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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
443/715

443 面倒くさい獣人だもの

「本当によろしいのですか?」

「はい。逆にいいんですか?ボクは素性の知れないただの獣人ですが」

「構いません」


 ボクとドルジさんは、並んでボグフォレスさんの屋敷に向かっている。理由は、ドルジさんから事情を聞いて気になったことがあるから。「お礼をしたいと言うのなら、気になることを確認したい」とお願いした。ただそれだけ。


「話を信じて頂けたのですか?」

「聞いた状況は正しいのだと思います」

「ボグフォレス様の人となりについてはいかがですか?」

「変わりありません」


 過去に紹介された人もそうだ。会うだけなら構わない。けれど、その人をどう思うのかは、話したり雰囲気を感じないとわかりようもない。噂だけで判断できる特殊能力は持ち合わせてない。


「貴方は不思議な方です」

「どんなところがですか?」

「ボグフォレス様は、バーレーン家の当主…いわゆる貴族なのです」

「そのようですね」


 話を聞いて予想できた。どうやら立派な屋敷に住んでいるらしい。


「お近付きになりたいという者は多いのです。ですが、貴方は寄りつこうともしない」

「人の地位に興味がないので」


 森に住んでいる獣人に地位も名誉も関係ない。だからこそ、誰が相手でも好き勝手に行動できる。


「着きました。こちらです」


 王都でもこの辺りに来るのは初めてだ。眼前には確かに豪邸。周囲にちらほら豪邸が見えているということは、そういう者達が住む区域ということだろうか。富裕層が好む地区みたいな。


「少々お待ち下さい」

「念押しですが、もし食事でも出されたら即刻帰りますので」

「かしこまりました」


 大丈夫だと思うけど一応伝えておかないと。気遣いは無用だ。家の前で待っていると、ドルジさんが出てきた。


「どうぞ。お入り下さい」

「お邪魔します」


 招かれて屋敷に入ると、人の姿はない。「できれば人に会いたくない」と伝えた。「お礼を」と何度も言われて、そこまで言うのならと我が儘を言ってみたけど律儀に守ってくれている。


 ドルジさんに付いていくと、1つの部屋に行き当たりドルジさんが先に入室した。直ぐに中から顔を出す。


「どうぞ。お入り下さい」


 招かれて入ると、豪華なベッドに横たわる子供の姿。


「ドルジ…。その人は…だれ…?」

「この方は…その…」


 ドルジさんの前に出て伝える。


「ボクはウォルト。白猫の獣人だよ。アーツと話したくて会いにきたんだ」

「ぼくに…?」

「そうだよ」


 ボクはこの子に会いに来た。ボグフォレスさんの孫でまだ7つだという男の子。椅子を借りて、毛布から顔だけ出しているアーツの傍に座る。


「ボクはボグフォレスさんとドルジさんの友達なんだ。アーツが体調を崩したと聞いて励ましに来たんだよ」

「おじいさまの…ともだちなんだね」

「ずっと寝てるって聞いたから、暇だろうと思って面白いモノを見せに来たんだ」

「おもしろいの…?」

「アーツは魔法を知ってる?」


 コクリと頷いてくれる。


「よく見ててね。はい」


 掌に載せた魔石からポンポンと花を咲かせる。


「すごいや…」

「こんなのもあるよ」


 魔石から雷の狼や炎の龍を発現させた。


「かっこいい。すごい」

「褒めてくれてありがとう」

「ウォルトはまほうつかいなの?」

「魔石を使う魔法使いなんだ」

「ぼくのおかあさんも、まほうつかいだったんだよ」

「そうなのか」

「すごかったんだって。もう、しんじゃったけど…」


 悲しげな表情を浮かべる。


「凄いお母さんだったんだね。きっとアーツはお母さんの魔法の才能を受け継いだんだ」

「ぼくが?」

「幾つか聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「いいよ」

 

