ができて羨ましいです」
500年修練できたら師匠に届くかもしれない。
「がっはっは!そうきたか!だが…儂の答えはちぃと違う」
「どう思われてるんですか?」
「退屈よ。贅沢な悩みかもしれんが、四六時中魔法のことばかり考えとれんわ!」
「ボクもそうです」
モノづくりだったり、釣りをしたりと違うことも楽しんでる。
「ドワーフは働いて食って飲んで寝る。死ぬまで500年だぞ?」
「なにかマズいですか?」
充実した人生だと思う。
「そんな人生も悪くない…が、たまには刺激がほしいのよ。今日は…久しぶりに気分が高揚しとるわ!」
「違う土地の空気はいいですよね」
「そういう意味じゃないが…まぁいいじゃろ。さぁて、やろうかのぅ」
「はい」
互いに静かに魔力を練る。気分が高揚してるのはボクもだ。どんな魔法が見れるのか楽しみで仕方ない。




