437 特化と異端
今日は森の住み家をマルソーが訪ねた。ウォルトはいつものごとくカフィでもてなす。
「お久しぶりです」
「久しぶりだね」
「今日はどうされたんですか?」
「お願いしたいことがあってきたんだ。嫌なら断ってくれて構わない」
「とりあえず伺います」
マルソーさんからお願いされるなんて珍しい。
「ウォルト君には関係ないことだが、俺は友人が少ないんだ」
「ボクもです」
今でこそ友人が増えた。ただ、基準はわからないけど多くはないと思う。
「数少ない俺の友人が君に会いたいと言ってる。正確には、サバトに」
「魔導師の方ですか?」
「そうだ。でも、俺が知り合いだということも知らないし、会えるとは伝えてない。だから断っても一向に構わない」
「なぜ会いたいんでしょう?」
マルソーさんは気遣ってくれる人だと知ってる。性格からして頼むには理由がありそう。
「彼は魔導師として純粋にサバトに会いたがってる。ただ、俺は双方にとっていい刺激になると思った。俺が思うに、彼はかなり珍しい魔導師だ。少なくとも似たような魔導師を知らない」
珍しい魔導師…。すごく気になるな。
「口も固くて信用できるし、是非会って交流してもらえたらと思った。ただ、あくまで俺の個人的な意見で、君の意思を尊重したい」
「わかりました。是非お会いしたいです」
「いいのか?」
「どんな方なのか気になります。マルソーさんが信用される方なら問題ありません」
「ありがとう。きっと、君の刺激になると思う。ちょっと…いや、かなり変わってる人なんだが」
「それは楽しみです」
「楽しみなのか…?」
ボクも端から見れば変わり者に違いない。後日連れてきてもらうことになって、その後は魔道具や魔法についての意見交換と軽い魔法戦を行った。
マルソーさんは、少しずつボクに実力の片鱗を見せてくれている。どうやらボクも成長できているみたいだ。
★
「本当に、こんな所にいるのか?」
「います。疑うだけ無駄です」
「そうか」
動物の森を歩くマルソー。
約束通り友人を連れてきた。数少ない友人である魔導師のクレスニさんは、王都で暮らしている。友人ではあるが年齢は既に40前。魔導師としては先輩にあたる。元々はフクーベ所属の冒険者でその頃に知り合った。
師匠がいない俺にとって、魔法を教えてくれた先輩の1人。社交的でないところが似ているクレスニさんとは親しくさせてもらった。今はフクーベを離れたけれど、王都で冒険者を続けている。この人は俺が凄いと感じる魔導師の1人。
「まさか、お前がサバトの知り合いだったとは…」
「偶然知り合ったんです。念押ししますが、会っても俺の言ったことを忘れないで下さい」
「わかってる。とにかく他言無用だということと、なにがあっても驚くな。そして、油断しないこととケンカを売るな、だな?」
「その通りです」
「心配するな。サバトは紛う事なきカネルラ魔法界の至宝。俺のせいで魔法の発展を妨げられない。ライアンさんからの情報も知っている」
よく理解している…が、やはり心配だ。
「もうすぐ着きます」
「そうか……緊張してきたな…」
「普通にしておけばいいです」
しばらくして、ウォルト君の住み家に辿り着いた。クレスニさんは軽く息が上がっているが、もちろん俺もだ。こんな時、魔導師の体力のなさを実感する。
そういった意味でもウォルト君は異端。彼は日頃から鍛錬を怠らず、体力が無尽蔵に思える。普段は詠唱で疲れることはないと言った。継続は力なりということ。
俺も悪魔の鉄槌でマードックに助けられた後悔から体力作りは欠かしてない。だが、まだまだ足りないようだ。
「こんな場所に家が…」
「サバトの住居です。行きましょう」
「あぁ…」
住み家に近寄ると、ウォルト君が家の角から顔を出した。笑顔で出迎えてくれる。
「一緒に訪ねてきたよ」
「お疲れ様でした」
「クレスニさん、こちらが…」
いつの間にか、クレスニさんは俺の後ろに身を隠している。ふぅ…と溜息を吐く。コレが俺の懸念事項。
クレスニさんは極度の人見知り。俺との初対面では目も合わせてくれなかった。初めて話したのは、知り合って1ヶ月経っていた。それも一言二言交わしただけ。
だから、サバトに会いたいと言ったことに少なからず驚いた。知らない魔導師に会いたいと言いだすなんて思わなかった。
…仕方ない人だ。
「会いたいと言ったのは貴方ですよ。彼がサバトです」
「なっ…!?」
俺の身体を盾にするように、チラッとウォルト君を覗き見る。
