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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
438/715

438 貴賎はない

 ある日のこと。


「サマラ…。すまない…」

「気にしないの!好きでやってるんだから!軽いし!」


 静まりかえる夜の森を、サマラに背負われて進む女性の姿があった。


「本当に…こんな場所にいるのか…?」

「私を信じなさい!もうすぐ着くよ!」


 サマラに連れられて動物の森に来たけれど、夜の森は薄気味悪い。あちこちから、パキパキと枝を踏み割る音がする度に鼓動が速まる。


「よぉし!着いたよ!」


 サマラの肩越しに前を見ると、明かりの灯った一軒家。疲れなど少しも感じさせず、玄関まで早足で一直線。

 私を背負ったままノックすると、ドアが開いてモノクルを付けた白猫の獣人が顔を覗かせた。


「ただいま!」


 ただいま…?


「おかえり。そちらの方が?」

「そう!リタだよ!」

「そのまま中に入って」

「お邪魔します!」


 サマラは私を部屋に運んでベッドに寝かせた。白猫の獣人は私に向かって優しく微笑む。


「初めまして。ボクはウォルトといいます。サマラの幼馴染みです」


 こんな物腰の柔らかい獣人がいるのか…。まるで人間のような物言いは初めてだ。


「私はリタ。サマラの友達で、見ての通り狐の獣人だ」

「リタ。私が言ってた薬を作れる友人がウォルトだよ」

「なんだって…?噓だろう…」

「信じてくれるなら病気を診察してもらってほしい。でも、信じないのも自由だよ。強制はしないから。だったら直ぐに帰ろう」


 獣人の薬師など普通なら悪ふざけとしか思えない。だが…嘘だとしたらあまりにも下らなすぎる。サマラが言うはずもない。


「疑ってすまなかった。お願いできるだろうか?」

「はい。では、幾つか教えて下さい」


 ウォルトの質問に答える。会話して気付いたが、まるで医師のように的確に症状を確認してくる。予測できているのか。


「皮膚を見てもいいですか?」

「あぁ」


 服を捲って発疹が出た腹を見せる。


「ありがとうございました。症状からすると、楊梅瘡(トレポネーマ)に罹患しています」


 知ってはいた。何度も…同じことを言われてきたんだ。


「今から薬を作りたいと思います」

「なんだって…?」


 この男は…なにを言ってる?


「文献に治療薬の精製法が載っていました。なので作ってみます」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「なんでしょう?」

「私は…初対面の女だぞ?金も払えるかわからないような」

「お金はいりません。ボクは薬師ではないですし、貴女はサマラの友人です」


 ……そういうことかっ!


「そうはいかない!サマラに手は出させない!お前は、恩を売ってサマラを私の身代わりにしようとしているな?!」


 サマラは目を丸くして笑った。


「あはははっ!気持ちは嬉しいけど違うよ!リタの勘違い!ウォルトは絶対そんなことしない。私が保障する!ねっ♪」


 ウォルトはコクリと頷いた。


「そういうのは大嫌いです。信用してもらえませんか?」

「…むぅ」


 黙ってしまった私とサマラを置いて、ウォルトは部屋を出た。


「一体、どういうことだ…?」

「ウォルトは善意で薬を作ってくれるの。…というか、自分が作りたいから作るだけ。自家製だけど、間違いなくいい薬だよ」

「そんな奴がいるワケないだろ」

「いるんだなぁ。ちなみに、内緒だけど私はウォルトのことが好きなの。だから手籠めにされても嫌じゃない」

「…そうか」


 あんな優男のどこがいいんだ…。サマラにはもっと相応しい男がいるだろうに。


「ウォルトはいろいろと普通じゃないの。でも、悪意とか邪な気持ちは一切ないから!」

「信じられん…」


 サマラの表情が険しく変化する。


「さっきも言ったけど、信じないなら今すぐ帰ろう。強制はしないし、ウォルトもあぁ見えてお人好しじゃないんだよ。リタも好きにすればいい」

「…っ」

「私はどっちでもいいよ。もう二度とお節介は焼かないから」

「……信じよう」

「そうしてくれると嬉しい」


 獣人に…薬なんて作れやしない。そう思っていても、藁にも縋る思いで頼るしかない状況がもどかしい。少し会話していると、ウォルトが戻ってきた。


「薬ができました」

「やったね♪」


 手にはガラス瓶に入った飲み薬のような液体。獣人なのに…こんな短時間で本当に薬を作ったのか…?


