441 空間魔法の使い道
住み家で修練してい?ウォルトと森の白猫のメンバー達。休憩中にウイカから質問を受ける。
「空間魔法って、どんな魔法なんですか?」
「気になる?」
「知りたいです。魔伝送器に使われてるんですよね」
「少しだけね。ボクは1つしか操れないけど、たまたまその魔力が必要だったんだ」
「見せてもらえたりしますか?」
「構わないよ」
集中を高め手を翳して詠唱する。
『次元』
翳した掌の前の空間に切れ目が発現する。
「初めて見ます…。なんですか?」
「空間の切れ目だよ。たとえばだけど…」
切れ目に手を差し込むと…。
「うわぁっ!?」
オーレンの顔を隠すように手が突然現れた。抜き差しして空間が繫がってることを教える。
「離れた空間同士を繋げることができるんだ」
手を引き抜くと空間は元通り。
「ちょっと驚きすぎてなんて言っていいのか…」
「使うことはほぼないから久しぶりに使ったけど、そんなに?」
「使い道は沢山ありそうです」
「瞬時に発動させられるなら使えるんだけど、集中する時間が数秒かかるから戦闘には使えないし、距離が遠すぎてもボクの技量では使えないんだ。精々高い場所のモノを取るとかかな」
定期的に修練しているものの魔法操作が難しい。使う場面は木の実を採るときくらいだし、実際は登った方が早い。だから少し修練をサボっていたりする…。
「他にもあるんですか?」
「魔導書によると、空間の『造成』とか『拡張』なんて魔法もあるみたいだね」
「どういう魔法なんでしょう?」
「なにもない空間に道具を入れて自由に出し入れできたり、鞄の中を部屋のように広げたりもできるらしいよ」
「もの凄く便利ですね!」
アニカが目を輝かせる。
「離れを『拡張』して豪邸にできて夢が広がります!」
「操れないから今は無理だけど、いつかは使えるようになりたいな」
「豪邸になったら私達専用の部屋を作ってもらえませんか!」
「もちろんいいよ。できたらね」
「「やったぁ~!」」
かなり高度な魔法だろうから習得できる可能性は低い。ボクは空間魔法の魔導書に書いてある内容をほぼ理解できてない。『次元』の魔導書だけ辛うじて理解できた。ただ、現時点では無理でも諦めたくないから目標にしてる。
「俺の部屋もお願いします!」
「もちろん」
その時はオーレンの部屋も用意してあげたい。
「「えぇ~~」」
「嫌なのかよ!別にいいだろ!同じ部屋に住むワケじゃないんだから!」
「覗かれるから嫌かも…」
「す~ぐエロォーレンになるからね!」
「お前ら相手にそんなんなるかぁ!」
「お風呂覗こうとしたくせに」
「よく言うよ!」
「一度だけだし未遂だろ!」
オーレンはこの先もずっと言われ続けるんだろうな。自業自得とはいえ少し可哀想だ。
「その魔法は俺でも覚えられますか?」
「ボクができるんだからオーレンにもできるよ」
「「絶対教えちゃダメです!」」
姉妹は手を交差させて大きなバツを作る。
「なんで?」
「間違いなく魔法を悪用します」
「街で痴漢に使うので!」
「えぇっ!?」
「そんなことするか!ふざけんな!」
「じゃあ、なんで覚えたいの?」
「理由を述べよ!」
確かに空間魔法は格好よくもない。なぜだろう?