「白猫は白猫だが……どう見ても本物の獣人なんだが…」
「彼は獣人です。そして、間違いなくサバトです。俺の言葉を覚えていますか?」
「……会っても驚くな」
「その通りです」
微笑んだウォルト君が口を開く。
「クレスニさん。ウォルトと申します。武闘会にはサバトの名で出場しました。一応本物です」
本物に一応もクソもない。事前にハッキリ伝えていた。「俺の友人はとんでもない人見知りで、きっと面倒くさいと感じる」と。けれど、「そういう人もいます。ボクも似たようなモノです」と笑ってくれた。そんなウォルト君が話しけけても、クレスニさんは前に出ようとしない。
「クレスニさん、もう帰りましょうか?ウォルト君は俺の友人で、貴方に会ってくれると約束してくれました。これ以上困らせては彼に迷惑になる」
「うっ…う…」
振り返っても、まだ迷っているのか挙動不審。
「コレならどうでしょう?」
ウォルト君に向き直ると、白猫の面を被ったローブ姿に変身していた。初めて見るがおそらくサバトの衣裳。そんなウォルト君を、クレスニさんはチラッと見る。
「……本物だ。武闘会のときの……サバトのまま…」
「見ていたんですか?お恥ずかしい限りで」
クレスニさんは、ゆっくりウォルト君に歩み寄る。
「初めまして…。王都の冒険者でクレスニだ…」
「初めまして。ウォルトです」
「俺は…貴方に会いたかった…」
「ボクもです」
口下手なクレスニさんはしばらく固まっていたが、『変化』を解いたウォルト君に招かれて住み家に入ることに。
居間に通されたクレスニさんは、落ち着いた様子でお茶を待つ。
「気持ちは落ち着きましたか?」
「なんとかな…。言われていたのにかなり驚いた」
「仕方ないことです。信じてくれましたか?」
「瞬時に姿を変化させる魔法を無詠唱で操れる奴なんていない。疑うだけ無駄だ」
ウォルト君はカフィを淹れてくれて、俺達に差し出した。
「なんだこりゃ…。美味すぎる…」
「でしょう」
休みや暇なときにカフィを飲み歩いているが、ウォルト君のカフィより美味いモノに出会ってない。『注文の多い料理店』だけが同じくらい美味い。…と、ウォルト君から提案が。
「クレスニさん。ボクの魔法を見ますか?」
「是非見たいが、いいのか?」
ウォルト君から言い出すとは意外だった。
「構いません。その方が話が早い気がしてます。ボクは慣れているので」
なるほど俺やサラさんのせいだ。知り合った魔導師に「魔法を見せてくれ」と必ず請われるから先手を打ったということ。
「貴方の魔法を間近で見れるなんて光栄だ」
「かしこまらないでください。ボクは22歳の若造で、ただの魔法が使える獣人です」
「に、に、に、にじゅうにだとぉ…?!」
クレスニさんの気持ちは手に取るようにわかる。常識では有り得ないことが積み重なって益々混乱していくんだ。
「ゆっくり話すのは、お互いの魔法を見た後でいいんじゃないですか?」
「…そうするとしよう」
★
喉を潤してから揃って更地に向かい、ウォルトはクレスニと対峙する。
距離はかなり遠く、マルソーさんは離れた場所で待機。クレスニさんは、「可能なら魔法戦による手合わせで魔法を披露してもらいたい」と要望した。
「魔法を見せると言ってくれたが、まず俺の魔法を受けてもらっていいだろうか?」
「是非」
先に見せるつもりだったけれど、順番は関係ない。真剣な表情で集中を始めたクレスニさんの魔力が高まる。かなり洗練された魔力。凄い魔導師だと瞬時に理解できた。
「フッ!」
クレスニさんが手を翳すと同時に、魔力反応を察知して跳んで身を躱す。ボクが立っていた場所に大きな火柱が上がった。無詠唱かつ素晴らしい威力と精度。見たことのある魔導師の中でもかなり発動が速い。フレイさんやキャミィ並みだ。
「フゥッ!」
連発で同じ魔法を繰り出され、一足跳びで何度か大きく躱す。
「ハァッ!」
次は巨大な炎が襲い来る…と同時に、ボクを取り囲むように火柱が上がり動きを封じられた。
『魔法障壁』
障壁の膜を張って防ぎきる。
「さすがだ…」
「大袈裟です。素晴らしい魔法を見せてもらって感謝します」
「まだだ…」
間髪入れずに放たれた巨大な『火焔』は、眼前でうねるように形を変えた。広範囲の火炎放射。躱せないと判断して障壁で受けきる。変幻自在に形を変える炎はまるでエルフの『炎舞』のよう。
人間が操る炎の魔力を変化させるには、かなりの技量が必要。人間の魔力はエルフの魔力に比べて操作性に劣る。それなのに、遜色ないほどまで炎を変形させている。