「それを飲めばいいのか?」

「いえ」


 微笑んだウォルトは私の傍に椅子を置いて腰掛け…私は意識を失った。



 ★



 サマラの眼前でリタは寝息をたてて眠っている。一瞬の出来事だった。私でも、ウォルトの『睡眠』を躱すのは難しいなぁ…なんて考えてみる。


「眠らせる必要あるの?」

「ある。『睡眠』をちょっと深めに使った。大きく動かないように軽い『麻痺』も」

「今からなにするの?」

「楊梅瘡は菌が引き起こす病だと考えられるから、薬を飲んでも効果は薄い。点滴で血管に直接注入するのが効果的なんだ」

「なんか袋をぶら下げて、ちょこちょこ身体に入れるヤツだよね?素人なのにそんなことできるの?」

「医者なら道具を持ってるけど、ココにはない。だから魔法で点滴を作る」


 ウォルトが手を動かすと、透明でボトルを逆さにしたような容器と細い管が発現する。管の先は針のように細い。相変わらずなんでもできるね。もはや驚かないけどさ。


「この針のように尖った部分を手首の血管に刺すんだ」

「えぇ~。痛そぉ~!」

「出来る限り細くしてるから大丈夫。普通の針より細い。『診断』しながら血管に正確に刺す」

「どの血管かわかるの?」

「昔、自分がやられてるときにハルケ先生から聞いた。怪我の功名ってヤツだね。医学書も読んでるから間違いない」

「医学書も読んでるの?!」


 小難しい本は獣人の頭を爆発させる拷問としか思えない。難しければ難しいほど頭痛がする。ウォルトは平然と読むけど凄いことなんだよね。


「人体に詳しくなりたいからね」

「なんで?」

「理由はいろいろある。魔法にも通じる部分があるし、格闘での身体の使い方や急所もわかる。もちろん治療にも役立つ」

「そっか。失敗しない?」

「自信があるし、一度で成功しなかったらトゥミエに連れて行ってハルケ先生にお願いする。リタさんを玩具にはできない」


 それはそうだよね。ウォルトは行き当たりばったりなことをやらない。失敗してもリタに影響がないことしかやらないよね。

 眠っているリタの右手をそっと掌に載せたウォルトは、真剣な表情で手首にゆっくり針を沈めていく。


「……よし。綺麗に刺さった。血も漏れてない」


 空中に浮かべた容器に薬を注いで魔法で蓋をすると、少しずつ管が広がって薬が落下する量を調整してる。器用すぎるよ。


「血管に入ってる部分まで広げ終わった。様子を見ながら薬が入りきるまで待とう」

「わかった。お疲れさま」


 ちゃんと1滴ずつ注入されてる。リタは変わらず静かに眠ったまま。


「ねぇ、ウォルト」

「ん?」

「リタを治療してくれてありがと」

「礼を言うのは早いよ。まだ治るかわからない。でも、前もって教えてもらってたから、素材や製作の準備ができてよかった」


 事前に魔伝送器を使って、簡単な事情と症状を伝えておいた。治療をお願いして、「連れてきてほしい」とウォルトから頼まれた。


「リタは病院をたらい回しにされたみたいで、まともに治療を受けれてないみたいなの」

「楊梅瘡は伝染病だから警戒されてるのかもしれない。でも、話したりするだけでは感染しないと云われてる」

「そうらしいね。あのね、気付いてるかもだけど、リタはフクーベの夜鷹なの」

「そうなのか。わからなかった」

「客から病気を移されたんだろうけど、その人達を恨んでない。むしろ、移しちゃいけないから早く治したいって」

「仕事に誇りを持ってる獣人だね」


 コクリと頷く。


「私がナンパ野郎をぶん殴ってるときに知り合ったんだけど、ソイツがリタの客だったみたいで「そのくらいにしてやれ!」って怒られちゃってさ。家庭の事情で悩んでたらしくて、「世の中にはそんな奴もいるんだ」って説教された。意味わかんなかったけど、ちょっと格好よく感じてそこからの付き合いなんだよ」

「ボクもピンとこないけど、事情も知らずにやり過ぎだって意味かな?」

「そういうこと。私は何度でも同じことを繰り返すけどね!リタはさ、「そんなバカでも愛おしいときもある」って笑ったんだよ」

「理解しがたいけど…ちょっと格好いいな」

「だよね。多分さ、アホな男共もリタに癒されてるはずだよ。だから治って元気になってほしくて」

「完治できるといいけど」

「きっとできるよ」


 ウォルトに薬の調合をお願いしたのは、充分な治療を受けてないからだけじゃない。リタが言うには「楊梅瘡には特効薬がない」らしい。

 効果がある薬も高額で、買うには稼がないといけない。でも、仕事をすれば客に病気を移してしまう可能性が高い。そんな苦悩があると困ったように笑ってた。

 そして、身体は確実に弱ってる。ウォルトならなんとかできないかお願いしてみようと思った。私の知る1番の魔法使いなら。


「できることはやったし、効果はあると思う。友達のおかげだよ」

「どういうこと?」

「エルフの友達から貰ったパナケアっていう素材のおかげで薬を作れた。あらゆる治療に使える希少な素材なんだ」

「そっか。感謝しないとね。ちなみに女の子?」

「モフモフ好きの女の子…いや、女性だよ」

「ほほう…。是非会ってみたい!」


 同士の可能性もあるよね!