「それは……便利だからに決まってるだろ」
「噓つけ!どうせ大きな空間の亀裂に入ってミーリャの寝室に忍び込みたいとか邪念に決まってる!」
「…違うわ!」
変な間があったな…。
「ウォルトさん!噓かどうかオーレンの匂いを嗅いでください!」
「師匠にそんなこと頼むな!バカ!」
わざわざ嗅がなくても既に噓の匂いがしてる。でも、オーレンのタメに黙秘しておこう。
「ほらぁ!噓の匂いがしてるってウォルトさんが言ってるじゃん!」
「一言も喋ってないだろ!」
「私やお姉ちゃんにはわかるんだよ!」
「めっちゃ言ってるね」
ゴメン、オーレン…。悲しいかな4姉妹には隠し事ができない身体になってしまったんだ…。なんとか話を逸らそう。
「オーレン。『次元』は亀裂を保持するのに相当な魔力が必要になるんだ。さっきの時間と範囲で『火焔』を5発は放てる」
「マジですか?!」
「それに、空間に閉じ込められたらどうなるのか想像できない。石を入れて試したことがあるけど、同じ場所を切り開いてもどうやっても帰ってこなかった」
「怖いですね…」
「顔を入れたりして、もし亀裂が閉じたらギロチンみたいになる」
「聞けば聞くほどヤバいですね…」
「ミーリャのトラウマになっちゃうね…」
「お風呂場にオーレンの生首…。想像しただけで怖っ!」
「なんでそうなるんだよ!」
でも、オーレンなら習得できるかもしれない。欲望や怨恨は想像もできない力を発揮する。フォルランさんの下着覗きと同じだ。
空間魔法の話はさておき、修練の続きを終えると「離れ作りをやりたいです!」と言われた。厚意に甘えよう。
「材料は準備できてるんだ」
雨が降っても濡れないよう『圧縮』した木材にシートを掛けて住み家の横に並べてる。シートを外して魔法を解除すると、オーレンがマジマジ見つめる。
「もう板と柱ができてるんですね。立派な木材です」
「木材を作るのが1番時間がかかると思ったから、前もって準備してた」
1枚硝子の水槽のときと同様に、『強化盾』で大きな箱を作り、ゲンゾウさんからもらった端切れを詰め込んで『同化接着』で融かして木材を作った。
その後、『細斬』や『研磨』を駆使して木材に加工したけど、楽しかったなぁ。とにかく黙々と作り続けた。地盤は何度も押し固めて魔法と人力で均した。離れの重量には耐えられるはず。
「材料は足りそうですか?」
「計算通りなら足りると思う。足りなければ継ぎ足すしかないね」
「早速やりましょ~!設計はどんな感じですか?」
「森の中だから、住み家と同じように高床住居にしたいと思ってるんだ」
高床といっても階段2段分くらいだけど。3人に『念写』で作った設計図を見せて、建てる手順を簡単に説明する。
「まずは柱と床から組もう」
「「「やります!」」」
協力してもらって人力で運びながら組み立てていく。「魔法で軽くしようか?」と提案したけど、「鍛えられるのでこのままでいいです!」と断られた。
重い柱は『身体強化』を纏ったりして対処してる。魔法の修練にもなっていいのかな。危なかったら直ぐに止めよう。それにしても、皆はよく働くなぁ。修練の疲れを感じさせない動きで、どんどん指示通りに組み立ててくれる。ボクも負けないように働こう。
「アニカ。柱、真っ直ぐになってる?」
「もうちょい右!」
「こう?」
「もうちょい!…今度は行き過ぎた!」
「上の方を支えられるといいけどな」
協力して柱を建ててくれてる。綺麗に均してるとはいえ、垂直や水平をとるは重要だ。でも、下を支えるだけでは難しいかもしれない。こんなときこそ魔法で…。
「どうかな?」
「ん~……真っ直ぐです!」
『次元』を操って柱の上部を手で支える。魔法操作の修練になるし1人で組むときにも便利だ。離れの骨組みが出来上がったところで、今日の作業は終わりにしよう。
「今日はこのくらいにしておこうか」
「俺はまだいけますよ」
「「私達もです」」
「ボクも大丈夫なんだけど、暗くなってきたし、少しずつ組まないとチャチャやサマラが手伝えないからね」
「私達が手伝う分は残しといてね!」と念押しされてる。一気に作り上げたら怒られること間違いなし。あと、実際に組んでみて微妙な修正が必要だと思った。進捗は気にせず確実に作り上げたい。
「ご飯を食べよう」
『働かざる者食うべからず』という言葉があるけど、働き過ぎる者にはどうしたらいいだろう?死ぬほど食べさせたらいいのかな?とにかく腕を振るおう。
★
「うん。いい感じだ」
手拭いで汗を拭う。次の日もやるべきことを終えて離れ造りに勤しむ。もう4分の1くらい終わったかな。一度組み始めると、雨や風の天候が気になって少しずつでも作ることにした。
…というのは言い訳で、『保存』や『堅牢』で保護できるから大丈夫なんだけど、ちょっとずつこっそり進めて楽しんでいたりする…。