 アーツに幾つか質問してみる。…といっても、主に今の症状について。聞き終えて確信した。


「さっきも言ったけど、ボクは魔石を使って魔法を出せるんだ」

「うん」

「この魔石を軽く握ってくれないか?」


 枕元に置くと、アーツが横向きに寝てそっと手に取ってくれる。魔石を握る小さな手にボクの手を添えた。


「なんか…へんなかんじ…」

「大丈夫だよ。ゆっくり握ってて」

「すこし…きもちいい」

「それはよかった」


 1分ほど待ってアーツに話しかける。


「アーツに魔法をかけてみたよ」

「えっ?いつのまに?」

「動けるようになってない?」

「ぼくが…?」


 頷くとアーツはゆっくり起き上がって、きょろきょろする。


「…どこもいたくない!あたまもふらふらしないし、いたくないよ!」

「なんと……」

「ウォルトのまほうなの?!」

「そうだよ。魔石を使ってるけどね」 

「すごいや!」

 

 アーツはベッドの上でとび跳ねる。やっぱり子供は元気が一番。思わず笑みがこぼれた。


「ウォルト様…とお呼びしてよろしいですか?」

「『様』はやめてください」

「御容赦下さい。アーツ様はなぜ急に元気に…?なにをされたのですか?」

「体調不良の原因はおそらく魔力酔いです」

「魔力酔いとはいかなるモノでしょう?初めて耳にします」


 魔力酔いについて簡単に説明すると、ドルジさんは静かに唸った。


「ドルジさんから話を聞いたとき、ボクの友人が過去に苦しんでいた症状に似ていたからもしやと思いました。魔法に縁遠い医者では判断が難しいのかもしれません」


 アーツの体内に含有された魔力はウイカのときに比べると量が少ないけど、発見できなかった理由はおそらく違う。タイプが違う魔力酔いだった。

 アーツに手を添えて体内の魔力を探ったとき、循環することなく身体の芯に堆積していた。憶測になるけど、上手く循環せずに魔力が淀んでいたことが体調不良の原因だと思う。魔力が一切表面化してなかったから、魔導師でなければ気付かないかもしれない。


「恐れ入りました。先程の魔石は?」

「『魔力吸引』の魔石です。体に溜まった余分な魔力を吸い取りました」


 魔石は本物。かなり強く魔力を吸引するよう付与した。


「なるほど。合点がいきます」

「今後は、魔法を習得するか定期的に魔導師に依頼して魔力を吸い出してもらえば体調を維持できるかもしれません」

「かしこまりました。ボグフォレス様にお伝えしておきます」


「とう!」


 ベッドでとび跳ねていたアーツが勢いをつけて急にボクに抱きついてきた。優しく受け止める。


「びっくりした。あぶないよ」

「ウォルト!ぼくとあそぼう!」

「いいよ。なにしようか?」

「にわでかけっこ!ひさしぶりにはしりたい!」

「ボクは獣人だから駆けるの速いよ」

「まけない!」

「いいね。アーツは男だ」


 庭に出て追いかけっこや競走で遊ぶ。おんぶしての疾走も楽しいみたいだ。


「ウォルトは、はやい~!でも、たのしい~!」

「直ぐ追い付くよ」

「はやい~!でも、まけない!」


 屋敷で働く者たちが遠くから優しい瞳でボクらを見ている。きっとアーツは皆に愛されているんだな。

 しばらく遊んだけど、病み上がりのアーツは胡座をかいたボクの膝の上で休憩中に眠ってしまった。ひさしぶりの運動で身体が疲れたはず。


 そっと背中に手を添えてじっくり魔力回路を探ると、綺麗な回路が形成されている。母親から受け継いだ才能だろう。問題は魔力の循環だけかな。

 アーツの魔力を模倣して送り込み、魔力回路に循環させて人工的に流れを作り出してみる。微量だけど生成されたアーツの魔力が流れに乗って循環し始めた。ボクの作り出した魔力を抜いて確認してみると、上手く流れてくれている。