『炎舞』のように絡み合いながら、『操弾』のように分裂させたりもする。魔法を浴びながら注意深く観察した。
これほどまでに魔法を磨き上げるのは、並大抵の努力じゃない。炎の魔力は煌めくようで美しく詠唱から魔法操作に至るまで見事としか言いようがない。
マルソーさんの言う通りで、大いに刺激を受ける。尊敬すべき凄い魔導師。炎の嵐を防ぎきると、クレスニさんは肩で息をしていた。
「はぁっ…はぁっ…。お前は…凄まじい魔導師だ…。全く通用しないとは…」
「凄いのは貴方です。ボクは魔導師ではありません」
「そうか…。俺の……最高の『火焔』を見せる!」
さらにクレスニさんの魔力が高まる。初めて目にする手法だ…。凄いな…。
『火焔』
放たれた炎はまるで巨大な岩石のよう。ボクを焼き尽くそうと迫りくる。森に影響が出ないよう躱さずに巨大な『魔法障壁』で受け止めると、やがて魔力は霧散した。
「はぁっ…はぁっ…。だあぁぁぁっ…!」
天を仰いで大きな声を上げたクレスニさんは、直ぐに笑顔を浮かべる。
「魔力切れだっ!もう撃てない!」
「凄い魔法を見せてもらいました。魔力を補充するので、よければボクの魔法も受けてもらえませんか?」
おそらくこれ以上魔法は見せないという意思表示だけど、もっとクレスニさんの魔法を見たい。我が儘を聞き入れてもらえるだろうか。
「悪いが、それはできない」
ある意味予想通りの答えが返ってきた。
「受け止めたいのはやまやまなんだが、俺は障壁を張れない。死んでしまう」
「えっ?」
「俺が操れる魔法は炎系だけだ。自慢じゃないが他の魔法は一切使えない」
確かに使用していたのは炎だけ…。その他の魔力を隠蔽しているワケじゃないのか…。マルソーさんが近付いてくる。
「ウォルト君。クレスニさんは炎に特化した魔導師なんだ。ただ、その魔法が飛び抜けて凄い。カネルラでは右に出る者はいないほどに」
「わかります」
「ただの不器用だ。できることが1つしかないから極めようとしてるだけのこと」
苦笑するクレスニさん。自分が操れるたった1つの魔法を磨き続け、どこまでも研鑚を重ねているなんて本当に凄い。
他の人はどうか知らないけど、ボクも微かに操れた『炎』をとにかく磨いた時期があるから気持ちがわかる。無理だとわかっていながら、様々な手法を試してみたいとか、他の魔法も操ってみたいと羨望を抱いていた。
「俺の場合、魔法戦はとにかく先手必勝。仕事は冒険者なんだが、これ1本での冒険は困難でな。ある程度なら炎を使った防御もできるが魔法の相性問題もある」
冒険で魔導師に求められることは多い。高火力だけでなく、防御や治療、付与その他も求められるだろう。魔導師が何人もいるのなら分業制なのかな?
「固定パーティーを組めずに、あちこちのパーティーで助っ人的に呼ばれてばかりだ」
「他の魔法はなぜ操れないんですか?」
「理由は不明だ。昔からなんだが、サバトに会えたら訊いてみたかった」
「ボクでよければ原因を探っていいでしょうか?」
興味本位で申し訳ないけど、とても気になる。
「できるのか?」
「魔力回路を探れば原因が掴めるかもしれません」
「よくわからないが、お願いしたい」
★
マルソーは、ウォルトが原因究明する様子を見つめていた。
クレスニさんの背中に手を添えて、真剣な表情でなにかを探っている。サラさんのときと同様に、体内の魔力回路とやらを探っているのだろう。未だに理解できない技術。
魔力を補充して詠唱してもらったり、ウォルト君がクレスニさんの身体を通して、魔法を発動したりしている。軽くこなしているがやはり常識外れ。口には出せないが、ちょっと快感気味なクレスニさんの顔が気持ち悪い…。
「ウォルト。なにか掴めそうか?」
「魔力回路は解析できました。クレスニさんの魔力回路は初めて目にするタイプです」
「やっぱり変か?」
「ボクも数人しか見たことはないんですが、一番の大きな特徴はこちらです」
ウォルト君が手を動かすと、なにもない空中に体内を模したような映像が映し出される。精密な人体模型のよう。コレは…『幻視』か?信じられないことをいとも簡単に…。
図を使って説明してくれたが、かなり端折っていて全然理解できない。俺達のことを凄い魔導師だと勘違いしている弊害が出てる。
「ウォルト。よくわからない。基礎から丁寧に説明してくれないか」
その通り。『ボクがどのくらい理解してるか知りたいんだニャ…?』とか言いそうな顔をしている。
