444 役者と名監督
アーツと遊んでから直ぐに森へ帰ろうと思ったウォルトだったが、せっかく王都に来たので少しだけ寄り道することにした。
やってきたのは、いつもアンジェさんが出演している劇場。
「…あれ?」
入口の横に貼られた劇の宣伝ポスターにアンジェさんの名前がない。今回は出演しないのか。劇が終わったのか、お客さんがゾロゾロ出てくる。
「面白かったね」
「けど、アンジェの演技を見たかったよな」
「仕方ないよ。まだ療養中らしいし」
そんな会話が聞こえてきた。療養中…?気になったので、以前教えてもらったアンジェさんの家を訪ねてみることにした。
衛兵の詰所で大体の場所を聞いて訪ねると、家から妙齢の女性が出てきた。
「こちらは、アンジェさんのお宅でしょうか?」
「…どちら様?」
「アンジェさんの友人のウォルトといいます」
「ウォルト…?……あぁ!アンジェの火傷を治してくれた人ね!聞いてた通り!あの時はありがとう!私はアンジェの母親のアリーナよ!」
頭を下げられる。
「大したことはしてないので」
「今度もあの子に頼まれたの?」
「なんのことでしょう?劇場に挨拶に行ったら、療養中と聞いたので気になって来たんですが」
「なるほどね。会って頂戴な!」
元気なアリーナさんは家の中に招いてくれた。玄関から中に呼びかける。
「アンジェ~!」
「なに~?」
「ウォルトさんがアンタに会いに来たわよ~」
ドタバタ焦るような音がしてる。転んだんじゃないかな…。
「ウォ、ウォルトさん!お久しぶりです!」
よかった。どうやら元気そうだ。けれど、左腕の手首から二の腕にかけて包帯が巻かれている。
「劇場に行ったら療養中と聞いて、気になって会いに来ました。怪我をされたんですか?」
「怪我というか刃物で切られたんです」
「えぇっ!?」
「立ち話もなんだから、詳しい話は中でしなさい。私は買い物に行ってくるから、ウォルトさんもごゆっくり!」
「ありがとうございます」
アンジェさんに促されて居間に通される。
「猫の獣人だ!」
元気な男の子が近くに来てくれる。可愛いな。アンジェさんの弟かな?
「ボクはウォルト。アンジェさんの友達なんだ」
「名前は知ってる!姉ちゃんの顔を治してくれた兄ちゃんだよね!ありがとう!」
家族にボクの名を伝えてくれてるのか。
「少し手助けしただけだよ」
「なんでもいい!嬉しかったんだ!俺はエイクだよ!」
「そっか。エイクは火傷してないのかい?」
「俺もした!でも俺のせいだから!男だしもう痛くない!へっちゃらだよ!」
小さいのにエイクは男気がある。
「見せてくれる?」
「いいよ!」
手の甲から手首にかけて火傷の痣がある。相当痛かったろう。
「ちょっと手を貸してくれないか」
「いいよ。はい」
魔石を翳しながら治癒魔法を使うと綺麗に治癒した。
「す、すっげぇ~!今のなに!?」
「魔石に治癒魔法が込められてるんだ。綺麗になったよ」
「ありがとう!魔法ってすげぇ~!」
「どういたしまして」
頭を撫でるとニパッと笑ってくれた。
「ウォルトさん……ありがとうございます」
「たまたま持ち歩いていたので。アンジェさんの傷も見せて頂けませんか?」
「はい」
包帯を解くと刃物で切られた傷が露わになる。傷は塞がっているけど1つじゃない。何度か切り付けられてる。
「なぜこんなことに…?」
「劇場入りする時とか、千秋楽とかに何度か花束をもらったりしてたファンがいたんですけど、私のことを勝手に恋人だと思い込んでたみたいです。それで、劇中で役者さんと抱き合ったりするのが許せなかったらしくて。仕事終わりに待ち伏せされて、刃物で切られました。「裏切り者っ!」って」
前に挨拶に来たとき他の役者への暴行事件が起こったと聞いた。アンジェさんも例外じゃなかったということか…。
「災難でしたね」
「はい。でも、役者にはよくあることなんです。同じような理由でお腹を刺されて未だに入院してる人もいます」
見知らぬ人に目を付けられて、勘違いで命すら狙われてしまう。とても怖い世界。治安がよくて平和だといわれるカネルラでも事件は起こっている。
「治療してもいいですか?」
「お願いします」
エイクと同様に治療する。少し時間はかかったけれど綺麗に治癒した。
「本当に凄いです…。治癒師にお願いしても綺麗に治らなかったのに…」
「まだ新人の治癒師だったのかもしれませんね」
「…この治癒魔法は、誰が魔石に込めてるんですか?」
「ボクの友人なんですが」
アンジェさんはボクを見つめてくる。
なんだろう?