 

「ゆっくり休ませてあげて下さい」

「お預かり致します」


 眠ってしまったアーツをそっと抱きかかえてドルジさんに渡す。すぅすぅと寝息をたてて気持ちよさそうな寝顔。

 元気に暮らしてほしい。年齢とともに落ち着く可能性もあるだろうし、願わくば自分を苦しめた魔法の才能を恨まずに真っ直ぐ育ってほしい。


 門の外でドルジさんの見送りを受ける。


「ありがとうございました」


 感謝を伝える。とても気が晴れた。怪しい獣人をアーツに会わせてくれて感謝しかない。この人は、主に許可も取らず信用して会わせてくれた。


「ウォルト様…。何卒……何卒、ボグフォレス様にお会いして頂けませんか?」

「お断りします」

「…左様でございますか」

「ただ、ボグフォレスさんが傲慢だからという理由ではありません。むしろ、ボクの勘違いだと思います」

「それは…なぜでしょう?」

「屋敷の皆さんも、ボクのような訪問者に敬意を表して行動して頂きました。貴方の行動も全て主の人徳だと思います。アーツも「おじいさまはやさしい!」と言っていい笑顔を見せてくれました」


 おそらくドルジさんの言う通りで人格者なんだろう。本人と話さずとも感じた。


「そう言って頂けると…。であれば…」

「お会いできません。なぜかというと、お礼は必要ないからです。絶対にされそうですよね?アーツに会えたから充分なんです」


 最近ではお礼を受けるよう心掛けてる。でも、明らかに過剰な礼は断固拒否する。無駄な攻防をしたくない。だって面倒臭がりの獣人だから…と自分に言い訳しよう。


「ウォルト様は…頑固な御方です」

「ドルジさんには負けます」

「はっはっは!…またお会いできますか?」

「機会があれば」

「いつでもお越し下さい。アーツ様も喜ばれます」


 確かにアーツにはまた会いたいな。凄い魔導師に成長するかもしれない。


「そして、素晴らしい魔法でした。貴方のように魔石を操る方を見たことがありません」

「手品が趣味なんです。その延長で」


 魔石を掌に載せ、一度握って開くと魔石が消えている。ただの『隠蔽』だけど手品だと思ってくれるだろう。


「なんと…。実にお見事です…」

「楽しんで頂けたならよかったです。では」



 ★



「そうか…。儂が眠っている間にそんなことが…」


 夜更けに目を覚ましたボグフォレスに、昼間の出来事を詳細に伝えたドルジ。


「アーツ様はぐっすり眠っておられます」

「直ぐに顔を見に行く」


 共にアーツ様の部屋に入室し、暗がりの中でランプの光でそっと寝顔を照らす。


「本当に…幸せそうな寝顔だ…」

「庭を駆け回られておりました。直ぐに疲れて眠ってしまわれましたが」

「そうか…。彼の者には感謝しかない。剣を向けた儂のような無礼者を救うとは……。ドルジ……お前にも」

「私には不要でございます。御仁は、頑として礼は受け取らぬと仰られました。素性は教えて頂けず、知り得たのは名前のみ。ウォルト様です」

「獣人ウォルトか…。必ずや礼を」

「お言葉ですが、お辞めになられた方がよいかと存じます」

「なぜだ?」

「ウォルト様は非常に頑固な方でした」

「ははっ。お前が言うのか?」

「返す言葉もございませんが、御仁は「礼はいらない」と強く訴えておられました。礼を尽くそうとしても喜ばれることはないと言い切れます」

「むぅ…。どうしろと言うのだ」

「ただ、こうも言われていました。「礼を言うなら直接会いに来い」と」

「ふははっ。そうさせてもらおう」


「う、う~ん…。むにゃ…」


 話し声に反応したのかアーツ様は身動いだ。微かに笑みを浮かべて。


「喋りすぎたな。部屋に戻るとしよう」

「はい」