「多分サマラもモフられるけど」

「どんとこい!」


 その後も会話していると無事に点滴が終わった。苦しむ様子はなくて寝ている間に治療は終了。綺麗なガーゼで押さえながら針を引き抜いて、同時に『治癒』を使ったのか血の1滴も漏らさなかった。最後にそっと魔法の道具を消滅させる。


「あのさ」

「なに?」

「ウォルトって完全犯罪もできるんじゃない?」


 今のが毒なら相手は死んでるし証拠も残らない。


「魔法を犯罪に悪用したくない。魔法を使っても完全犯罪は難しいよ」

「それは確かに。でもさ、今の治療は闇医者行為だよね」

「………」


 しまった…。完全に余計なことを言ってしまった。もの凄く困った顔してる。『ニャんてこった…』みたいな。「責めるつもりで言ってないから!」と謝ったけど、ウォルトは上の空で苦悩してるみたいだった。






 数週間後。


 私とリタは、揃ってウォルトの住み家を訪れた。いつものごとく居間に通されてリタから報告が。


「ウォルト。本当にありがとう。楊梅瘡は綺麗に治癒したよ。医者にも言われてる」

「よかったです…」

「どうしたんだ?元気がないけど」

「ボクが闇医者みたいなことをやって、リタさんになにかあったら目も当てられなかったので…。反省してます…」


 まだ気にしてるね…。ホントに余計なことを口走った。私も反省してる。ウォルトは報酬もお礼も一切受け取らないのに、闇医者行為と一緒にするなんて。


「気にしないでくれ。私は君に感謝してるんだ」

「そんな必要ないです」

「資格を持たない薬師の治療かもしれないけど、私は助かった。…ということでなんの問題もない」

「結果よければ全てよし、というワケにはいきません」

「そうか。よし!落ち込んでるなら私が慰めよう!ベッドに行こうか!」

「ちょっ…!なんでそうなるんですか?!」


 リタはウォルトの手を引っ張って、連れて行こうとする。


「落ち込んでいる恩人をほっとけない。スッキリさせてやるから心配するな♪」

「いや!ダメですって!」

「ちょっと待てぃ!リタ!冗談が過ぎるよっ!」

「冗談じゃないぞ。なにも恩返しできてないんだ。まずは私の身体で払おう!」


 顔はニヤけてる。ウォルトを揶揄ってるんだろうけど、半分は本気に違いない。リタの体調が回復して、しつこく治療の内容を聞かれたから治療法について説明した。その時、簡単にウォルトの性格も教えてる。

「違法なんだけど、動かないように魔道具で眠らせて薬を点滴した」と伝えたら、「そんなことか」と一蹴して「恩返ししないとな」と笑った。リタも獣人だからこそ恩を忘れない。


「リタさん!大丈夫ですっ!お礼は必要ないのでっ!」

「そうか、残念だよ。夜伽が必要ならいつでも言ってほしい。この私に!」

「そんなこと言いません!」

「ふふっ。なぁ、ウォルト」

「なんでしょう?」

「獣人らしくやりたいようにやったんだろう?たとえ違法でも自信を持って治療してくれた」

「それはそうですが」

「いい結果が出て、治療された本人も納得してる。気に病むことはない。世の中には法で守れないモノもある。人を助けられないことも。私が思うに法より大事なことは山ほどある。花街で学んだことだ」

「そう言ってもらえると助かります」

「それっぽいこと言うね!さすがベテラン夜鷹!年の功!」

「年のことは言うな!お前だって若いのは今だけなんだからな!…というワケでウォルトはベッドに行こうか♪」

「行きませんって!」


 また無理やり連れて行こうとする。


「こらっ!リタ!恩人を困らせてどうするのっ!」

「困ってないだろ?ウォルトも本当は気になってる顔をしてるぞぉ~」

「してません!」

「うそつけぇ~。興味津々のくせにぃ~」

「この女狐っ!こらっ!」


 無理やり引っぺがしたけど、獣人だから力が強い。ウォルトの腕に大きな胸をグイグイ当ててた。

 まるで好きなのを知っているかのように。でも、力と若さで私に勝てると思うな!スタイルは負けてるけども!


「薬を作れる獣人に初めて会ったよ。聞いたこともなかった」

「他にもいると思います」

「私は夜鷹だ。情報にはそこそこ詳しいつもりだよ。けど聞いたことがない」

「数は少ないかもしれないです」

「私の仲間は楊梅瘡にかかる可能性が高い。こんなこと言える立場じゃないけど、また治療をお願いするかもしれない。お礼は弾むから…」

「治療する約束はできかねます。リタさんを治療したのはサマラに頼まれたからです。素材もあるかわかりません。お礼も必要ないです」

「そう言わないでくれ。お礼をしないと申し訳ないし、なにより頼みにくいじゃないか」

「お礼をしてもらえるなら、珍しいモノを見せてくれたり話を聞かせてもらえると嬉しいです。それだけでお礼になります」


 最近では、ウォルトが完全にお礼を拒否することはなくなった。ただ、そんなことでいいの?ってなるけど。


「じゃあ、とりあえず女の好みを聞いておこう。獣人なら…狐がいいと思わないか?」

「なんでそうなるんですか?」


 黙って聞いてれば調子に乗って…。


「リタ~~!いい加減にしないと…!」

「じょ、冗談だって!怖いぞ!」


 こうして無事に治療は終わったけど、面倒事も増やしたような気がする。とりあえず妹達に謝っとこうかな。

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