「ウォルトさん…。噓は寂しいです…」
「えっ!?」
「私は役者の端くれです…。話していても、内容が演技なのかなんとなくわかるんです…」
なるほど…。その道のプロに演技は通用しないのか。ただでさえボクの噓は直ぐバレるし…。
「すみませんでした。騙すつもりはなかったんですが、正直にお伝えします」
「はい」
「口外しないでほしいんですが、ボクは魔法が使えます」
「えぇぇっ?!そうなんですかっ?!」
「獣人の魔法使いは珍しいので、目立ちたくなくて内緒にしてます。今の治療も魔石の効果ではなくボクの魔法です。もっと言えば、アンジェさんの火傷の治療も」
噓を見抜けるのなら本当だとわかってもらえるはず。
「…そうだったんですね。驚きました。そんな噓だと思ってなくて…」
「ん?どんな噓だと思ったんですか?」
「実は…女性魔導師に付与してもらってて、友人じゃなくて恋人だったり……とか」
なんというか、突拍子もない予想すぎる気がするけど…。
「ボクは恋人もいませんし、魔石には自分で付与してます。信じてもらえますか?」
「はい!ウォルトさんを信じますし、もちろん誰にも言いません!」
「そうしてもらえると助かります」
「ウォルト兄ちゃん!俺も言わないよ!」
「ありがとう」
「だって、俺達の恩人だから!」
「気にしなくていいよ」
「そうはいかない!でも、なにか魔法を見せてほしい!」
「構わないよ」
「やった!」
2人を相手に幾つかの魔法を披露する。どうせ見せるなら楽しんでもらえる魔法がいいよね。
「兄ちゃんの魔法はかっこいい!」
「びっくりです…。とても綺麗な魔法…」
「誰でもできるんです」
褒めてもらって照れくさい。でも嬉しくもある。エイクは拍手までしてくれた。
「う~ん。俺、黙ってられるかなぁ…?」
「自分から約束したでしょ?噓なの?」
「う、噓じゃないよっ!誰にも言わない!」
エイクの反応は4姉妹と話してるときのボクみたいだ。
「ところで、傷は治りましたが役者を続けるんですか?」
「もちろんです!役者が好きなので!このくらいで、へこたれてられないです!今回もありがとうございました!」
大変な目に遭っても辞められないほど好きなんだな。ボクにとっての魔法と同じだ。ただただ頑張ってほしい。せめて力になれることは…。
「これから先、アンジェさんがなにかトラブルに巻き込まれてもできる限り力になります」
「ありがとうございます」
「ボクはこう見えて先輩ですから」
「ふふっ。そうですね」
『死に損ない』の先輩で、アンジェさんと縁ができた。これからも応援したい。
「なにかあれば連絡して下さい。今回みたいに治療もできます」
「でも、ウォルトさんの家には手紙とか届かないんじゃ?」
「普通はそうです」
一度フクーベの飛脚が訪ねてきたときは少なからず驚いた。あの時はアニカが説明してくれたから届いたんだと思う。
「王都に知り合いの飛脚がいます。ボルトさんという犬の獣人なんですが、住み家に何度も来てくれています」
紙とペンを借りて、さらさらと記憶にある住所を書く。間違いないはず。
「ココを訪ねて「ウォルトに渡してくれ」と言えば届けてくれると思います。遠いので料金は高額かもしれませんが…」
「いえ!教えてもらって凄く嬉しいです!連絡ができるとチケットも送れますし!」
「無理しないで下さい。お代はちゃんと払いますから」
…と、エイクのお腹がぐぅ~と音を鳴らした。
「腹減ったぁ~!お母さん、まだかな!」
「ボクがなにか作ろうか?」
「いいの?」
「もちろん。食材を買いに行ってくるよ」
そのくらいの手持ちはある。
「家にあるものでよければ使っていいです。大した食材は残ってないと思いますけど。エイクは待ちきれないと思うので」
「では、お言葉に甘えます」
台所にある食材を見ると数は少ないけど充分だった。さっと軽めの料理を作り始める。
アリーナさんは晩ご飯の食材を買いに出掛けた。お腹に溜まる料理だとエイクは晩ご飯を食べられなくなる。それは悲しい。
「めちゃくちゃうまいよ!」
「ん~~!久しぶりのウォルトさんの料理、美味しすぎます!」
「口に合ってよかったです」
おやつ感覚で食べられるように、野菜を薄く切ったあと衣を付けて少なめの油でカリッと揚げて特製のタレに付けて食べてもらう。でも、料理と呼べるのか微妙。味付けしたのはタレと衣くらい。