 身を翻して退室しようとしたボグフォレス様の動きが止まる。


「コレは…」


 ランプで照らされたのは、小さなテーブルに置かれた魔石から咲く見事な花。ウォルト様がアーツ様に見せた魔石による魔法で、未だに効果を保っている。


「なんということだ…」

「いかがなさいました?」

「この花は……魔法か?」

「ウォルト様がアーツ様に披露されていました。魔石を使った手品であると」

「この花は…多幸草だ。『無病息災』の幸福色…」

「なんですと?」


 私とボグフォレス様が、動物の森に足を踏み入れた理由。それは多幸草を摘むタメ。


 アーツ様は誕生されて直ぐに御両親を立て続けに病魔に奪われ、本人も今年に入った頃から原因不明の病に冒されていた。 

 祖父であるボグフォレス様は、先に亡くなられた奥様に続き最愛の娘を失い、更に一粒種の孫まで病魔に奪われてなるものかと、できる限りの手を打った。

 しかし状況は好転せず、悩まれた末に思いついたのが願いが叶うと云われる多幸草をアーツ様に捧げたいということ。


 ただし、多幸草は本人が採ったものでないと効力がないと伝わっている。使用人以下、主の気持ちを汲みながらも、ボグフォレス様の行動に異を唱えた。

 なぜなら、ボグフォレス様自身も身体が脆弱であられるから。人格者であり、皆に慕われる御主人様の危険な行動を見過ごせなかった。

 そんなボグフォレス様は、一向に好転しない状況に業を煮やし、貴族の会同の後に屋敷に戻らず動物の森に向かった。カネルラでは、動物の森にのみ自生していると噂されている。

 

 明らかに精神的に追い詰められていた。おそらくは、身を案じる我々とアーツ様の容態が快方に向かわぬ焦りとの板挟みで。だから制止されぬよう会合終わりに抜け出すように森に向かわれたのだ。

 言動は支離滅裂で、いくら制止しても聞く耳を持たず、「儂が生き延びてなんになる!アーツの為に死ぬのなら本望!」と人が変わったように騒ぎ立てた。剣を向け「お前を殺してでも儂は行く!」と。

 私にも、気持ちは痛いほどに理解できた。そして、死なば諸共という覚悟で森を徘徊していた最中にウォルト様に出会ったのだ。


「どうすれば…こんなことができるのだ?」

「手品が得意であると仰られていました。魔石を使ってアーツ様に幾つか披露されましたが、どれもお見事でした。魔法に精通された獣人であると思料致します」

「…彼の者に事情を説明したのか?」

「嘘偽りなく。それが誠意かと」


 ボグフォレス様はなにやら考え込まれている。この方は非常に聡明な御方。人心掌握や洞察力に長け、あらゆる分野に造詣も深い。


「この花は…彼の者からアーツへの贈り物なのだな…」

「そうやもしれません。アーツ様と共に庭を駆け回り、眠るアーツ様に優しい眼差しを向けておられました」

「いつの日か…必ず礼を伝えるとしよう」

「機会があればまたお会いできる…と」

「その時を待つか…。もしくは作るか」

「待つを推奨致します。調査は控えた方がよろしいかと。追えば逃げる方でございます。我々を許容しないでしょう」


 知性を感じる物腰ながら、『このくらいなら妥協するであろう』という考えが全く通用せず嫌悪感を隠そうともしない。同じことを繰り返せば、次こそ我々を傲慢であると断じる。そして、あの方との縁は切れてしまう。

 ウォルト様はただの獣人ではなく、我々とは感覚が違いすぎる。礼を尽くせば擦り寄るだろうという思考は絶対に誤りであると断言できる。


「お前のように頑固なのだな」

「よくご存知で」


 私とボグフォレス様は忍び足で部屋を後にした。

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