「この部分に走ってる大きな管。木で例えるなら幹の部分です。魔力の放出ルートで、炎の魔力の通り道でもあります」
「ほ~!」
「分かれている細い枝のような回路は、他の魔力を操るとき流れるルートです。そして、ココが魔力源になります」
「ほほう!」
「クレスニさんの魔力源から流出した魔力は、全て太い管に流れています。要するに、枝に向かう流れが一切ありません。生まれつきなのか、魔法を修練する過程で変化したのかはわかりかねます」
「なるほどな~!」
非常識に慣れてしまったのかまったく驚いていないな。ただ、ちゃんと約束は守っている。こんな明るい一面があると初めて知った。
「クレスニさんが他の魔法を覚えたいのなら、魔力回路の流れを整えることで可能だと思います」
「本当か?!」
「はい。ただし…」
「なんだ?」
「炎魔法はかなり威力が下がり、詠唱にも時間がかかるようになります。太いルートを狭めて他の枝葉の回路に魔力を行き渡らせる必要があるからです。田畑に水を引き込めば川の水量が下がるのと同様に、魔力量が減少します」
なるほど。わかりやすい説明だ。クレスニさんの強力な炎魔法は、他の一切を犠牲にして成り立っているということ。理由に納得しかない。説明を聞いたクレスニさんは満面の笑みを浮かべる。
「それでも構わない。お願いできるだろうか」
少し口出しさせてもらおうか。
「クレスニさん。本当にいいんですか?せっかく磨いた魔法を失うんですよ。炎魔法の威力が下がれば、冒険もしばらくできなくなるかもしれない」
「魔法はまた鍛えればいい。一度はできたんだ。それより、色々な魔法を習得して操ってみたい。魔導師なら誰だって心躍るだろ!」
いい顔をしている。話を聞いているウォルト君も。魔導師はどこまで行っても魔法好き。これ以上は野暮というモノ。
その後、ウォルト君は魔力回路を調整した。親切に「元の回路は記憶したので元に戻すことも可能です」と微笑みながら。
「ぐぅ~。難しいな」
試しにウォルト君のやり方で『氷結』を教えると、時間はかかったが微かに魔力が発現した。クレスニさんの表情は驚きではなく、魔法を初めて覚えた子供のように爽快な笑顔だ。
「マルソー。お前には感謝しかない」
ウォルト君の住み家を離れ、森を歩きながらクレスニさんと会話する。
「実際に会ってどうでしたか?」
「エルフだと思って会いに来たら実際は獣人で、予想に違わぬ驚くべき魔法使いで、最高にイカした男だった」
帰路で彼の性格や勘違いについて詳しく伝えると、苦笑いしながら納得してくれた。
「誰より凄いのに誰よりも謙虚な魔導師か。どこまでも研鑽を積める。だからこそあの若さで凄まじい技量なんだろう」
「しかし…彼の『火焔』には驚かされましたね」
「まったくだ!多重発動に複合魔法。信じられない魔法を連発されて…トドメにアレだ!俺の頭はシビれた!」
ウォルト君は、俺とクレスニさんの要望に応えて幾つもの魔法を披露し、どれもが見事な魔法で2人して見蕩れてしまった。そんな魔法の中で、最も驚かされたのは『火焔』。
「クレスニさんに教えて頂いたので、魔法の威力が上がりそうです」
そう言って笑ったウォルト君は、自分が展開した障壁に向かって特大の『火焔』を放った。クレスニさんの軽く倍はありそうな威力の魔法を。俺達は比喩ではなく目玉が飛び出た。あんな魔法が直撃したら灰も残らない。
彼が言うには、クレスニさんが魔力を段階的に圧縮するよう高めながら発動したのを目にして、威力を高める手法に気付いたらしい。
「貴重な技法を教えて頂いて、感謝しかありません。もっと修練して威力を高めます。ありがとうございました」と笑顔で頭を下げられた。
「いつの間に彼に教えてたんですか?」
「バカ言えっ!俺も知らなかったことだっ!」
そうだろう。この人も異端の魔導師に違いない。普通の魔導師はどんなに鍛えてもクレスニさんの威力に届きはしない。
「よかったですね」
「なにがだ?」
「いつか「サバトに魔法を教えた」と自慢できるかもしれませんよ」
「誰にも言わない。ウォルトは新たな魔法を覚える可能性を与えてくれた恩人だ。他の誰にもできはしない。恩知らずになる気はないからな」
彼はちょっと手助けしたくらいに思っているだろう。だが、彼との邂逅は魔導師にとって人生観を変える出会いとなる。
「また会えますね」
「次はアイツの魔法を受けてみたい!まずは障壁からだ!そして、再戦してウォルトを超える!」
こうしてまた1人ウォルト君のライバルが増えた。俺も今から修練だ。