「ところで、ウォルトさんは用があって王都に?」
「人を送り届けにきました」
「王都に知り合いがいるんですか?」
「何人かいます。中々会えない人ばかりですが。アンジェさんもそうです」
「そうですよね。いつでも来て下さい!夜はほとんど家にいるので!」
「はい」
「兄ちゃんが来てくれると姉ちゃんも喜ぶよ!浮かれちゃってもう大変!」
「こらっ!なに言ってんの!」
仲がいいんだなぁ。チャチャとカズ達みたいだ。なぜ浮かれるのか知らないけど。
「ウォルト兄ちゃん」
「なんだい?」
「姉ちゃんは料理あまり上手くないけど、それでもいい?」
「なにが?」
「エイク~~!いい加減にしなさい!」
「へへ~ん!」
そうだ。念のため渡しておこう。
「アンジェさん。魔石を渡しておくので、よかったら防犯用に使って下さい」
「どういうことですか?」
魔力を込めた魔石を渡して使い方を説明する。付与した魔法は『捕縛』と『麻痺』。ボクに向けて試してもらった。
「使い方は理解できました。本当にもらっていいんですか?」
「どうぞ。もしもの時、上手く使えるといいんですが」
「自分の身を守れるように練習します!役者を続けたいので!」
「頑張って下さい」
使わないのが1番だけど、備えあれば憂いなし。
「相手の命を奪うような魔法ではありません。躊躇せず使って下さい」
徹底的が信条の獣人と違って人間は優しい。特に女性はそうだと思う。
「ありがとうございます」
「ねぇ、ウォルト兄ちゃん」
「どうしたの?」
「今日ウチに泊まってよ!そしたら姉ちゃんも魔法を当てる練習できるでしょ?兄ちゃんがいれば何回でもできるし!」
「いい案だと思うけど、急に来て泊まるなんて迷惑じゃないかな?」
「私は迷惑じゃないです!是非お願いしたいです!」
「そ、そうですか?」
鬼気迫る勢いのアンジェさん。凄くやる気を感じる。実際に怪我させられてるから当然か。
「俺は姉ちゃんが心配なんだ。しっかり兄ちゃんに教えてもらえれば安心できる!」
エイクは姉思いの優しい弟だ。幸い今日は誰も来る予定はない。来るとしても魔伝送器で連絡があるだろうし。持ってきておいてよかった。
「じゃあ、アリーナさんに聞いて許可してもらえたら泊まるよ。アンジェさんのお父さんは?」
「今日は泊まりで仕事なんです」
「そうでしたか」
「やったぁ!俺と一緒に寝よう!」
「許可がもらえたらね」
その後、アリーナさんが帰ってきて確認してみると「どうぞどうぞ!泊まっていって頂戴な!」と笑顔で許可してもらった。雰囲気が少しテラさんに似てる。
その後、夕食も作らせてもらえて充実した時間を過ごした。
食後しばらくして、アンジェさんはボクを練習台に魔石の使い方を練習することになり、エイクから提案が。
「兄ちゃんが変なファンになりきって練習するのはどうかな」
「ボクがファンに?」
「そう!急に姉ちゃんに抱きつく、みたいな!その方がいざというとき動けると思う!」
「なるほど。上手くできるかなぁ」
「姉ちゃんもいいよね?」
「いいよ」
そして練習が始まった。
「ダメダメ!まだ兄ちゃんに照れがある!もっと、ぎゅっと抱きつかないと!」
「そうは言っても、これ以上は無理だよ」
今やっているのは、ボクがファンになりきってアンジェさんに声をかけ、急に抱きつくというシチュエーションの練習。
アンジェさんはバッグから魔石を取り出す、というところにエイクは拘る。確かに現実はそうなると思うけど、ボクの方がかなり素早い。いつでも抱きつける。実際、もう何度も抱きついていて申し訳ない。
「姉ちゃ~ん!真面目にやりなよ!」
「やってるよ!」
「よく言うよ!だらしない顔してさ!やる気あるの?!」
「そ、そんな顔してないでしょ!」
「とにかく、できるようになるまで終わらないからね!」
厳しくも優しい。エイクは役者の世界で云うところの監督だ。姉想いの弟でもある。ボクもアンジェさんのタメに変質者になりきろう。
少し不器用なのかアンジェさんはなかなか上手く対処できない。何度も繰り返して覚えるのは修練ぽくていいけど、何度も抱きしめてしまうのが本当に申し訳ないなぁ。気持ち悪いだろうに。
他にも、『楽屋に押しかける男』とか『急に切りかかる男』も演じた。
「はい、ダメ!もう1回だよ!」
エイクが納得するまで練習は続き、ボクもアンジェさんも疲れきって苦笑いだった。