やっぱりモノづくりは楽しい。明日はがっつり朝から作ろう。
「あぁ~!結構組み上がってる!」
「やっぱり…」
ギクッ…!暢気にお茶を啜っていると、サマラとチャチャが来てくれた。
「き、急だね。連絡してくれたらよかったのに」
チラッと見ても魔伝送器は光ってない。風下から現れたということは、チャチャの入れ知恵に違いない。
「来る前に連絡したら、ウォルトの性格からして崩しかねないから!」
「あえて伝えずに来たんだよ」
「そんなことしないよ」
「自分のペースっていっても早過ぎない?ウイカ達に聞いた形と違うよね。無用な心配を理由に楽しんで作ってる感じかな?」
「この感じだと明日は朝からやるつもりでしたね。油断も隙もない」
長女と末妹は4姉妹の中でも特に勘が鋭い。思考を完璧に見透かされてる。
「楽しくてついね。でも、安全な作業しかしてないよ」
「それは当然!よぉし!チャチャ、手伝おう!」
「そうですね」
「ありがとう」
次の工程を説明すると直ぐに作業を始める。
「ほいっ!ほいっ!」
「はいっ!はっ!」
力があり余ってるのか軽い木材は投げて渡してる。サマラが投げて床に乗った身軽なチャチャが受け手。
「危ないからゆっくり作業した方がいいよ」
「だいじょ~ぶ!」
「当たっても大丈夫なヤツだよ」
「危ないことはするな」的なことを言ってたはずなのに…。それとも、怪我しても大丈夫だと信頼してくれてるのか。だからといって怪我してほしくない。
「ほいほいほいほい!」
「はっ!はっ!…わっ!」
自然とサマラのペースが上がって、チャチャが捌ききれずバランスを崩した。
「危ない!」
よろけたチャチャの肩を、空間の亀裂から出した腕で支える。間に合ってよかった…。今の『次元』は集中から発動まで過去最速。閃くようにコツを掴んだ気がする。
「うえぇぇっ?!」
「な、なに?!その手!?」
「ボクの腕だよ。ほら」
入れたり出したりしてみせる。
「……あまり気にするまい!」
「……ですよね!でも、ありがとう」
若干引いてるような…。気のせいかな?
「危ないから一緒にやろう」
指示を出しながらのんびり工程を進める。獣人だからなのか、2人はオーレン達と違ってざっくりしたところがある。よく見て細かく修正しながら進めた。
ゲンゾウさんから習ったのは、家を『建てる』というより『組み立てる』方式。言うなれば、板を組み上げて大きな箱を造るようなやり方。
「難しくないから楽し~い!」
「簡単な作りなのに丈夫な感じがしますね」
補修も楽で獣人にも好評らしい。ゲンゾウさんの経験から、獣人のボクに合った建築方法を選んでくれた。そんな木工の師匠の気遣いが有り難い。完成したら招いてもてなしたいな。
今日は壁を2面張り終えたところで作業終了。かなりスムーズに進んだ。
「ねぇ、ウォルト。完成するときは私達を呼んでよ」
「声をかけるよ」
「明日にでもできそうな勢いだけど」
「まだかかる。窓も作りたいしドアもだ。屋根や外壁の防水もある。コツコツやっておくから」
おおよそ組んでしまえば残るのは細かい作業。内装も密かな楽しみだったりする。
「早く空間の拡張できないかな~」
「楽しみですよね」
アニカ達から聞いたんだな。
「期待してるところに水を差すようだけど、一生できないかもしれないよ」
「やればできる!」
「私達は兄ちゃんができないと思ってない」
地味に嬉しい言葉。
「その時は隠れ家的に使ってくれると嬉しいよ」
2人は首を傾げた。
「なに言ってんの?」
「そうなったらココに住むよ」
「そうなのか?!初耳だけど」
「そうだよ。四姉妹と…まぁ、オーレン君は彼女がいるからわからないけど」
「兄ちゃんは嫌なの?」
「全然嫌じゃないし、そう言ってくれるのは嬉しいけど、仕事や冒険があるから」
「通えばいいからね!」
「私も夜帰ってくるだけでもいい」
「そうか。だったらできるかもね」
そうなると、ハピー達のことも教えないといけなくなる。でも、あくまで『できるようになれば』という仮定の話。
「今日は泊まってく!」
「私も」
「わかった。ご飯にしよう」
本当にいい友人に恵まれた。元来の性格なのか、過去の出来事から人嫌いになったのかわからないけど、1人暮らしの期間も特に寂しさを感じなかった。
そんなボクでも隣人ができるということを嬉しく感じる。きっと4姉妹やオーレンだから。ただ、協調性がないことを自覚してるからそっちの方が心配だ。愛想を尽かされて直ぐに出ていかれても仕方ない。
「気にしなくていいって」
「わかってるから」
ボクは……一言も喋ってないんだ!
4姉妹とボクの頭は空間魔法で繋がりっぱなしなんじゃないか…と、ありもしないことを考えてしまう。




